ひまわり
里沙:作
陽奈(ひな) | ♀ | 幼稚園児。両親を一度に失って、陽介の両親の養子に入る。元気いっぱい。 注意:名前欄「ひな」は幼稚園児。「陽奈」は大人の女性です。 |
50 |
陽介(ようすけ) | ♂ | 陽奈のおじさん。おじさんと言ってもまだ大学生。なのに親父クサイのは子育てしてるため。 注意:「陽介M」は10数年後のモノローグになります。 |
63 |
男 | ♂ | 近くの公園に姿を見せるホームレスのおじさん。人生悪いことだけじゃないよ。 注意:セリフは少な目です。ごめんなさい。 |
14 |
注意:「陽介」と「陽介M」は年代が違います。
「陽介」は20代前半の大学生。「陽介M」はそれより10数年後の年齢となりますので、その点ご了承下さい。
001 | 陽介M |
『姉が死んだ。 正確には、姉と、その旦那である義兄の二人が、夫婦水入らずで旅行に行った帰りに事故で亡くなったのだ。 残されたのは一人娘の俺の姪っ子。姪っ子は俺の両親が引き取って、養子にした。 姪っ子の陽奈が4歳になる春のことだった。』 |
002 | ひな | それでね、それでね、優子ちゃんがひなのおやつ取っちゃったんだよ!最後に食べようと思ってたのにー。 |
003 | 陽介 | うーん。それは優子ちゃんが悪いなぁ。ちゃんと先生には言ったんだろ?優子ちゃんが陽奈のおやつ取っちゃったって。 |
004 | ひな | んとね、せんせいには言わなかったの。 |
005 | 陽介 | どうして? |
006 | ひな | だって、先生に言ったら、優子ちゃん怒られちゃうでしょ?そんなのかわいそうだもん…。 |
007 | 陽介 | そっかあ。先生に怒られるのはかわいそうだね。 でもね、陽奈。悪いことは悪いことだってちゃんと怒らなきゃ、優子ちゃんのためにもよくないんだよ? |
008 | ひな | どうして? |
009 | 陽介 | 陽奈は優子ちゃんにおやつ取られてどう思った? |
010 | ひな | んと、優子ちゃんのバカって思った…。 |
011 | 陽介 | あはは。バカって思っちゃったか。優子ちゃんのこと、ちょっとだけ嫌いって思わなかった? |
012 | ひな | 思った…。でも、ちょっとだけだよ!? |
013 | 陽介 | ちょっとでも嫌いになっちゃたんだね。 じゃあ、優子ちゃんが悪いことして誰も怒らなかったら、それは優子ちゃんにとって悪い事じゃなくなって、どんどん悪いことしちゃうかも知れないだろ? そしたら優子ちゃん、本当に悪い子になってみんなに嫌われちゃわないかな? |
014 | ひな | 優子ちゃんは悪い子じゃないよ!だって、ひながたかし君にいじめられた時、怒ってくれたもん! |
015 | 陽介 | うん、優子ちゃんは良い子だね。だから、悪いことしたら、ちゃんとそれはいけないことだよって教えてあげなくちゃ。 優子ちゃんがみんなに嫌われちゃったら、陽奈だって悲しいだろ? |
016 | ひな | でも、怒られるのはかわいそうだもん…。 |
017 | 陽介 | 誰かが悪いことしたら、誰かが叱るだろ?それは、その子が大好きだから、悪い子になって欲しくないから怒るんだよ? 陽奈だっていたずらしておばあちゃんに怒られたことあるだろ? でも、おばあちゃんは陽奈が嫌いで怒ったんじゃなくて、陽奈が大好きだから悪いことしちゃダメって怒ったんだよ。 |
018 | ひな | ひながごめんなさいしたら、おばあちゃん、良い子だねって頭なでてくれたよ! |
019 | 陽介 | そうだろ?ちゃーんと素直にごめんなさいしたら、陽奈は悪い子じゃないって、おばあちゃんやおじいちゃんやみんなから良い子だねって言われて、大好きだよって言ってもらえるんだ。 優子ちゃんだってみんなから大好きだよって言われる子の方がいいだろ? |
