悲願花赫くひがんばなあかく
        −願い花妖奇譚− 前編  

里沙:作

 

(3:3:0)

晒菜 升麻(さらしな しょうま) 17歳。緋色の髪の半妖の少年。生まれの由縁から植物の力を借りることが出来る。元気いっぱい猪突猛進な少年 31
深山 樒(みやま しきみ) 17歳。煌破命宗(こうはめいしゅう)の妖狩り(あやかしがり)の一人。類を見ない美少年だが、口を開けば傍若無人。
根は素直。
30
鳳来寺 百合(ほうらいじ ゆり) 18歳。升麻と樒の先輩。お休みの日は祖父の神社でお手伝い。元気で活発な純和風美少女。特技はハリセン。 34
OL 人の心を喰い貶める妖に取り憑かれ、身を滅ぼした哀れな女性。名前はない。 19
妖(あやかし)

人の負の心を糧にする妖。 14
男  OLの同僚  5
謎の男 謎の男。年齢的には20代。 3
ナレーター(N) セリフは長いし大変だぞ!頑張れ!(肩ぽむ) 22

★OLと妖の台詞が少ないです。掛け合いがありますが、声を変えられる方であれば被りでも構いません。
その場合、比率は(2:2:1)となります。

 

 

 

001 N 煌破命宗(こうはめいしゅう)という宗派がある。
古くは高野山に繋がる宗派であるが、決して表舞台に立つことはない宗派でもある。
  この世には目に見えぬ存在が数多(あまた)存在している。
古くからそれは妖怪や、物の怪(もののけ)、悪魔や幽霊などと呼ばれてきたが、生あるものに害をなすそれらのものを、その宗派の者は総じて『妖(あやかし)』と呼んだ。
  升麻 特に人に害をなす妖は古来より存在し、現代でもひっそりと、だが確実にその手を人間界に伸ばしている。
そんな妖を人知れず退治し、あるいはあるべきところに送る者たちこそが、煌破命宗の一門たちだ。
  百合 彼らは普通の人が見えぬものを見る人間が殆どであるが、修行や訓練によってより秀でた力を持つ者も多かった。その中でも、人が持ち合わせない特殊な力や能力を持っている者も少なからず存在した。
  謎の男 そんな一握りの特別な力を持つものたちを、彼らは誰とも無くこう呼んだ。
  樒、升麻、百合 『妖狩り(あやかしがり)』と。
 

N

【願い花妖奇譚 ────悲願花赫く 前編──────】
  OL 「嫌よ!どうしてなの!?」
  静かな田舎道。街頭もまばらにしか点在しない暗い道を、一人の女性が足下をふらつかせながら歩いていた。
時折通る車のライトがその女性を照らしては行くのだが、まるで見えていなかったかのように速度を速めてすれ違っていく。
010 OL 「彼と出会ったのは私の方が最初だったのよ!?ずっと一緒にやってきて、彼の横に立つのはこの私だけだったのに!
それなのに、どうしてあんな冴えない彼女なんかと!」
  男(M) 『今度結婚することになったんだ。君にも色々お世話になったから、式には是非出席して欲しいんだけど、構わないかな?』
  OL(M) 『結婚!?何よ、それ!』
  男(M) 『え?何って…今度彼女と結婚が決まったんだけど…』
  OL(M) 『知らないわ、そんなの!彼女って何!?貴方の彼女は私でしょう!?ずっと付き合ってきたのは私じゃない!それなのに、どういう事!?』
  男(M) 『付き合ってきたなんて…僕たちはただの仲のいい同僚ってだけじゃないか』
  OL(M) 『ふざけないでよ!』
  男(M) 『ふざけてなんて無い。確かに君にはよくして貰ったし、よく飲みにも行ったよ。でもそれは他のみんなも一緒の会社の中だけだろ!?一度だって君とデートみたいなことしたことあったかい!?』
  OL(M) 『外でデートなんてしなくても、ずっと一緒だったじゃない!私はずっと貴方がプロポーズしてくれるのを待ってたのに!』
  男(M) 『あり得ないよ!僕は君じゃなく、彼女が好きなんだ!ずっと付き合ってきたのは彼女の方だ!』
020 OL 「いやー!」
  彼女の脳裏に、先ほどまでの光景が思い出される。
祝福されて幸せそうに笑う彼ら二人。恋人であるはずの彼の瞳は、彼女にだけ向けられていた。
  OL 『どうしてなの!?どうして私じゃないの!?周りの男たちはみんな私に気に入られようとしてたわ!付き合ってくれって言われたのだって、何度もある!
仕事の成績だって、誰にも負けてない!私は他の女たちとは一回りも二回りも違うのよ!?顔だってスタイルだって、仕事の出来具合も何もかも、あの子より私の方が断然上なのに!

