わんだふるはうす HCS2006 に行く

ホットロッド。アメリカン・カーカルチャーの重要な一角を占めるカスタムカーの世界。日本のホットロッド・カスタムカーシーンを牽引しているムーンアイズが、毎年12月第1日曜に開催しているイベント「YOKOHAMA HOT ROD Custom Show」。2006年12月3日(日)、ワンダフルハウスはパシフィコ横浜で行なわれた第15回ヨコハマ・ホットロッド・カスタムショー2006に行ってきました。

おっ! かなり賑わってますね(^O^)\ 今日はCHIBO(チーボー)さん率いるバンドThe Mojosのライブもあるのです。 会場に入ると、いきなりこのクルマ。「う…美しい!」
どの角度から見ても重厚で華麗なスタイルです! この日のためにアメリカから来日した、Gene Winfieldさん制作の1940年式マーキュリーです。
カスタムカーの世界“ホットロッド”。第二次世界大戦中、アメリカの若者たちは、手頃な値段で買える車を、より速く走らせ、自分のアイデンティティーをより独創的に演出するために、オリジナリティ豊かにカスタマイズしていました。ジェームス・ディーンの「理由なき反抗」で、崖っぷちめがけて2台の車を走らせ、度胸試しをする(チキン・ラン)シーンがあります。あの車こそホットロッドなのです。
ワンダフルハウスは、車とバイクを見てからIGのブースに行くことにしました。 この目玉がムーンアイズのマークです。
1956年式 シボレー・ノマド。クールな車です。 ほぅ、これがエンジンですか(^-^)\
左は「1957年式 シボレー・ベルエア・ノマド」。右は「1932年式 フォード・デュース・ウッディー」。「フォード・モデルB」。通称デュースの登場です。1932年、前モデルであるフォード・モデルAの後継として、より豪華で美しく、そしてパワフルさを望まれて誕生しました。デュース(Deuce)は、製造年の下一桁の”2”のことで、1932年製のフォード・クーペを意味します。このフォード・クーペこそ、ホット・ロッドの決定版。アメリカではダントツで一番人気なのです。バリエーションは豊富で、5ウィンドウ・クーペ、3ウィンドウ・クーペを筆頭に、カブリオレやパネルバン、そして、このステーションワゴンまで用意されていました。豪華な装備は「ベビー・リンカーン」とも称され、フラットヘッドのV8エンジンをフォードで初めて搭載。しかも値段はリーズナブルな範囲に留めたという、傑作で貴重な存在なのです。
豹柄のピックアップです! こんな車に乗ってるのは、かなりのワルに違いありません。 ピンクパンサーです!\(^O^)/
このネズミは、ムーンアイズのキャラクター”ラットフィンク”です。おっ!この車の赤は、ただの赤ではありませんね。金子さんの赤のような、こだわりを感じさせる赤です。あのワーゲンのバスはカッコいいですね。 床が市松模様です!
古いビートルがズラリと並んでいます。
アポロ・ベロナ・ロードスター。レトロ調の風格と優雅さを感じさせます。1964年、Milt Brownによってカリフォルニアで11台発表されました。現車は1980年代になってGMからリプロダクトされた車。100台生産されて、日本には、当時1200万円程度で1〜3台輸入されたと噂されていますが定かではありません。
今度はロードランナーの登場です!(^O^)〜〜〜
おおっ!ロードランナーのブースの向こうに見えるのはクレープ屋?(^Q^)\ ワンダフルハウスはクレープをいただくことにしました。 「みかんクレープをください!(^Q^)/」
おっと、よく見たら、お店じゃなかった(^Q^ゞ
2台ともエントリー車でした。
カッコいいステッカーですね。 アイボール以外は全部女性のようです。
カスタムバイクのコーナー。 アメリカのIndian Larry Ledacyからハーレーが2台来日。Daddy O(奥)とBrooklyn Beatnik(手前)。
会場のあちこちに販売ブースがございます。 スカジャン柄のTシャツ、”スカTシャツ”。
ホットロッド専門の本屋さんがありました。表紙の車はデュースが多いですね。
ロック+サーフィン+ホットロッド=3つの文化が融合した作品が、これらのボードということになります。 ひときわ華やかなブースが現われました。映画のポスターが…ハリウッドからのゲストのようです。

おっ! 綺麗です(^O^)\ この流線型の物体は何でしょう?
「マンロー・スペシャル」「インディアン 1920 スカウト」というロゴが… 向こう側に廻ってみましょう。
中身はバイクです!
このバイク「マンロー・スペシャル」は、ドゥガッティのエンジンが搭載された1920年製のインディアン・スカウトで、バート・マンローが自らパーツを製作して記録に挑んだものです。「バート・マンロー スピードの神に恋した男の生涯」という本がランダムハウス講談社から発売されます。
もう1台バイクがありました。「1948 Indian CHIEF」。
外国人男性が乗り込みました。カッコいー! サマになってるよ(^O^)/
ロジャー・ドナルドソン監督、アンソニー・ホプキンス主演「世界最速のインディアン」(2005年 ニュージーランド・米)。伝説のバイク 「インディアン」に乗って、63歳で世界最速の夢を叶えたバイク狂ジジイの真実の物語です。映画で使用された1920年式インディアンスカウト(2000万円相当)が、この日、日本で初めて展示されたのでした。
「世界最速のインディアン The World's Fastest Indian」は、アンソニー・ホプキンスが、60歳を越えてから1000cc以下の流線型モーターサイクルの世界最高時速305.89kmを打ち立てたバート・マンロー(1899−1978)の実話を演じたヒューマン・ドラマ。ニュージーランド最南端の町で、21歳の時に買った「1920年型インディアン・スカウト」を40年以上もかけて独力で改造を試みるバートは、1940年代にはすでにオーストラリアのロードレースで数々の新記録を出していまいた。心筋症と前立腺の病気を抱えている身にもかかわらず、米ユタ州のボンヌビル・ソルトフラッツで行われるレース「スピード・ウィーク」への出場の夢を捨てきれずにいるバートは、自分の年齢や病気を考え、ついに米国行きを決断。資金がなく、家を抵当に入れ、銀行から借金をして、ニュージーランドから貨物船にコックとして乗り込み、愛車「インディアン」とともに旅立ちます。モーター・スポーツの聖地、ボンヌビル・ソルトフラッツに到着したバートに、数々の難関が待ち受けます。レースへの出場未登録、整備不良、年齢オーバー。しかし、周囲の人々の協力を得て、ついに世界新記録を打ち立てます。この時、既に63歳。以降、出場するごとに記録を更新し、68歳の時に出した自己最高記録は、現在も破られていないそうです。いまだにバイク通の間で伝説の男として語り継がれるバート・マンロー。夢に生きた男の生涯は、感動に満ち溢れた物語です。2007年2月、新宿・テアトルタイムズスクエア、銀座テアトルシネマ他全国公開。
やっと八木さんを見つけました。あそこがIGのブースです。 おおっ! ムーンアイズの黄色いジャンパーを着た、あちらの御方は…もしや?(^O^)\
続く

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