悲願花赫く
  -願い花妖奇譚- 中編

   里沙:作

(3:1:1)

晒菜 升麻(さらしな しょうま) 17歳。緋色の髪の半妖の少年。生まれの由縁から植物の力を借りることが出来る。元気いっぱい猪突猛進ばか。 72
深山 樒(みやま しきみ) 17歳。煌破命宗の妖狩り(あやかしがり)の一人。類を見ない美少年だが、口を開けば傍若無人。根は素直。 69
高野 槇(こうや まき) 見た目20代後半。升麻と樒の周りに現れてはちょっかい出す不思議な人。表の顔に騙されてはいけない。 31
深山 花梨(みやま かりん) 享年8歳。樒の妹。ふわふわな髪が自慢の可愛い少女。妖に殺された。(セリフ三言なので被り推奨) 3
妖・くらい(あやかし・くらい) 人の心を喰い、貶める妖に取り憑かれ、身を滅ぼした哀れな女性が妖となったもの。(演者様を尊敬するのだ!) 34
ナレーター 不問 セリフは長いし大変だぞ!頑張れ!(肩ぽむぽむ) 45

 

 

 

※簡単な呪詞の読み方は最後にリンクしてあります。読み方どんなの?と思われましたら、一度目を通して頂けると良いと思います。

001     N     この世には人為らざるものが存在する。
古来から妖怪、化け物、幽霊、悪魔…色々な名前で呼ばれてきた『それ』。
『それ』らは本来、人の世から隔絶した異空間や、場所や、彼らだけが住む場所から出てくることはまれであった。
だが、『それ』らの中には人の世に現れ、人に害し、そしてまた人の世を混乱に陥れようとするものもあったのだ。
そんな人に対して害を為すもの、古くから嫌悪と恐怖を込めて呼ばれてきた『それ』。
『妖(あやかし)』。
その『妖』を退治する、人知れず活動をする宗派一門を煌破命宗(こうはめいしゅう)と呼び習わし、その中でも特別な力を持ったものたちを、尊敬と羨望と、わずかながらの畏怖を込めてこう呼んだ。

『妖狩り』と。

  『ふふ……ふふふ…。ほら、来るわ。私の元に、力がやってくるわ…』
  高野 「嬉しそうだねぇ、『くらい』。んー、でも、これまで何人の人間を食べてきたのか知らないけど、こちらとしてはここらでそろそろお引き取りを願いたいんだけどね」
  『くふふ…お前がそれを言うのかえ?人とも妖とも付かぬはぐれ者。お前に私の邪魔をする何の権利がある』
  高野 「権利も義務も義理さえないさ。別に人間を助けたくて言ってる訳じゃないしね。…ただ、お前は少しやりすぎているんだよ。
あからさまに姿を現して、人間にその存在を知らしめられると、困るんだけどね。」
  『だからどうだというの?人間なんてただの餌にしか過ぎない家畜と同じ。いくら屠ろうが、いくら食べようが、私の気が済むことはないのよ。
人間の情念は霞のようにすぐ無くなってしまうの。食べても食べても満たされることはないし、また尽きることもないわ』
  高野 「…人間の思いが無くなることはないさ。それこそ全ての人間を根絶やしにしない限りはね」
  『人間がいなくなるなんて事、ふふっ、ある訳もないわね。それはお前が一番知っているでしょう?半端もの。
人でありながら人でなく、妖ではないのに妖に一番近しいもの。どちらにも付かず、どちらにも付きたがる、はぐれもの』
  高野 「妖に言われちゃ、俺もお終いかなぁ(笑)
けど…忠告はしたよ?やりすぎるとお前のためにならないってね。

…それから、これは忠告じゃない。警告だ。俺はどちらにも手を貸すつもりはないけど、お前が『あの子』に手を出すつもりなら、俺は容赦しないよ?」

010 『「願い花」かえ。あれを喰らえば私の力は増す…』
  高野 「『くらい』…。俺は警告と言ったはずだよ?お前に俺の力の程が判らないとは思えないけどね」
  男の全身から、辺りを凍えさせるような冷たい冷気が立ち上がる。辺りの空気だけでなく、時間さえも凍らすようなその圧倒的な力の波動に、妖が怯む。
半端物と侮っていた目の前の男が、『くらい』と呼ばれた妖にとって強大な敵となりうることは察せられた。
  『……まあ良いわ。「願い花」よりも、力の強いものを取り込めば、私はその分強くなれる。その餌があちらからやってくるんだもの。機会を逃す手はないわよねぇ…』
  高野 「餌、ねぇ。まあ、お前の気の済むようにしたら良いさ。餌になりうるかどうかは、お前次第だからね」
  『はぐれもの…お前の力は確かに強いけれど、餌をとり続ければ私の力は増すわ…。それなのに、良い口を叩くわねぇ…』
  高野 「暗に覚えていろって言いたいのかな?たかだか眠りから覚めたばかりの小物のお前が、でかい口を叩くんじゃないよ。
餌をとり続けられるかどうか、それはすぐに判る。お前の相手がどのくらいの相手なのか、思い知るだろうさ。」
  『ようも言ったな…その言葉、後で後悔するがいい…』
  高野 「後悔?後悔なんて言葉は、俺にはすでに微塵もないさ。後悔するくらいだったら、俺はこの立場にはいなかったからね」
  『ふん…人にも付けず妖にもなれない半端物が…。
ああ…来るわ…力がやってくる…
私の力が…餌がやってくるわ……』
020 妖のその言葉が終わらぬうちに、辺りは風もないのにざわざわと震え出す。禍々しい何かが、ゆっくりと辺りを覆い尽くしていくような、そんな不快感。
妖と話をしていた男が、くるりと背を向けてその場を離れる。
彼のその口元には誰に向けてなのか、微かな嘲笑が浮かんでいた。

