あの日


『ちょっと暑いから怖い話が聞きたいって?
何言ってんだか。怖い話なんてそこら中にあるだろ。
私が知っているのは怖くもなんともない話だよ?


それでも聞きたい?
本当に暇なんだねぇ。
まあ良いよ。でも、本当に簡単な話だよ?怖くもなく気味が悪いだけさ。


ある田舎町の田舎の男の話さ。
田舎の中でも田舎の家でねぇ…今時の時勢にもかかわらず、家の扉はガラス戸と木扉。
ほら、昔の家にはある感じの家さ。
呼び鈴だってありゃしない。
電話だって携帯だけ。
トイレだって洋式じゃない。それどころか和式でもない。
あ?どんなトイレかって?それはまあ…想像に任せるよ。

でだ、この家には1人の年老いた男が住んでた。
働き者だったがとうとう結婚はしなくて独り身で、パチンコが大好きなバカな子ほど〜を地で行くような男だったさ。
まだまだ体は丈夫だったから毎日1人で生活していた。
たまに男の姪が訪ねて安否を確認したり、男の弟が連絡をしていたぐらいだ。

ある年の秋半ば、、姪が男を訪ねたんだ。
家の前には男が使っていた自転車があったんだが、その日はなかった。
声を掛けても返事がないし、出掛けているんだろうと気にも留めずに帰ったのさ。
それから一月後、もう一度、姪は男を訪ねた。
けれどやっぱり男は不在。
まあ、元気にパチンコでも行ってるんだろうと思ってたのさ。その時まではね。
ところがさ。

その日から数日経ったある日、別の叔父から姪に連絡が来たのさ。
男が死んだ…とね。
姪は慌てて用意して、葬式に出たさ。
遺体のない、骨だけになった男の葬式にね。
質素な葬式の中で、姪は言ったよ。

『私が第1発見者でなくて良かった…』とね。

薄情だと思うかい?
でもさ、考えてごらんよ。
誰がドロドロに溶け始めて異臭を放ち、虫が覆っている男を見たいと思うんだい?
発見した叔父も、連絡を受けた警官も、悲鳴を上げたそうだよ。
そう…男はね…もう数ヶ月も前に1人孤独に死んでたんだよ。
ある日自転車で出掛けた男は遅くなって、タクシーで帰ってきたその夜に、トイレに立とうとしてそのまま死んだそうだよ。
脳梗塞か心臓病か…。
今でも原因はわかっちゃいないがね…。

自転車のなかったあの日。
二度目に訪ねたあの日。
どちらなのか、それは判らないけど、確かなのはガラス戸と木扉を隔てたその向こうで、男は死んでいたかもしれないって事さ。
初冬のこと、だからこそ灯油ストーブの灯油が尽きるまでの間に、男はゆっくりゆっくり温められ、ゆっくりゆっくり腐り行き、真っ黒になって虫が集ってトロトロと溶け始めていく…。
酷い死に方じゃないか。
そんな有様を見たいと思うかい?
だから言うのさ。



第1発見者でなくて良かった…とね。


だから言っただろ?
怖くもないなんともない話だって。
ただ気味が悪い話だってさ。
まあ、考えてみりゃ、今のご時世同じようなことが全国どこでもあるのかも知れないけどねぇ…。
世知辛い世の中になっちまったもんだねぇ…

さ、私の話はここまでだよ。
少しは涼しくなったかい?
ああ?涼しくなるより気持ち悪くなった!?
んなこと私が知ったことかい!!
話せって言ったのはそっちじゃないかい!
まったく、贅沢な人たちだよ!

気分を変えて、この後はみんなで楽しいお話でも楽しむんだね!
ほらほら、次は誰だい!?



ん?ああ…。
そうだ、1つ言い忘れてたよ。
この話はね…『本当にあったこと』なんだよ。』