020 | ひな | うん。陽奈ね、優子ちゃんが大好き。おともだちだもん! |
021 | 陽介 | そうだろ。お友達なら、ちゃーんと悪いことしたらダメだよって言わなくちゃ。 |
022 | ひな | でも、優子ちゃん、ひなのこと嫌いになったりしない? |
023 | 陽介 | 優子ちゃんは良い子だろ?そんなことで陽奈のことを嫌いになったりしないと思うよ? お友達なら、そんなことで嫌いになったりしないだろ? |
024 | ひな | ひなね、ひな、今度ちゃんとダメって言うね。それで優子ちゃんがごめんねって言ってくれたら、ひなも怒ってごめんねって言うの! |
025 | 陽介 | (くすくす笑いながら)そうだね。二人でごめんなさいしたら、きっと仲直り出来るからね。 |
026 | ひな | あのね、おじちゃん、今日のおやつはリンゴだったの!うさぎさんの形してた。おじちゃん、うさぎさんのリンゴ作れる? |
027 | 陽介 | おじちゃんじゃなくてお兄ちゃん! ウサギリンゴかぁ。じゃあ、帰ったら食べられちゃったおやつの変わりにうさぎさんリンゴ作ってあげようか? |
028 | ひな | ほんと!?わぁい!うさぎさんのリンゴ♪ うさぎさんのリンゴー♪ |
029 | 陽介 | こら、陽奈!1人で走っちゃ危ないからダメだぞ!ちゃんと手を繋ぐ! |
030 | ひな | おじちゃん、早くー! |
031 | 陽介M | 『陽奈が引き取られてからと言うもの、共働きだった両親に代わって姪っ子の面倒を見ていたのは、当時大学で暇を持て余していた俺だった。 大きな目で真っ直ぐに見詰め、にっこりと笑う姪っ子は、俺の記憶の中の姉にそっくりだった。 姉夫婦が亡くなった時は、死というものが良く判っていなかったろうに、陽奈は右往左往する周りの大人の対応を見詰め、我が儘も駄々もこねることなく、ただじっと泣くのを我慢するかのようにウサギの人形を抱いて、大人しくしていた。 |
032 | ひな | おじちゃん、おじちゃん!みてみてー! |
033 | 陽介 | ひーなー。おじちゃんじゃなくてお兄ちゃんって呼べ!って何度も言ってるだろー。 |
034 | ひな | なんでー?だっておじちゃんはママの弟でしょ?ママの弟の陽介おじちゃんはひなのおじちゃんだよって、おばあちゃん言ってたもん。 |
035 | 陽介 | いや、確かに叔父には違いないけどな?それでも俺はまだ20代前半なんだぞ?まだ若いんだぞ? それなのにおじちゃんって呼ばれるのは、抵抗があるっつーか何つーか…。 |
036 | ひな | おじちゃんはおじちゃんだもん!お兄ちゃんって変だもんっ! |
037 | 陽介 | あー、はいはい。もうおじちゃんでも良いよ…。 陽奈がおじちゃんって呼ぶから、友達までおじちゃんとか言ってからかって来るんだが…まあ、それは一発入れればいいか…。 |
038 | ひな | 一発って? |
039 | 陽介 | いや、何でもない。陽奈には関係ないことだよ。で、何を見てって? |
040 | ひな | あのね、あのね、これ! |
041 | 陽介 | 人形?リカちゃん…じゃないな、これ、バービーかな?バービー人形だね。 |
042 | ひな | うん、ばぁばがひなのプレゼントだよって、送ってくれたのー! |
043 | 陽介 | 『うちのお袋がおばあちゃんで、義兄(にい)さんの母親がばぁばって言うのは、判りやすいっちゃ判りやすいな』 高崎のおばあちゃん達は今仕事でアメリカだっけ。じゃあ、アメリカで買ってくれたバービーちゃんなんだ。すごいなぁ。こっちじゃ売ってないかもよ。 |
044 | ひな | うん、ひな、大事にする!ばぁばがね、お誕生日おめでとうって、カードもくれたんだよ!ディズニーのお姫様のカードだったの!とってもきれいなのー! |