なのに、どうしてなの!?何であんな子がいいの!?あんな子のどこがいいのよ!
いつもとろくて仕事ものろくて、バカみたいにニコニコ笑ってるだけのあんな子に、私のどこが劣っているというの!?』

  ふらふらとした足取りのまま、彼女は道を逸れる。
舗装もされていない獣道のような細い路地へ、まるで何かに引き寄せられるかのようにただぶつぶつと呟きながら、くらい瞳で声もなく泣きながら闇の中へと進んでいく。
  OL 「嫌よ……許さない。許さないわ…。どうして……どうして……。許さない……私は許さない……嫌よ……」
  彼女の目の前には暗い闇が広がっている。ふらふらと歩く彼女の前に、やがて薄ぼんやりとした光が見えた。
薄緑に光るその石。どことなく禍々しさを孕んだ光。その光が女性を取り巻くように、ぼうっと強さを増した。
 

『許せないわよねぇ……』 
  OL 「…どうして許すことが出来るの…」
 

『そうよ…なぜ許さなくちゃいけないの?』
  OL 「許せる訳無いじゃない…。あの人は私の想いを踏みにじったのに…」
030 『踏みにじられたの…?可哀想に…。貴方の方がずっと、ずーっと素敵なのにねぇ』
  OL 「そうよ…私は彼女より数段も上なのに…」
  『どうして彼は貴方を裏切ったのかしら』
 

OL

「私を裏切った……」
 

『そうよ。あいつはあなたを裏切った。裏切ってあなたをこんなに惨めにしているの。
あの女はあなたの大事な人を奪ったの。奪ってあなたをバカにしているの』
 

OL

「惨めで…悔しくて…恨めしいわ……」
 

『そうよ……あなたはなんにも悪くないのに、みんなから笑いものにされてるの。
影でみんな「わたし」のことを笑っているの。
いい気味だってあざけり笑っているの。
ねえ……こんなことが許されると思う?』
 

OL

「いやよ……いや……」
 

(笑いを含みながら)『わたしは可哀想って、みんなから言われながら影で笑われてバカにされて……
ねえ……許せないわよね?
悪いのはわたしじゃなくてあいつらなのに。
ねえ?あいつらがみーーんな悪いのにねぇ…』
 

頭の中でくすくすと笑う声がする。それはいつしか彼女の考えていることと同調して、声が重なる。
040

『みんな、いなくなっちゃえばいいのにね』
 

OL

「みんないなくなっちゃえばいいのに…」
 

『みんな死んじゃえばいいのよ』  (どこか楽しそうにささやいて)
 

OL

「みんな死んじゃえばいい…」
 

『悪いのは、みんなあいつらなんだもの
ねえ?そうでしょう』  
  OL 「悪いのは私じゃない。ねえ、そうでしょ……。
みんなみんな…あいつらが悪いの。私が惨めなのも、悲しいのも、悔しいのも、こんなに憎いのも…みんなみんな、みんなが悪いのよ…」


