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| 2006年8月7日(月) |
| 北海道で思う |
今日、所用で出かけていた北海道から帰ってきた。急遽、行くことにしたので、飛行機のチケットもバカ高く、おまけに席もほとんどないので、目的地から遠くの空港に降りて、電車を約4時間程、乗り継いで目的地に着いた。
北海道には、今まで10回くらいは行った事があるが、今回特に感じたのは、電車での乗り継ぎが多かったことから気づいたのだが、今回、私が利用した駅にはエレベーターがなく、段差解消がまったくされていなかったことだ。
私が使った駅は、大きな駅も小さな駅もあったが、いずれにもない。障害者や高齢者はどうすればいいんだろう。バリアフリー法があるのになぜに?と思う。東京や関東地方の駅には、私鉄やJRにもだいたい着いていると思うのに。
北海道へは、飛行機で行った。年に4.5回は飛行機に搭乗するが、これは毎回思うことがある。
最初にゲートに入るときに手荷物検査をするが、その時には、係員に手荷物を預けて、手荷物がトンネルの中を通る間に特殊カメラでカバンなどの中を透視して、係員がチェックをしてからトンネルからカバンなどが手元に届き、各自がそれを持って搭乗口に移動する。
こんな時代だから、飛行の安全確保の為に厳重な安全確認をすることは良い。大いにやって欲しい。アメリカの同時多発テロ後に2回ほど渡米したが、あちらも厳重だ。空港ももちろんだが、市役所でもボディーチェックされ、金属探知機などを充てられた。安全確保は良い。
しかし、日本の空港の場合、トンネルを通過しているカバンなどを透視している画像が、カバンなどの手荷物を受け取る人々が待つ所に設置してあって、そこで係員がチェックしている為、けっこう恥ずかしい。
手荷物を受け取りながら、他人の手荷物画像の中身を子どもが興味深く見ている。大人もだ。恥ずかしそうにしている人もいた。カメラの構造上、何でも見えるわけではないが、あれほど全面公開されてはプライバシーもへったくりもない。せめて画像だけは囲いをして、そこで係員がチェックすればいいのに。場所を変えなくても簡単な間仕切りさえあればできる。改善を望みたい。
てなことを思いつつ、帰って来た。 |
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| 2006年8月5日(土) |
| 夏休み |
2.3日前からやっと暑くなってやっとこ夏らしくなってきた。
今日は祖母の法事を行い、事務所で仕事をして、夜はダントツ政経実践会の暑気払い。夏らしくインド料理だ。
さて、子ども達は既に7月から夏休みだったが、私の方は、8月2日まで試験だったので3日から学校は夏休みになった。
今回も2週間以上に渡る試験期間、レポートの締め切りも重なりがちで、仕事をしながらなので多忙だった。そんな関係でHPの更新も滞った。反省している。
ところで、私は自分で言うのも何だが、大学の成績はかなり良い。小学校や高校の頃の私を知っている人が成績表を見ると腰を抜かすと思う。数学がないので、各講義を平均してもかなり良い。
私は、この大学での学習は活動に役立てるために始めたが、実際、活動に役立てているし、幅が広がった気がする。前期11講義の成績評価は10月に出る。大変楽しみだ。
夏休みは、今まで積もった仕事をこなしたり子どもと遊ぶ予定だが、今、大きなハードルを越える為に活動をしていて、これも多忙だ。8月中旬からは9月議会の準備も始まる。休みらしい休みはやはりないだろうと思う。
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| 2006年7月3日(月) |
| 祖母が他界 |
前回の日記にも書いた祖母が6月28日に他界した。100歳と6日生きた。
ここ数ヶ月寝たきりで、点滴でなんとかもっていたが、夕方、私が大学に出かける直前に息を引き取った。
祖母は群馬県で徳雲、さだの間に生まれ、97年前に家族と共に現住所の久喜市東に転居した。3人姉妹の真ん中で家をついだ。
久喜女子高校(現 久喜高校)を2回生として卒業し、小学校教諭、国鉄勤務を経て、旧太田村役場(現久喜市)に勤務。その後の合併で久喜町役場、久喜市役所に定年まで勤務した。退職後は老人会や民謡を趣味としていた。
