金子功のいいものみつけた
(’91−’94年版)

アンアン1991年4月−1994年12月

「金子功のいいものみつけた」は、1991年4月から1994年12月まで月1回連載された。服はすべて”KANEKO ISAO”。 ワンダフルハウスは45作全部持っています。

金子功のいいものみつけた
撮影・久米正美 ヘア&メーク・伊藤五郎(GORO) 10、11、12杉山佳男(CLIP)
作品
番号
発行日 号数 タイトル アイテム
(すべてKI)
モデル 金子さんのミニ・コメント
1991年
4・19 770 カフェフラッペは、好きですか? ワンピース
コサージュ
イヤリング
モニク 18歳で、学生で、初めての大都会に興奮していた。デザイン学校の図書室で見た、Jardin des modesの中に、茶色の口紅の女がいた。肌も茶がかったメークをしていて、カシミアのごく普通の形のしかし飛びきり上等そうなセーターを着ている。ベージュのスカートや、赤茶のセーターなど、すべてが茶色の雰囲気のページ。女は、ミルク珈琲のグラスを持っている。それは、こんなにもシックな世界があるのだ、という衝撃的なページだった。服も、色調も、コーヒーも、ごく普通のありふれたものばかりなのに、という二重のショック。古ぼけたようなプリント模様にしっくりと似合う色。モダーンな高速都市で活発に動くのではなく、自分の巣にひっそりと、しかし確かな生活を送っている、そういう少女に似合う色だ。そしてこの色が似合う少女や大人の女が誰よりも好きである。
5・24 774 海辺の女は木綿の昔柄の服 ワンピース
イヤリング
コサージュ
ベルト
バッグ
Tシャツ
ブーツ
マフラー
映画「八月の鯨」の、あの優雅な静謐(しずけさ)に満ちた海辺の家と、そこに棲む愛らしい二人の少女。人は彼女たちを往年の名女優と呼び、確かに、リリアン・ギッシュは90歳を超えているはずだけれども――沖にやってくる鯨を待ちながらわくわくしている彼女は紛れもなく少女の微笑みを見せる。古ぼけた木綿のドレスが、少女の晴れ着のようにさえ思えるのも、女という生きものが永遠に15歳の心を持ち続けることの証拠ではないのか。海はいつも人に、若く輝いていた頃の自分を返してくれる。現に若く煌(きらめ)いているときでさえ、海では懐しいような気分になる。打ち上げられる貝殻はヤドカリの住まいだったもので、簡単(シンプル)な、無駄は何もない、完璧な美しさ。そういう贈り物をくれる海辺がとても好きで、だから海の出てくる映画も好きだ。
6・14 777 チェスターフィールドの椅子、そして女 ワンピース
コサージュ
イヤリング
ネックレス
手袋
英国の、由緒正しい貴族の邸宅の、皮表紙の本ずらりと壁一面に並ぶ書斎などに、必ず見かける革張りの椅子。これは紳士の部屋の椅子だ。葉巻の匂い、低く抑えた話し声、厳かなほどの空気が漂うこの部屋に、とき折り女が登場するとしたら。貞淑な妻、謹厳な家庭教師、パリ帰りの貴婦人、ちょっと蓮っ葉なメイド、帽子屋から忘れ物を届けにきた売り子……などに、ふと感じてしまう恋心は、じつは娘々した花模様の服のゆえかもしれない。変哲もないその服の却(かえ)って優雅なシルエットは、男の椅子、男の部屋を背景にほとんど誘惑的。そんな服の女はいつも危険だ。
7・12 781 蛇腹レースの服のパリ娘に ワンピース
帽子
イヤリング
ネックレス
すみれコサージュ
小花コサージュ
手袋
ブーツ
クラシックな服がずっと好きだった。だからデザイナーになったし、だからそんな服をいつも作ってきた。それでもなお満足しきれずにいま、「昔の娘心」のような服だけを作るアトリエをもう一つ開いた。KANEKO ISAOブランドは、原点と最終目標とは結局一つのことなのだと悟った結果の新しい仕事だ。蛇腹レースの裾飾り、に象徴されるような、古くて新しい服を作り続けたい。
8・16
8・23
合併号
786 海に佇(たたず)む女、或いは毛皮衿巻の女 スーツ
ブラウス
ミンク追いかけ
コサージュ
手袋
イヤリング