やがて男の姿も消え、妖もその気配を消した頃、彼らはこの場に現れたのだった。

  升麻 「昼間だってのに、薄暗くて変な空気だなー…」
  「天気の所為じゃねーだろ、どあほ。気を抜いてんじゃねーぞ…すでに相手の縄張りに入っているものと思え」
  升麻 「わ、わかってらぁ!いちいち言わなくてもその位、俺にも解るっての!」
  「そう言いながら、その手に持ってるのは何だ」
  升麻 「うっ…こ、これは、さっき運転手さんからもらったもんだ…。あげねーからな!」
  「そんな甘ったるいもん、いるか…豆犬」
  升麻 「辛党のお前は絶対そう言うと思ったんだよ!んじゃ、このたい焼きのお土産は、ぜんっぶ俺のな!」
  「……恵比寿屋のたい焼きもらってどうすんだ……ってか、百合に持って帰らないことで叱られても、俺は知らないからな」
  升麻 「はうっ!」
030 「特に百合は甘いもんには目がないからな。全部てめーが食ったって知れたら、どんな報復が来るか知れたもんじゃねーぞ」
  升麻 「な…内緒にしとけ!言ったら承知しねーからな!ぜってー黙ってろよ!」
  「……内緒にした所であの百合に通じる訳ねーだろ…。てめー、今まで百合に内緒にしたことでばれなかったことが、一度でもあったか?」
  升麻 「うぐっ……な……無い…」
  「だったら無駄な抵抗は止めるんだな。大体、直ぐ顔に出るてめーに嘘は吐けねぇよ」
  升麻 「だっ…だって、帰る頃にはかちかちになってるだろうし…美味しいものは美味しい時に食べなきゃ、美味しいものに対して悪いんだぞ!」
  「知るか!とにかく俺は忠告はしたからな!」
  静岡県駿東郡金谷町佐夜中山。(しずおかけん すんとうぐん かなやちょう さよなかやま)

国道一号線を静岡市内から掛川方面へ向かった中山トンネルの直ぐ傍(そば)に、その夜泣き石はある。
二軒の土産物屋の傍らの、40段くらいの石段を登れば、そこに少しだけ開けた場所に出るだろう。
周りに細葉や笹竹、杉やツツジと言った草木が青々と茂っており、正面には観音を祀ったのであろう小さな祠(ほこら)があった。

