癌による代謝の変化と栄養について


癌性悪液質

癌になると、十分に食餌を食べているのに、どんどん体重が減少してしまうことが見られます。
これは、癌による直接的な影響や、化学療法などの治療による影響だけではなく、癌性悪液質による随伴性症候群の一部である代謝の変化が影響しているのです。

癌の動物では、代謝が変化していることが明らかになっています。
癌性悪液質に陥った動物は、活力がなく、治療に対する反応も低く、重篤な全身衰弱につながり、生存期間も著しく短縮します。

癌性悪液質による代謝性変化は、臨床的に体重が減少する前、臨床所見に異常がない時から起こっています。
また、化学療法や放射線療法、免疫療法、外科手術などによる治療に副作用を起こしやすくなります。
そして、癌の治療を受け、癌の除去あるいはコントロールされても、一部の患者では、代謝異常が持続します。

癌性悪液質について理解し、代謝異常に陥らないよう、また、代謝異常を改善させるために、適切な栄養管理を行うことは、生活の質の向上にも、延命のためにも、重要です。

炭水化物代謝

癌の動物において、劇的な代謝障害が、炭水化物代謝に起こります。
末梢のブドウ糖利用、肝臓の糖新生、全身のブドウ糖酸化と代謝回転に異常が認められることが実証されています。

正常動物は、ブドウ糖を好気性代謝で利用し、その結果大量のATPを産生し、将来の利用に備えます。
(クレブス回路・・・1モルの糖から38モルのATPを産生)

癌細胞は、好んでブドウ糖をエネルギー源として利用します。そして癌患者には、乳酸アシドーシスが起こります。
癌細胞は好気的ブドウ糖代謝に必要な酵素をもっているのですが、理由は明らかになっていませんが、腫瘍は嫌気的代謝によって優先的に糖を代謝し、最終産物として乳酸を生成します。
そして、患者は、コリ回路によって、それによって産生された乳酸を利用できるブドウ糖に変換するために多大なエネルギーを消失します。
こうしてたくさんのエネルギーを使って作ったブドウ糖をまた、癌が利用してしまいます。
炭水化物を得ることで、腫瘍がエネルギーを獲得する一方、癌患者は、却って多くのエネルギーを失ってしまうのです。
炭水化物を与えると、癌患者は、かえってエネルギーの借金を作り、乳酸濃度が上昇し、患者に負担をかける結果になってしまうのです。

これらの異常は、悪液質の臨床徴候の認められる前からしばしば存在し、癌のイヌを化学療法や外科手術で治療して疾患を取り除いても、高乳酸血症と高インスリン血症は改善されず、代謝異常が続いてしまいます。
最近の研究で、リンパ腫のイヌについて証明されていますが、他の腫瘍でも同じ代謝異常が起こっていると考えられています。

輸液療法を必要とする、重篤な癌患者では、より重要なことになります。
乳酸リンゲル液が高乳酸血症を悪化させるという報告があり、
ブドウ糖や乳酸を含む輸液は一般に避けたほうがよいと言われています。

タンパク質代謝

癌性悪液質では、腫瘍も癌患者も、両方がタンパク質を必要とします。
癌によって身体の筋肉量、骨格タンパク質合成が減少し、同時に骨格タンパク質分解、肝臓タンパク質合成、全身タンパク質合成が増加して窒素収支が変化します。
腫瘍は患者を犠牲にして貯蔵エネルギーを優先的に使おうとし、新糖生からエネルギーを得るためにアミノ酸を選択的に消費します。
タンパク質の分解と喪失が合成を上回ると、免疫反応、消化管機能、術創治癒などの重要な身体機能の多くに変化が生じます。
25種類のアミノ酸のうち、癌のイヌではトレオニン、グルタミン、グリシン、バリン、シスチン、アルギニンの血漿中濃度が有意に低く、イソロシンとフェニルアラニンの濃度は有意に高くなっていました。

良質で生物学的利用能の高いタンパク質は、患者に対しても、そして腫瘍に対しても有益となります。

*メチオニンとアスパラギン
特定の腫瘍細胞は増殖のためにメチオニンを必要とします。
メチオニンを前駆物質のホモシステインに置き換えてしまうと、腫瘍細胞は細胞周期の途中で止まってしまいます。
化学療法薬のあるものは、細胞周期特異性があります。
アスパラギンはリンパ腫の腫瘍細胞の増殖に必須の物質で、L-アスパラギナーゼによるイヌのリンパ腫の治療で、最高80%までの完全寛解が得られています。