ずっと昔、1枚の写真を見た。多分ラルティーグだった、と記憶していたのだが――それは海辺に佇む女で、煙草を吸っている。首に毛皮の衿巻。――ハンブルクかマルセイユ、港の海。女は足もとに革の上等のトランク何個も積み上げて、どうやら旅に出るらしい。彼女は、爵位と巨万の富を持つ外交官の妻だけれども、いますべてを捨てて駆け落ちをする気だ。あるときもう一度見たいと思いその写真を探し出した。驚いたことに女はトランクも毛皮も持っていないし、駆けおちの様子もない。女の顔か、スーツの肩か、どこかにそういう表情を読みとって、物語を捏造したのだろう。記憶は勝手なイメージだ。生身の女でも、ふとすれ違う瞬間に物語を想像させる女がいる。とくに海を背景にした女の姿がそうだ。――その、物語の女のために、服をデザインしているのかもしれない、と思う。
9・13 789 パリの蚤の市で買ったという古着 ワンピース
バッグ
イヤリング
手袋
ニーフ 古い古いつきあいの友達が、ある日、古い服を1枚、郵便小包で送ってきた。昔パリの蚤の市で買った古着よ、と彼女は書いて寄越した。――長い間、貴方にあげたいと思っていた。こんな古くさい服が、きっと好きだろうと思うから。――この服のコピーを作ってほしい、とも彼女は書いていた。親しい古い友達とはいえ、普通なら、デザイナーに向かって言うことではないかもしれない。だから尚さら嬉しかった。スカートに3段の切りかえ線が¬形に入った、丸首のシンプルなワンピース。共感を覚えずにはいられない、懐しい感じの服。そのワンピースのコピーを、KANEKO ISAOブランドで作りたいと思った。その女友達に、古い服に、感謝の気持が照れるほどこみ上げる。我ながら驚くこの素直な気持を大切にしたいと思う。素直さは人を優しくするし、優しさが仕事の基本だから。
10・11 793 手編みは懐しいお祖母さんの遺産 カーディガン
ワンピース
ブーケコサージュ
菊コサージュ
手袋
バッグ
ユリア 手つ゛くりの服や小物、手編みのニットなどが大好きだ。お祖母さんに習ったパッチワークや、レースの衿、リボン飾り、……そして北欧の漁師の編んだ武骨なセーター。ヨーロッパの伝統的な手つ゛くりから、どんなに多くのことを教えられたか。もともと服も手縫いだったのだし、デザイナーやドレスメーカーが誕生する以前から、裁縫や編みものの伝統はあったわけだ。我われ現代人デザイナーはいまのパリジェンヌたちの曾祖母(ひいおばあ)さんのそのまた曾祖母さんあたりから、間接的に教えられているわけだ。
11.8 797 みんなココ・シャネルの生徒だった スーツ
ブラウス
ネックレス
チェーンベルト
手袋
貧乏な学生だった頃、日本も貧乏で、ファッションやおしゃれということが未発達、ほんとうに何もかもが始まったばかりだった。そしてパリはあまりにも遠かった。VOGUEやELLEのシャネルのページが気の遠くなるほどの衝撃だった。幾重にも連ならせる偽宝石(ビジュー)の華やかさに溜息をつき、縁どり(ブレード)のあるスーツの粋なセンスに目を見張る。そんな思いが、デザインの勉強を続ける理由だったし目的でもあった。あの時代にファッションを志したすべての若者は、大なり小なり同じ思いを抱いたに違いない。そんな中の何人もが現在はデザイナーに、ブティック経営者などになっている。みんなシャネルを師と仰いだ。秘かに、自分で勝手に弟子になり、一方的に慕い敬った。偽者が美しい、と言い切る強気のシャネルは遠い国に存在するだけで怖い先生なのだった。
12・13 802 昔、パリで、花模様に巡りあった ワンピース
ネックレス
イヤリング
手袋
’60年代初頭、生まれて初めてのパリは何もかもが感動的だった。今も脳裡に焼きついていることのひとつが、壁紙の花柄だ。どんな安宿に泊っても、壁紙の柄の可憐さに胸をうたれ、これがパリなんだ、と実感した。どんなに貧しくとも壁には花柄の壁紙を張る、というパリの暮し方に心うたれた。古くからの生活の伝統を延々と残し守るパリの頑固さが凄い。――サントノレのブティックやオペラ座界隈でよりも、パリの庶民の生活がパリのエスプリを教えてくれた。あの頃の感動を忘れたくない。その思いを、KANEKO ISAOブランドのデザインにこめているつもりだ。パリの花柄は女の服の原点だ。
1992年
10 1・24 807 ’50年代アメリカ女性たちが憧れた ワンピース
コサージュ
ポーチ
イヤリング