  樒M 『国道に面しているのに車の音が聞こえねー…。さっきまで耳に付くくらいだったのに…ここに来た途端聞こえなくなったな…』
  問題の『夜泣き石』はちょうど階段を上って右手の方に祀られていた。
大人が一抱えしても余るような丸い石。すべすべとしたその肌に、常人には見えない血糊の跡が写真では見て取れたが、今は見えない。
だが、何よりも彼らの目を奪ったのは、その祀られている石の周りに群生として咲いている曼珠沙華の赤い色だった。
升麻の赤い髪の色よりもまだ赤く、見詰めていればどこか胸がざわつくような、そんな色。ここに来る途中の県道で見た花の色とは、また違った色だった。
040 升麻 「なあなあ、深山。この石って、天然だよな?」
  『夜泣き石』とその周辺を調べていた樒に、升麻の陽気な声が掛かる。
彼はここに来た途端にあっちを見たりこっちを見たりして、一時も立ち止まることをしなかった。
子供のような顔をして、好奇心一杯にあちこちを見ている。
  「ガキ……」
  溜息を吐くものの、どこか我知らず張りつめいていた気が霧散していくのが判る。知らず緊張していたのか、身体から力が抜けた感じだ。
こんな風に何気なく、彼自身知らずに升麻は樒を救ってくれる。
  升麻 「なあってばよ!」
  「うるせーな。何が天然だって?」
  升麻が指差しているのは菊石だった。名前の通り、平らな石に菊の花のような亀裂が入っているものだ。ちょっと見には自然のものか人工のものか判らない。
  升麻 「すごいよなぁ、自然って。こんなものまで作っちまうんだから」
  「バカか、豆犬。見て判るだろーが。これは人工のもんだ」
  升麻 「絶対自然のものだって!ほらぁ!ここなんて人工的には出来ねーぞ!」
050 「よく見ろ、豆犬。こんな溝が自然に出来るか。石削か何かでこんな形にしただけだ」
  升麻 「そんなこと無い!絶対にこれは自然のものだって!」
  「どあほー。そんなことよりも、こっちが先決だろ!さっさと結界を張るぞ!」
  升麻 「むぅ……わーったよ!
てめーが倒すんだから、結界くらいは俺が張ってやらー!ありがたく思えよ、深山!」
  「うるせー。とっととやれ」
  升麻 「なんって嫌(や)なやつ!少しは他人に対する感謝の気持ちってもんを知りやがれ!」
  ぶつぶつと文句を言いながら、升麻が夜泣き石の直ぐ横に立っている樹に近付く。見事に育った、青々とした葉を空にのばそうとしている楓の木だった。
  升麻 「ごめんよ、ちょっとばかりお前の力を借りたいんだ。少しだけその葉を分けてくれないか?」
  樒に対しての時とは打って変わって、やさしい穏やかな態度でもって楓の木を見上げる。手の届く所に見事な枝があるにも関わらず、升麻は自分でその枝を折ろうとはしなかった。
そんな升麻に答えたかのように、楓の梢が風に吹かれたかのようにさわりと揺れると、程なくして上の方から葉の茂った一枝が、まるで自分から手折ったかのように落ちてきた。
  升麻 「ありがとな。直ぐにここを元のように浄化してやるから、力を貸してくれな」
060 「基本は百合に教えられた通りでいい。後はてめーの力次第だ」
  升麻 「わかってらぁ!
んじゃ、やるぞ!」
  升麻が手にした楓の枝から、葉を一枚一枚その場の四方に落としていく。楓の葉は、ひらひらと舞い落ちながらも地面には着かず、ある一定の場所でくるくると舞い始めた。
  升麻 「天に在りしもの、我に応えよ。地に在りしもの、我に従え。天と地を結びてここに世界と為(な)さしめん。
……結界!」
  升麻の囁くような呪文が辺りを包み込み、最後に凛とした声が大気を震わせた時、その場の空気が変わった。
一切の音が遮断されたかのように、静かな静寂が彼らを取り囲む。
  升麻 「いいぞ、深山!妖をあぶりだせ!」
  ※1「我七赤金気を顕し汝ら妖魔外道に命ず!闇より来りたるもの、光の中に姿を現せ!邪気表破!」 
  樒のその呪文と共に、両手からまばゆいばかりの光が走り、夜泣き石を直撃する。
どんっ!と言う大きな音が耳を貫くが、石が砕けた様子はない。
そのまましばらく様子を見ていると、石の表面が次第に陰り、どす黒く染まってきた。
ゆらりと、何か白い固まりがその黒い表面に現れる。人の、手だ。
  「クスクスクス……美味しそうねぇ……」
  升麻 「うっ…」
070 「バカ!下がれ!瘴気(しょうき)に触れんじゃねえよ!」
  白い手の次にはゆっくりと黒い頭が現れ出で、次いで肩が、上半身が、腰が、すらりとした白い足が現れる。
二人の前に美しい1人の女性が全身を現した時、辺りは禍々しい気の薄闇に包まれた。
  升麻 「夜泣き石伝説の……母親…か?」
  「違うな。こいつはいなくなった人の1人に取り憑(つ)いたもんだろう。元々の奴と、この取り憑かれた女の何かが同調しちまったんだ」
  升麻 「犠牲者の1人なのか?何で…」
  「んな顔すんじゃねーよ。憑かれたのはこの女の心が陰の気で一杯だったからだ。
誰かをひどく憎んで、恨んで、その気持ちをコントロール出来ないまま妖に取り込まれちまったんだ。
哀れだとは思うが、同情なんてするんじゃねー。憑かれた時にもっと気持ちを強く持てば、こいつに利用なんてされなかったはずだ」
  「そうよ…。この女は自分を捨てた男をひどく憎んでいた。憎んで恨んで、男だけじゃなく、自分を惨めにした周り全てを無くしたいと思ったんだよ。
だから私は囁いたの。全てを飲み込んでしまいましょう…って。

面白いものよねぇ、人間って奴は。脆(もろ)い身体を持っているくせに、その念だけはひどく強くて醜いんだよ。
だからなぶることが楽しいし、喰らうのが好きなの。真っ黒な人間ほど、美味しいのよ…(笑)」

