かなえや
里沙:作
(1:2:2)
夢幻(むげん) | 不問 | 不思議な骨董屋『かなえや』の主人。男か女か、若いのか年老いたのか判らない不思議な人物。 | 54 |
うたかた | 不問 | 十代くらいの見かけをしている、黒髪黒瞳黒い服を着ている全身黒尽くめな子。時々語尾に『〜にゃ』が付く。 | 43 |
片倉誠一(かたくら せいいち) | ♂ | 20代の青年。野心家で自己中心的な小悪党だが、内面は弱い。 | 67 |
四条佐緒里(しじょう さおり) | ♀ | 20代の女性。小柄でぽっちゃりでおとなしい、純粋なお嬢様然としているが、芯は強いものを持っている。 | 62 |
石島加奈子(いしじま かなこ) | ♀ | 20代の女性。気の強い肉食系の女。ヤンデレのヤンだけ。 ※うたかたが女性であれば兼用でも可。 | 37 |
※15歳未満の方がいらっしゃる場合は、なるべくこの作品は控えて下さるようにお願いします。
☆夢幻とうたかたですが、「不問」とあるように男女どちらの方がやられても問題はありません。
また、声質も問いません。ロリっ子やショタから熟女や老人まで、ご自由に演者様のイメージで演じて頂けたらと思います。
時代は明治時代後期。一軒の古めかしい骨董屋の中。二人の人物が話をしている。 1人は忙しそうに品物をあちこちに片付け、1人は勘定場の机の上に座って足をぶらぶらさせながらのんびりしている。 |
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001 | 夢幻 | えーと、これはあっちの棚かな。いや、こっちの方がいいか?うん、ここが良いね。よく映える。 |
002 | うたかた | ひまだー |
003 | 夢幻 | うーん…これはやっぱりまだ出さないで置いた方がいいかなぁ。でも、時期を逃すことになったらいやですよねぇ…。 |
004 | うたかた | ひまー |
005 | 夢幻 | これは買い手がなかなか付かないねぇ。もう少し様子見て、それでもダメならしばらくお蔵にでも入れておきましょうか。 良いものなのに、惜しいですよねぇ…。 |
006 | うたかた | ひまひまーひまー |
007 | 夢幻 | あああ!これ、こんな所にあったんですかぁ!?ずっとさがしていたのにぃ。この間来られたお客様に、これこそがぴったりだったのになぁ。惜しいなぁ。 あのお客様、また来られるといいんですが、無理でしょうねぇ…他のを持ち帰られましたし…。ほんと、惜しいなぁ…。 |
008 | うたかた | ひまにゃー |
009 | 夢幻 | ………ああ、本当にやること一杯で困りますねぇ。やはり掃除や片付けは常日頃からしなくてはいけませんねぇ……。 それでなくても、誰かさんがいろいろと壊したり、隠したりしてくれるものだから、必要な時に見つからなかったりするんですよねぇ…。 |
010 | うたかた | ひーーーまーーーにゃにゃにゃにゃーー |
011 | 夢幻 | うるさいよ、うたさん!暇ひま言ってるくらいなら、少しは手伝ってくれても良いものじゃないですか!? |
012 | うたかた | おいらにそんなことを求めても無駄なことは、夢幻が一番知ってるだろー。 なに?手伝っても良いけど、そこのガラスの花瓶とか、何の絵だか判らない額縁だとか、高価そうなランプだとか、落として割っても怒らないよね!? |
013 | 夢幻 | ……ああ言えばこう言う…。まったく、うたさんに期待した私の方がバカでしたよ。 ええ、ええ。確かに今までうたさんに頼んで、品物が無事であった試しがないんですから。頼まなくても壊されますし! |
014 | うたかた | 判ってるなら、手伝えなんて言わないでよ。おいらだって、暇を持て余してるんだからさー。 |
015 | 夢幻 | 言葉の使い方が間違っている気もしますが、今更うたさんに言っても…ですねぇ。 とにかく、ここでひまひま言われていても、今は相手出来ませんし、邪魔です。出来れば外にでも行っててもらいたいものなんですが? |
016 | うたかた | えー。お外はいろいろ危険が一杯なのにさぁ、それなのに幼気(いたいけ)なおいらを追い出すのかい!? |
017 | 夢幻 | (ちょっと怒り気味)…誰が幼気ですって?私が知らないとでも思ってるんですか? うたさん、私がいない間の留守番頼んでるのに、ちょくちょくお店を抜け出して外に遊びに行ってるでしょ! |
018 | うたかた | でへへ…3丁目に出来た牛鍋屋にいるお鈴ちゃんがすっげー可愛くてさー……って違う! お客が来ないお店が悪いんじゃないか! もし来たら相手しなきゃいけないなーって思うから昼寝も出来ないし、でも全然お客が来ないからすっごい暇で暇で暇で暇でひまなんだぞー! |
019 | 夢幻 | 年中無休な暇なお店で悪かったですね!仕方ないじゃないですか。 最近のお客様は雑多な注文が多すぎて、うちのようなお店にはなかなか見向きもされないんですから。 だからお客様の目にとまるような品物を仕入れているというのに、うたさんは壊したり失くしたり、お留守番もろくにちゃんとしてくれなくて…(しくしく鳴き真似と愚痴) |
020 | うたかた | さーてと、じゃあ、お許しもでたことだし、ちょっくら遊びに行ってこようかなーっと。お鈴ちゃん可愛いから、誰かに盗られたらいやだもんね。 |
021 | 夢幻 | ……ええ、ええ。どうぞ遊びに行ってて下さい。ほんとにもう…都合が悪くなると逃げるんですから…。 |
022 | うたかた | 帰りにはお客さん連れてきてあげるからさ! |
023 | 夢幻 | 期待しないで待ってますよ。なるべく早く帰って下さいね。いたずらは絶対にダメですからね。 |
024 | うたかた | 逢魔ヶ刻までには帰るさー。飲み込まれちゃったら嫌だものね。(くすくす笑い) |
025 | 夢幻 | 飲み込まれても探しに行ってあげませんからねー…って、もういない。こういう時だけは早いんですからねぇ…。 まあ、でも、うるさいのもいなくなったことですから、ちゃっちゃっと片付けちゃいましょうか。 ああっ!これもこんなところにあったあぁぁ!ああ、もう!どうしてあちこちから以前欲しかったものが出てくるんですか。 ……おや、でも、これは直ぐに必要になりそうですねぇ…。お前を望むお客様の声が聞こえますよ……。 |
場面変わって街の中。静かな人通りの少ない小路を一組の男女が歩いている。 | ||
026 | 佐緒里 | …それでね、お爺さまの話では来年の春までには事業を拡大したいと仰っているの。今の会社は従兄弟のお兄さまにお任せして、新しく紡績関係の会社を興して、その経営を私にと言うことなんですけど…。 むろん私は名ばかりの社主という形で、私の夫となる方が実質的な経営者と言うことになるかと思いますわ。 ですから、ゆくゆくは誠一さんがその会社を任されるのだと思います。 |
