家族の肖像

                   里沙:作

          (2:2:0)

大樹(ひろき) 普通の高校生。 82
父親 お父さん。ぼけぼけ〜。 32
母親 お母さん。ぽやぽや〜。 35
亜樹(あき) 大樹の妹。ある意味最強。 70

 

 

001 大樹 ………なんだよ、これ…。
  大樹M    今、俺の手元には戸籍謄本が握られてる。
修学旅行が海外な為、パスポートの関係で必要なんだそうだ。
これくらいは親に頼まなくても自分で手に入れられると思ったから、俺は市役所で戸籍謄本を取り寄せたんだ。
でも………俺は今の今まで、知らなかった…。
  大樹 ……なんだよ、これ!何なんだよ!…うそ…だろ……。
  大樹M 戸籍謄本に書かれていた文字。誰に聞かなくたって一発で判る。これが俺をどん底に落とし込んだんだ…。
  大樹 ただいま…。
  母親 あ、ひろ君、おかえりー。今日はどうしたの?いつもより遅かったわね?
  大樹 あ…ただ…いま…。うん、ちょっと…。
  母親 何?どうかしたの?元気ないわよ?もしかして、彼女に振られちゃった?
  大樹 振られてなんてないし!……あの…かぁ…さん…。その、聞きたいことがあるんだけど…。
010 母親 ん?なに?
  大樹 あの…あのさ、俺……。俺…。
  母親 なーに。じれったいわねぇ。ちゃんとはっきり話しなさいよー。
  大樹 俺、この家の本当の…
  母親 (大樹の言葉に被せるように)あー!お鍋吹いてる!きゃーっ!ちょ、ちょっと待ってて!
いやーん!今日はパパの大好物のロールキャベツなのに!やだー!キャベツからお肉出ちゃったー!キャベツ、溶けちゃってるー;
  大樹 あ…あの…。
  母親 もー!せっかく上手く巻けたと思ったのにぃ…。2つもダメになっちゃってる!
まあ、良いか…。形悪くても味には変化ないし!…ないわよね?
と、ひろ君、ごめんね。話って何?…とと、こっちのお鍋も吹くとこだった。危ない危ない。
  大樹 あ……あー…いや、また後で良いよ。たいしたことじゃ…ないから…。落ち着いてご飯作っちゃってよ。
  母親 あら、そう?じゃあ、後で話してね?あ、ごめん、そこのお皿取ってくれる?
  亜樹 かーさん、今度の研修旅行のことなんだけどさー。やっぱ小遣い1万じゃ足りないわよー。
あ、お帰り。兄貴からも何か言ってよー。2泊3日で1万って、少なくね?
020 母親 何言ってるのよ。遊びに行くんじゃないんだから、1万でも多いくらいでしょ!
  大樹 ただいま。研修旅行の行き先、京都奈良だっけ?色々見て回るとなると拝観料とか、見学料で取られるとは思うけど…。
  亜樹 でしょでしょ!?ほら!兄貴もこう言ってるし、せめて後もう1万!
  大樹 でも、移動はバスや電車だとしても1日フリー券があるはずだし、自由行動以外は団体行動じゃなかったっけ?
  亜樹 ぎゃー!兄貴!なんてこというんだ!その自由行動が重大かつメインなんじゃないか!
  母親 とにかくお母さんは1万しか出しません!ひろ君の修学旅行の方がお金掛かるし、大体中学生で1万なら多い方でしょ!亜樹ちゃんはあれば全部使っちゃうし!
  大樹 なんだったら俺、小遣いはバイト代があるからそれから出すけど…。
  母親 そのバイト代はちゃんと貯金しておきなさい。これから大学に進学するなら、バイト代なんてすぐ飛んでっちゃうわよ。それに、そろそろ受験準備だから、バイトなんてしてられないわよ?
  亜樹 えー!ナッチも亜弓もユカだってもう少し持ってくって言ってるのに!みんなと団体行動取れなかったら、どうしてくれるつもりー!
  母親 何言ってるの。自由行動は1日だけで、後は学年全体での行動でしょ。ダメよ、そんなこと言っても、余分なお金は持たせません。
それに、よそはよそ!家(うち)は家!よそ様のことを羨む前に、自分の行動をちゃんとしなさい!
ほら、そんなことよりテーブル拭いて、手伝ってちょうだい。
030 亜樹 けちー、けちー。
  大樹 俺、部屋いってる。夕飯になったら、呼んで…。
  母親 もうじきお父さんも帰ってくるから、お菓子とか食べてちゃダメよ。こら!亜樹ちゃん!つまみ食いしない!