  人間の憎しみや殺意や、あらゆる負の感情は一部の妖にとって糧となる。それだけではなく、人間を食料とする妖もいるのだ。
血の味を覚えた妖は、際限なく人間を屠る。彼らの中に、満足というものはない。
  升麻 「そのお姉さんから出ていけよ!妖(あやかし)!そのお姉さんを離せ!」
  「出ていけ?離せ?……無駄よ、だって私は私だわ(笑)」
080 「取り込まれて、同化しちまったんだ…。もう、あの人を助けることはできねぇ…。」
  升麻 「そんなっ!」
  「人間はねぇ、ちょっとその心を覗いてやると、簡単に手に入るの。ちょっとその人間の奥底に隠しているものを引き出しただけで、呆気ないほど簡単に私の元にやってくるのよ」
  ゆっくりと妖が石から抜け出て、一歩を踏み出す。
油断なく女妖(じょよう)と升麻の間に身体を滑り込ませ、樒が対峙する。
両者の間は狭い場所故に、10メートルも離れていない。
だからだろうか。女妖からの生々しい血と腐臭の匂いが鼻につく。
  「この女はねぇ、自分を選ばなかった男を憎んで、男が選んだ女を憎んで、そりゃあ大きな陰(いん)の気を発していたのさ。
プライドが高すぎて何がいけなかったのかも判らないまま、二人だけじゃなく周りまで恨んで。
裏切られた、バカにされた、笑われてる、哀れまれてる…それらが全て許せなくて、みーんないなくなっちゃえばいいと思ったのさ」
  「だからその人に取り憑き、捕り込んで他の人を襲ったのか…」
  「だって、お腹が空いていたんだもの(笑)」
  升麻 「なに、何だと!?」
  「お腹が空いてた所に美味しそうな匂いがあったから近付いたら、みーんなあちらの方から私に食べられにやってきたのよ?
あんまりいろいろな想いが渦巻いているから、ちょっと心の奥の望みを囁いたら、みーんな相手から食べられに来るの。
目覚めたのはいいけれど、お腹が空いて空いて、我慢ならなかったから、食事をしただけよ?それの何が悪いの?
人間だって、お腹が空けば鶏や豚や牛なんかを食べるじゃない。同じ事だわ」
  升麻 「てめぇっ!許せねぇ!
人の思いを何だと思ってるんだ!」
090 「豆犬!」
  升麻 「人間はなぁ!人間は、誰だって弱い心持ってんだよ!でも、それをみんな判っているから耐えて隠してんだ!それのどこが悪い!
人だからそんな気持ちを持ってるし、人だからその弱い心を強くしようって頑張ってるんじゃねーか!
てめーは許さねぇぞ!
……大地に息づく命よ、我に応えよ!葉の剣(つるぎ)!」
  N 樒の背中を押しのけて、升麻が己の力を解き放つ。妖の側に茂っていた細葉から、幾枚もの葉が鋭い刃となって女妖を襲う。だが、女妖はそれを身を避けてかわす。
  升麻 「ここに来たりて敵に的(まと)せよ!実の飛礫(つぶて)!」
  N 今度は何かの木の実が飛んで来て、飛礫となって女妖に降り注ぐ。だが、やはり簡単にかわされてしまった。
  升麻 「避けんじゃねーっ!あたらねーだろっ!」
  「あほーっ!無茶苦茶ゆーんじゃねーっ!下がれっ!」
  升麻 「も一度来たりて…うげっ。
なにすんだー!深山ー!襟首引っ張るんじゃねー!」
  「おまえ、本質を考えてねーだろ!あいつは女の人に取り憑いて実体を持っちゃいるが、元々は影みたいなもんだ!出てくる時のことを覚えてるだろーがっ!
影に物質で攻撃しても、当たる訳ねー!」
  升麻 「だって、じゃ、どうすんだよ!」
100 ※2「光の出でたる源は東。太陽の焔火より来たりて我にその力示せ。
天の力によりてここに敵を滅す!
雷!!」
  樒の言葉を受けて、空から雷が女妖の上に落ちる。樒が最も得意とする雷電招来の呪である。
念を込めた符に呪文を込めた言葉を筆で書いたものであるが、その威力は絶大だ。
だが、目の前に対峙するこの女妖は、そんな樒たちの力をあざ笑うかのように軽々と避けていた。
  「どうしたの。おまえたちの力はこの程度なの?もう少し力あるものだと思っていたのだけれど、がっかりだわ。これじゃ食べても美味しくないかしらねぇ。
本当に、人間は弱いものねぇ(笑)」
  ※3「地にありては烈と為し、空にありては破と為す!来たれ!空の刃!風切!」
  升麻 「連なりて我らを遮(しゃ)せよ!守りの壁!」
  樒が鋭い風の刃の呪符を投げれば、万一返された時のために升麻が風と落ち葉で一種の壁を作る。
普段は顔を見合わせれば喧嘩ばかりの二人であるが、彼らの絆はとても深い。お互いに言葉に出しては認めようとしないが、個々の中では信頼し合っている。
それ故にこうした時には普段の二人しか知らない人が見たならば目を見張るような、息の合い方を見せていた。
  ※4「生まれし刻は遙か古、死する刻は刹那の古。その御手にて敵を縛せよっ!連輪破!」
  升麻 「縛(ばく)して道を閉じろ!気流縛!」
  樒が雷を降ろし、それを縄のように歪めながら女妖を縛ろうとすれば、升麻が敵を逃がさないように樒とは反対側から同じように風で縛ろうとする。
だが、それらは全て女妖に効いている風ではなかった。
  「無駄よ、無駄。おまえたちに私は倒せない。人間に私を倒すことなど出来やしないのさ」
110 升麻 「ちくしょー!どうすりゃ良いんだよ!」
  「ちいっ!」
  升麻 「んなろっ!もう一回気流縛で!」
  「止めろ、無駄だ。あいつは影みたいなものだ…。実体あるものや風のように影をすり抜けてしまう術じゃ、のれんに腕押し状態だ。こっちの体力だけが奪われる」
  升麻 「でも、それじゃどうすんだよ!あいつをこのまま野放しにしてたら、また犠牲者が出ちまうだろ!」
  「てめーに言われねーでもわかってる!こんな奴に手こずってるなんて百合に知れたら、何言われるか判ったもんじゃねー」
  升麻 「………百合姉、後で知ったら怒るかな…」
  「本堂の掃除だけで済めば良い方だろうな…。ちっ、益々空間が濃くなって来やがる…。あいつの力が結界まで包み込んできたな…」
  升麻 「何か…空気までが重い感じだな。クソー…余裕で笑ってやがる。きれーなお姉さんなのに…何であんな奴に捕り込まれちまったんだよ…」
  「人の心はある意味弱いもんだからな…。それだけに捕らわれすぎたから、周りが見えなくなって心の隙間に入り込まれたんだ。もう少しだけ周りを見る心の余裕があったら、こうはならなかった。