027 | 誠一 | さすがは今をときめく旧華族の四条家ですね。 今の時代、紡績関係の仕事は日々注目されています。そこに目を付けるのは、さすが佐緒里さんのお爺さまです。 ですが…よろしいのですか?私なぞが会社の経営に携わっても。 |
028 | 佐緒里 | だって…誠一さんは…その…私の夫となられる方でしょう?ですから、それは当然のことではないですか? 父が亡くなった後、四条の実権を取っているのは祖父ですけれど、私に縁談が決まって夫となる方が出来たら、その方に四条を譲ると前々から仰っていましたもの。祖父は従兄弟のお兄さまをと望まれていましたけど、私たち二人とも兄弟のように育ったので、そんな気にはならなくて。 お爺様も今は渋いお顔をされていますが、誠一さんのことをもっと知れば、きっと許して頂けますわ。 |
029 | 誠一 | 私はどこの馬の骨とも判らぬ天涯孤独な身の上ですからね。四条家の当主が残した一人娘をたぶらかす、悪い男に見えるのでしょう。 |
030 | 佐緒里 | お爺さまは誤解しているのです。身寄りもないと言うことで片倉さまを変な目で見て…。申し訳ありません…。 |
031 | 誠一 | それは仕方ありませんよ。このご時世ですからね。ましてや華族出身の四条家です。そのご令嬢に近付くものは、財産目当てと見られても文句は言えないでしょう。 |
032 | 佐緒里 | 無頼の者に絡まれていた私を助けてくださったのは片倉さまなのに…。 本当に、あの時は怖かったですけれど、そのおかげで片倉さまとお会い出来たのは幸運でしたわね。 |
033 | 誠一 | 私も、まさかお助けしたのが四条家のお嬢様だとは、思いもしませんでしたよ。 あの時から私は、ずっと佐緒里さんのことを思っていました。ずっとあなたのことが忘れられなかった。 あれから偶然にも何度もあなたにお会い出来たのは、運命と言う他ないでしょう。 こうしてお話しさせて頂いて、お付き合いを重ねさせて頂いて、私の思いは募るばかりだ。 |
034 | 佐緒里 | …私もですわ。 私はこんな小太りですし、可愛くもありません。背も小さいし…社交界ではいつも壁の花でしたのに…。そんな私にまさか片倉さまの方から求婚して頂けるなんて…。 |
035 | 誠一 | 何を言いますか。健康そうで良いじゃないですか。私はそこらの街の娘より、佐緒里さんの方が好ましいと思ったから、ずっと思っていたのですよ。 |
036 | 佐緒里 | 片倉さま…うれしい…。 |
037 | 誠一 | 佐緒里さん、そろそろその「片倉さま」というのを止めませんか?どうも堅苦しくていけません。 誠一と呼んで下さい。私は佐緒里さんの伴侶になるのですからね。 |
038 | 佐緒里 | あ…はい…。では…あの…誠一、さま。(恥ずかしそうに) |
039 | 誠一 | 祖父君に認められるように私も精一杯努力するつもりです。 ああ、楽しみだな。佐緒里さんと一緒になれるなんて、夢のようだ。私は世界一幸せ者ですね。 |
040 | 佐緒里 | まあ…誠一さまったら(笑) 私もきっとよい妻になるように努力しますわ。料理も裁縫も覚えて、恥ずかしくないようにしなければ。 |
041 | 誠一 | あはは。何を言うんです。そんなことは召使いにさせればいいんですよ。佐緒里さんは何もしなくてもいいんです。あなたは私の傍にいてくれるだけで、それだけでいいんですよ。 会社経営だって、私が全てを引き受けます。そのために今勉学に励んでいるんですからね。 |
042 | 佐緒里 | え…? ええ…でも…。 |
043 | 誠一 | こんな空気の悪い都会では、佐緒里さんの体によくない。一緒になった後、生まれてくる子供にだってよくないでしょう。 そうだ、一緒になったあかつきには、都会を離れて田舎に別荘を建てましょう。 そこに佐緒里さんと子供で暮らして、私はこちらで仕事をし、週末や休みに佐緒里さんに会いに行きましょう。 何、毎日顔を合わせないのは寂しいでしょうが、私も会社経営するに当たって忙しくなります。家に帰れない日があるのと同じですよ。都会の物騒な中に佐緒里さんを1人で置いておくと思うより、田舎で安全に暮らして頂けると思う方が気持ち的にも安心ですからね。 どうです?良い考えでしょう。 |
044 | 佐緒里 | え…ええ。それはとても嬉しいお言葉ですわ。でも、あの、子供…あの…誠一さま。あの……。そのことでお話が…。 |
045 | 誠一 | ああ、いやいや。これは先のことを話しすぎましたね。あまりにもあなたと一緒になれることが嬉しくて、とんだ夢物語をしてしまいました。 お笑いになって下さい(笑) |
046 | 佐緒里 | まあ、そんな、笑うなどと。でも、あの…その…。 |
047 | 誠一 | さあ、そろそろ行きましょう。今日はどのようなものをお買い求めで? 先頃出来たという大型の呉服店にでも行きましょうか? |
048 | 佐緒里 | あ…ええ、あの、今日は母の誕生日が近いものですから、その贈り物をと。 着物は祖父が贈るそうなので、私は何か小物でもと思って…。 |
049 | 誠一 | そうですか。では、良い店があると良いのですが。 |
050 | 佐緒里 | 母は古いものが好きなので、そういったものでもと…あら? |
ふと横道の細い小路に目をやる佐緒里。薄暗がりの中、詰まれた木箱の影に蹲っているうたかたの姿がある。慌てて傍による。 | ||
051 | 佐緒里 | まあ、あなた、どうしたの?怪我をしているの? |
052 | 誠一 | 佐緒里さん、そんな奴に近付くのはおやめなさい。そんな小汚い…。どうせ喧嘩でもしたのでしょう。放って置きなさい。 |
053 | うたかた | 小汚くて悪かったな!喧嘩じゃねーよ!お鈴ちゃんがいたから声掛けたら、後から来た奴に絡まれただけでぃ! いてて…ちくしょー、あいつ遠慮無く殴るは噛みつくはしてきやがって。今度会ったら覚えてろにゃ… |
054 | 佐緒里 | そんなに怒らないで。血が出ているわ。大丈夫?じっとして。あまり動くと傷に障るわ。 |
055 | 誠一 | 良いから放っときなさい。返って怪我でもさせられたら、私がお爺さまに叱られてしまう。放っとけば、そのうちねぐらにでも帰るでしょう。 |
056 | 佐緒里 | ごめんなさい、誠一さま。でも、やっぱり放ってはおけませんわ。 包帯なんて持っていないから、これしかないけど…無いよりは良いわよね。見たところ血は出ているけど、そんなにひどくはないみたいだから…。 |
057 | 誠一 | ああ、そんな上等な絹のハンカチを!なんてもったいない… |
058 | うたかた | あててっ!お姉さん、もうちょっと優しく巻いてにゃ! |
059 | 佐緒里 | 痛かった?ごめんなさいね。ほら、これで良いわ。後はちゃんとお薬を付けてもらえると良いんだけど。 |
060 | うたかた | ……こんなの、舐めとけば直ぐ治るさ。でも、ありがとう。お姉さん、優しいにゃー。 |
061 | 佐緒里 | ふふっ。だめよ、舐めちゃダメ。傷口にバイ菌でもあったら大変だものね。 |
