ロールスロイス

金子さんは車の運転はしないが、会社の用事やオフィシャルなパーティーに出かける時は、後ろに乗る。ピンクハウス時代後期にはロールスロイスに乗っていたことがある。

私の友人で花のアーチストで六本木に小さくて豪華で高級な(お酒の)店”西ノ木”をやっている栗崎昇さんが20周年記念とかのパーティをした。それがマキシム1晩貸切りで。ビールなんか出ない。水割りもない。お酒はシャンペンだけ、しかもドム・ぺリニォン。
何百人のお客がきたのだったろう。栗崎さんは妻子もないし、派手ということの美学を究めようとでもしているような奇人だし、西ノ木のお客は金持ばかりだし……と諸般の事情を考えても、夜更けて垣間見た空きびんの山、山、山。何十ダースか知らないが、あんなに沢山のドム・ぺリニォンの空きびんの山は、ロックフェラー家のパーティにも匹敵するかもしれない。
そういえば、このパーティに一緒に行ったデザイナーの友達はロールスロイスに乗っている人だった。服の売上げが何億とかを越えたときに、親会社の社長が買ってくれたらしい。
と、気がついてみると私のごく身近なところにも、小金持どころかかなりの豪華版がいるので、私は嬉しくなったり自慢に思ったりもする。(これもへんだ)
そのロールスロイスで送ってもらったことがあるのだけれど、運転手さんは若くて、湖上を行く白鳥のように滑らかな運転はしない。それで私は、もっとロールスに相応しい運転を覚えなさいよ! と言おうかと思ったがガマンして、束の間のロールス気分にひたり、古い長屋が立ち並ぶ千石の裏通りの我が家に帰り着いたのだった。

三宅菊子著「真夜中のダッフルコート」より

金子さんのロールスの前に立つユリさん
ブラウス¥20,000、パンツ¥16,000、ベルト¥17,000(インゲボルグ1992年春夏物)
FIGARO1992年6月号(No.28)より 撮影・久米正美

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