ジェシカ 第2次世界大戦が終って10年余りも経った頃……米軍ハウスから放出された古雑誌などが、回り回って手に入ると――そこには必ず、いまでは野暮としか言いようのない服を着たアメリカ女性が、にこやかに笑い、気どったポーズをしていた。それは服の原型とでも言えるようなシンプルなスーツであったり、ワンピースであったり。けれど、じっと凝視していると、次つぎにシックな飾り衿やアクセサリー、しゃれたバッグや小物など、さまざまな付属品までが目に浮かんでくる。その服を着たエレガントなパリ女の声までが聞こえてくるような気がした。思えばあの頃、ニッポンだけではなくアメリカからも、パリへの熱い思いが海を越えて飛んでいた。
11 2・14 810 アンティック・レースの飾り小物(アクセサリー)たち スーツ
イヤリング
ネックレス
ポーチ
手袋
蚤の市で、アンティック屋で、古着の山をかき回しているとき、いちばん気になるのはレース。――衿、カフス、手袋など小物や、ランジェリーの胸や裾の飾りレースや、もちろん総レースのドレスまで――なんとさまざまなレースがあることか。ところでKANEKO ISAO製の、たとえばレースのポシェット。もちろん、手編みレースを手縫いで仕立てて……というわけには行かない。こうした手仕事は、今では気の遠くなるほどの費用をかけても不可能に。そして技(わざ)を持った手がなくなってしまった。が、有難いことに、コンピューターがアンティックの復元を可能にしてくれる、という不思議な時代なのだ。19世紀の精巧緻密な模様編目が機械によって再現されてしまう。
12 3・13 814 レースに恋している ブラウス
スカート
イヤリング
ネックレス
コサージュ
バッグ
帽子
細い糸レースのドレスなどは夢のまた夢。とくにいまの時代に、総レースを望むこと自体が、ほとんど奇蹟を待つのと同じほどに不可能なこと……。にも拘(かかわ)らず、どうしてもレースの服を作りたい、だから糸レースの生地を世界中で探し回る。唯一の方法はリボン状の糸レースを仕入れてそれをはぎ合わせて「生地を作って」しまうことなのだが――その費用、仕事の手間、いずれも恐ろしいほどの大ごとなのだ。ローンの布地と組み合わせたり、あらゆる技とアイディアで工夫して、ひとつの生地を織り上げるようなこの作業。20世紀の末にもなって、こんな仕事を志してしまうのは世の笑い草、と思いつつ熱中する。これは「業(ごう)」とでも言うしかない。
13 4・10 818 李朝の生活用具 ワンピース
コサージュ
シャルロッテ 「李朝」と呼ばれるものの美意識に触発され圧倒され翻弄され続けてきたし、これからもそうだろうと思う。高価すぎる李朝の骨董をコレクションするつもりはない。が、こんなにも美しい品の数かずを遺してくれた文化に対して、感謝と尊敬の気持は尽きない。彼女が、または彼が、この世に存在しているという、そのことだけで幸せ、と思うような人物もいる。生涯に何人かしか出合えないけれど、そういう相手には恋ごころとか畏敬とか友情などのすべてを含みかつ超える心情を抱き続けることになる。そういう相手――人にしても物にしても――は、とってもシンプルに、純粋に、何の理屈も抜きでこちらの心を魅了する。たとえばそういう女(ひと)に似合う服を創りたいし、それに似た簡素でピュアなデザインをいつも夢みている。李朝は我が憧れの王国だ。
14 5・15 822 懐しいアンティックのケープ ワンピース
薔薇コサージュ
小花コサージュ
ポーチ
ケープ
ずっと昔、パリの蚤の市で、レースの衿やカフスを売っている店で、初めてケープを見た。最初は衿だと思ったのだけれど、店の女主人にきくと髪をブラッシングするときに使うものだと教えてくれた。古いアンティックのそのケープを、以来ずっと”宝もの”として持ち続け、触発され続けてきた。衿というものの美意識とさまざまなヴァリエーションを、このケープが暗示してくれたし、もっと大きめのショールを考えるときにも教えられるものがあった。そのケープと直接は似てもいないのだが、またショール風のケープをデザインした。ちょっとけだるく肩にかけたりして、バランスを外した使い方を楽しんでほしい。
15 6・12 826 リボンは、永遠のマジック ワンピース
ポシェット
コサージュ