062 | 誠一 | 佐緒里さん。さあ、もう気が済んだでしょう。そんな奴は放って、母上の贈り物を買いに行きましょう。 まったく…だからこんなごみごみした所は嫌いなんだ。車で来るべきだったな。 |
063 | 佐緒里 | …申し訳ありません。私が街中を見てみたいなどと我が儘を言ったから…。 |
064 | 誠一 | 本当ですよ。おかげで佐緒里さんの上等な服に泥が付いてしまった。 あなたが優しいのは判りますが、それで反対に傷でも付けられたらと思うと、私は生きた心地がしませんよ。 |
065 | 佐緒里 | まあ、誠一さまったら(くすくす笑って) |
066 | うたかた | (小声で)何だぁ…この気障な奴はぁ…。気色わりぃ…。それにいけ好かない奴だなぁ。おいら、こいつ嫌いだ…。 ん?贈り物?贈り物って言った? |
067 | 佐緒里 | お待たせしてしまってすみません。行きましょうか? (立ち上がろうとした所、うたかたに袖を引かれて)……え、なに?どうしたの? |
068 | うたかた | ね、お姉さん。贈り物探してるなら、良い所知ってるよ。絶対見て損はしないよ。 こっちこっち。こっちに来てにゃ。 |
069 | 誠一 | 佐緒里さん!? |
070 | 佐緒里 | 待って、この子が。どうしたの?引っ張らないで?どこへ行くの? |
071 | うたかた | ほら、そんな奴は良いから、こっち。絶対にお姉さんの気に入るものがあるからさ、来てよ、ねえ。 |
072 | 誠一 | 佐緒里さん、待ってください。佐緒里さんっ!おいっ!待てっ! |
うたかたに連れられて角を曲がっていく二人。一呼吸遅れて誠一も曲がるが、すでに二人の姿は見えない。焦ったように辺りを見回し、地団駄を踏む誠一の背後から、1人の女が近付く。 | ||
073 | 誠一 | くそっ!見失った!何なんだ、あいつは!佐緒里も佐緒里だ!警戒心もなく引っ張られるままに着いていくなんて! |
074 | 加奈子 | そんなに焦らなくても大丈夫よ。あの女ならこの先の骨董屋へ入っていったわ。 |
075 | 誠一 | 加奈子!何でここにいる!? |
076 | 加奈子 | あら、ご挨拶ね。あの女に何かあったら困るでしょ。ちゃんと見ていてあげたんじゃない。 |
077 | 誠一 | 見ていた?ふん、探りを入れていたの間違いだろう。骨董屋だと?直ぐに連れ戻さなければ…。 |
078 | 加奈子 | まあ、待ちなさいよ。大丈夫よ。ここらの者なら誰でも知ってる骨董屋よ。別にいかがわしい所じゃないわ。ちょっと…そうね…変わっているけれど…。 |
079 | 誠一 | 変わってる?何がだ? |
080 | 加奈子 | 扱ってる品物がね、いろいろと曰(いわ)く付きのものもあるらしいって話よ。私もよく知らないけど、あの骨董屋では何でも取り扱ってる。客の望むものなら、例え死体だろうとそれが品物である限り、あの店にあると言われてるわ。 最も、本当に死体なんてあるはずがないだろうけど、あの店に入った客は、必ず望む品を見つけるって話よ。 まあ、その客も滅多にいないって話しもあるけどね。 |
081 | 誠一 | ばかばかしい。第一骨董なんぞ、今時何の価値もないだろうに。 それより、加奈子。あまり佐緒里の前に姿を見せるな。俺たちの関係がばれたらどうする。 |
082 | 加奈子 | 何よ、心配だっての? |
083 | 誠一 | 当たり前だろう。もう少しで俺は四条家の婿に入れる所なんだぞ。それがお前とのことで破談にでもなって見ろ。今までの計画が全て無駄になる。 |
084 | 加奈子 | あんたが四条家の一人娘に近付いて、甘い言葉巧みにたぶらかして、上手く婿に入って四条家の全てを手に入れる。 うまくいってるじゃない。わざわざチンピラどもに金をやってあの女を襲わせて、そこにあんたが颯爽と現れて助ける。見事あの女はあんたに夢中。 どうせあんたのことだから、もう手を出したんじゃないの? |
085 | 誠一 | 人聞きの悪いことを言うな。四条のクソ爺(じじい)がごねてるんだ。既成事実でも作っとかなきゃ、はした金渡されて別れさせられるかもしれねぇんだぞ。 あの女と結婚するまでは、なりふり構っちゃいられねぇよ。 |
086 | 加奈子 | そんなこたぁ判ってるわよ。けどね、誠一。もしもあんたがアタシを裏切ったら、ただじゃおかないからね。 |
087 | 誠一 | 何だ、妬いてるのか? |
088 | 加奈子 | バ、バカなことお言いでないよ!この計画を言いだしたのはアタシだよ!?誰が小太りの、金があるだけのあんな女に妬くってんだよ! けど、あんたが婿に入るなんて、そこまで考えた訳じゃないから……ここまでやるとは思ってなかったから! |
089 | 誠一 | 大きな声を出すな。誰が聞いてるとも限らないんだぞ。 大体、たぶらかして脅して端金(はしたがね)を貰うより、四条の全てを手に入れた方が何倍もいいだろうが。 四条と言えば元は華族のお家柄だ。その財産と来れば計り知れねぇって言うじゃねえか。上手く事がいきゃ一生遊んで暮らせるんだぜ? 安心しな。あんな女より、お前の方が良い女には違いねぇんだ。抱いても面白味のない女なんぞ、そこらに掃いて捨てるほどいる。 |
090 | 加奈子 | ふん、どうだか。 四条家の婿に入った途端、アタシを裏切って捨てたりするんじゃないだろうね。 もしそんなことをしてごらん。その時はあんたを道連れに四条家に全部ぶちまけてやるんだから。 |
091 | 誠一 | おいおい、加奈子。俺たちはこれまで一緒に上手くやってきたじゃないか。裏切る裏切らないって物騒なこと言ってんじゃねーよ。 四条家の婿になったら、四条のクソ爺にはさっさと隠居して貰って、佐緒里と一緒に田舎に引っ込んでもらうんだからよ。 そうすりゃ俺はここで上手く商売をして、お前と一緒に一生贅沢に暮らせるってもんだ。 |
092 | 加奈子 | アタシは愛人ってわけかい? |
093 | 誠一 | 最初はな。けど、そう長い訳じゃねぇ。四条の実権を握ったら、後はクソ爺さえ何とかすれば、残るのは世間知らずの母親とお嬢様風情だ、どうにでもなる。 |
094 | 加奈子 | ふん…。それまであの女があんたの傍にいることを思うと、はらわたが煮えくり返る気がするけど…仕方ないわね。金のためだ。 けど、本当にあの女に情を移したりしないでおくれよ。あんたはアタシのものなんだからね。 |
095 | 誠一 | 四条家を手に入れるまでの辛抱だ。それまではなるべくおとなしくしてるこった。 |
096 | 加奈子 | 判ってるよ。ああ、ほんと、あの女、忌々しいったら。あの女のにやけた顔に泥でもなすり付けてやりたいよ。 |
097 | 誠一 | 勘気を起こして下手な真似するんじゃねーぞ。 そろそろあいつの側に行ってゴマでも擂(す)ってやらなきゃな。やれやれ、毎日のように昨日は演奏会、今日は買い物、明日は社交界だと出掛けてばかりだ。 その度に俺も作り笑いでへらへらしてなきゃならねぇ。いい加減顔が強ばるぜ。 |