  (最初は静かに呟くように、次第に感情を露わにして叫ぶように)
  『そうよ、私は悪くないの……みんなが悪いの……』
  OL 「あの人も、あの女も…私を哀れんだ目で見たあいつらも……バカにしたようにこそこそ噂するあいつらも…。
みんな死んじゃえばいい…」
  『みんな死んじゃえばいいのよ…!』
  OL 「みんな殺しちゃえばあたしは楽になれるのおぉぉっ!!」」
050 狂ったように叫び、笑い出す彼女の前で、石から発せられる光はまるで彼女に呼応するかのように激しく明滅する。
  OL 「みんなみんな死んじゃえ!みんないなくなればいいのよおぉぉぉっ!!
あは……あはは…あはははは……!!」
  闇の中、彼女の笑い声だけが微かに風に乗って聞こえてきたが、やがてそれも聞こえなくなった。
変わりに、何か異様な音が聞こえてくる。ガリガリという囓(かじ)る音。くちゃくちゃずるずる、まるで獣が何か獲物を食べているかのような。
それもまた、闇の中へと吸い込まれるように消えていく。

辺りは、虫の音の1つも聞こえない静寂に包まれた。

  升麻 (少し間を置いてから)「静岡県金谷町?あ、おかわり」
  百合 「そ、鴨江寺(かもえじ)の黒松さんからのお話でね、最近そこに出るらしいのよ。…って、何杯目よ、升麻。腹八分目って言葉、知ってる?」
  升麻 「だって今日、体育があるっすモン。腹が減ってはってね。んで、出るって……うらめしや〜ってやつ?」
  「あほう…だからお前はバカなんだ」
  升麻 「んだと!深山ー!」
  百合 「こらっ、升麻!食事中に喧嘩はしない!」
  スパーン!と胸の透くような音が辺りに響く。一体いつの間にどこから取り出したのか、特製巨大ハリセンが百合の手に握られ、それが升麻の後頭部に決まったのだ。
060 升麻 「いたい……」
  百合 「痛いようにぶってるんだから、当たり前です!まったく、バカは死ななきゃ治らないなんて、うそっぱちよ。一度死んでも升麻のそのおバカは治らないんだから」
  「どあほうだから…」
  升麻 「てめっ!」
  百合 「だからあなたも余計な挑発はしない!」  (SE:ハリセンの音)
  「あだっ!……なんで俺まで…」
  百合 「喧嘩両成敗よ!」

「とにかく、何度も言うようだけど、今度食事中にやり合ったら深山樒!あんた直ぐに主家(しゅけ)へ戻らせるからね!」

  「………ぜってぇいやだ…………」
  百合 「いやなら、おとなしく升麻と仲良くしなさい!
ほんとにもう!このやりとり何度目よ!升麻も升麻で直ぐに挑発に乗って…あんたの頭はその髪と同じ鳥頭か!」 (SE:ハリセンの音)
  升麻 「百合姉(ゆりねえ)!何も2回も叩くこと無いじゃないですかー!」
070 百合 「私を怒らせたあんたが悪い。

とにかく、おじいさまが留守の間はこの私が責任者なんだから、少しは苦労を察しておとなしくしていてちょうだい!」

  升麻 「はーい……」
  「……はい」
  百合 「話を戻すけど、静岡県の金谷町にある久延寺の方から鴨江寺の黒松さんにお話が行ったんだけどね、金谷町の佐夜中山(さよなかやま)には昔話で残っている『夜泣き石』という石があるの」
  升麻 「夜泣き石?石が泣くのか?」
  「石が泣くか、ばーか…」
  百合 「……超巨大特選ハリセンの威力、知りたいようね?^^」
  升麻 「あ……百合姉、落ち着いて…ごめんなさい。もう何も言いません……」
  「……話聞きます……」
  百合 「ちっ……1時間かけて作った力作なのに……。

まあ、静岡県の民話としては有名な話よ。
その昔、産み月の近い、身重の女が家路を急いでいたけれど、峠の付近で盗賊に襲われて命を落としたの。
中山の頂に観音様を祀(まつ)った久延寺があって、そこの住職が赤ん坊の泣き声を聞きつけてその場所に行ったら、女が殺されており、その側には赤ん坊がいたと言うことなんだけど」