  亜樹 だってお母さんのコロッケ、美味しいんだもん。あ、私明日のお弁当に入れたいから、1つ取っといてー。
  母親 お弁当の分はちゃんと別に取っといてあるから。ほらほら、そこのお浸し作っちゃって。
  大樹M 母さんと妹のやりとりを聞きながら、部屋に戻って着替えた俺は、もう一度鞄から取り寄せた戸籍謄本を取り出した。
何度見ても、間違いない…。俺の名前の所にある文字。
『養子』。
これがどんな意味を為すかなんて、小学生でも知ってる…。
  大樹 父さん…母さん…亜樹…裕樹(ゆうき)に雅樹(まさき)…。
俺だけが違う…。そんな…そんな事って…。
  亜樹 兄貴ー。そろそろ夕飯出来るけど、先にお風呂に入っちゃう?って母さんが……って、なに?どしたの?しょぼくれちゃって。
  大樹 べっ、別に何でもない!それよりお前、ノックもなしに部屋に入るなよ!(慌てて書類を鞄に隠して)
  亜樹 いいじゃん、べつに。それとも何よ、そんなに慌てちゃって。なに?やらしいことでもしようとしてた?
040 大樹 は?やらしいことって何だよ…。
  亜樹 やらしいことはやらしいことよw いやー、兄貴だって一人前の男だもんね。そりゃ、彼女の1人もいないんじゃ、1人寂しく右手とお友だちするしかないよねーw
ん?兄貴って左利きだから、左手がお友だちか?んね、どっち?
  大樹 …ばっ!このばか!なんて事言うんだ!どっからそんな下品な言葉覚えてきた!にぃちゃんは哀しいぞ!
  亜樹 何言ってんの。今時こんなの小学生でも常識だっての。大体、マジで高校生になっても彼女がいないなんて、我が兄貴ながら心配になるぞ。どっか悪いの?
それとも……むふふ…。あっちの気があったり?
  大樹 ………お・ま・え・は、どうしてそう言う腐女子方面に考えが行くかな…。(ヘッドロックでもこめかみぐりぐりでも何でもOK)
  亜樹 ぎゃー!ギブギブ!ごめん、悪かった!私が悪うございました!ごめんなさい!おにいたま!
  大樹 お前、そういうこと言ってると、父さんにばらすぞ。月に1回日曜日に地元のイベントとか、夏冬2回の東京お台場とか!
  亜樹 うっ!………何故それを…。兄ちゃんはエスパーか!
  大樹 父さん以外バレバレだっての。地元はともかく、年2回のコミケは友達のお姉さんと一緒らしいけど、あんまり心配させるようなことするなよ。
母さん達と口裏合わせるの、大変なんだぞ。
  亜樹 あー…ごめん。それはほんとに悪いと思ってる。でもさ、ナッチのお姉さん達に同行して同じホテルに泊まらせてもらって、ちゃんと行きも帰りも一緒だよ。
年2回だけど、お金足りないから夏か冬かのどっちかだし…。大体夏なんだけどさ。
今はまだお姉さんの本にイラスト描かせてもらうくらいだけど、いつかは自分で本出してみたいなーって思ってるんだ。
050 大樹 腐女子が好むイラストか…。お前…変な想像しゃべり出す前に自重しろよ…。
  亜樹 失礼なっ!確かに腐は好きだが、あたしが描きたいのは普通のファンタジー系イラストだ!ドラゴンとか、ドラゴンとか、ドラゴンとか!後妖精とか!
風景も好き!(ここは演者様のご自由に。腐以外の健全なものなら何でもOK)
ナッチのお姉さんが出してる本だって、普通の動物マンガだぞ!すっごいほのぼのなんだから!
  大樹 まあ、お前のイラスト見たけど、確かに良い線いってると思うよ。風景の奴なんて、ジブリっぽくてよかったな。ああ言うのは好きだ。
  亜樹 ほんと!?へへ、兄貴にそう言って貰えると自信付いちゃうな。
あたしさ、将来イラストレーターになりたいんだよね。だから将来はそっち方面の大学とか専門とかに行きたい訳。
兄貴、応援してくれる?
  大樹 応援するのにやぶさかではないが…それ、ちゃんと父さん達に話してるのか?
  亜樹 お母さんには話した。でも、父さんはさぁ……解るでしょ?
  大樹 まあな…父さん、亜樹を猫っ可愛がりしてるから、県外に進学って無理そうだな。
  亜樹 うぜーっ!マジうぜーっ!子供の夢を叶えてやるのが親だろうに、親父ってば事ある毎にあれダメこれダメって言うし!あたしゃ人形じゃないっての!
  大樹 落ち着け、馬鹿者。それが親心って物だろ。
まあ、亜樹が大学入るくらいになるまで今の姿勢貫いて、真面目に勉強とかしていれば、認めてくれるんじゃね?