098 | 加奈子 | あんたがあの女を手ひどく捨てる所を、アタシはあんたの横で見たいものだね。 その日が来るのを待ち遠しく待ってるさ。 骨董屋はこの角曲がった先の、細い路地の突き当たりだよ。ちょっと見には判り辛いけど、どん詰まりだから行けば判るさ。 |
時間は少し遡り、うたかたに引っ張られた佐緒里が一軒の骨董屋の前に佇む。こじんまりとした骨董屋は、どこか人を惹き付けるような、そんなたたずまいを見せている。 | ||
099 | 佐緒里 | ここは…こんな所にお店が? |
100 | うたかた | ねね、ここ。ごたごたしてるけどさ、きっとお姉さんの気に入るものがあると思うよ。 さ、入ってよ。でもって、いろいろ見ていってよ! |
101 | 佐緒里 | あ、待って… |
102 | うたかた | ただいまー!ねえねえ、夢幻!お客様連れてきたよ! |
103 | 夢幻 | おや、お帰りなさい、うたさん。今日は早かったんですねぇ…。 おやおや?お客様ですか? |
104 | うたかた |
おいらちゃんとお客様連れてきたぞ!約束したもんな! |
105 | 佐緒里 | あ…、あの、こんにちは…。その、あの子の後を追ってきたら、ここに来たのですけど…。 |
106 | 夢幻 | おやおや。まーたうたさんが何かしましたか?何か粗相でもしたのでしょうか。申し訳ありませんでしたねぇ… |
107 | 佐緒里 | いえ、粗相などと、とんでもないですわ。うたさん…という名前ですの? |
108 | うたかた | 夢幻!ひどいじゃないか!おいら助けてくれた人に酷い真似をするような恩知らずじゃねーぞ! お姉さんが誰かに贈り物したいっていうから、連れてきてやっただけにゃ! |
109 | 夢幻 | うたかたという名前なんですが、いつもうたさんと呼んでいるんですよ。 助けて? おやぁ、怪我をしたんですか、うたさん。だからいつも危ない所には行かないようにと言ってるでしょうに。 このハンカチはお嬢さんが巻いてくださったものですか?こんな上等なものを汚してしまって、申し訳ありませんねぇ。 うーん…これは洗って返すという訳にも行きませんね…。同じようなものを買ってお返ししなくては…。しかし、これ、絹ですね…。 |
110 | 佐緒里 | そんな、ハンカチよりも傷の方が大事ですもの。お気になさらないでくださいませ。 ただ傷口を縛っただけですので、出来ればお薬か何かを付けて差し上げてくださいね。傷口にバイ菌でも入ったら大変ですもの。 でも良かった。ちゃんとご主人様がおられて。 それより、ここは何のお店なのですかしら? |
111 | 夢幻 | はい、色々ありますが、主に骨董を扱っておりますよ。 お若い方には骨董などと、興味はございませんでしょうが、よろしかったら見ていくだけでもご覧になって下さいな。 遠くは英吉利(イギリス)などからも仕入れた品もございますのでね。 ああ、ほらほら、うたさん。傷口を洗って消毒しないと、化膿したら大変ですよ。あちらで手当てしましょうね。 |
112 | うたかた | ちぇー、こんなの舐めとけば良いだけなのに。おいら、薬の匂いは好きじゃにゃいんだけどなぁ。 |
113 | 夢幻 | ほらほら、文句言わないで。怪我が悪化したら、お鈴ちゃんとやらにも会いに行けませんよー。 |
114 | うたかた | そうだ!お鈴ちゃん!お鈴ちゃんを狙ってる奴がいるんだよ!ちくしょー。あいつにだけは絶対負けねーからにゃ! 夢幻、手当!手当てしてよ!そしたらもう一回お鈴ちゃんに会いに行ってくるんだから!おいら、絶対お鈴ちゃんと一緒になるんだ! |
裏に消えるうたかた。佐緒里は狭い店の中を物珍しそうに見て回っている。気になった物を手にとって、しげしげと見詰める。 | ||
115 | 佐緒里 | これは何かしら?変わった形…。こちらのは随分古い…楽器かしら?琴のようにも見えるけど、弦が一杯。 まあ、大きな壁時計だこと。外国の物かしら?とても素敵。ああ、これは故宮の壷ね。おじいさまの所にも同じような物があったわ。 あら、これ、お母様が好きそうな小箱!素敵、何の細工かしら? |
116 | 夢幻 | 綺麗なものでしょう? 螺鈿細工(らでんざいく)と言ってね、主に漆器や帯などの伝統工芸に用いられる装飾技法のひとつで、貝殻の内側、虹色光沢を持った真珠層の部分を切り出した板状の素材を、漆地や木地の彫刻された表面にはめ込む手法を用いて製作された工芸品のことなんですよ。 使用される貝も色々ありましてね、組み合わせによって七色に輝いたりもするんですよ。 ほら、光に当てて、角度を変えてみてご覧なさい。色が変わって見えますでしょう? |
117 | 佐緒里 | 本当に綺麗…。 あの、これ、頂けますかしら?母のお誕生日の贈り物にしたいんですの。こういった物が好きな母なので、大事にして頂けると思いますわ。 |
118 | 夢幻 | おや、それはありがとうございます。そうですね、この中に刃物など、切れる物を入れない限りはこの箱は持ち主のお母様に幸福をもたらしてくれますよ。 |
119 | 佐緒里 | 刃物を入れない? |
120 | 夢幻 | そうです。刃物はその通り、切るもの。幸せを繋ぐ糸を切ってしまっては、ダメでしょう? |
121 | 佐緒里 | まあ…そうですわね。ええ、母にもしっかり、刃物は入れないようにと伝えますわ。 |
122 | 夢幻 | お嬢様のお幸せのためにも、決して世迷い事とは思わず、胸に止めて置いてくださいねぇ。 うーん……贈り物と言うことですが、この店にはあまりそういう利用での包み紙が無くてですねぇ…申し訳ないですが、また改めて綺麗な紙でも布ででも包んでやってくださいますか? 本当に申し訳ないですが。 |
123 | 佐緒里 | まあ…ふふ(笑) はい、包み紙はまた改めて買うことに致しますわ。でも、そんなに気にするような母でもありませんのよ(笑) |
124 | 夢幻 | ああ、そうだ。うたさんを助けて頂いたこともありますし、お礼と言っては何ですが、これをお嬢さんに差し上げましょう。 |
125 | 佐緒里 | え? …これは、鈴? |
126 | 夢幻 | いえいえ、鈴のようでもありますが、ただの珠ですよ。元は外国製の飾り物に付いていたんですが、取れてしまいましたので、細工を変えてみたのです。根付けにしてありますので、どなたにもお使い頂けると思いますよ。 でもね、ただの珠ではないですよ。これは、その人が強く強く、心の底から強く願ったことを、たった1つだけ叶えてくれる珠なんですよ。そう伝えられているとか。 |
127 | 佐緒里 | 願いを叶えてくれる珠…。 |
128 | 夢幻 | 信じる信じないはお嬢様次第(笑)。けれど、信じた方が楽しいではありませんか? 強く願って叶えば良し、鬼がでるか蛇がでるか…。夢を見るのもまた一興と申しますしね。 |
129 | 佐緒里 | 本当に…叶ったら素敵ですわね…。私の願いは…。 |
130 | 夢幻 | 願い事はたった1つ。ただし、その願いによってご自身が不幸になるも幸せになるも、それはご自身の気持ち1つなんですよ。 さあ、出来ましたよ。軽く落としたくらいでは壊れたりはしませんが、貝細工ですからね、大事に扱ってあげてくださいねぇ。 |