045 | 陽介 | そっか。来週は陽奈の5歳の誕生日か。早いなぁ。じゃあ、来週はお祝いしなくちゃね。 |
046 | ひな | おばあちゃんが、お誕生日にはケーキ買ってくれるって!いちごのケーキなんだよ! |
047 | 陽介 | さてはおばあちゃんと一緒にケーキ屋さんに予約しに行ったな? |
048 | ひな | えー、なんでわかるのー? |
049 | 陽介 | (笑)さて、なんででしょうねー。 にしてもお袋のやつ、早々と予約しなくてもよかったのに。大学の近くに美味しいケーキ屋があるから、そこで買おうと思ってたんだけどな。 |
050 | ひな | ひなねぇ、いちごのケーキ大好き。ママもよく作ってくれたよ。 |
051 | 陽介 | ………そか。うん、姉さん…陽奈のママ、ケーキとかお菓子とか、作るの上手だったもんな。結婚前はよく作ってくれたっけ。 |
052 | ひな | おじいちゃんはね、日曜日にディズニーランドに連れてってくれるって! |
053 | 陽介 | このクソ暑いのにか!?8月下旬とはいえ、まだ暑いんだぞ?夏休みだから人一杯だぞ!?陽奈、倒れちゃうぞ!? |
054 | ひな | おじいちゃんがね、おじちゃんがひなの行きたい所全部連れてってくれるから、おおぶねに乗った気でいなさいって言ってたの。おおぶねってなに? |
055 | 陽介 | あんのクソ親父!つまりはお金出して連れて行くのは良いけど、陽奈のお守りは全部俺って訳かー! |
056 | ひな | おじいちゃんとおばあちゃんも行くって言ってたよ? |
057 | 陽介 | いや、一緒には行くだろう…。けど、あの二人、絶対近くのホテルに居残る気だぞ…。もしくは着いて回るだけだ…。 |
058 | ひな | ひなねぇ、シンデレラのお城行きたいな!後、パレード見るのー! |
059 | 陽介 | …ミッキーと一緒に写真を撮って、アメリカにいる高崎のじぃじとばぁばに、プレゼントのお礼のお返事しような。 |
060 | ひな | うん!ミッキーとミニーとドナルドダックもとるのー! |
061 | 陽介M | 『そうだ。陽奈が5歳になるあの夏。 あの夏の誕生日は、きっと忘れない…。 どんなに月日が経とうとも、ひまわりを見ればいつも思い出す…。 あの夏の日…。』 |
062 | 男M |
『そう…。私はあの日のことを忘れない。この先ずっと忙しい日々に、あるいは穏やかな日々に紛れていっても、あの日のことは一生忘れないだろう。 あの日、私は新しく生まれ変わったんだ…。』 |
063 | ひな | おじちゃーん!早く早くー |
064 | 陽介 | おじちゃんって言うなって言ってるだろー!まったくもう。 陽奈、そんなに走ると、転ぶぞ。デパートは逃げたりしないから、ゆっくり行くぞー。 |
065 | ひな | だって暑いんだもんー。影の所に行くのー。 |
066 | 陽介 | そりゃ夏だしなー…。と言っても仕方ないことだが、さすがにこんな昼間に出掛けるんじゃなかったか。 陽奈の誕生日プレゼント、買いに行くのは夕方でも良かったんじゃないか? |
067 | ひな | だめー。お昼にお友だちが来て、お誕生日会するんだもん! そいでもって、おじいちゃんが帰ってきたら、今度はおじいちゃんやおばあちゃんとお祝いするんだもん! |
068 | 陽介 | はいはい。お誕生会であんまり食べ過ぎるなよー?夜にご飯入らなくなっちゃうぞ。ケーキも食べられなく…って、二回も食べるとお腹壊すか。 で、陽奈は何が欲しいって? |
069 | ひな | んとね、プリキュアのお絵かきセット!(ここはその時その時で子供に人気のあるアニメなどのおもちゃを当てはめてくれればいいです) |