*チロシンとフェニルアラニン
チロシンとフェニルアラニンの制限は、齧歯類動物腫瘍モデルなどで黒色腫細胞の増殖を抑制することがわかっています。

*アルギニンとグルタミン
アルギニンはイヌでは条件必須アミノ酸と考えられています。グルタミンは、最近、特定の病態生理学的状態においてのみ必須のアミノ酸であることが認知されました。

アルギニンとグルタミンは特異的な治療的価値を持っていると考えられています。
食餌中に、
アルギニンとn-3脂肪酸を増量すると、罹患したイヌの臨床徴候やクオリティ・オブ・ライフの改善、生存期間の延長が見られました。

グルタミンは、ヌクレオチド生合成のために不可欠な前駆物質で、腸上皮の酸化的エネルギー生産の材料として重要です。腸の改善、最近の転移生増殖の減少、局所免疫の改善、生存期間の延長に有効であることが示されています。

*グリシン
一部のアミノ酸は化学療法による毒性を減少させると考えられています。
グリシンはシスプラチン誘発の腎毒性を減少させます。

脂質代謝

癌性悪液質で生じる体重減少の主原因は脂肪の損失です。
炭水化物やタンパク質と異なり、
一部の腫瘍細胞はエネルギー源として脂質を利用することが困難ですが、癌患者は、脂質を酸化させてエネルギーを得ることができます
このことから、高炭水化物食よりも高脂肪食のほうが、癌患者にとって有益であるという仮説が立てられ、最近の研究によって、高炭水化物・低脂肪の食餌は高脂肪・低炭水化物の食事よりも乳酸・インスリン濃度を上昇させること、高脂肪食が生存期間の延長させることを示唆する結果などが得られています。

脂肪のタイプが重要なことも示されています。
ω-6は、転移を助長しますが、
ω-3は、腫瘍形成と癌の転移を阻害し、免疫系に刺激を与え、乳酸レベルやインスリン濃度を下げ悪液質を改善し、治療反応を増強させると考えられます。

ビタミン

幾つかのビタミンは抗癌作用があると示唆されています。

*レチノイド
自然あるいは合成のビタミンA誘導体全てを含む群のことで、単独あるいは他の物質と共同で、癌の治療に効果を発揮することが示唆されています。
また、レチノイドは細胞の分化を促進し、腫瘍性細胞の化学療法と放射線療法への感受性をあげる可能性もあります。

*ビタミンC
ビタミンCはニトロソ化合物の生成を阻害し、食道と胃の化学発癌を防止することが知られています。
アスコルビン酸は、一部の癌細胞における薬物耐性を克服できる一つの選択肢になります。
しかし、様々な研究がされていますが、ビタミンCの有効性を証明する直接的データはほとんどまだ存在していません。

*ビタミンE
ビタミンEにも、ニトロソ化合物の生成を抑制する効果があります。
ビタミンEには、齧歯類の乳腺癌や大腸癌の発生を抑制する幅広い効果があります。
ビタミンEは、フリーラジカルの捕捉など様々な細胞機能に影響を与え、細胞を死に導く酸化障害の防止が得られます。
ビタミンEには特定の癌に対する治療効果もあると考えられています。

ミネラル

幾つかのミネラルは抗癌作用があると示唆されていますが、イヌにおける癌予防や治療のための至適濃度は確立されていません。

*セレン
胃腸の癌のヒトでは血清中のセレンが低値で観察されています。齧歯類においてセレンの補給は、結腸、乳腺および胃における発癌を抑制します。

*鉄
トランスフェリンとフェリチンが癌発生り危険と腫瘍細胞の成長に関係があると言われています。
多くの腫瘍細胞は増殖に鉄を必要とするため、ヒトの癌患者においては、腫瘍による鉄の利用が増加して、血清鉄濃度は低下すると言われています。
鉄が低値のマウスでは腫瘍成長は遅くなりました。

*亜鉛
ヒトでは食道、膵臓、気管支の癌で亜鉛の低値が観察されていて、実験動物では亜鉛欠乏症で発癌が増加すると思われる結果が出ています。

その他

*プロテアーゼ阻害因子
大豆由来のBowman-Brick阻害物質は、腫瘍化を阻止あるいは抑制することが示唆されています。

*ニンニク
疫学調査では、ニンニク摂取と癌発生のリスクの低下の間に相関関係があることが示唆されています。

エネルギー消費

癌性悪液質は、エネルギー摂取量の低下またはエネルギー消費の変化に伴ってエネルギー収支が負になることが原因の一部になっています。
腫瘍を持つ動物とヒトでは、健康な個体と比較してエネルギー消費とカロリー要求量が増大することが報告されています。