131 | 佐緒里 | あ、はい、ありがとうございます。この根付け、本当に頂いてしまってよろしいんですの? |
132 | 夢幻 | もちろんですとも。うたさんを助けて頂いたお礼ですよ(笑) |
133 | 佐緒里 | ここを教えて貰ったあの子には、お礼を言いたいくらいですわ。素敵な品物を、ありがとうございました。 |
店を出る佐緒里。少し歩いた所で誠一が現れる。 | ||
134 | 誠一 | 佐緒里さん! |
135 | 佐緒里 | 誠一さま。 |
136 | 誠一 | 佐緒里さん!なんて事をしたんです!1人でふらふら出歩くなどと!こんな事がお爺さまに知られでもしたら、私が怒られてしまう! |
137 | 佐緒里 | ご、ごめんなさい…。あの子の力が意外に強くて…。それに、そんなに危険だとは思えませんでしたし…。 |
138 | 誠一 | 都会と言えど、裏通りはまだまだうさんくさい奴らがいるんですよ。それこそ身なりの良いお嬢さんなんて目を付けたら、ハイエナの如くたかってきますよ。 良いですか!?二度とこんな事はしないで頂きたい!私のことも考えて頂きたいですよ。小悪党どもに目を付けられる前で良かった…。 …いえ、心配したのですよ。あなたに何かあってはと、気が気じゃなかった。 |
139 | 佐緒里 | 本当にごめんなさい。あの、二度としませんわ…。 |
140 | 誠一 | そうして下さい。…その手に持っている物は? |
141 | 佐緒里 | あ、骨董屋で買い求めたものですわ。とても素敵な貝細工の小箱なんです。母が好きそうなものでしたので、これを贈り物にと思って。 |
142 | 誠一 | そんな古くさい安物などを贈り物に?四条家のお嬢様ともあろう者が…。 母上もがっかりなさるのではありませんか? |
143 | 佐緒里 | …でも、とても綺麗なものでしたの。母もこういう物が大好きで、きっと気に入ると思ったのです。 |
144 | 誠一 | まあ、佐緒里さんが良いと思われるのでしたら、よろしいんじゃないですか?きっとお母上も佐緒里さんのその気持ちだけで嬉しいと思われるでしょうし。 |
145 | 佐緒里 | そう言って頂けると安心します。本当、気に入ってもらえると良いんですけど。 |
146 | 誠一 | では、そろそろ戻りましょう。こんな裏路地は、あなたには似つかわしくない。 新しく出来た呉服店のカフェででも、美味しいお茶でもいかがですか? |
147 | 佐緒里 | 誠一さまがそう仰るなら…。ああ、そうですわ。これを誠一さまに。 |
148 | 誠一 | 何です?根付け? |
149 | 佐緒里 | 強く願えば、1つだけ願いが叶う不思議な珠なんですって(笑)嘘か誠かは存じませんが、誠一さまに持っていて欲しくて…。 |
150 | 誠一 | ……願いが叶うというなら、何も私でなくとも、佐緒里さんが持っていればよろしいのでは。 |
151 | 佐緒里 | 私はもうすでに願いが叶っていますもの。誠一さまと一緒にいるって言う…。 |
152 | 誠一 | 願いねぇ…。 では、私の願いは、佐緒里さんの幸せを願いましょう。ずっとあなたが幸せであるようにと。 |
153 | 佐緒里 | まあ…誠一さまったら。でも、嬉しい。ずっと一緒にいて下さいましね。 私、ちょっと心配していたんですの。時々綺麗な女性の方が、誠一さまと一緒にいる所を見たりしたものですから…。 あの方はどなたなんだろうと…不安に思ったりして…。いやだわ…こんな妬き餅、誠一さまに嫌われていまいますわね。 |
154 | 誠一 |
女性?…あ、いや、はは、見られていたんですか。いや、困ったな。 佐緒里さんが心配するようなことはないんですよ。その、仕事…そう!仕事での関係で時々話し合いなど行うだけで…。決して佐緒里さんに心配掛けるような関係ではありませんよ。 はは…いやだな…。いや、妬き餅など、妬く必要ありませんよ。 |
155 | 佐緒里 |
お仕事の関係の方でしたの?まあ、そうでしたの。いやだわ誤解してたなんて。私ったら恥ずかしい。 そうですわよね。誠一さまに限って、不誠実なことはなさりませんもの。 相手の方にもなんて失礼なことを考えてしまったのかしら。 本当、忘れて下さいましね。 |
156 | 誠一 |
もちろんですよ。私はずっと佐緒里さんと一緒です。あなたが嫌だと言っても、私はあなたを離しませんよ。あなたの全ては、私の物だ。 そう、全てがね……。 |
場面は変わって二人が別れた後。誠一と加奈子の二人が人目を避けるように言い争っている。 | ||
157 | 加奈子 | どういう事よ!しばらく隣町にでも行って姿を見せるなって! |
158 | 誠一 | 俺と一緒にいる所を、何度か佐緒里に見られてるんだ!一応仕事の関係だとごまかしはしたが、佐緒里はともかく、四条の爺に知られたら誤魔化しきれん。 どういう手を使って調べてくるか判ったもんじゃないんだぞ!それでなくても良い印象は持たれてねぇってのに! |
159 | 加奈子 | だからって、何でアタシが隠れなきゃいけないのよ! まさか、誠一、あんたあの女に本気になったんじゃないでしょうね! |
160 | 誠一 | 何言ってる!あんなちびで太った女なんぞ、金がなけりゃ願い下げだね! 俺がどれだけ我慢してお世辞を言ったり褒めたりしてると思ってるんだ。閨(ねや)でもただマグロのように横たわってるだけの、丸太を抱いてるようなものだぞ! |
161 | 加奈子 | そんな女でも、お金は腐るほどある財閥の娘だ。不細工と言ったって、元は良いんだ。あれで痩せれば他の男だって放っときゃしないよ。 言っただろ!あんたはアタシの物だって!アタシを裏切るつもりかい!? |
162 | 誠一 | いい加減にしろ!四条家に誤解されるような真似は今はするなと言ってるだけだろう! 今が一番肝心な時なんだ。後少しで俺と佐緒里は祝言を上げる所まで来ている。 今は爺が反対してるが、すでにもう既成事実は作っちまったんだ。文句なんか言わせねぇ。 これでガキでも出来りゃ、いやでも俺は四条の当主になるって事だ。 はした金で俺を追い払えば、今までのことをぶちまけるくらいのことはすると判ってるだろうしな。 ああ、ぶちまけるさ。世間に佐緒里がどんな風に俺に抱かれたのか、あること無いこと話してやる。 |
163 | 加奈子 | この計画はアタシが言いだしたことだけど、それはあの女をたぶらかしてそれを餌に金を巻き上げるまでのことだったんだよ。 何もあんたが四条家に婿に入るなんて考えもしてなかった! ねえ!まだ間に合うだろ!ここらであの女から手を引いておくれよ! |
164 | 誠一 | バカを言うな!後少しなんだぞ!?後少しで俺は大金持ちになるんだ!そうすりゃ一生遊んで暮らせるんだ!それを見逃せって言うのか! |