  亜樹 そうだと良いんだけどねー。まあ、いざとなったらお母さんに援護してもらう。父さん、お母さんには絶対に頭上がらないから。……うぷぷ…(思い出したように笑って)
060 大樹 なんだよ、いきなり。気色悪い。
  亜樹 いや、二ヶ月前のこと思い出しちゃって(笑)ほら、父さんのタクシー事件。
  大樹 あー…あれは…。俺は見ていて父さんが可哀想だったぞ。………笑えたけど。
  亜樹 いや、あれは父さんの自業自得でしょー。しこたまお酒飲んでべろんべろんに酔って、タクシーで帰ってきたのは良いけど運転手さんに抱えられなきゃ歩けないくらいでさぁ。
おまけに出迎えた母さんの目の前で、何をどう勘違いしたのか父さんが運転手さんに『真樹ちゃあぁぁん、愛してるよおぉぉ』とか言いながらぶっちゅー!と!
あははは!あれは凄かった!もう目が点になったくらい凄かった!カメラで撮りたかったくらいだ!(爆笑しながら)
  大樹 はー……。今だから笑い話だけど、あの時は修羅場だったよなぁ。
運転手さんは涙目になって『奥さんだけの唇がぁ…お…男と…男としちゃったあぁぁ…』とか言ってふらふら帰ってくし、父さんは変わらず母さん好きだー!とか叫んでるし、母さんは母さんで静かに肩震わせて怒ってるし…。
後日合宿で居なかった双子が、何で父さん母さん喧嘩してるのって泣き付いてくるし。
ちょうど居合わせた隣のおばちゃんが現場目撃とかでけらけら笑いながらご近所に言い触らしてくれるしでさぁ…。
  亜樹 父さんに『花束とプレゼント持って謝りたおしてこい!』って発破(はっぱ)掛けたのは私だ!ついでにあの後一ヶ月毎週ケーキを買わせたのは母さんだ!
近所のおばちゃんたちは、めっちゃ笑ってたよ。ここいら一帯って、みんな仲良くて平和だから、ちょっとしたイベントみたいなもんだった(笑)
  大樹 俺はあの話し持ち出されるたびに恥ずかしかったぞ…。どっから聞いたのかクラスの腐女子どもが詳細聞きに来るし…。
  亜樹 いいじゃん。あれでますます父さんてば母さんに頭上がらなくなっちゃって、お酒の飲む回数も減ったんだし。
差し入れよー、とか言いながら色々持ってきて話を聞きに来るおばちゃんたちとますます仲良くなっちゃったし。
  大樹 まあなぁ。恥かいたのは父さんだけだから良いけどさ。もう二度とごめんだな。
  亜樹 んで?兄貴は何悩んでたのかなー?
070 大樹 ………は?
  亜樹 あたしが入ってきた時、めっちゃ悩んでた顔してたじゃん?なに?どしたん?
  大樹 べ、別に悩んでなんか居ないぞ。何言ってんだ、お前は。
  亜樹 そーう?何か真剣な顔してすっごい悩んだ顔してたくせに。……まあいいや、兄貴、先に風呂入っちゃってよ。父さん、直に帰ってくると思うしさ。
  大樹 ん、そうだな。そうする…。……だからお前は部屋出てけ。何勝手に人の部屋の本棚漁ってんだ。
  亜樹 ケチー。マンガくらい貸してくれたって良いじゃん。お、この本の新刊出てたんだ!これ借りてくねー!
  大樹 ちゃんと返せよ!後、お菓子食べながら読むのは禁止!この間貸した本に菓子屑入ってたぞ!
  亜樹 それは双子の仕業!私の後に読んでたからね。すぐご飯だし、ダイエットのためにもお菓子なんて食べないよーだ。
  大樹M 時々亜樹の感は鋭い所を付く。どきっとするぐらいに核心をついてくる。それでいて何も言ってこないのは、本人が自覚していないからだと思うんだが…。

風呂に入りながら、俺は今後のことを考えていた。
『養子』と書かれた俺の戸籍欄。俺は父さんと母さんの子供じゃないって事だ…。亜樹も、双子の弟たちとも、血は繋がってないって事になる…。
じゃあ、俺は誰の子なんだろう。何で父さん母さんの子供になったんだ?亜樹も弟たちも生まれてるのに、何で…。
そんな考えがグルグル回る。

俺は…この事実を知ったことでどうすれば良いんだろう…。どうしたら良いんだろう…。
そんなことをとりとめもなく、結論も出ることもなく考えていた頃、父さんが帰って来て、夕食になり、賑やかに時間は過ぎていった。
自分の内心の感情だけを置いてけぼりにして。

  父親 じゃじゃーん!重大発表です!聞いてください!お父さんは今度人事部に異動することになりました!昇進です!昇進!