080 けれど、不思議なことに赤ん坊は泣き声一つ上げてはいず、その側にはまるで赤ん坊を護るかのように丸石が一つあった。
村人たちの間では、石に母親の一念が宿り、子を助けるために心無き石を泣かせたのではないかと言う話になったそうな。
子は寺に引き取られ、水飴で育てられ、成長した後には母の御霊を供養したということである。
  升麻 「へぇー…」
  百合 「もっともこの話にはもう一つ同じような話があってね。
同じように、女が峠で殺されたんだけど、連れていた赤ん坊がどこを探しても見つからなくて、盗賊に連れて行かれてしまったんだろうと泣く泣く諦めていた。
ところが、ある晩から峠の茶屋に女の人が現れて、毎晩毎晩、同じ時刻に水飴を買っていくの。
不思議に思った茶屋の主人が、女の後を着けていったら、女は人家のある村の方ではなく、峠の上に登っていった。
ある岩の側まで来た所、その女の姿がふっとかき消えて、おそるおそる付近を探索した主人は、岩陰にすやすや眠る赤ん坊と、買われていった水飴を見つけたの」
  毎晩現れた女は峠で殺された母親で、その女は子供のことが心残りで悲しい姿を現したのだろうと、主人は手厚く供養した。
その後、茶屋の夫婦は子供のいない自分たちの子として、その赤ん坊を育てることにしたという。
だが、その後も夜になると時折岩から女のすすり泣きが聞こえ、それ以来誰言うともなく、女が消えた岩を『夜泣き石』と呼ぶようになったと言うことだ。
どちらにしても、子を思う母の一念の話である。
  升麻 「死んだ母親が赤ん坊を助けるために……いい話ですよね、百合姉……」
  「つまりその母親だか何だかが妖(あやかし)だと……」
  百合 「これをみて」
  肯定も否定もせず、百合が一葉の写真を差し出した。
なんの変哲もない写真。
どこかの景色を写したものだろう、こじんまりとした場所に木々が立ち並び、その真ん中、社を組まれた中に石が祀られている。多分それが『夜泣き石』なのだろう。
だが、普通と変わらない写真の中に、彼らは『視』ていた。
  升麻 「げげーっ!スプラッタ!!」
  「これは……!」
090 百合 「実は『夜泣き石』と呼ばれる物は久延寺の境内と、佐夜鹿トンネルの東側の丘の上との二ヶ所にあってね、これはその丘の上の石を撮ったものよ」
  升麻 「うわ…そこら中に血の痕だぁ…。ああ!これ桜の木じゃねぇか!この木にまで血がべっとりー!ひでぇ、桜は浄化するのに時間掛かるのにー!」
  「これ…ぼんやりしてるけど、人の…足か?いや、手もあるな…。もしかして、『喰われた』か」
  百合 「あんたたちにはしっかり『視』えてるようね。まあ、そうでなきゃ妖狩りなんてやってられないけど」
  「間違いないな……妖の仕業だ。しかも人を喰らうなんざ、質(たち)が悪い……」
  升麻 「うぇ……」
  百合 「半年前、この近辺で道路工事が行われてから、怪異は始まったらしいわ。
最初は仕事帰りのOLの一人が行方不明。彼女のものだと思われる靴の片方が見つかったけど、今もって不明。
その次は、この近辺を根城にしていた、暴走族グループの男女5人が行方不明。