165 | 加奈子 | 手を付けちまったことで充分なお金を脅し取れるじゃないか!それを元手に商売でもすればいいだろ! ここらで悪事からは手を引いて、真っ当な暮らしをしようよ!アタシと一緒になって、誰も知らない所で普通に暮らそうよ! |
166 | 誠一 | ふざけるな! いいか、加奈子!俺たちはもうここまで来たんだ!最後までやり通さなきゃ何も手に入らねぇんだよ!俺はもう貧乏暮らしなんぞまっぴらだ! 手を引きたきゃてめぇ1人で手を引け。そして二度と俺の前に現れるな。 |
167 | 加奈子 |
何…なんだって…。 |
168 | 誠一 | 俺は、俺はな。ガキの頃からずっと餓えてたんだ。どこぞの妾だった母親が死んでから、俺は1人で生きてきた。スリや盗み、何でもやったさ! ちったあ見られる面(つら)してるから、女どもは何人も寄ってきたさ。だがな、これっぽっちも女に情なんか抱いたことはないんだよ! 女なぞ、俺ののし上がるための踏み台でしかねぇ! |
169 | 加奈子 | 誠一! |
170 | 誠一 | 加奈子。お前は俺と一緒で野心家で気が利いてたから少しは可愛いと思ったさ。飽きるまでは側に置いてやっても良いと思ってた。お前ほど俺の言うことを理解して実行に移す奴なんていなかったしな。 その点に関しちゃ、俺はお前を買ってたんだぜ? だが、俺の邪魔をするってんなら話は別だ。痛い目見たくなけりゃ、とっとと俺の前から失せろ。 |
171 | 加奈子 | 本気で…本気でそれ言ってんのかい…。誠一!あんた本気で今までそう思ってたのかい!? |
172 | 誠一 | 本気も何も、俺は一度として誰かを好きだと思ったことはねぇよ。女なぞ、ただの慰み者にしかならねぇ。 俺の望みはな、誰も俺を知らない所で、一生金にあくせくせず、安楽に暮らすことなんだよ!てめぇも佐緒里も俺にとっては居ても居なくてもいい存在なんだ。いや、お前に関しちゃ、この先いない方が都合がいいくらいだ。 邪魔をするんだったらこのまま何もせず、黙って今すぐ俺の前から消えやがれ! |
173 | 加奈子 | よくもそんなことを!今まであんたの言う通りに汚いことにも手を出してきた。あんたのために何だってしてやってきたのに! そのアタシを捨てるってんなら、四条の家に今まであんたのしたことを全部ばらしてやる! (誠一に胸ぐらを掴まれ)…あうっ! |
174 | 誠一 | ……良いか、加奈子。誤解するんじゃねぇぞ。俺は邪魔をするんだったら…と言った。俺の夢を邪魔するってんなら、たとえてめぇでも許しちゃおかねぇ。 だがな、俺の言うことを素直に聞いてりゃ、俺だってそこまで酷くはいわねぇよ。素直でいりゃ、お前は俺の可愛い女でいることだって出来るんだ。おこぼれで贅沢な暮らしだって出来るかも知れねぇんだぜ? だが、下手な真似をするんだったら、その口二度と開かせねぇようにすることだって……判るよなぁ? |
175 | 加奈子 | …あ…あんたって人は……。それがあんたの本性なのかい…。 |
176 | 誠一 | (加奈子を乱暴に放し)ふんっ。俺は今までの俺を捨てて、生まれ変わるんだよ。佐緒里を手に入れて、金を手に入れて、今までの俺を捨てて新しく生まれ変わるんだ。生まれ変わって、今までの生活とは違う、輝かしい道を歩んでいくんだ! そのために今までやってきたんだ。後少しの所で邪魔されてたまるか。 |
177 | 加奈子 | ちくしょう… |
178 | 誠一 | 良いな、加奈子。なるべく早くこの町から出ていけ。そのまま何もせず姿を消すなり、俺からの連絡を待つなりしてろ。 下手な真似すんじゃねぇぞ。お前の行動は一から十まで見張らせるからな。特に四条の誰かに近付こうとする気配を見せたら…判ってるな? |
179 | 加奈子 | アタシを遠ざけて、その間にあの女と祝言をあげるつもりかい…。 |
180 | 誠一 | 当たり前だ。さっさと手に入れて、四条の財産を全部手に入れて、俺は生まれ変わるんだからな。 |
181 | 加奈子 |
どうしてもあの女と夫婦(めおと)になるつもりなのかい!?あの女を妻と呼び、毎晩あの女を抱いて、アタシに言ってたようにあの女に甘い言葉を掛けるのかい!? |
182 | 誠一 |
ガキが出来るまでは仕方ねぇ、抱いてやるさ。だが、出来ちまえば後は俺の立場も安泰だ。あんな女なんぞ、抱く価値もねぇ。 その頃にゃ加奈子、てめぇにも飽きちまってるかも知れねぇが、それまでは可愛がってやるよ。 おめぇが下手な真似をしない限り、俺の言うことを素直に聞いてる限りはな。 いいな、よく考えてから行動しろよ。てめぇのためにもな…。 |
183 | 加奈子 |
あんな女なんか…。あんな女なんかに……。 |
184 | 誠一 |
愛だの情だの、うざってぇ。べたべたされるのは嫌いなんだよ! |
見下した表情で加奈子を見た後、踵を返して去って行こうとする誠一。 地面に突っ伏したまま思い詰めた表情の加奈子の前に、誠一が落とした根付けが落ちている。それを拾って握りしめた時、決心したように、持っていたカバンの中からナイフを取り出す。 |
||
185 | 加奈子 |
許さない…。許すもんか…。 |
186 | 誠一 |
ちっ。どいつもこいつも。佐緒里は佐緒里で根っからのお嬢様と来てやがるから、扱いがぞんざいに出来ねぇし、四条の爺はいい年のくせにまだピンピンしてやがる。一服盛らねぇといつまでも邪魔になるな…。 加奈子も…そろそろあいつの存在も邪魔になってきたな…。どこかに売り飛ばすか…。 |
187 | 加奈子 |
誠一!許さないよ!(体当たりして誠一を刺す) |
188 | 誠一 |
なっ…がっ!ぁぐっ…! |
189 | 加奈子 | アタシは、ずっと誠一が好きだった。だからあんたのために何でもやった…。盗みも、詐欺も、色仕掛けで他の男と寝たりもしたさ!あんたがお金を必要だっていったから!それなのに! あんたさえいれば良かったのに…。アタシは金なんかどうでも良かった…。 今更…あんな女なんかにあんたを盗られるくらいなら…。 |
190 | 誠一 | てめッ…加奈子…! |
191 | 加奈子 | あんな女にあんたは渡さない!あんたはアタシのもんだ!あんたを誰かに盗られるくらいなら、盗られるくらいならぁっ!! |
192 | 誠一 | ぐうっ!こ…こんな所で死んでたまるか…。俺は…俺は生まれ変わって…一から生まれ変わって…何不自由ない暮らしを… |
193 | 加奈子 | 許さないから!あんたを誰かに盗られるくらいなら、あんたを殺して永遠にあんたをアタシのもんにする!あんたはアタシの物だ!誰にも触れさせやしないんだ! |
194 | 誠一 | がはっ!……ぅぐっ……お…俺は…生まれ変わって…。俺は……俺は…(次第に小声になり、息絶える) |
195 | 加奈子 | 誠一!誠一!誠一!!あんたはアタシのもんだよ!誰にも渡すもんか!ずっと…ずっと一緒だよ!誠一ぃっ! |
悲鳴と喧噪で騒がしくなる周り。息絶えて横たわる誠一の側で、狂ったように誠一の名前を叫び続ける加奈子。 騒がしさも次第に聞こえなくなり、一切の音が絶える。何も見えなくなる。 |
||