080 母親 あらー。それは良かったですねー。
  亜樹 ……遅くね?てか、何勿体ぶって、食後のお茶飲んでる時に言うかな。
  父親 亜樹ちゃん!ひどい!せっかくお父さんが昇進したって言うのに、喜んでくれないの!?
  亜樹 はいはい、おめでとおめでと。てか、それ昇進って言うの?
  父親 昇進ですよ。いや、まあ、今までのメンバーが1人、家庭の都合で退職しちゃったもんだから、その穴を埋める感じで抜擢されただけなんだけどね。
でも、社長直々から声が掛かったって事だから、ありがたいですよねー。
  母親 理由は何であれ、昇進には違いないんですもの。おめでたいことですよねー。
パパ、おめでとう。今日はこんなものしかないけど、明日はお祝いでごちそう作るわね!
  父親 ありがとー!真樹ちゃん!僕はこれからも真樹ちゃんのために頑張りますよ!
  大樹 母さんのためだけに頑張るのか。
  父親 もちろん大樹(ひろき)や亜樹ちゃんや双子たちのためにも頑張りますよ?
特に大樹や亜樹はママに似て頭いいから、これから良い高校、良い大学へと進学するだろうし、双子たちは頭の方は僕に似て残念だけど、運動の方は僕に似て得意らしいからね。
きっとスポーツ方面で伸びると思うから、それなりのことをしてあげたいしねー。前はサッカーだったけど今はバスケなんだっけ?
どんな運動でも良いから、身につけて欲しいよねー。
  母親 小学5年でレギュラーになってるくらいだから、それなりに才能はあると思うの。二人とも夢中になってやってるのよ。中学行ってもバスケやるって、張り切ってるくらい。
さすがパパの子よね。この間なんて試合見に来てくれていたお友だちに、双子君は礼儀正しくてしっかりしていて将来が楽しみねーって言われちゃった。うふふ。
090 父親 それはもちろん、真樹ちゃんの血を引いてるし、真樹ちゃんがしっかり教育してきてくれたからだよー。僕はただそんな真樹ちゃんをサポートしてきただけだしねー。
やっぱり真樹ちゃんが一番凄いよ!
  母親 やだぁ、パパったら。子供たちの前で、はずかしいw パパだって、〆るところはちゃんと〆てくれるし、何よりもこうしてみんな何不自由なく暮らして行けるのは、パパが毎日毎日お仕事頑張ってくれてるおかげだもの。
本当に感謝してるのよ。
パパ、いつもありがと。
  父親 僕の方こそ、毎日掃除してくれる綺麗な家に帰って、毎日こんなに美味しい食事を用意してくれて、毎日笑顔で迎えてくれる家族を作ってくれた真樹ちゃんにどんだけ感謝しているか!
もうね、僕のこれまでの人生で何が一番だったかって、真樹ちゃんと結婚出来たことだよ!
愛してるよ!真樹ちゃん!
  母親 嬉しい。私もよ、一樹さん!
  亜樹 ええ加減にせいよ!このバカップル!いい年して、恥ずかしいったら!
仲良いことは良いことだけど、そう言ういちゃいちゃは誰もいない所でやれっての!見てるこっちが恥ずかしいわ!
  父親 やだなぁ、亜樹ちゃん。お父さんとお母さんの間に入れないからって、焼き餅焼いちゃダメですよー。
僕たちは、ちゃんとみんなのことも大好きですよ?
何と言っても、僕と真樹ちゃんの子供たちですからね!ひろ君も亜樹ちゃんもゆう君もマー君も、みんなみんな僕の大事な子供です!みーんな、愛してますよ!
いやぁ、ほんとにみんな出来が良い息子娘で僕は幸せすぎる!
  母親 そうなの!ひろ君も亜樹ちゃんも、小さい頃から大した病気もしないし、物わかりの良い手の掛からない子供だったし、双子たちは元気いっぱいだけど悪いことは一切しないし、幼稚園の頃からずっと皆勤賞もらって!
本当にお母さん助かってきたのよ!
毎日幸せだわ!
  亜樹 一生やってろ……。
  大樹 …でも、俺は父さんとも母さんとも血は繋がってないんだから、その中には入れないよ…。
  母親 え…?
100 父親 大樹?
  亜樹 ちょ、兄貴?
  大樹 俺、父さんと母さんの…この家の本当の子供じゃないんだろ。養子なんだろ。知っちゃったんだよ!
……戸籍謄本もらってきて、見た…。
  父親 え?戸籍謄本?
  母親 養子…?
  大樹 何で…何で黙ってたんだよ!今までずっと!俺をずっと騙してたのか!?