県庁職員だった夫を40歳で事故で亡くし、両親、子ども3人も相次いで亡くしていた。100年の人生は平坦ではなかったと思う。子どもを亡くすことの悲しさといったら想像を絶する。私だったら生きていられないだろう。厳しい人生を生きてきたからか、自分にも他人にも非常に厳しい人だった。ある時は、久喜駅で化粧をしていた女子高生をを厳しく注意し、校長に抗議。退庁後の市役所の業務に関する目もするどく、何かあればすぐに電話で抗議。家にかかってきた電話には、相手が敬語が話せなければ、その場で「ガチャリ」と切ってしまう。
私の両親も早くに離婚していたので、私も生まれてすぐから祖母と同居していたが、本当に厳しい人だった。けど、父と離れていた私にはそれくらいで調度よかったのかもしれない。今は感謝している。
晩年は、認知症が悪化して車椅子でデイサービスに通っていた。80歳を過ぎて、それまで一緒に暮らしていた独身の息子が急死してから、少しづつ認知症が進んだ。仕事を続けながら介護をした私の母もつらかったと思う。
母も「100歳までは」の一心で介護を精一杯していたが、目標を超えた数日後には一切の水分などをとらなくなり、母の腕に抱かれて他界した。御近所の医師や看護士さんには大変お世話になり感謝している。また、生前お世話になった皆様にも大感謝。通夜や告別式にも大勢来て頂いた。懐かしい顔が見れて祖母も喜んでいると思う。
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| 2006年5月13日(土) |
| お医者様に感謝してます |
私の祖母は明治39年生まれなので、来月で満100歳を迎える。久喜市役所の退職者では最高齢。久喜高校の卒業生(第二回生)でも最高齢ということだ。私と祖母は同じ敷地内の別棟に暮らし、私の母が実母である祖母を一人で介護している。
その祖母は、認知症が進み、私の名前も分からなく、ほぼ寝たきりだ。
2ヶ月くらい前までは、車椅子で市内のデイサービスに通っていたが、急に食欲がなくなり、突然、何も口にしなくなった。
慌てた母が近所にある内科のM開業医さんに頼んで往診をしてもらい、点滴で栄養を補給する日々が続いている。
とにかく口からは当初は何も口にしないので母も死期を感じ取り落ち込んでいたが、懸命に介護を続けた結果、点滴は続けているものの、2日前からは、祖母が砕いた柑橘系果物を二房ほど食べることに成功した。排便もあった。
2ヶ月以上、前述のお医者さんには、往診をして頂いている。ゴールデンウィークなどの休日にも往診をしてもらった。時間があれば、必ずこのお医者さんは祖母の様子を見に来てくれる。私も家族としてとてもありがたく、感謝している。
祖母の往診自体についてもそうだが、それと同等に、実質、一人で介護している母へのお医者さんの暖かい声かけが、ほんとうに嬉しい。母も医療の専門家であるお医者さんに、母の介護を褒めてもらったり、ねぎらわれると素直に感動して、後で泣いて喜んでいる。そして、その後には必ず私に半べそで褒められたことや祖母の微妙な回復加減を報告してくれる。母はお医者さんと会うと介護疲れをなくし、張り合いを持っていきいきとしている。
久喜市では、総合的病院の誘致が決定し、計画立案が始まっている。大きな病院も良いが、やはり、地域の事情に詳しく小回りが効く地域のお医者さんは大切だ。(内科のお医者さんの他にも、近所の皮膚科のお医者さんも、相談した途端に飛んできて往診して下さいました。)今回の祖母の件でつくづくそう思った。もちろん今回のお医者さんの件は、それ以上にこのお医者さんの人間性によるところだと思うが、休日を返上して、患者や介護者の為に様子を見に来てくれるなど、きっと大病院などでは同じような配慮は難しいと思う。大病院も良いが地域医療、さらにはもっと小さなエリアでの医療も視野に入れながら行政は高齢化した自治体の医療全体を把握して将来設計を展望しなければならないと思う。
祖母が元気になったら、祖母を車椅子に乗せて、母と共にお医者さんにお礼を言いにいきたい。 |
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| 2006年4月25日(火) |