196 | 誠一 |
ここはどこだ…。一面が白い…。俺はどこに立っているんだ……。誰もいないのか? |
197 | 加奈子 |
誠一…誠一…。好きだよ、誠一。あんたはアタシのもんだ…。 |
198 | 誠一 |
俺はどうしたんだ……。加奈子に刺されて…。だが、痛くない…俺は生きてるのか?ここは一面真っ白で、何も見えん…。どこなんだ…。 |
199 | 加奈子 |
ああ…ようやくアタシの元に戻ってきてくれたんだね。これからはずっと一緒だよ。ずっと…誠一。 |
200 | 誠一 |
どこでも良い…。温かい……。なんて安らぐ場所だ…。暖かくて優しくて…心安らぐ…まるで天国のようだ…。それに、ひどく眠い…。 |
201 | 加奈子 |
もうお金も何にもいらないよ。あんたさえ側にいてくれたら、他に何もいらないんだよ。ねぇ、誠一…。 |
202 | 誠一 |
眠い…。少し眠って、そしたら…。起きたら俺はまた新しく生まれ変わって、人生をやり直すんだ…。そうさ…生まれ変わって……。 |
203 | 加奈子 |
ねぇ、誠一。そこにいるんだね。ずっと一緒にいておくれね。ああ、やっとやっと、二人きりになれた。ずっと願ってたんだよ。アタシとあんた、二人だけの世界に行けたらいいって…。誠一…。 |
そして場面は暗転して、「かなえや」の中。夢幻とうたかたの二人がのんびりお茶をすすっている。 | ||
204 | うたかた | あの時なんか騒がしいと思ったけど、そんなことがあったのかー…。それであの男は死んじゃったの? |
205 | 夢幻 | うたさんはお鈴ちゃんに夢中でしたからねぇ。世間様のことは感心無かったんでしょ。 何でも、背中から腹から何ヶ所も刺されたらしいですからね。さすがに名医でも手が付けられなかったんでしょう。 |
206 | うたかた | 結局お鈴ちゃんはあのちくしょーに盗られちゃったよ!あいつ、ずっと前からお鈴ちゃんの周りをうろついてたんだって!お鈴ちゃんに近寄る奴らみーんな威嚇して追い払ってたんだって! そんな奴なのに、お鈴ちゃんってば、男らしいって、あいつの方に行っちまったにゃー!!うにゃーん!!(泣) |
207 | 夢幻 |
それはそれは…何というか…残念でしたねぇ…。まあ、女の子はお鈴ちゃんだけじゃないですし。また良い子が見つかりますよ、きっと。 おや?お客様ですかね? |
208 | うたかた |
おいらきっぱりお鈴ちゃんを諦めるよ。って、あれ、あの時のお姉さんだー。わーい!いらっしゃい! |
209 | 佐緒里 | ご無沙汰しております。その節は、ありがとうございました。 |
210 | 夢幻 | こんにちは。いらっしゃいませ。 この度は大変なことだったようで…お悔やみを申し上げた方がいいですかね…。 |
211 | 佐緒里 | お聞きになっていらっしゃいましたか…。お恥ずかしいお話です。 ありがとうございます。あれから3ヶ月が過ぎまして、何とか落ち着きを取り戻しましたわ…。 |
212 | 夢幻 | 世間ではいろいろ噂が立ちましたが、お気にされない方がよろしいですよ。人の噂も75日と申しますしね。 少しお痩せになりましたね?ちゃんと食べていますか? |
213 | 佐緒里 | 世間様では誠一さまのことを悪く言う方が多いのですが…私にはとても優しくて良くして下さいましたの。とても信じられなくて…。 誠一さまを亡くしたことで気鬱になって嘆き悲しんでいた時、ご主人に頂いたお見舞いの音小箱(オルゴール)がとても慰めになりましたので、今日はそのお礼にと思って…。 |
214 | 夢幻 | あれは四条家縁(ゆかり)の方からの頼まれ物だったんですよ。お嬢様に何か慰めになるような物をと言われましたので、あのオルゴールをお届けしたのです。 |
215 | 佐緒里 | そうだったのですか…。あの、縁の者って、どなたさまでしょう? |
216 | 夢幻 | それはその方との約束で、お教え出来ません。ただ、お嬢様を見守って下さっている方と言うことだけは、お教えしときますよ。 |
217 | 佐緒里 | 本当に…どなたでしょう…。お爺さまにお聞きしても、答えては下さらなくて。 私が泣いている毎日、お花が届けられていたんですの。それでどんなに慰められたか…。 |
218 | うたかた | きっとお姉さんを好きな誰かだにゃ!影からこっそり見守ってるなんて、かっこいいにゃ! |
219 | 夢幻 | そんな方のためにも、お嬢様は元気にならなくてはいけませんね。その、お腹の子のためにもね。 |
220 | うたかた | にゃ!?赤ちゃん!? |
221 | 佐緒里 | まっ!まぁ…判ってしまいます?まだそんなに目立ってはいないと思ったのですが…。 |
222 | 夢幻 | お顔付きが変わってきていらっしゃいますからね。その子は…その…彼の?お産みになられるのでしょう? |
223 | 佐緒里 | はい。誠一さまの忘れ形見です。世間様では良くない噂の誠一さまですが、私には大切な方でした。 いくらお爺さまが調べて悪党だったと言うことが判っても、私に対する態度がお金のためだったとしても…それでも、私はそれが本当のこととはどうしても思えず…本当に誠一さまが好きだったのです。あの優しさが嘘だとは思いたくないのです。 それに…どうしてもこの子を産みたい訳があるんです…。 |
224 | 夢幻 | 訳とは? |
225 | 佐緒里 | 私…私は、子供の頃大病を患ったことがあって、子供が産めない身体だと言われたんです。誠一さまとお付き合いを始めた時にも検診をして、それがはっきりしていました。だから子供は望むべきも無かったんです…。 でも、誠一さまが亡くなってしばらくして、私のお腹の中にこの子が宿っていることが判明して…。 この子が出来たことが奇跡と言う他ないくらいなんです。だから、どうしても産みたくて。例えこの子の父親が悪く言われても、それはこの子には関係ありませんでしょう?私、この子を立派な人間に育ててあげたいんです。 |
226 | 夢幻 | そうですね。育った環境が違えば、同じ人間でも違った人生が歩めるはずですよ。 あなたはしっかりしたお嬢様だ。きっとその子はいい子に育ちますよ。 |
227 | 佐緒里 | ありがとうございます。 それと…あの、もう一つ…。実はこれをお返ししようと思って…。 |
228 | 夢幻 | おや、これは差し上げた根付けですね。気に入りませんでしたか? |
229 | 佐緒里 | いいえ!私、この根付けのおかげでこの子が授かったと思ってるんですのよ!? ご主人から頂いた時、私、強く誠一さまとの赤ちゃんが欲しいって願ってしまったんですの。だからきっと、願いが叶って奇跡が起こったんだって…。 でも、誠一さまが亡くなった時、これを強く握りしめていたという話を聞いて…見るほどに辛い気持ちが沸いてきて泣きたくなってしまうんですの。だから…。 |
230 | うたかた | お姉さんが気にするほどのことでもないと思うんだけどなー。あいつが願ったのは…あいてっ(夢幻に頭はたかれて) |