そりゃ、ここまで育ててくれたのは感謝しても仕切れない…でも…。亜樹たちが生まれたのは俺を養子にしてからだろ。何で…何で血の繋がった子が生まれたのに…なんで俺をもといた場所に戻さなかったんだよ……。
  母親 ひろくん?あの…ちょっと待って……。
  亜樹 兄貴!何言ってんの!?それって、実の子が生まれたから養子なんかいらなくなっちゃったから返そうかー、あはは…って言う鬼畜の諸行だよ!?
そんなんされたかった訳!?
  父親 いや、亜樹ちゃん、それちょっと違う…。
  大樹 俺…俺…。何でずっと黙ってたんだよ!俺…知っちゃったからにはこれ以上世話になれないよ!
今度の旅行も止める。そんなことにお金使えない…。高校出たらこの家出る。大学は奨学金とかバイトで何とかする。
110 父親 いや、あのな、大樹…。
  大樹 今まで俺を育ててくれたことは凄く感謝してるし、これからはその恩を返したいとも思う。でも…でも、何で今までずっと隠してきたんだよ!そりゃ、話された時のショックはあるかも知れないけど、ずっと何も知らないままの方が騙されてたみたいでいやだ!
何で…黙ってたんだよ…。
  父親 あー……な?大樹?そのな?
  母親 えーと……あれ?あら?あららら?
  父親 養子って…あ…ああああぁー……(気の抜けたように)
  母親 パパ…。ひろ君のこと…。
  父親 うん……。真樹ちゃんもかー…。
  大樹 ……俺が知るまで、ずっと隠してるつもりだったの?なんでちゃんと言ってくれなかったんだよ!言ってくれれば俺だって…俺だって……。
  父親 いや、そうじゃなくてな?その…。何と言ったらいいのか…。
  母親 だってぇ…忘れてたんだもん…。
120 父親 うん。綺麗さっぱり忘れてた…。
  大樹 ………は?
  亜樹 ………忘れてた?
  父親 いや、大樹が今日言い出さなきゃ、俺も真樹ちゃんもずっと忘れたままだったろうなー…。
  母親 でもね、でもね、ひろ君が小学校卒業する時期に、パパと話し合ったことは確かなのよ!?ひろ君が養子だって、そろそろ話さなきゃいけないわねーって…。
  父親 中学ともなれば、もう理解出来るだろうからなーって、うむ、確かに相談した。どう話そうか悩んだもんな?
  母親 うんうん。
でも、ちょうどその頃親戚のおばあさんが亡くなったり、京都のおじさんが事故で入院したりとかしたでしょ?それでバタバタしているうちにすっかり忘れちゃったのよー。
  大樹 忘れちゃったのよー……って……のんきすぎるにも程があるだろ!ちょ、何だよ、それ!養い親としての責任とか、告知義務とか、あるだろ。そう言うの!
  父親 あー、うるさい!ちゃんと今事実知ったんだから、良いだろ!
大体、お前はちょっと頭はいいけど、一本抜けているのが悪い!
  大樹 はあ!?何だよ、それ!
130 父親 大体なぁ!お前が養子なんて他人行儀な文字を戸籍に載せられたのは、お前が生まれる前に迷子になって、ちゃんと真樹ちゃんのお腹から出てこなかったから悪いんだよ!
  亜樹 ぶふっ!(笑いに吹き出して)
  大樹 はああ!?何バカなこと言ってんだよ!訳判んないこと言って誤魔化すつもりかよ!
  父親 誤魔化してなんてねーよ!
あのな!俺も真樹ちゃんも、結婚してからずっと子供が出来なくて、何の原因もないのに何でだっ!?て哀しく思ってたんだぞ!
  母親 そんなときにね、旅行先で孤児院施設って言うの?そう言う所にふらりと立ち寄ったの。その時は養子なんて考えてなかったんだけど、ただ子供たちが見たかったのね。子供たちの笑顔見たら、気持ちも元気になって体も元気になって、赤ちゃんも出来るかなーって思ったの。
  父親 乳幼児のいる部屋に入った時だったよねー。泣いたり遊んだりしている子供たちの中から、お座りしておもちゃで遊んでる大樹がこっちを見て、俺たちと目があったと思ったら…。
  母親 そうそう。満面の笑顔でおもちゃ投げ出してハイハイダッシュしてこっちに来たの!もう、あの時のひろ君、誰よりもかわいくってかわいくって!