| 選挙を終えて |
一昨日、春日部市議会議員選挙があり、友人二人が当選した。2位、3位で当選した。大変うれしい。
1位の方は、前回の市長選挙にも立候補された方で、私と同い年。11年前の統一地方選挙で当選した仲間で当時25歳が埼玉県内に3人いた。一人は春日部のその方。一人は私。もう一人は前回の衆議院選挙で比例復活当選した自民党の代議士だ。
当時は、3人が志を一つに全国の20代の議員に声をかけて組織をつくったが、色々なことがあり、今は3人が同時に顔を合わせることはない。
さて、今回の春日部市議選では、自転車が大流行。前回の選挙では、私の仲間一人が自転車を使って、2位以下に大差をつけてブッチギリのトップ当選。その影響もあってか、私が確認しただけでも6人以上の候補が自転車で選挙運動をしていた。有権者に距離を置かずに近づけるということからも有効だ。
そして最終日。これは何とかならんかと思う。
どんな選挙でも、大方の候補は、最終日には「最後のお願い」と称して宣車から、ウグイス嬢や候補者本人が大絶叫する。
マイクをつかって、すすり泣きを聞かせる候補もいる。これには本当にうんざり。わざわざマイクを使って、ズルズルとか鼻水をすする音を聞かせることはないと思う。その時だけでも、マイクは放せばいいのにと思う。
選挙中は、他の候補者の宣車とすれ違う時や、事務所の前を通過する時など、
「○○候補のご健闘をお祈りします。」
「お互いに頑張りましょう。」
などと、心にもないことを言うものだが、最終日にはこれも忘れ、必死の形相で、「最後のお願い」を大絶叫する。
どうも私はこれが好きになれない。
むしろ、選挙の最終日には選挙期間中、選挙運動とはいえ、お騒がせをしたり、交通に迷惑をかけた有権者の皆様に、「御協力への感謝」を丁寧に伝えるべきと思う。 |
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| 2006年3月2日(木) |
| 許されざる・・・ |
実にショックなことがあった。
昨日、義父が遊びに来ていた。義父は義母に先立たれ、たまにお泊りにやってくる。子ども好きで可愛がってくれるので感謝もしている。
昨夜もお泊りだった。それはいい。
大酒飲みだけど、それもいい。
子を可愛がってくれるので、いい。
義父が寝た後、私はパソコンで調べものをしていた。その部屋には他に、一番下の2歳になる娘が一緒にいた。元気だが、あまり大騒ぎする方でもないし、静かなことにはかまわなかった。
私もパソコンに夢中。
少しして、チューチューという音やカリッという音が聞こえたが、コップで遊んでるのかなあと気にしていなかった。
だが、パソコンに夢中になっている私の目に、ぼろぼろになったティッシュが入ってきたので、私は娘がゴミを出してしまったのかと思い、娘の方を見て愕然とした。
娘の手には湿ったティッシュ。口にはピンク色の物体。
よく見ると、それは義父の入れ歯だった。こんなにショックだったことはない。
義父は、入れ歯で、はずした後に御丁寧にもティッシュに包んで、テーブルの上に置いて就寝していたのだ。
娘はそれを出して、不思議な入れ歯をチューチュー、ガリっとしていたのだ。
入れ歯をテーブルに置くことだけはやめて欲しい。
私が中学生の頃、台所に行って、ふとまな板を見た時に、みずみずしい、祖母の入れ歯が置き忘れていて、一瞬、息が止まったことを思い出した。
もちろん、娘はその後、うがいや洗顔、手洗いを繰り返して注意した。
入れ歯はどうなったか分からない。
歯は健康の源。大切な入れ歯は特に子どもの手が届かないところにお願いしたい。
この事件は、もう思い出したくない。
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| 2006年1月29日(日) |
| これはお恥ずかしい |
先日、長男に床屋さんから帰った私は、「もみあげ、あるじゃん。」と言われた。何かわけ分からなかった。
もみあげ?息子がなぜ、このもみあげを知っているのか。
聞いてみたら、このHPの日記を読んでいたらしい。これは恥ずかしい。息子二人が私のHPをチェックしている。小学校3年と5年の息子が!