その一週間後、明け方に新聞配達員が乗っていたバイクを残して行方知れず。
そして、五日前に遊びに来ていた高校生カップルが、やっぱり行方不明になってるわ」
  「たったそんだけの人数じゃねえはずだ。届けられてるだけで、本当はこの倍は喰われちまってると思う」
  百合 「そうね。久延寺の檀家さんの中に能力(ちから)の強い人がいたらしくて、数ヶ月前から不穏な黒い影を視かけていたそうよ。
そこに、こんな事件が続くものだから、相談されて、話が主家にまで行ったの。
これ以上被害が広がらないうちに原因を突き止めて、それが害為すものであれば浄化して欲しいということで、樒、あんたにお声が掛かったって訳」
  「……判った」
100 升麻 「百合姉、俺は!?」
  百合 「一緒に行ってちょうだい。何かあった時の樒のフォローをお願いね」
  升麻 「おう!任せといて!」
  「こんなバカイラネー。てめーは留守番でもしてろ」
  升麻 「んだとっ深山!このくさればか!」
  「バカはてめーだ!浄化の火に近寄れねーやつが、のこのこ着いてくんじゃねーよ!あほーっ!」
  升麻 「う…っ、うるせー!触れないだけで近付くことは出来らあ!この陰険狐!」
  「近付いてどうする!だからてめーはどあほーって言うんだ!この豆犬!」
  百合 「はいっ!そこまでよ!」 (SE:ハリセンの音)
  豆犬とはいいこと言うなぁと思いながらも、百合が1時間かけて作ったという自慢のハリセンが、二人の頭にクリーンヒットする。ものすごくいい音が響いた。
110 升麻 「〜〜〜あぁぁぁぁ………いっ……てぇ……〜〜〜〜;;」
  「…………っ………」
  百合 「いい加減体で覚えなさいね?
現場までは主家の方から車を出してくれるそうだから、直ぐに支度をしてちょうだい。車が来るのが後1時間もないんだから」
  升麻 「えっ!が…学校は?」
  百合 「……あんたが勉強嫌いなのに、学校好きなのは判るけど、これはお仕事なのよ?お・し・ご・と!!
学園長にはすでに連絡済みで、今日は特別休校扱い。今日の分の遅れは後日しっかり私が見てあげるから、安心しなさい!」
  升麻 「いや、あの…勉強じゃなくて…体育…」
  百合 「………体育とお仕事、どっちが大切かなぁ?^^」
  升麻 「ハイ…お仕事頑張ります……」
  百合 「よろしい」
  升麻 「トホホ……サッカーだったのに…。ちくそうっ、食って体力つけちゃる!」
120 百合 「……あんた一体何杯食べるつもりよ…」
  升麻 「腹が減っては戦はできねーもん!」
  「ごっそさま。俺は用意してきます」
  百合 「ああ、ちょっと待って、樒」
  自室に向かうために部屋を出た樒に、百合が声を掛けて引き留めた。その両手に、刃渡り30pはあるだろうか。一本の短剣が捧げ持たれていた。
  百合 「念のため《火御児》(ひみこ)を持って行きなさい。夜泣き石に憑いている妖がなんなのか判らないうちは、用心に越したことはないからね」
  「…………先輩…」
  百合 「樒?」
  「《火御児》(ひみこ)は……あいつにとってよくないから……」
  百合 「樒……。