  父親 きゃあきゃあ笑いながら俺の足にタッチしてなぁ…抱き上げた途端だったな。ふーっと、あ、これ、俺たちの子だ…って思ったんだよなー。
  母親 うんうん。私もだっこした時、ああ、うちの子、こんな所にいたー、よかったーって思ったの。二人して、ようやく見つけたねって笑い合ったのよ。
  父親 その後手続きやら何やらで色々面倒なことさせやがって。
お前が迷子にならずにちゃんと真樹ちゃんのお腹に入ってれば、こんな面倒なことにはなってなかったんだよ!お前が悪い!その一本抜けた所、なおしやがれ!
140 大樹 迷子って…何言って…え…?なんで俺が悪いってなるんだよ…。
  母親 そう言えば、昔家族でディズニーランド行った時も、ひろ君迷子になったことあったわねー…。
  父親 あったな!真樹ちゃんは真っ青になって今にも倒れそうになるし、亜樹はぎゃん泣きしてるし、双子もちょこまか動こうとするし、あの時ほど焦ったことはない!
俺は内心パニックになりながら、なんとかお前を捜し出したんだぞ!
  亜樹 あー…覚えてる。案内所で待ってる時、お母さん本当に真っ青で、死ぬんじゃないかと不安で泣いてたんだよねー。双子どもはうるさいし。
それより、兄貴がこのままいなくなっちゃったらどうしようって、すごい哀しかったっけ。
少ししてから父さんがけろっとした兄貴を抱いてきた時は、安心でまた泣けたんだったなー。
  父親 ほれみろ。やっぱりお前が悪いんじゃないか。
とにかく、そう言うことだから。戸籍には養子と載ってるが、それ、間違いだから!
お前は、生まれてきた場所間違えたおっちょこちょいの、頭は少しばかり良くても阿呆の、正真正銘俺たちの息子だから!
変な遠慮とか気遣いとか、今までの態度変えたりとか何かしたら、ぶん殴るぞ!
  母親 あとね、ひろ君。旅行止めるとか、この家出てくとか言わないでね?
実の親子なんだから何も遠慮しなくても良いし、今までと変わらないのよ?そんなこと言われたら、お母さん泣くわよ?
あー、でも、これからはもうちょっとだけお手伝いしてくれたら、お母さん嬉しいかもー。
  亜樹 だいたいさあ、兄貴と父さん、赤の他人ですって言う方に無理があると思うよ。
  父親 ん?なんでだ?
  亜樹 だって父さんと兄貴、一緒に寝てる時っていつも同じ寝相だし、同じタイミングで寝返りうつし、同じように屁をこくしさー!
ギャグか漫才かってくらい、似すぎてるよ!
  父親
大樹
そんな親子証明、いらねー!!
150 亜樹 あはははは!まあ、兄貴も気にしなけりゃ良いんだよ。
血は繋がってないかもだけど、兄貴は紛れもなくうちの家族なんだし、あたしの兄貴なんだからさ。
双子たちが知っても、絶対に『兄ちゃんとオレたち、血が繋がってないの!?すげー!かっこいー!!』とか言うだけだと思うよ?(笑)
  母親 ふふっ、それは言いそうねー(笑)
もう少し大きくなって色々判る年になったら考えることもあるんでしょうけど、きっと変わらないと思うわよ?
ひろ君は私たちの息子で、亜樹ちゃんやゆう君マー君のお兄ちゃんだもの。
  父親 判ったらさっさと部屋帰って勉強でもしろ。風呂は入ったんだろ?俺と真樹ちゃんの時間を邪魔すんじゃねー。ほれ、行った行った。
  亜樹 んじゃ、私お風呂入っちゃう。後で兄貴の部屋行くからねー。
  大樹 ……何しに…。
  亜樹 戸籍謄本見してよ。私、見たこと無いんだもん。
  大樹 ……見ても面白いもんじゃねーと思うが…。
  亜樹 いいじゃん。参考のため参考のため。
  母親 そういえば、ね、パパ。ひろ君が家に来た頃、色々あったわよねー。
  父親 あったなー。後輩の奴に心配されたりとか、あの頃住んでた家の隣の意地悪なばばぁとかが色々言ってきたりとか。
160 母親 でも、それ以上に楽しかったり幸せだったりしたわよね。そうそう、パパ、覚えてる?こういう事あったの…。(アドリブで何か入れてくれても良いです)
  父親 覚えてる覚えてる。後さ、真樹ちゃんと大樹がこんなこともあったよな…。
  大樹M 父さんと母さんの昔話を背中に受けながら、俺は部屋に戻った。

夕方からずっともやもやしていた気持ちが晴れたような、でも反対のもっともやもやしたような気持ちになっている。
父さんの言葉、母さんの言葉、色々と思い出しては恥ずかしかったり、くすぐったかったり、ぼんやりと温かかったり…。
でも、哀しいって言う気持ちは一欠片もなかった。
複雑ではあるが、大きな、温かいものに包まれたような、そんな安心感が、今、俺を包んでる。
俺は、ここにいて良いんだという何かしっかりとした安心感。

  亜樹 あー、良いお湯だったー。へへー、とっときのバスアロマ使っちゃったい。
  大樹 だから何でお前はノックもしないで部屋に入ってくる…。
  亜樹 良いじゃん別にー。んね、戸籍謄本、見せてー。
  大樹 ……ほら。
  亜樹 これがそうかー。あ、ほんとに養子ってなってる。面白ーい。
  大樹 面白いって…お前なぁ…。
それより、いいのかよ…。
  亜樹 ん?何が?