しかもこの日記を。
先日、次男が「ねえ、パパのホームページ見たよ。」と確かに言っていた。長男はこれを見て、私の”もみあげ”のことが気になっていたようだ。
HPを見ている息子たちよ。もし一緒に友達と見ていたら、ごめん。恥ずかしいかも知れないが、あえて、HP上の親から子へのお願いを書く。見た瞬間から直しておくれ。
マサへ。ちょっとずるして、やりたくないことはやらないという態度を直してね。でも最近、勉強もしっかりやっているし、責任感もいろんなところで出てきた。うれしいぞ。 ギャグも面白い。土日には君のギャグで腹がよじれる。楽しんでるよ。
トモへ。君は本当に妹のめんどうを良く見ている。うれしいし、たのもしいぞ。でも、ちょっと自分の感覚で妹をブルンブルンしたり乱暴にする時がある。もうちょっと加減しておくれ。部屋の片付けもきちんとしたら、もっと好きな勉強や読書がはかどると思うよ。
マサ&トモへ。 頼むから、風呂に入る前に体をよーく、よーく、よーく洗ってくれ。何度も言っているが、私は毎日最後に風呂に入る。君らが体を洗わないで、ただ風呂の中で暴れて出ているから、すごい汚い。湯につかるだけでなく、頼むから体をよく洗ってくれ。
見たかい?この日記?息子たちよ、頼むぞい。
あ、そうそう、番外編。私の母の「マツエばあ」が、スーパーでのエピソードを語った。
「ネギに人間産ってのがあった。あたり前だよねえ。誰が作ったか今度は表示することになったからって、人間はないよねえ。犬や猫がつくるわけないんだから。」と興奮していた。
多分、埼玉の「入間産(いるまさん)」を誤読したのだと思う。
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| 2006年1月3日(火) |
| 正月の過ごし方 |
毎年、大晦日から正月、1月3日くらいまでは自分でつくる議会報告「石川ただよし報告」を配布している。
これをして10年以上になる。
今年の大晦日、正月も「石川ただよし報告」をずっと配布している。それと、今年は大学のレポートを集中して執筆している。かなりボリュームも内容も濃いものをつくっている。
正月は自分にとって、まとまった時間ができる時だから、普段できない大量の事務的な仕事と勉強ができる。しかし、子供とも遊ばなければならないので、それなりにそれにも時間を使っている。
2日に、子供と三人で映画「ハリーポッター 炎のゴブレット」を観た。毎年、1日か2日には子供と映画を観賞している。
この映画は、世界中で老若男女に大人気の物語の映画で、英国の子供魔法使いの物語だ。
今回は、この映画を見ていて、ふと気づいたことがあった。映画に出てくる主人公は、世界中から集まったと言う住み込みの魔法学校で魔法を学んでいるが、今回は、この生徒の中に、アジア系など様々な人種がいた。
前回も、黒人の子供はけっこう多く出ていたが、その他の子供はあまり見なかったような気がした。しかし、今回は中国系やインド系、その他にも他国出身の子供たちが魔法学校生徒として演出されていた。
日本人らしい子も、楽団らしいところに一人だけセリフなしでいるように見えたが、日本人も是非、次回はセリフつきで演出してほしい。
ところで、昨年は1月4日から子供2人と3人で米国、ロサンゼルスに行き、ついでに本場のディズニーランドにも行った。日本のそれとは違い、ガラガラ状態で、客は日本人と韓国、中国、地元らしき近隣の少年少女がほとんどだった。午後2時から午後6時くらいまでで、17のアトラクションに乗れた。日本のように並んだり待つものはほとんどなかった。
そんな中、日本でもおなじみの「イッツ ア スモール ワールド」という、世界中の文化を自働で動く人形の演技を見ながら、10分以上にわたり、水面に浮かぶゴンドラに乗って観賞するアトラクションに乗った。
各国の紹介はすごい!主役はすべて子供の人形で、子供がその国、地域の民族衣装を着て、自慢の文化や特徴を紹介しているところを、曲にのって見ていく。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中南米、オセアニア・・・
実に見事だったが、肝心の日本は?・・・