070 | 陽介 | お絵かきセットはおばあちゃんが買ってくれるんじゃなかったのか? |
071 | ひな | おばあちゃんはおじいちゃんと一緒にディズニーランドだもん。 |
072 | 陽介 | あ…そですか…。ちくしょう…プレゼント代、後で請求してやる…。 |
073 | ひな | おじちゃん、みてみて!ひまわりいっぱい咲いてるー! |
074 | 陽介 | オー、本当だ。この公園、いつも花で一杯だよな。陽奈より高いひまわりだぞー。 |
075 | ひな | 優子ちゃんや亜美ちゃん達といつもここで遊ぶんだよ。すべり台はねー、お尻が暑いからダメなの。 |
076 | 陽介 | 周りが木で一杯だから影になって涼しいけど、すべり台やジャングルジムは中央だもんな。さすがに昼間は暑くて触れないよ。 陽奈?どうした。 |
077 | ひな | おじちゃん。お茶欲しい! |
078 | 陽介 | お茶?喉が渇いたなら、デパートでジュースでも飲むか? |
079 | ひな | 違うの。いま欲しいの!お茶買って! |
080 | 陽介 | じゃあ、デパートでジュースはなしだぞ?(自販機でジュースを買う音)ほら…って、陽奈!? |
081 | 陽介M | 『いきなりお茶が欲しいと言いだし、自販機から出てきた途端にそのお茶を取り出した陽奈は、そのまま公園の入口の方に駆けだした。 慌てて追う俺の目に映ったのは、その頃いつもこの公園で見かける30代後半くらいのホームレスの男性に、お茶を差し出している陽奈の姿だった。』 |
082 | ひな | おじちゃん、どうぞ。 |
083 | 男 | ……え? |
084 | ひな | お茶、どうぞー。 |
085 | 男 | え…あの…。もらって…良いのかい? |
086 | 陽介M | 『このホームレスの男性はここ最近見かける人で、いつもベンチに座っていた。公園でよく遊ぶ陽奈は、いつも見るこの男性の事が気になっていたんだろう。 多分陽奈は、この暑い中ただ座っているこのホームレスの男性が、喉が渇いていると思ったんだ。だから男にお茶をあげようと思って、俺に買って欲しいと言いだしたんだ。 陽奈が男性にあげたいと望んで、俺に買ってくれと言った。だから俺は否定することは出来ない。陽奈が考え、陽奈が望んだことだから』 |
087 | 陽介 | どうぞ、良かったらもらってください。 |
088 | 男M | 『そう…あの時私は、暑い中無気力に座り込み、ただぼんやりと周りに咲くひまわりを見詰めていた。 そんな私の元に、1人の可愛い女の子が現れ、冷たく冷えたペットボトルを差し出してくれた時の驚きは、いまでも覚えている』 |
089 | ひな | 冷たくておいしいよ。おじちゃん、飲んでね。 |
090 | 男 | (声を詰まらせながら)僕に…くれるのかい?こんな…ゴミみたいな僕に…お茶を……。 |
091 | ひな | ? おじちゃんはゴミなんかじゃないよ? |
092 | 陽介M | 『その瞬間、ホームレスの男性が泣き出したのにはびっくりした。陽奈も驚いたように目を丸くしていたっけ。』 |
093 | 男 | あ…ありがとう。こんな…ゴミみたいな僕に優しくしてくれるなんて…こんな優しさを受けたのは、何年ぶりだろう…。 |
094 | ひな | おじちゃん、どうしたの?どっか痛いの?お薬、欲しい? |
095 | 男 | いや…いや…違うよ。お嬢ちゃん。ありがとう…。どこも痛くないよ。ただ、ちょっと、嬉しくなって胸がいっぱいになって…。 ありがとう、お嬢ちゃん。お茶、ありがとうね…。 |