170 大樹 父さんも母さんも親子だって言ってくれたけど…真実俺とお前は血が繋がってないんだぞ?兄妹として育ったとは言え、いわば赤の他人だぞ?
気にならないのかよ…。
  亜樹 は?今更何言ってんの?あたしの下着姿見てもペチャパイだの、色気が無いだのもうちょっと何とかしろだの散々バカにしてくれてたのに。
  大樹 は?何言ってんだ…。
  亜樹 血液型!
  大樹 な、何だよ、いきなり。
  亜樹 私B型!父さんもB型!双子たちと母さんはAB型!でも兄貴はO型!
  大樹 そうだけど。それが何(バコッ!と亜樹に殴られて)って、痛てぇな!何すんだ!
  亜樹 兄貴、中学の時血液型の授業受けなかったのかよ!
  大樹 いや…受けたと思うけど…。
  亜樹 もっかい勉強し直せ!BとABからOの生まれる確率!
180 大樹 え?確率って…そんなんやったっけ?あれ?BとABから生まれるのって…。
  亜樹 父さんの方のじいちゃんばあちゃん、二人ともB型だったでしょ。てことは父さんは典型的なBB型。もしくは、4分の1の確率だけどBO型。でも、母さんはAB型。
そんな二人からO型が生まれるのは確率からしてもの凄く低いっていうか有り得ないって言うか…。
  大樹 え…ちょっと待て…。それってつまり…。
  亜樹 あ、でも、母さんがCisAB型だったらどうなるんだっけ?この場合でも優性遺伝子の方が表現されて劣性遺伝のOはでてこなかったよね?
  大樹 そうじゃなくて!亜樹、まさかお前、俺と血の繋がりがないってこと…知ってたのか?
  亜樹 血液型の授業受けた時に疑問持って調べたから、もしかしたらそうじゃないかなーとは思ってたんだよね。
ていうかさ、何?授業で教わったくせに、今の今まで何の疑問も持たなかったっての?信じられん。何、その天然ボケ!
  大樹 うるせーな…。確率とか習ったかも知れないけど忘れたし、その時は低い確率でもO型が生まれるんだろうなって思ったんだよ…。
あと、授業として頭には入っても、自分のこととして考えられなかったって言うか…。
けど、お前こそ知ってて、今まで何も思わずに来たのか?
  亜樹 何にも思わなかったワケじゃないよ。さすがにあたしだって色々考えたわよ。
いくら兄貴だって思ってても、本当に血の繋がりがなかったらどうしようとか、兄貴がそれ知ってたらどうしようとか、血の繋がりがないってことは結婚は出来るんじゃね?とか、でも養子になってるなら結婚は無理、だけど、子供は産めちゃうんじゃね?とか。
  大樹 おまっ!子供って!
  亜樹 まあ、色々考えても始まんないなーって思って、兄貴の様子確かめてた。
190 大樹 ……確かめるって…まさか…。
  亜樹 うん。兄貴の前できわどい格好したり、風呂上がりに部屋急襲(きゅうしゅう)したり、何気なーく抱きついてみたり。さすがにお風呂一緒に入ろうとかは止めたけどさー(笑)
  大樹 (がっくり来たような感じで)あああ…。……お前の今までの変な行動はそのためだったか…。
なんかバカに懐いてくるなとか、変に挑発してくるなとか思ってたんだよ…。
言っとくが、俺はお前を妹としてしか見たこと無いぞ!血の繋がりがないって判った今でも、俺はお前を妹としかみれん!
  亜樹 うん。だからそれでいいんじゃね?
  大樹 は?
  亜樹 だからー。血の繋がりとか養子とか、それが何の意味があるの?ってこと。
兄貴があたしを妹としてしか見れないように、あたしも兄貴は兄貴としか見れない。今更血の繋がりはないんですよ、恋人になれますよ、子供も持てちゃいますよって言われたとしても、無いわー、あり得ないわー、ばかじゃね?とかしか思わない訳。
  大樹 何か…どういったらいいのか判らんが、さりげなくバカにされたような気持ちになるのは気のせいか?