そうね。
《火御児》はその名の通り火の剣(つるぎ)。升麻にとって相性はよくないわね。
でもね、樒。《火御児》を持たないままで、もし何かあった時、あんたはあの子を守り通す自信がある?」

130 「………っ…」
  百合 「相手がどんなやつかも判らないまま、升麻を気遣いながら戦うことが出来る?
升麻は升麻で、あんたに庇われてるとか、気遣われてるとか知ったら、暴れ出すわよ?
そんな升麻をフォローしながら、あんたはあんたでやらなきゃいけないことをやる。そんな器用なこと、あんたには無理でしょうが。

それに…升麻はあの時とは違うわ。もうすでに、あの子は人間により近くなってる存在よ。そんなこと、あんたの方が判っていることでしょう?」

  「…でも、先輩っ…」
  百合 「心配する気持ちは判るけど、あの子を信じなさいって。あんたもあの子も、前よりずっと成長しているんだから!」
  不機嫌そうな樒の背を、思いっきり叩く。一瞬痛そうに眉を寄せた樒だったが、何も言わずに百合の手からその短剣を受け取った。
  百合 「でも、本当に気を付けなさい。今回時間が無くって調べられなかったから、どんなやつなのか判らないんだから。陰(かげ)のものだと言うことは確かなんだけど…」
  「退治すんのには変わらねー」
  百合 「樒…。
あんたにとって妖は敵(かたき)以外の何者でもないのかも知れないけど…そうでないものもいるってことは判るでしょう?
そんなに肩肘張らずに、もう少しだけ周りを見て欲しいと思うわ」
  「……そんなの……」
  判っているとも、判らないとも言わず、樒は自室に向かう。溜息をつきながらそれを見送った百合だったが、くるりと振り返り、先ほどとはまた違った溜め息をこぼした。
視線の先にいるのは、何杯目になるのか判らないご飯をかっ込んでいる升麻の姿である。
これまたどこから取り出したのか、ハリセンを握る手にぐっと力が入る。
無言で食堂に消えていく百合だったが、その後直ぐにハリセンの音と、升麻の叫びが聞こえてきたのは、自業自得と言うものだろう。

それから1時間も経たないうちに、主家から使わされたという車が、二人を迎えに来た。

140 升麻 「深山!何やってんだ!もうとっくに迎え車は来てるんだぞ!」
  「うるせーぞ、豆犬。怒鳴らなくても聞こえてる」
  升麻 「てめっ、せっかく迎えに来てくれて、夜泣き石まで送ってくれるってんだから、ちったぁありがたく思え、この狐!」
  「頼んだわけじゃねー」
  升麻 「いくら頼んでなくても、好意でしてくれてることに感謝するのが、礼儀ってもんだろーが!」
  「面倒な仕事ばかり押しつけてくるやつらにとる礼儀なんぞ、持ち合わせちゃいねーよ…」
  升麻 「それがてめーの仕事だろうが!わがまま言うんじゃねぇ!」」
  「単純バカ…」
  升麻 「深山ー!!」
  百合 「いい加減にしなさーーーーーーいっっっっ!!」  (SE:ハリセンの音)
150 本日何度目かによる百合の特大ハリセンが二人の頭上で炸裂した。
後日、その光景を目の当たりにしていた主家からの使いの者が、鳳来寺百合様こそが、次代巫女様に最も相応しいのではないかと言ったとか言わなかったとか。
それによって百合のシンパが増えたことだけは確かなことであった。
  「ふふ……ふふふ……
ねぇ…来るわ…。来るわ……
もうすぐ来るわ……
力を携えて、私の元にやってくる……。私はもっと強くなれるのよ。」
  暗い闇の中で楽しそうな声がする。
  『ああ……力が欲しい……。もっともっと……人を喰らって力を付けて……
そうしてこの世をもっと住みやすい世にするのよ……もっともっと…怨念で満ちあふれて、呪いに満ちあふれて…
裏切りや陰謀や、憎しみや嫉妬…諸々(もろもろ)の陰の気で世界を埋め尽くして…そうして死の世界を築くのよ!
ふふ……あはは…あははははは!あーーーははははは……!!』
  狂気に似たその気に当てられたのか、近くを飛んでいた小鳥が急に苦しそうにもがきながら落ちていく。
どろどろとした闇の気に、辺りが腐れていくようだった。
  謎の男 「……『くらい』かぁ…。
またやっかいなものが這いずり出てきたものだねぇ…」
  闇の気で渦巻くそこから遙か上空に、その男は立っていた。
上等なスーツを着こなしながら、ポケットに両手を突っ込んで、下の闇を見詰めている。
  謎の男 「まあ…あの二人なら何とかするでしょ……。
あれくらいのものを退治出来ないようじゃ、この先使い物にならないしねぇ…」
158 クスリと笑って、片手を一閃する。わずかな風が起こり、瞬間、その姿はかき消すように消えた。

樒と升麻を乗せた車は、国道をひた走り妖の元へと近付いている。

その『石』の周りはどろどろとした陰(いん)の気で溢れかえり、近付いたものはそれに飲み込まれていく。

今、『妖狩り』が始まろうとしていた。