一般に癌を持つイヌでも体重減少がない場合には、健康な動物の所要量よりも高くはならず、同様に最近の研究によって手術の後にも、エネルギー所要量は増加しないことが示され、合併症のないイヌでは、正常の場合と類似していることが示唆されています。

癌治療の影響

外科手術

癌の治療において外科手術によって発生するかもしれない栄養上の問題は、手術部位及び手技により異なります。
頭部と頸部の広範な手術は、正常な摂食機能を変化させ、重大な栄養失調を引き起こす可能性があります。多くの患者で咀嚼や嚥下の永続的な問題、あるいは誤飲の危険性が生じるようになります。・・・チューブの設置

胃腸の切除術が及ぼす影響は、切除の部位と程度、残存部分の機能に直接関係します。
大規模な切除を行ったときには、吸収不良が主な栄養学的問題になります。

化学療法

・食欲不振、・悪心、・嘔吐、・粘膜炎、・臓器障害、・食物嫌悪反応などの栄養失調を引き起こすことがあります。
これらの問題は十分予想可能で、治療前に給餌用チューブの設置などをすることができます。

化学療法は消化管上皮細胞のような急速に増殖する細胞に対する影響が最も大きくなります。
小腸絨毛の損傷は、放射線療法を併用した場合、さらに激しいものとなります。

悪心と嘔吐は多くの抗癌薬投与に伴います。嗅覚と味覚の変化がヒトで知られており、動物でも起こることが考えられます。一部の患者では化学療法の副作用によって至適量の食物の摂取が困難になります。

プレドニゾンのようなコルチステロイドの高用量あるいは持続的使用は、顕著な多渇と水溶性ビタミンの喪失を引き起こします。

放射線療法

照射部位、総線量、分割線量、手術や化学療法などの併用療法の存在などにより様々です。
合併症には、照射中に急性に発現するものもあれば、慢性化して放射線療法完了後も進行することもあります。

頭部と頸部の照射は、口腔粘膜と唾液分泌に影響を与えます。唾液腺が照射部位に含まれる場合、唾液の生産が減少し、粘膜度が高まり、口腔内乾燥と、嚥下障害を引き起こし、また、歯牙疾患と口内炎が起こりやすくなることがあります。
また、口腔内やのどの痛み、痛みの強い潰瘍、出血あるいは慢性放射線潰瘍を作ることがあります。口腔内組織の壊死は、激しい照射による組織の損傷と二次感染で起こります。
放射線による損傷で味覚、嗅覚は変化、抑制され、感受性も影響を受けます。しかしイヌにおいては、まだ証明されていません。

胸部への照射は食道炎と嚥下困難を誘発します。病変と徴候は、通常は治療終了後には消失します。
腫瘍の壊死が、潰瘍、痩管、繊維かと狭窄によって閉塞性などの遅発性合併症を生むこともあります。

腹部あるいは骨盤領域での照射では、腸機能に変化が見られることがあります。
上腹部では悪心と嘔吐、下腹部では、腸粘膜損傷、絨毛消失と吸収不良に起因する下痢が見られることがあります。
治療終了後急性の放射線腸炎などは消失します。しかし、腸閉塞、痩管形成、慢性腸炎などの後遺症が治療終了後の数ヶ月から数年で起こることがあります。

主要栄養因子

癌患者の栄養状態を改善することで腫瘍の成長を助長させてしまうのではないかという懸念については、この相関を示す研究データはありません。
食餌の支持の有効性として実証されているものは、体重増加、放射線・外科手術・化学療法に対する反応性や忍容性の向上などがあり、この他示唆されている因子には、胸腺重量、免疫反応性、免疫グロブリン量、補体量、白血球の食細胞能などがあります。

癌患者において、炭水化物、脂質および蛋白代謝の変化は、目に見える臨床的疾患や悪液質よりも先に起こり、臨床的寛解や回復を示す患者でも持続することがあります。

一日当たりのME要求量は、その多くを食物脂肪でまかなうのがよいと思われます。これは悪液質で体脂肪の減少が見られること、腫瘍細胞には脂肪をよく利用できないことによります。
食物脂肪はカロリーの50〜65%、あるいは乾物量で25から40%を供給するとよいとされています。

n-3脂肪酸が腫瘍を抑制し免疫を増強させる可能性を示す研究結果から、n-3脂肪酸を増量することが有益と思われます。(乾物で5.0%以上)

