ダッフルコート

昔からお洒落の基本的アイテムとして欠かせないのがダッフルコート。ダッフルというのはベルギーのアントワープ近郊の町の名であると共に、そこで織られていた生地の名称でもある。もともとノルウェーの漁師たちが防寒用として着ていたこのコートは実用一点張り。それに目をつけたイギリス海軍が軍用としてさらに機能を高めたデザインを作り上げ、世に広まった。イギリス海軍の制服だから色は絶対にネイビー、と信じて疑わない人も多いようだが、実は下士官はキャメルで、士官用が白や紺なのだ。


ダッフルコートについては、1979年から1981年までananに連載された「金子功のいいものみつけた」の25回目(アンアン1980年2月1日号)「ダッフルコートの記憶」で、金子さんが触れているので、それを紹介しよう。

革ジャンパー大流行の頃のパリでダッフルコートを着て歩いたらなんとなく恥ずかしかったという話を聞いた。ダウンジャケットのほうが暖かいしナウだ、という人もいるだろう。だが、スタンダードなスタイルのこのダッフルコートを1着は戸棚に持つのもいい。楽しく着られるコートだから。

かれこれ20年の昔(1960年頃)、学生だった頃。当時は冬が今より寒かったのである。コートが無くて、母にお金を送るように頼んだ。
そして買ったのがMen’s Wear店のダッフルコート。まだそんな名前も知らなかったが。
ずっと後になって、あの頃俺が一番先にダッフルを着たんだ、という言葉を何人から聞いただろう。誰もが、我こそ、と信じている。たとえばポパイの編集長、たとえば金子功、たとえば……。なぜ問題にするかといえば、ダッフルコートは男の服の流行の最初だったのではないか。
それまでの日本には(戦前は知らず)、男の服の流行どころか男のおしゃれ、ということさえあまり広くは”普及”していなかったのである。変った服装をする男が、ケーベツされるような時代だった。

「洪水の前」「危険な曲り角」等のフランス映画が、青春映画の主役だった。そのどれかの中で、ダッフルコートを見た。「ナバロンの要塞」でも見たかもしれない。が、いまのようにすぐ映画ファッションの真似をする若者も、そのための服もありはしなかった。
銀座みゆき通り角のMen’s Wearにダッフルが売り出されたことは、大げさに言えば画期的な事件だったのである。
フードがついていることに抵抗を感じた。ずいぶんと目立つデザインに思えたものだ。が、それでも、勇気を奮い起こして買った。何千円という値段だった。母から送られた金額では少し不足だった。――その帰りに「死刑台のエレベーター」を見たような気がする。

NEW!

それから現在(いま)までに、どれだけ多くのいいデザインを知ったか。新しいもの、古いもの、いいコートを沢山見た。
だが、それらの中でこのコートは、いぜんとして高い位置を占めている。漁師の着る完全な実用着が原型であり、、長く使い伝えられたデザインであり、と理由はさまざま。しかしそれにもまして、20年前の若者が、いいものを的確に見、そして着た、ということに涙が出るほどだ。
その後、ダッフルは爆発的と言っていいほどに流行し、いつの間にかすたれてしまったが、気がついてみるといつも変わらず売っている店があり、着ている人間もいるのである。いまこれを着たからといって、かっこうよくもないし、渋くもさりげなくもない。まるで無意識のうちにみんながあきあきしてしまったようなコートなのだ。
だが、この20年間に、今年のを含めて3着のダッフルを買った男もいるのを知ってほしい。

ダッフルコート¥35,000(銀座メンズウェアー)、パンツ(サンタモニカ)木のトッグルと麻縄のループ。金子さんはこの店のダッフルを原型にカールヘルムのダッフルを作ったようだ。

さて、カールヘルムのダッフルコートであるが、調査の結果、1985年の秋冬物は存在が確認できなかった。たぶん作られなかったのであろう。カールヘルムの最初のダッフルコートと思われる、私の私物を紹介しよう。これはアンアンにも掲載された。

ワンダフルハウス私物
6 KC−2 ¥69,000
(カールヘルム1986年冬物)
アンアン1986年11月14日号「赤やピンク、レースやフリルで、あかぬける法。」
カールヘルム最初のダッフルコートはヘリンボーン柄。袖山と左胸には、ワンポイントマークがプリントされている。 明るいキャメルの色合いがきれいだ。金子さんのスタイリング。女性・スカート¥24,000、ストール¥21,000、ブーツ¥43,000、エプロン¥8,500、ブラウス¥18,000(ピンクハウス1986年秋冬物)男性・パンツ¥19,000、帽子¥8,500、シャツ¥13,500、チョウネクタイ¥3,800、眼鏡¥11,000(カールヘルム1986年秋冬物)
ワンダフルハウス私物
オールドイングランド青山店で1990年代に購入したベージュとグレーのダッフルコート。肉厚で重厚なヘリンボーン柄は、高級感があり、上品なので、スーツやタキシードのアウターとしても合う。一枚仕立てなのに驚くほど暖かい。定番商品として毎年発売されている。メンズは8色、レディスは12色展開で、このうちメンズ2色、レディス4色は新色が出る。価格は、通貨によって変動するが、ここ数年は128,000円前後で安定している。OLD ENGLAND パリ本店のHPはこちら(フランス語、英語のみ)

トグル

トグル(トッグル)とはダッフルコートについている留め木のことである。ダッフルコートはノルウェー生まれの漁師用、あるいはそれをまねたイギリス海軍の軍用コートとして有名であるが、そもそも海風をさえぎるために作られたコートなのである。
普通のボタンがつけられている場合、風向きによってはコートの裾がめくれちゃうこともあり得る。それを防ぐために、このトグルが大事な役割を果たすのだ。つまり風向きによって、前身頃が左前と右前に切り替えられるようになっているのである。これで強い海風もへっちゃらなコートの誕生ってわけだ。
ダッフルコートの生命とでもいえるこのトグル。生活の中にファッションが深く根ざしていたという典型的な例だ。

どの方角から風が吹いてもいいように前身頃は左前と右前の両方に対応している。船上や戦場での操作性を重視してフラットな木のトグルが使われている。トグルを縫い付けているのは麻縄。 水牛の角のトグルとループに革紐を使用しているので高級感がある。
ダッフルコートについてもっと詳しく知りたい方はこちら(男の「装い」一科事典)

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