096 | 陽介M | 『何度も何度もありがとうを言う男性に、陽奈は嬉しそうにバイバイした。一度振り返った時、その場に立って大事そうにペットボトルを抱えたまま、こちらをずっと見ている姿を見たのが、その男性を見た最後だった。 次の日から、そのホームレスの男性の姿を見ることはなかった。 それだけなら、きっと記憶の片隅に追いやられて忘れてしまっていただろう。きっと思い出すこともなく、日々を過ごしていたに違いない。 けれど、その出来事が忘れられない出来事になったのは、その夏の日からちょうど一年後のクリスマスの頃だった。』 |
097 | 男 | あの…すみません。 |
098 | 陽介 | はい?あの、どちらさまですか? |
099 | 陽介M | 『大学の帰り道、近道であの公園を歩いていた時、見知らぬ男の人から声を掛けられた。見知らぬと言ったのは、それほど様相が変わっていたからだ。 こざっぱりとした、けれど仕立てのいいスーツに身を包んだ、穏和な顔つきの1人の男性。それが一年前のホームレスと同一人物だったなんて、言われるまで気が付かなかったくらいだ。』 |
100 | 男 | 覚えていませんか。一年前の夏、この公園で、あなたと一緒にいたお嬢ちゃんからお茶をもらったホームレスの男の事を。 あの時のホームレスです…。 西野と言います…。 |
101 | 陽介 | ああ!あの時の!?覚えています。あの頃、その…よくお姿を見かけていましたし、あの日は陽奈の誕生日だったので。 |
102 | 男 | あの時は本当にありがとうございました。 お恥ずかしい話ですが、あの頃の私はリストラされて、再就職もうまくいかず…自暴自棄になって家庭を捨てて家を飛び出していた状態だったんです…。 けど…。 あの日、お嬢ちゃんに優しくされて…それより何より、私にもお嬢ちゃんと一緒くらいの子がいて、それが思い出されて…。 このままじゃいけない…このままじゃ何も変わらないと思い返して、もう一度頑張ろうって一念発起して…。 あのまま家族の元に帰りまして…土下座してもう一度やり直させてくれって謝ったんです。 |
103 | 陽介 | 西野さん…。 |
104 | 男 | 家族って…良いものですね…。 妻はこんな俺を見捨てもしないで、ずっと帰りを待っていてくれたんです…。子供達も長男は最初怒りましたけど…お帰りって…お帰りって言ってくれたんですよ…。 就職も小さな会社ですが何とか再就職出来ました。 |
105 | 陽介 | 良かった…良かったですね…。 |
106 | 男 | あの日…あなた方に会わなかったら…お嬢ちゃんがあんなゴミみたいな状態の私に優しくしてくれなかったら…今の私はいませんでした…。 お嬢ちゃんが私に言ってくれた言葉…『おじちゃんはゴミなんかじゃないよ』…あの言葉が、私を生まれ変わらせてくれたんです…。 |
107 | 陽介 | 切っ掛けは何であれ、頑張ったのは西野さんです。俺は何もしてないし…陽奈だって、ただあの時の西野さんが喉渇いてるんじゃないかって思ってあげただけなんですから…。 |
108 | 男 | お嬢ちゃんにはそのつもりはなかったとしても、優しくしてくれたのは事実です…。荒(すさ)んでいた私の心に何の躊躇(ためら)いもなく入り込んできたお嬢ちゃんの優しさ。その優しさに触れて、私は変わろうと思えたんです。 家に帰ってもう一度やり直そうって決心して…必死になって再就職の道を探して、資格も取って…。 |
109 | 陽介 | そんな…顔をあげて下さいよ。こんな年下に頭なんて下げないでください。 |
110 | 陽介M | 『西野さんが頭を下げるその後ろに、少し離れた所でそんな西野さんを見ている親子がいたんだ。年輩の女性と、その頃小学5年生くらいの男の子と、陽奈と同じくらいの女の子。 優しい顔立ちのその女性がこちらに向かってお辞儀をするのと一緒に、男の子がぺこりと頭を下げてくれた。女の子は女性の手から抜け出し、西野さんに向かって走り寄ってきた。 西野さんの家族だった。』 |