相手にひどく執着しても、その気持ちをきれいに消化出来る人と出来ない人がいる。あの人は後者だったに過ぎない。」
120 升麻 「心の痛みは時間が解決してくれたはずなのになー…」
  「…似合わねー事言ってんじゃねーよ。」
  升麻 「うるせーよ!それより、どうすんだよ!決め手に欠けてるから、このまんまじゃ持久戦になるか逃がしちまうぞ!」
  樒M 『やはり…あれしかないか…』
  樒が、知らず唇を噛む。右手が上着に滑り込み、そこにある手応えを確かめる。それは、樒が触れた途端にまるで脈打つように波動を放った。
  「ねえ、どうしたの?もう終わり?私はまだまだ遊べるのよ。でも…そろそろ飽きても来たわ。お腹も空いてきたことだし、そろそろ食べて良いかしら?(笑)」
  「豆犬…下がってろ」
  升麻 「んだと!」
  「《火御児》を使う。てめーには及ばねーよーにはするつもりだが、あいつとの戦いでどうなるか判んねー。なるべく遠くに下がってろ」
  升麻 「なっ…俺は別に!……っ…判った…。てめーが1人でやるっていうんなら、後ろで見ててやる!その変わり、ドジるなよ!」
130 「お前じゃあるまいし、ヘマはしねーよ!いいか!絶対に《火御児》の範囲に入るんじゃねーぞ!」
  一瞬何かを言いかけた升麻だったが、すぐに樒の言う通り後ろの方へと下がる。
升麻の表面しか知らない者から見れば、緋色の髪といつでも元気な姿から火のようだと例えられる升麻であったが、実は全くの正反対で、升麻はその生い立ちからして火に属するものには弱かった。
それが破邪の力を持つ呪器具から来るものならなおさらに。
  升麻M 『ばかたれが。《火御児》を持ってきてたんなら、最初っからそれで浄火すりゃあいいものを…。俺のことなんて気にしなくて良いってのに…』
  「破邪!表刃!」
  升麻M 『ちくしょ…。何か悔しいぞ!何か守られてるみたいじゃねーか!
せめて生まれ変わる前の力が残ってれば……っていやいや、んなこと願っちゃいけねーんだな!今できることを精一杯するだけなんだっての!』
  「判る…力が増した…。お前、その手に持っているものは何。禍々しいものね…嫌だわ、とても嫌なものだわ」
  「暁のもとより来たりてその巳(み)を舞わせよ!回れ!舞われ!廻って囲いを閉じよ!!炎舞陣!」
  升麻 「わちっ!あ、あぶね!深山!このばか!火がこっちにまで延びてきたぞ!」
  「範囲に入るなっつったろーが!もっと後ろに下がれ!いいか!絶対に近寄るんじゃねーぞ!」
  いつにない樒の声に、升麻が眉をひそめる。
《火御児》を扱うことに対して樒は常に慎重だ。だが、今の樒にはそれ以上に余裕の無さが伺えた。
140 「どうしたの?何をそんなに焦っている。」
  「焦っているだと…」
  「そう…お前は焦っている。その証拠に、ほらっ!隙が出来ているわ!」
  「-----ちっ!」」
  升麻 「深山!」
  「このっ!」
  「ほらほら、どうしたの!ご大層な武器を取り出さなきゃ私に対抗出来ないんでしょう!?
それともそれはただの飾りかしら!?」
  升麻 「何やってんだ深山っ!何で呪詞を唱えねーんだよ!」
  「うるせー!お前は黙って遠くに居ろっつっただろうが!符呪、烈火標的!」
  妖の攻撃に、樒はただ避けるだけであちらへこちらへと地面を転がる。
合間に攻撃を仕返すのだが、それも升麻の目から見ればどこか弱々しいものだった。常にない消極的な戦い方をする樒に、升麻が首を傾げる。
150 升麻 「何やってんだ、あのばか…」
  高野 「教えてあげようか?」
  升麻 「うわあぁぁっ!て、てめっ、高野(こうや)!?」
  「-------っ!?」」
  ここ一体は結界に阻まれているのにもかかわらず、いきなり升麻の背後から声が掛かった。
驚いて振り向いてみれば、そこにいたのは数刻前妖と対峙していた、ここから姿を消していたと思われる男の姿だった。
  「高野!貴様!」
  高野 「ほらほら、深山。よそ見をしているときれいな顔に傷が付くよ。気を抜けばそれだけ、お前の心配に火がつくと思うけどね」
  「はぐれもの。何しに来たの!?私の邪魔をするなと言ったはずよ!願い花には手を出していないのに、言葉を違(たが)えるつもり!?」
  高野 「邪魔なんてしないさ。双方共に邪魔はしないし肩入れもしないよ。俺はただ、升麻に会いに来ただけだもん」
  升麻 「俺は会いたくねー!」
160 高野 「えー…。升麻君、冷たいぃ。俺、升麻のこと、だーーーい好きなのにぃ」
  升麻 「ぎゃー!鳥肌立つようなこと言ってんじゃねーぞーーっ!」
  「豆犬から離れろ!高野!」
  高野 「やーだね」
  升麻を後ろから抱きしめるような形で肩を抱く男、高野槇(こうやまき)の姿に、樒がなおさら焦ったように気を散らす。
そんな樒の様子に妖が目を付けないはずがない。樒を狙う攻撃がいっそう激しくなった。
  「邪魔をしない限りは好きにするがいいわ!私はこっちの餌を食べたいの!さあ!大人しく食べられなさいよ!さあっ、さあっ!」
  升麻 「深山!このばか!気を散らしてんじゃねー!さっさと呪詞でも何でも唱えねーか!」
  「くっ……このっ!」
  高野 「んー、それはちょっとあいつには荷が重いのかもねぇ」
  升麻 「んだと!?何でだ!?」
170 高野 「あいつってば升麻が判るくらい消極的に戦ってるだろ?普段なら有無を言わさず強力な呪文でさっさと片付けてるのにさ。何でだと思う?」
  「黙ってろ!高野!てめーも聞く耳持ってんじゃねーっ!さっさとそいつから離れろ!」
  「ほらほら、右ががら空きよ!そんなに余所見がしたいのなら、さっさと私に食べられちゃいなさいよ!(笑)」
  「ぐっ!」
  升麻 「深山っ!」
  高野 「くらいの実体は影。影は土に属するもの。それに相反する《火御児》はその名の通り火の呪具だ。《火御児》はどんな小さな妖魔でも、一度捕らえたらそれを焼き尽くすまで、持ち主の力が及ぶ限りは容赦なく力を発し続ける。
俺の言ってること、判る?」
  升麻 「《火御児》の意味?」
  高野 「そう。《火御児》は破邪の劫火だ。」
  升麻 「破邪の火…まさかっ!深山!てめーっ!」
  高野 「ほら、深山。升麻は判ったみたいだよ(笑)」