楽しみにしていたが、アトラクションの終盤に、日本人少女人形が2二人、浴衣を着て、唐傘をさして、「ありがとう」か何かの日本語を言いながら、おじぎをしているだけだった。・・・実にさびしい。
他国に比較すると、ものすごく軽い展示だったと記憶している。
ディズニーよ! 日本でも営業展開しているのにさびしい仕打ちじゃあないか。
昨年の正月を思い出しつつ、今日も「石川ただよし報告」の配布を終えた。
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| 2005年12月24日(土) |
| 冬休みは何を読もうかなあ |
22日に市議会も閉会し、来週から大学も冬休みになる。
正月は何をして過ごそうか。大学の課題レポートは何本かあるのでそれらをこなすが、余暇をどうすごそうか。
もちろん読書。
私の楽しみと言えば、読書。というより書店に行くことかも知れない。ちょっと時間があったり、何か嫌なことがあったり、楽しいことがあったり、とにかく書店に行く。視察に行っても時間があれば書店をのぞく。外出で電車が来るまで時間があれば書店による。
書店に行くと子供の頃のワクワク感が今でもよみがえる。表紙や帯を読みながら、興味がある本をチラチラ読みながら、欲しい本を選ぶ。こんなに楽しいことはない。書店は夢と知識の宝庫だ。
普段は議員活動の為や参考書としての本を優先して読まなくてはならないが、正月などは何でも読む時間ができる。真に楽しみだ。
池波正太郎作品も読みたいし、最近凝っている日露戦争に関するものも読みたい。(日清・日露戦争あたりを掘り下げると、今の国家としての日本の姿と国際秩序が理解しやすい。)政治思想は違うが、カストロやゲバラに関する本も読みあさりたい。その他、書店に行くと、何だか読みたくなる本が山ほどある。何だか楽しい。
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| 2005年12月16日(金) |
| CD買いました |
先日、CDを買った。平井堅の「歌バカ」を買った。
私は300枚以上のCDや100枚くらいのLPレコード、300本くらいのカセットテープをもっているが、それらの98%くらいは洋楽で残りは映画音楽など。80年代から90年代が中心のものを今でもよく買う。
CDが市販される前、生まれて初めて買ったLPレコードは、小学校6年の時にホール&オーツの「プライベートアイズ」。二枚目はポリスの「ゴースト イン ザ マシーン」、三枚目はJガイルズバンドの「フリーズ フレーム」、4枚目はアース・ウインド&ファイアのタイトルは忘れたが、「レッツ・グルーブ」が入ったレコードだった。その後にもビリージョエルやシカゴ、ワムやカルチャークラブ、ラバーボーイなどを買った。初めて買ったCDは確かスティーブ・ウィンウッドの「ロール ウィズ イット」だったと思う。
話を元に戻す。以上のように歌謡曲のCDを買ったことがないので、先日買った平井堅の「歌バカ」が初めて。歌謡曲は小学校4年生くらいの時に買った西城秀樹の「YMCA」のシングル以来だ。当時、のりにまかせてセブンイレブンで買った覚えがある。
久しぶりに歌謡曲(今はJポップとか言うらしい)を買ったのは、むしゃくしゃくることがあって、つい衝動買いしただけだが、結構、いい曲で驚いた。2枚組みだが、2枚目のCDが特によろしい。感動した。ベスト版なので、聞き覚えもあって心地よい。それでいて、きちんと聴いたことがないから新鮮であった。
今夜、夕食の時にマツエ婆(母)に「平井堅のCD買ったんだよ。けっこうよかった。」と話したら、「フライ ケン?・・・ フラン ケン?・・・日本人で?・・・へえーっ。」と言われた。あまり興味はないようだった。母は63歳。
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| 2005年12月7日(水) |
| しこりを残さず |
二ヶ月くらい前から首の左側に直径3センチ、高さ1センチくらいのしこりができた。このくらいの大きさだと結構、目立つ。大きくなるまでは、そんなに日にちもかからなかったし、痛みもなかった。