食事中蛋白は正常動物の維持食に用いられる蛋白質量より増量するほうが良く、ME25〜40%(乾物で30〜45%)、まかなうのが良いとされています。

癌患者における食餌中のアルギニンの最小有効量はわかっていませんが、2%以上(乾物量)を供給するのが適切といわれています。

食餌の評価

・栄養は、思いやりあるケアの頂点ですし、食欲というのは、そのまま、QOLに響きます。
 「食べてくれない」というのは、犬にとっても辛いことですが、飼い主にとっても何よりも辛いことです。
・癌患者に対して、食べてくれることが大切ですから、「食べるものなら何でも」が基本なのですが、でも、もし食べるのだったら、治療効果のある療法食を選択していくことが大切になります。

・癌患者のフード、摂取量と給餌法が明確にわかる給餌歴を得ることが重要です。
フードの保証成分表で、含量を見積もることができます。

・衰弱した癌患者には嗜好性の高い食物で食物摂取量を上げるため、飼い主による自家製フードを与えられることが多くなります。これらはしばしば栄養バランスが不良であったりタンパク質とエネルギーが低すぎることがあります。

給餌法の評価

カロリー要求量の食餌を与えられているか、食べ物を摂取し、咀嚼嚥下し、吸収しているかを確定するには、給餌法の評価が重要になります。

給餌計画

フード・・・癌をもつイヌの患者で、生存期間が延長し、クオリティ・オブ・ライフを改善することが証明されている市販のドッグフードは、n/d、1種類のみです。

給餌法の決定

経口栄養・・・非経口栄養に比べ、容易、安価、より生理的なので、望ましい経路です。
腸管内栄養補給により、消化管粘膜の厚さは改善され、腸刺激ホルモンが分泌され、IgA産生も刺激されます。

自発的な摂取を増加させるためには、食物の嗜好性をあげることが単純な手段です。
時に味付けあるいは食物を温めることで香りや口触りを改善して、患者の好みそうなものを与える、快適でストレスのない環境を整えるなどの配慮をしてあげます。

食餌を細工しても上手く行かない時には、食物を与える前にジアゼパム等の薬物療法を試みます。
ベンゾジアゼピン化合物あるいはシプロヘプタジンの投与は一過性に食欲亢進を引き起こしますが、適切な食餌摂取量を保証するものではありません。薬物の食欲刺激作用は時間と共に失われます。
酢酸メゲストロールはヒトの癌患者でかなりの体重増加をもたらすことが示されています。
ビタミンB群の欠乏症は食欲不振により起こると言われています。

経腸栄養補給手技
一般に機能する消化管をもった成イヌで、5〜7日間、食物摂取が不十分であったり、1〜2週間で最低でも10%の体重減少が見られた時に対象となります。
経鼻食道挿管法、食道痩チューブ、胃痩チューブなどによる経腸栄養補給が、適切な栄養補給を保証する上で信頼性が高く、効率的な方法です。
外科手術の時や放射線療法に先立ち前もってチューブの設置をしておくことが最良です。
最も重大な合併症はカテーテルまたは溶液による敗血症で、無菌操作で防ぐことができます。

再評価
イヌに対する癌の影響、治療と栄養管理の影響、栄養サポートの影響のモニタリングをして、現在の体重とBCSを以前のものと比較して最も評価されます。

癌性悪液質のほうが基礎となっている悪性疾患よりも臨床的に重大である場合もあります。
癌患者において栄養補給が極めて重要な問題となります。



*** 参考資料 ***

・動物の癌患者治療管理法 コロラド大学癌内科学教授 Gregory K.Ogilvie.DVM タフツ大学癌内科学助教授 Anyony S.Moore.MVS 訳/代表 岡公代 監/松原哲舟 LLLセミナー

・小動物の臨床腫瘍学 第2版 Stephen J.Withrow  E.Gregory MacEwen 著 訳/代表 岡公代 監/松原哲舟 LLLセミナー

・本好茂一監修 小動物の臨床栄養学 第4版 マーク・モーリス研究所発行

・獣医臨床シリーズ 1992年版Vol.20/no.4 癌の患畜に対する臨床管理に関するシンポジウム 学窓社

・第3回日本臨床獣医学フォーラム年次大会2001 犬の腫瘍随伴症候群 川村裕子

・第2回日本臨床獣医学フォーラム年次大会2000「癌の治療における食事療法の重要性−最新のリンパ腫の治療法と栄養学的支持ー」  講師 Dr.Gregory K. Ogilvie(コロラド大学) 信田 卓男(麻布大学)