180 升麻 「てめーっ!俺をそんな弱者だと思ってんのか!?そりゃ、俺は…俺は人間とはちょっと違うかもだけど!でも、妖じゃねーぞ!
《火御児》の火なんかにやられる訳ねーだろ!てめっ!このばか!俺をバカにしてんのかー!!」
  「うるせーっ!てめーなんか知るか!高野の戯言を信じ込んでんじゃねーよ!」
  高野 「もう、やだなー、深山。そう言うの、なんて言うか知ってる?ツンデレって言うんだよ(笑)」
  升麻 「深山バカ!あほっ!ぼけっ!おたんこなす!てめーがやらねーなら、俺がやるから変わりやがれ!」
  「出来もしねー事言ってんじゃねーっ!
ちっ、らちあかねー…。やっぱ、小技じゃ無理か…」
  高野 「……そろそろ本気になるかな(笑)」
  高野の言う通り、今までは妖の攻撃に対して消極的に対峙するだけだった樒の顔付きが変わる。
攻撃によって傷ついた頬の血をぐいっと乱暴にぬぐい、息を整えながらゆっくりと、升麻が自分の真後ろに来るように位置取りを決めていく。
  「……自分の身は自分で守れよ。あいつを倒さねー限り、俺は動けねーからな!」
  升麻 「良いからとっととやれ!バカ!すっとこどっこい!わからんちん!
俺はてめーより丈夫に出来てるっての!俺の心配なんてすんじゃねーっ!」
  高野 「肩入れはしないと言ったからね。升麻に何かあっても、俺は動かないよ?あー、でも、死んだら困るから、その時はお姫様だっこで攫っちゃうかも」
190 升麻 「うるせーっ!うすらとんかち!てめーはどっか行け!向こう行け!さっさと行け!二度と来んじゃねーっ!踏んでやる!」
  高野 「あだっ、あ、こら、蹴るなってば。…ひどーい、升麻。せっかく会えたのにさー。そんな意地悪言う口なんて、こうしちゃうぞ。」
  升麻 「はにすんら!ばふぁこーひゃ!!(何すんだ、バカ高野)!!」
  「うるせー…」
  後ろで行われているじゃれあいに眉をひそめる樒だったが、位置取りをここと決めた時から、すでに呼吸を整え始めていた。
ゆっくりと息を吐き、腰を落とし、相手がどう動こうが素早く対処出来るように丹田に力を入れ、形(かた)を決める。
深く浅くの呼吸法を繰り返し、気を全身に巡らせていく。
その樒の気に呼応するかのように、両手で持った《火御児》が、まるで樒の呼吸と同調するようにその波動を放ち始める。
  「まだ何か抵抗をするというの?本当に人間って進歩がないのね。最後は私に食べられるのに、それまでずっと無駄なあがきを繰り返すのよ。
痛いのがいやなら大人しくしていればいいのにねぇ。
おまえたちのその抗いがとてもムカつくわ!いい加減諦めたらどう!?」
  ※5「天の光ここに来たりて我に従え!
土室の胎より生まれし太古の御児、全ての穢れしものを焼き払う至上なるもの《火御児》!
今ここにその力解き放ち、御身の敵を焼き払いたまえ!」
  向かってくる妖をものともせず、右手で《火御児》を構え、左手で五芒星を描きながら呪詞を唱える。呪詞が完成していくと共に、《火御児》から赤き炎が舞い上がる。
  「うるさくてムカつく人間ね!力さえなければずたずたに引き裂いて、死よりも恐ろしい目に遭わせてやるのに!
嫌い!お前など大嫌い!さっさと喰われておしまい!」
  ※6「陰なるものは闇に還れ!神楽炎舞紅竜陣!!」
200 「なに!?」
  最後の言葉と共に、《火御児》からすさまじい勢いで炎が飛び出し、こちらに向かってきていた女妖を真っ直ぐに捕らえる。。
一瞬で女妖に炎が襲いかかるかと思えたが、だがその寸前で炎の起動は逸れ、女妖の周りを取り囲むようにして流れる。
そのまま勢いを増し、竜巻のように女妖の身体を這い登り、一気に上空から襲いかかっていった。
  「きゃああぁぁぁーーっ!!」
  升麻 「やった!」
  高野 「いや、まだだ」
  升麻が嬉しそうに声を上げるのに対して、側の高野が冷静に見る。
破邪の炎は勢いを下げることなく、女妖を取り込み、焼き尽くそうとその刃を振るう。
紅蓮の炎は容赦なく妖を捕らえ、逃さず、美しかった女性の姿が徐々に焼かれ、グズグズとその身を爛(ただ)れ溶かしていく。
  『ああああ!燃える!私の身体が燃えてしまう!いやっ!せっかく手に入れたのに!ああっ!燃えてしまう!私の身体がぁっ!』
  樒M 『手応えはあった…。けど…ダメだ…力が足りねぇ…』
  当事者である樒も、己の力不足を認識している。
炎に巻かれた女妖はもがき苦しみ、結界の中を逃げ惑うようにしている。だが、それは力を弱めただけに過ぎず、倒すまでには到底及ばない。
現に《火御児》からの炎は衰えることなく、依然女妖を取り巻いている。
  「もう一度!」
210 『よくも……!!』
  再び呪詞を唱えようとした樒の元に、女妖であったものから低いしわがれた声が届く。
すでに美しかった女性の面影を半分も残さずに焼け爛れた女妖は、どろどろとした影の本体を現しつつあった。
  『よくも…よくも…。この私を、この『くらい』をよくもこんな目に遭わせたね…。このままでは済まさん…済まさんぞ……っ!』
  ぬらぬらと鈍く光るその影の、ちょうど人の眼があった所から赤く鈍く光る2つの目が現れた。
濁ったような、けれど強い殺気を放つその瞳。それは真っ直ぐに樒へと向けられ、捕らえようとする。
  升麻 「ダメだっ!深山っ!そいつの目を見るなーっ!」
  「なにっ!?」
  高野 「遅い」
  一瞬遅く、妖の目を見たと思った途端、樒の周りは闇に閉ざされる。
  樒M 『しまった!』
  相手の手に填ってしまった。女妖の幻術に捕らわれてしまったのだ。
全てが闇一色の中、樒は油断なく構えつつ、佇む。
220 「チッ…。消滅はさせられなかったが、相当の深手は負ったはず…。
『くらい』っつったか…あいつのやり方を判ってたはずなのに、こうも簡単に填るとはな…。百合に知れたら小言だけじゃすまねーじゃねーか…。
………豆犬の所為だな…そう言うことにしておこう」
  『はっ…はぁ…はぁ…。よくも…この「くらい」をこんな目に…。許さない…この私を愚弄したお前は許さないよ。
ただ食べるだけじゃ飽き足らない…。お前の身も、心も、精神さえもズタズタにしなければ気が済まないわ…。お前の泣き叫ぶ声を、絶望にくれる魂の嘆きを聞かなければ、私の溜飲は下がらない!