ただ、気になるので、先月、病院で診断を受けたら、「毛穴などから汗やばい菌が入り込んで、膿や脂肪などが溜まってしこりとなっている。切除することもできるが、その場合は通院が必要。放っておいてもいいけど、今後、気になって触っている時などにばい菌が入ると、さらに大きくなることもある。」と言われ、通院する時間がとれないので、ひとまず様子を見ることにしていた。
それが突然、昨日から激痛に変わった。今日は何とかもつかなあと思っていたら、しこりの部分だけでなく、しこりの周り、首の付け根、耳の脇、上あごまで痛くなりだし、頭痛もしてきた。何もしなくても痛いところに、Yシャツなどでこすれて激痛。首が回せない。ロボットのような妙な動きになってしまった。サンダーバードのような、顔と上半身を同時に回転させなければ振り向くこともできない。
「これは耐えられない!」と思って、病院に行った。診てくださった先生には「切除」を進められて、お願いした。
しこりの切除とは言え、生まれてから一度も体にメスをいれたことがない私は大いに緊張した。
看護士さんには、「上半身裸で、この服を着て、ベッドに横になってお待ち下さい。」と言われて、緊張の中、着替えて横になった。
次は、看護士さんが、髪に血がつかないようにテープのようなもので髪をとめて、布を患部のまわりにかぶせてから、消毒をした。
しばらくしてから医師が来て、何かをまた塗った後、麻酔薬を注射してくれた。しかしこれが痛い。しかも注射にしこりの内部にあった膿などが逆流したもようで、麻酔もあまり効かない。
”ピチッピチッ”という音で切れたような感じが伝わってきた。そして、そこからは医師が力を込めて膿などを搾り出す。これが麻酔が中途半端にしか効いていない私には地獄。思わず、子どものように足をバタバタ、手はこぶし、顔は苦痛にうごめく猛獣のよう。
ときどき、医師が手を休ませる時があるので、私もこれに合わせて力を抜いたら、看護士さんは、ショックで気を失ったと思って、脈を調べていた。
苦痛に耐えること10分くらい。激痛に耐える体のもがきでとても疲れた。明日から通院だが、しこりがとれてすっきりした首筋に早くもどりたい。
しこりと言えば、幸手総合病院の移転をめぐって、久喜市と幸手市をはじめとする関係町、住民とのしこりが大きくなりつつあるような気がする。
昨年の合併破綻でしこりができ、そのしこりは徐々に大きくなり、病院問題でさらに膨らみつつある。早いとこ切除して膿などを出さなくては。膿などを出すには、相当な痛みに耐える心構えが必要だ。
今日お世話になった医師によると、このしこりは、小さいうちならば薬で治ったという。大きくなってから慌てても、それなりの痛みと苦労が伴うということだ。 |
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| 2005年11月27日(日) |
| ウォームビズ |
昨日、はやりの衣料品量販店に行った。
そして、私のウォームビズが単なる厚着だということが判明した。ややショックだった。
夏はクールビズで涼しい格好をして、冷房機の設定温度をさほど低く設定しなくても過ごしやすいようにして、エネルギー消費を抑え、環境に負荷を与えないようにするというもの。ウォームビズはその逆で、冬にビジネスなどでも暖かい格好をして、暖房機の設定温度を低く抑え、環境に負荷を与えないようにするというもので、環境省が提唱し、商社なども協力して全国で展開している。
洋服店などでは、夏のクールビズに加え、今はウォームビズの専用コーナーもできていて、お洒落に展示されている。安いものから高いものまで、幅は広く、簡素なものから、かなり凝ったものまであるがいずれもお洒落だ。
私も夏は自称クールビズで通したので、冬もウォームビズと考えていたが、自分の服装が単なる厚着だということに気づいたが、結局、厚着のおかげで暖房機の無駄なエネルギー消費を抑えられるのであれば、別にお洒落でなくてもいい。
無理にお洒落して、首にスカーフを巻いて、”堺まさあき”や”関口ひろし”のようにはなりたくない。
そういえば、女子中高生もスカートの下にジャージをはいたりしていて、これも隠れウォームビズかも。