231 | 佐緒里 | ふふ、なぐさめてくれるの?ありがとう。 |
232 | 夢幻 | そういうことでしたら、これはお引き取りしましょう。お嬢様の願いが叶ったことで、これも本望でしょうからね。 今回のことはお嬢様にとって辛いこともありましたが、負けずに頑張ってよい子を産んで下さいましね。 |
234 | 佐緒里 | はい、ありがとうございます。 あの、またこちらに伺ってもよろしいでしょうかしら?お爺さまの好きそうなものもいろいろとありますし、なんだかとてもほっとする場所なんですの。 |
235 | 夢幻 | はい、それはこちらからも願ったりなことですよ。お子さまが生まれる頃には、外国のおもちゃなんかも仕入れておきましょうね。 |
236 | 佐緒里 | まあ、それは楽しみですわ。それでは今日はこれで失礼します。また、遊びに来ますわね。 |
237 | 夢幻 | はい、いつでもお待ちしておりますよ。お身体にお気を付けて、お過ごし下さいね。 |
238 | うたかた | ばいばいにゃ!赤ちゃん産んだら、見せて欲しいにゃよ!明日?明後日?えーと、5回くらいお日様が昇ったら見れる!? |
239 | 夢幻 |
こらこら、赤ちゃんが生まれるのはまだまだ先のことですよ、うたさん。月めくりが後6,7枚破かれなければ、生まれませんよ。 |
240 | 佐緒里 | ふふ。まるでその子の言葉が判るようにお話しされるんですのね。 不思議だけれど、それが当たり前に見えてしまいますわ。とても人なつっこくて可愛い子。 いろいろとありがとうね、黒猫のうたさん。あなたにここを教えて貰って、とても嬉しいわ。また会いましょうね。 |
241 | うたかた |
(嬉しそうに)にゃお。 |
「黒猫」のうたかたの頭を一撫でして、佐緒里がでていく。 | ||
242 | うたかた |
人間の赤ちゃんって、随分長い間お腹の中にいるんだにゃ。おいらたちとは全然違うにゃ。 |
243 | 夢幻 | それはそうですよ。でも、うたさんも普通の猫とは違うこと、自覚してくださいねぇ。 やれやれ、「また」戻ってきてしまいましたねぇ…、この珠。純粋な心の持ち主が持てば、またとない至宝ですのに。 |
244 | うたかた | あのお姉さんなら、持ってても大丈夫だと思ったんだけどにゃー。おいら一目見て好きになったし。 |
245 | 夢幻 | そう思って差し上げたんですけどねぇ。周りのよこしまな念が影響したんでしょうかね…。 |
246 | うたかた | でもさ、でもさ、今回はみんなの願いを叶えちゃったんだろ?この珠。 |
247 | 夢幻 | ええ…。どうやらそのようですね。この珠が教えてくれましたよ。 お嬢さんの願いは赤ちゃんが欲しかった。 あの男の願いは生まれ変わりたかった。 女性は男と二人だけの世界を欲しがった…。 |
248 | うたかた | お姉さんは赤ちゃん出来たけど、ほかはー? |
249 | 夢幻 | 男は生まれ変わりたかった。けれど、「生まれ変わりたい」という願いだけが強すぎて、そのまま言葉通りになったのですよ。 新しい人生をやり直すために、生まれ変わった。お嬢さんのお腹の中にね。 |
250 | うたかた | にゃ!赤ちゃんって、あのいけ好かない男なの!?そんなのひどいにゃ!理不尽にゃ! |
251 | 夢幻 | そんなことはありませんよ?確かに男の生まれ変わりでしょうが、その魂まで同じになるとは限りません。 生まれた場所、生まれた環境、何より、愛してくれる者が側にいるかいないかで、それまでとはまるっきり違う人生を送るようになるのですからねぇ。 ある意味、あの男にとっては最高の願いが叶ったと言うことではありませんか? |
252 | うたかた | でもさ、でもさ、何か納得出来ないにゃ! |
253 | 夢幻 | 男を知ってしまっているからそう思うだけで、これが他の誰とも判らぬ魂であるならば、そうは思わなかったでしょ? 大丈夫ですよ。あのお嬢さんが育てるんです。生まれ変わりであっても、あの男のように汚れた人間には育ちませんよ、きっと。 |
254 | うたかた | それなら良いにゃ。あのお姉さん、優しくて大好きにゃ。優しくて真っ白で、いい匂いもするにゃ。前より綺麗にもなったにゃ! |
255 | 夢幻 | 母親になると言う自覚が出来たからでしょうね。 もう1人の女性は、幻想の世界に入り込んでしまったようですね…。現実の世界から離れて、自分の世界に閉じこもってしまった…。そこであの男のことだけを思って、これからずっと長い生を過ごすのでしょうね…。 |
256 | うたかた | 人間って、複雑で怖いにゃー。 |
257 | 夢幻 | 本当に。複雑で怪奇で得体が知れなくて…でも、そんな人間が巻き起こすいろいろなことが、とても面白いのですよ。 ここにある物たちが、いろいろと教えてくれます。その身を預けた人間たちの在りし日のことをね。 私は、そういった言葉に耳を傾け、再び彼らが望むものの手に渡すのだけが楽しみなのですよ。 |
258 | うたかた | おいらはそんな夢幻と一緒にいるのが楽しいにゃ。いつから一緒にいたのか忘れちゃったけど、おいら夢幻が大好きだにゃ。 |
259 | 夢幻 | 私もうたさんが大好きですよ。 ……ものを壊さず、お留守番もして、少しはお手伝いしてくれたら、もーーーっと大好きなんですけどねぇ? |
260 | うたかた | ……さーてと、1丁目の八百屋のお玉ちゃんに会いに行ってこようっと。お鈴ちゃんはあいつに盗られちゃったけど、お玉ちゃんにはまだ決まった相手いないはずだし! おいら、今度こそお玉ちゃんに赤ちゃん産んで貰うんだ! |
261 | 夢幻 | 1丁目の八百屋のお玉ちゃんて…小江部(こえぶ)八百屋の綺麗な三毛猫さんのことですか? |
262 | うたかた | うん!いっつも店先にいて眠ってる、すっごく健康そうに太ってて、貫禄ある猫なんだ!おいら頑張る!じゃ、ちょっと行ってくるにゃ! |
263 | 夢幻 | ぁ、ちょっと、うたさん!……ああ、もう行ってしまった…。本当に、こういう時だけ早いんですから。 それにしても…確かお玉ちゃんって、今年、齢(よわい)10歳のおばあちゃん猫ではなかったですかねぇ? ……まあ…うたさんのことですから、気にしないのかも知れませんけど…。 さて、せっかくの至宝ですが、お前はしばらく箱の中にでも眠っていて貰いましょうか。また、お前を望む、心優しい人が現れるまでね。 |
根付けを小箱に入れ、棚の奥へと仕舞い込む夢幻。店の扉が音を立てて、誰かが入ってくる。 | ||
264 | 夢幻 | おや、お客様ですね。 ようこそいらっしゃいました。何をお望みでしょう。ここには何でも揃っていますよ。あなたが望むものが呼んだのですから。 さあさあ、どうぞご覧になっていって下さい。 その品があなたに幸せをもたらすか、それとも…それはあなた様次第。鬼が出るか蛇が出るか。夢を見るのもまた一興…。 ここは「かなえや」。 あなたのお望みの品が、必ず見つかる場所でございます。 |
閉幕 |