私の力もあの炎で大幅に下がったけど…少し時間を置けば戻る…。その前にお前の絶望にまみれた魂を喰らえば、私の力は元通り以上に増す!
うふ…ふふふ…。さあ…おいで…。ここに……私の元に…地獄の苦しみをもたらしてあげる……』

  「……『気』がよめねー…。くそっ、二重結界みたいに遮断しやがったな。
豆犬は…高野が居るから大丈夫だとは思うけど……居るから心配だってのに…あのばか、自分の存在をちっとも考えちゃいねー…」
  升麻 「深山っ!おいっ!こらっ!聞こえねーのか!?ぼさっと突っ立ってんじゃねーっ!このバカ!深山ーっ!バカ狐!」
  高野 「あー、升麻。いくら叫んでも無駄だと思うよ」
  升麻 「っんだと!?」
  高野 「だって『くらい』の手にまんまと填っちゃってるからねー、深山ってば。」
  升麻 「「くらい」の手に填ったって、あいつは一応符術師の端くれだぞ!ってか、曲がりなりにも妖狩りだぞ!早々やられる訳ねーだろ!」
  高野 「貶してんのか褒めてんのか判んないけど、まあ、深山は強いよ?でも、忘れちゃった?「くらい」のやりかたを」
  升麻 「「くらい」のやり方?」
230 高野 「そ。升麻君に問題。これまで「くらい」はどうやって人間をその手中に捕らえてきたでしょうか?」
  升麻 「どうやってって…」
  高野 「ひどく曲がった陰の気を持った人間達は、甘い言葉でおびき出されるだけじゃ喰らわれたりしないよ?
「くらい」はね、そいつの心の隙間に忍び寄り、そいつの一番願うものの姿を取るんだよ」
  升麻 「願うものの姿…」
  高野 「欲しいと願う相手、憎いと恨む相手、深く深く思いを込める。溜めていく。何を犠牲にしてもその相手をどうにかしたいと自分で気が付かないままに執着する。
それがたとえ愛情でも憎しみでも、深く深層心理の中に根付いたその思いを嗅ぎ取って、「くらい」はその願う相手の姿を取って、取り憑く。
そうして甘美な夢を見せたまま、相手を喰らうんだよ」
  升麻 「執着する相手…?あいつにそんな人いるとは思え………っまさか!」
  高野 「心の奥深くに隠せば隠すほど、「くらい」はそれを暴き出す…」
  樒M 『伸ばした手の先も暗闇に囲まれて見えやしねー…。マンガじゃあるまいし、代わり映えしねー結界だな…。
グズグズしてられねー…とっとと片を付けてやる』
  女妖の反撃が始まる前に、こちらから仕掛けようと《火御児》を持ち直し構える。
だが、呪詞を唱えようとした所で、樒の動きがぴたりと止まった。
  「誰かいる…?」
240 女妖の暗闇の結界の中、明らかに女妖のものとは違う気配がする。それはほんの僅かな気配であったが、近くにいるはずの升麻や高野の気配とは違うことだけは判る。
油断泣く《火御児》を構えたまま、その気配が近付くのを感じていた。
  「----------なっ!……ば…かなっ!」
  《火御児》を構えたままの樒の腕が、その気配が目の前に来た途端に力が抜けたように降ろされた。
常に日頃からそんなに表情を出さない樒では合ったが、この時ばかりは信じられないものを見たという驚きで瞳を見開き、硬直している。
  「こんな……そんなことが…」
  樒の周りを取り囲んでいた暗闇が、樒を中心にゆっくりと下がっていく。
それと共に、樒の前まで来た気配が、徐々にその姿を現し始めていた。
  升麻 「深山っ!深山ーっ!目を覚ませ!妖なんかに捕らわれるんじゃねーっ!深山ーっ!!」
  升麻の言葉は樒には届かない。