ニーフ リボン飾りのついた服、リボンのプリント、アクセサリーや靴や鞄……あらゆるデザインにリボンを使い続けてきた。パリのオートクチュールの魅力にも惹きつけられたけれど、リボンの魅力はもっと根源的な、女がおしゃれをする気持に結びついているような気がした。幼女の頃から、お祖母さんにもらったリボンやチョコレートの箱についていたリボンを大切にしまい込んだりする――リボンが好きということは女の子の本性そのものだと思う。リボンは女を美しくする、永遠のマジックだ、とさえ思いたくなるのだ。
16 7・10 830 レストランで知ったこと ワンピース
コサージュ
イヤリング
ネックレス
ポシェット
世の中があまりにも贅沢になってしまったので、高級なレストランに行って食事をすることも単なる日常茶飯。かつて、60年代に、若くて貧乏で、大人の行く店に憧れた頃のことを思い出す。それはいまでも胸が熱くなってしまう記憶だ。着ているもの、マナー、それ以上に人としての品格、さまざまな事柄を、暗黙のうちに要求してくる、超一流店は、若者にとって恐怖の試練の場ではあった。そういう店で、一度でも、そんな風に怖い思いをすることが、大人になってからのおしゃれや生活スタイルに大きく影響する。と、思うこと自体、旧式な戯言(たわごと)なのだろうか。
17 8・14 835 古きよきパリの飾りのテクニック ワンピース
おいかけ(狐の衿巻き)
ネックレス
イヤリング
手袋
ソックス
モード史の教科書でだったか、もっと子どもの頃に見た西洋史の本の、王侯貴族の肖像画で見たのかもしれない。――絹のリボンを段重ねにした胸飾りか気に懸った。初めてのパリで、蚤の市で、それのついたブラウスや、帽子を見た。古いヨーロッパの、飾りのテクニックに驚嘆させられることの連続だった年月の中でも、この段重ね飾りは特別なひとつだ。それは”Jabot”と呼ばれる物だと知ったのは、ずいぶんと大人になってからだ。ジャボとは別に、これも長年好きでたまらない狐の衿巻き。ふたつを組み合わせてしまうのは伝統に外れるのかもしれないが、毛皮(ファー)も現代ではフェイクの時代なのだ。
18 9・11 838 帽子のエレガンスに ワンピース
髪かざり
イヤリング
手袋
帽子
日本人の体型、頭部や顔の骨格などに、帽子は残念だけれど似合わない。だから逆に憧れはつのる。帽子への憧れは、ついに手に入ることのない幻の花のように、心の底に定着してしまった。思えば、帽子のプリントをどれほどデザインしたことか。帽子そのものも、ショーや撮影の小道具として何百回も使っている。現実の帽子は、いまやヘアスタイルに主役の座を譲っているのだが。帽子は、粋に自分を演出したい人の心を象徴するもののような気がする。つまりダンディズムとかおしゃれということの原点だ。
19 10・9 842 化粧室の秘密に憧れる ワンピース
ケープ
髪どめ
イヤリング
コサージュ
ヨーロッパの大きな邸宅で、ワードローブ、鏡台、洗面台、ヴィデなど全部がひとつになった化粧室も見た。バスタブや”便器”もそこではひとつの付属品にすぎず、ご婦人方はお喋りしながらドレスや宝石を選び、化粧をし、髪を結い、その合間にトイレットに腰かけもするがずっとお喋りはやめない。そんな光景が目に浮かぶ化粧室だ。婦人用小部屋――Boudoirでの女の姿を、男は決して見ることができない。そこは女のエレガンスやコケットリーが創造される、秘密の花園のように思えて憧れてしまうのだ。
20 11・13 847 花柄はシルクロードの西に東に ワンピース
コサージュ
イヤリング
ポシェット
手袋
洋の東西、どこの土地の女たちを思い浮かべても、その民族特有の、その村の、花が必ずあって、いつもそれを身にまとい頭にかぶって暮しているような気がする。壁紙や布団の花柄も、女たちが身につける花模様の延長線上にある、何か優しい女心の象徴のようにも思われる。考えてみればこの地上のあらゆる国に花があって花柄があって、女に愛され続けているのではないか。――ひょっとすると女はその血の中に、花の匂いや色をかくし持っているのかもしれない。女は花で、花は女なのだ。
21 12・11 851 外は雪、のクリスマスに着た服 ドレス
カチューシャ
イヤリング
ネックレス
ブーツ