私の体験で冬に一番暖かい服装は、何と言っても”着ぐるみ”だろう。熊やサルの人間大のものを着るもの。よくイベントなどで見かける。あれは夏は暑いし、臭いらしいが、冬は相当暖かい。私も遊びでちょっと着たたことがあるが、あれは暖かい。頭もすっぽりだし。
冬に”着ぐるみ”を着たサラリーマンで満員の電車内も面白いかも知れない。でも冷房が必要かも・・・ |
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| 2005年11月23日(水) |
| 手ではつかまないで下さい |
今日は春日部市立小学校の英語教育の研究事業発表会に会派の仲間と参加した。この研究では小学校と中学校の英語教育の連携、継続性について多くを学んだ。
ところで、この日の昼飯は春日部市内で「おいしい」と言われているラーメン店でとることにした。
私はラーメンと餃子と半ライスを食べたが、評判通りみんな旨かった。
ただし、である。ただし、私的にはいただけないところがあった。
それは、最近ではあまり見ることがなくなった「手つかみ調理」だったのだ。
前もっていっておくが、私はドアノブを触るのが嫌でドアノブ用のハンカチと手を拭くハンカチの2枚を常に左右のポケットに携帯している男だ。
そんな私が「手つかみ調理」を見てしまった。これは事件だった。店主らしき人は、どんぶりにスープを入れる前に、先ずきざみネギを素手でつかんで入れた。その後には麺を入れ、あろうことかその後にも、手つかみで「メンマ」を入れ、「チャーシュー」を入れた。さらに「青菜」を入れるという犯行を繰り返したのだ!しかも具を入れる度に手を汚れた前掛けで拭くではないですかあ・・・それは恐ろしい光景だった。
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| 2005年11月17日(木) |
| もみあげ できてきました |
ある方から、「君はもみあげがないねえ」と言われてから、伸ばしている。
確かに今までは、髭剃りでアゴなどを剃った後、勢いにまかせて、そのままジョリジョリと剃りあげていた。髪が伸びた時に、耳にかぶるのが嫌でないのが当然と思っていたが、指摘されて他人のもみあげを見たら、自分ほどもみあげがない人は最近ではいなかったようだ。
恥ずかしい。
それで伸ばし始めたというわけ。で、前回、散髪に行ってから2週間、一度もジョリジョリしていないから、徐々にもみあげらしくなってきた。嬉しい。行きつけの床屋さんにもいつも「もみ上げどうします?」って聞かれて、「いつもどおりに」って言っていたので、子どものころからずっとこのスタイルだったのだろう。
ところで、この床屋さん、市内にあるのだが、私が幼稚園のころからだから、もう30年以上もこの店に通っている。私が子どもの頃にはご夫婦で仕事していたが、今では私と同年代の娘夫婦も加わって、とっても楽しそうに毎日、仕事をしている。和気あいあいとしていてとてもいい。私の息子二人もこちらでお世話になりたいと思っていたが、近場でということで、初めて連れて行った床屋さんにはまり、息子達はそこに通っている。彼らにとって、私にとっての今の床屋さんのような思い出や経験をこの床屋さんでつくっていくのだろう。
思い出といえば、初めて息子兄弟が子どもだけで床屋さんに言ったときに、帰ってきて、次男に「何て言って切ってもらったの?」とたずねたら、「モグラみたいにしてください」って言ったらしい。二回目には「モグラ刈にしてください」って言ったと言っていた。
昔は、床屋さんにもメニューがあって、「パンチパーマ 5000円」「カット(大人)2000円」とか「アイパー 4000円」「スポーツ刈(子ども)1500円」「丸刈り 1500円」などと書いてあった。そのうち、「モグラ刈り」もメニューに追加されれば次男にとって良い思い出になるだろう。
因みに3回目以降は、「男前にして下さい。」とお願いしていたみたいで、最近は「パパみたいに切ってください。」とお願いしているようだ。
私はこの床屋さんと面識がない。次男の「もみあげ」が気になる。 |
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