  亜樹 気のせいだ。
んで、今更血の繋がりがなかった養子だって判ったとしても、何が変わるのかなーって。
そりゃ、兄貴は複雑なんだろうけどさ、私たちからしてみれば、兄貴は兄貴で変わらないし、何を悩むことがあるのかなって思う訳だ。
  大樹 ……前々から思ってたけど、お前って、変に広いよな…。変に広いって言うか、ズバリ変だ…。
  亜樹 失礼な!かわいい妹様に向かって変とは何だ!変とは!
200 大樹 いてっ!蹴るな、こら!上手く言葉が見つからないだけで、褒めてるんだって!
何かお前がそう考えてたんだって判って、安心したって言うか、ああ、やっぱり家族なんだなって思ったんだよ!
  亜樹 当たり前じゃん。
…誰だったかな。誰かの歌にあったよね。『時の流れは妙におかしなもので、血よりも濃いものを作ることがあるね』って。
うちってさ、それなんだと思うよ?
兄貴は兄貴、それ以外の誰でもないんだよ。
  大樹 ……うん。そうだな。
  亜樹 父さんも母さんも、養子だなんてこと忘れちゃってたくらい兄貴は自分の子供だって思ってたんだし、養子だからって、これから何が変わるってこともないしさ。
気になるならちょっとだけ二人に親孝行してあげれば良いんじゃない?
  大樹 ……そうだな…。これまで以上にそうしようと思うよ…。ありがとうな。亜樹…。
  亜樹 へへ、だからさ、兄貴。
  大樹 ……なんだよ、この手は。
  亜樹 お小遣いちょーだい?父さんも母さんも当てにならないから、兄貴、ちょっとだけ援助してー。今度の旅行の時だけで良いからさー。お願いー。
  大樹 感動した俺がバカだった。中学生は1万で充分!自分の小遣いから出せっての!(ぺしっと軽くはたいて)
  亜樹 痛っ!良いじゃん!お願いー!お土産買ってくるから!ね?お願いったらお願い!
210 大樹 ……嵐山の方行くんだろ?そこでお香セット買ってこい。桜香か、無ければ紅葉、もしくは竹って奴。それもなかったらお香セットなら何でも良い。
後、固い方の八つ橋。1万は無理だけど、5千円ならやる。
  亜樹 マジ!?ありがとー、兄貴!でも、なんでお香?兄貴そんな趣味持ってたっけ?
  大樹 お香は俺じゃなくて彼女の誕生日プレゼントにするんだよ。あいつ、お香が好きだって言ってたから…って、なんだよ、その目は。
  亜樹 兄貴…彼女なんて居たんだ…。
  大樹 ふっ。お前が知らなかっただけで、今年に入ってから告白されて付き合ってるよ。同じ部活の後輩だ。
ほれ、彼女とチャットの時間だから、お前は出てった出てった。お金は明日にでも渡すから。母さんには俺から話しとく。
  亜樹 あ、うん。でも、その彼女さん、今度紹介してよ!
  大樹 ああ、そのうちな。……亜樹、色々ありがとな。おやすみ。
  亜樹 何お礼なんて言ってるの?変な兄貴(笑)ま、感謝してくれるんだったら、これからも援助、よろしくお願いします!んじゃ、おやすみ。
  大樹 これからもって…おいっ、まだ集(たか)るつもりか!…っとにもう…。
  大樹M 血の繋がりってなんだろう。
家族ってなんだろう。
俺は、確かに養子という事実を知ってショックを受けたけれど、思ったよりも焦燥感や危惧感(きぐかん)や…そんな色々な負の感情はあまりないんだ。
父さんや母さんが俺を当たり前のように息子として認めてくれている。亜樹も前から知っていたはずなのに、何も変わらない。
それが凄く安心する。嬉しい。

これが家族なのかな。
繋がりって奴かなと思う。

220 大樹M 俺の本当の親って人たちのことを気にしないと言えば嘘になるけど、それを知りたいと思うことは正直無いんだ。
なんだろうな…。俺の家族はやっぱり父さん母さん、亜樹や双子たちだけで、この家が俺の家って感じなんだ。
今更俺が養子だったことを知っても、万が一にも俺の実の親という人が現れたとしても、きっと俺は胸を張ってこう答えるだろう。
『俺の家はここです。俺の家族は父さんと母さん、亜樹や双子たちだけです』って。
それはきっと、俺が就職とか結婚でこの家を出ても、変わらないんだろうと思う。

家族って、血の繋がりだけじゃないんだ…。
きっと積み重ねてきた時間が、家族そのものを作っていくんだろう…。
パソコンの電源を入れつつ、棚の上に飾ってある、家族全員で撮った写真に目をやりながら、俺は漠然とそんな風に思っていた。