次第に目の前が開けてきたそこには、意外な姿があった。
ふんわりとした淡いピンクのワンピースに、胸元には赤いリボン。ふわふわとした綿菓子のような髪には、ワンピースと同じ色のカチューシャが乗せられている。
真っ黒な瞳はきらきらと輝いていて、天使のように可愛らしい笑顔を見せるその少女は、どこか樒に似ている。
小学校低学年と思われるその少女が、樒の前に立っている。

  「あ…ああっ………」
  ふわりと、その少女が樒の方に歩み寄ってきた時、目に見えて樒の体が震えた。一歩を後ずさる。
何かに怯えたような、あらざるものを見た驚愕に瞳は見開き、呼吸が速い。
少女が樒に近付くほどに、いやいやをするように首を振る。
  少女 『……………ちゃん』
250 か細く儚い声が、樒に届く。足音もなく、まるで羽があるかのように軽やかな足取りで、少女は瞬く間に樒の手の届く所にまでたどり着く。
  少女 「おにいちゃん……」
  「……花梨(かりん)……」
  少女 「お兄ちゃん、見つけた」
254 そこにいたのは、5年前妖に殺された樒のたった1人の妹…………深山花梨(みやまかりん)であった。

 

 

【読み方】

※1 我七赤金気を顕し汝ら妖魔外道に命ず われ しちせき きんきをあらわし なんじら ようまげどうにめいず
※2 光の出でたる源は東。太陽の焔火より来たりて我にその力示せ。天の力によりてここに敵を滅す。雷! ひかりのいでたるみなもとはあずま。たいようのほむろびよりきたりてわれにそのちからしめせ。てんのちからによりてここにてきをめっす。いかずち。
※3 地にありては烈と為し、空にありては破と為す!来たれ!空の刃!風切! ちにありてはれつとなし、そらにありては は となす。きたれ、そらのやいば、かぜきり
※4 生まれし刻は遙か古、死する刻は刹那の古。その御手にて敵を縛せよっ!連輪破! うまれしときは はるか いにしえ、しするときは せつなのいにしえ。そのみてにて てきをばくせよ
れんりんは。
※5 「天の光ここに来たりて我に従え!
土室の胎より生まれし太古の御児、全ての穢れしものを焼き払う至上なるもの《火御児》!
今ここにその力解き放ち、御身の敵を焼き払いたまえ!」
てんのひかりここにきたりてわれにしたがえ
つちむろのはらよりうまれしたいこのみこ、すべてのけがれしものをやきはらうしじょうなるもの「ひみこ」
いまここにそのちからときはなち、おんみのてきをやきはらいたまえ
※6 「陰なるものは闇に還れ!神楽炎舞紅竜陣!!」 かげなるものはやみにかえれ。 かぐらえんぶこうりゅうじん