111 | 男 | どうしてもあの時のことをお礼に伺いたかったんです。こんなに遅くなってしまいましたが…。 妻もそれを快く後押ししてくれて…自分も一言でもお礼を言いたいって…。 あの頃、あなた方がよくこの公園を通っていたことを思い出して、失礼ですがここで待っていたんです…。あなただけでも会えて良かった…。 |
112 | 陽介 | あのっ!陽奈に…陽奈にも会って行ってもらえませんか! 陽奈があの時のことを覚えているかどうかは判りませんが、時間があるなら、どうか是非陽奈に会って上げてください! |
113 | 陽介M | 『本当にお礼を言われるのは…西野さんが本当にお礼を言いたいのは俺じゃない。陽奈だ。 だから、俺は迷わず西野さんに陽奈を会わせてあげようと思ったんだ。 こんな寒い中、ずっと公園で待っていたという西野さん。会えるかどうかもわからないのに、その西野さんに思いを遂げさせてあげようと、何も言わず付き添っていた奥さんと子供達。 こんなにも家族を思いやれるこの人達に、俺は陽奈を会わせてあげたかった。この人達を、陽奈に会わせてあげたかったんだ。 戸惑う西野さん達を強引に家に連れて行って、びっくりしている両親に説明して…。 |
114 | 陽奈 | おじさん、こんな所にいたの?ね、みてみて、どう? |
115 | 陽介M | 『俺の前に、美しく成長した陽奈がいる。亡くなった姉さんそっくりに、けれど夏が似合う元気いっぱいの笑顔の陽奈が。』 |
116 | 陽介 | (陽介Mと同)何もこんな暑い時期に結婚式なんて計画しなくても良かったんじゃないか?汗で化粧が流れてパンダになるぞ(笑) |
117 | 陽奈 | ひどーい。ちゃんと会場の中は冷房効いてるから、そんなことにはなりませんよーだ。それより、どう? |
118 | 陽介 | きれいだよ。亡くなった姉さんも、弟の俺から見ても綺麗な人だったし、結婚式の時は本当ににきれいだったけど、陽奈は姉さんそっくりに、それ以上にまぶしいくらいきれいかな。 西野さん達は?もう会場に入ったのかい? |
119 | 陽奈 | まだ控え室の方だと思うわ。 西野のおじさまったら、変なのよ。ふるーいペットボトルの蓋のキーホルダー持ってたの。今日はこれについて私に話したいことがあるって言ってたけど、何なのかしら? |
120 | 陽介 | 古い…ペットボトルの蓋…。そうか…。 |
121 | 陽奈 | おじさんは何か知ってるの?彼も知ってるみたいなんだけど、ずっと内緒だって言って教えてくれないのよ。 |
122 | 陽介 | それは式の時までお預けだな。陽奈が覚えているかいないかで、感動も違ってくると思うけどね(笑) |
123 | 陽奈 | えー?なんなの?ねえ、おじさんったら。教えてよー。 |
124 | 陽介 | 今は内緒。その時になればいやでも知れるんだから、良いじゃないか。 ほらほら、準備のために係りの人が呼んでるぞ。そろそろ行った方がいいんじゃないか? |
125 | 陽奈 | もう、いじわる。おじさんも、時間になったら来てね。陽奈の一世一代の花嫁姿、ちゃんと目に焼き付けるんだぞ!? |
126 | 陽介 | はいはい。ちゃんとカメラマン役を引き受けますよ(笑) |
127 | 陽介M | 『あれから十数年…。 この夏、陽奈は俺たちの元を離れ、巣立っていく。西野陽奈として…。 西野さんの所の男の子と、陽奈がどんな風に惹かれ合ってきたのかは想像するに難くない。けれど、あのしっかりした眼をする青年は、きっと陽奈を守っていってくれるだろう。 古いペットボトルの蓋。それはきっとあの時のお茶のものだ。西野さんはあの時のことを忘れまいとして、ずっとその蓋をキーホルダーにして持っていたんだろう…。 会場の外、日差しはきつい。生垣にそって植えられているひまわりの黄色が、まぶしい。 |