フェイクファー
キム クリスマスの、嬉しかった記憶。みんな子供の頃のクリスマス思い出しながら、今宵だけは無理にでも幸せに酔い、悩みは忘れ。――ちょっとほろ苦い大人の男と女のクリスマスにも、胸騒がしい祭りの興奮はつきまとう。この季節の、富める者も貧しき者も、思い思いの晴れ着。精いっぱいに華やかに着飾るその心根が愛しい。だからクリスマスが好きなのだ。――宴が終って夜が明けて、人のいない都会(まち)は淋しい。若かった頃の東京で、よくそんな淋しい朝の街を歩いた。
1993年
22 2・5 858 レースの肩かけ衿は古き時代の愛 ワンピース
コサージュ
ポシェット
ネックレス
イヤリング
髪どめ
手袋
ジェシカ レースを愛して何十年、いつのシーズンにも、レースのものを作らずにはいられない。コンピューターが複雑な編模様を記憶し再現してくれるという現代の奇蹟は、永年のレース病を一気に噴出させ、シャネル以前のようなレース使いに明け暮れる日々を贈ってくれたのである。装いにレースを少しでもあしらう、ということは、その女(ひと)の敬愛の証だ。レースは、女の自己表現の象徴かもしれない。
23 2・12 859 パッチワークをする女がいた ワンピース
スカーフ
ブーケコサージュ
コサージュ
イヤリング
ブレスレット
ソックス

手袋
パッチワークには、アーリー・アメリカンの暮らしに欠かせない、というイメージがある。パッチワークは生活の知恵でもあった。が、知恵よりも深い想いを縫いこめることもきっとあったはずだ。ほのかな憧れ、熱い恋、許されない愛、そして我が子への、あるいは可愛い孫娘に。いつも誰か、かけがえのない存在があって、そのひとへの想いを一針一針にとじこめる。ときには辛く苦しい、黒ぐろと暗い想いさえ縫いこめて。そんなパッチワークが美しかった。
24 3・12 863 小花プリントの重層構造的イデー ワンピース
ジャンパースカート
イヤリング
ネックレス
ソックス
コサージュ
なぜか重ね着に惹かれ続けている。まだそれが流行として現れる以前にも、さまざまな重層コーディネーションをデザインした。”スカート・オン・スカート”というような、一風変わった呼び方をされたりもした。重ね着が流行になってからは、長い袖に短い袖、パンツにスカート、エプロン、スカーフの2枚、3枚使い……など、など、多岐多彩なアイディアが出現。最近のKANEKO ISAOの、ジョーゼットを重ねるデザインに、着物の絽の雰囲気がちょっとある。下の模様が透けて、上の模様と入り乱れる面白さ。幾筋ものスリットの間からも模様が覗き、花たちはさまざまな表情を見せる。着る人の動作が服の表情までをも千変万化させるというメカニズムが、重ね着によってさらに変幻するのが面白い。
25 4・9 867 ループの飾りがついた切り替え セーター
ネックレス
手袋
シグリッド ’50年代の初め頃か、もっと前か。ループ飾りがとても気になった。肩や胸の切り替えに、狭み込むようにつけられた、シンプルでデリケートなループ飾り。可憐でシンプル、上品さと愛らしさが適度に混じり合った、この意匠にはヨーロッパ、アメリカの女性観の伝統が感じられる。つまり、こんな服が似合う女が、社会ぜんたいが考える女の理想像。恋の適齢期にはこんな服を着たくなるのかもしれない
26 5・21 872 お菓子の好きなパリ娘 ワンピース
イヤリング
ネックレス
ブローチ
帽子
手袋
初めてパリに行ったときから、菓子(ケーキ)屋の可愛らしさに感動し続けている。店の構えもエレガントなら、売っている菓子のデザインも、包み紙の色も包み方も、すべてが「パリ!」という感じで大好きだ。店のずっと手前まで甘い香りが漂ってくるのが楽しいし、店ぜんたいがえも言われぬ女らしさに満ちている。と、そんなパリの甘い香りに似合う服がある。女らしく可愛らしい、昔風の服だ。
27 6・11 875 クラシックな花模様に憧れた ワンピース
イヤリング

バッグ
ショルダーバッグ
バネッサ たとえばローラ・アシュレイや、リバティのような、ロンドンにあるらしい店のオリジナル・プリント。服にもクッションにもノートの表紙にも、好きな同じ花柄を揃えて楽しむ人びとがいる。昔から、女たちは花模様が好きだった。何という贅沢、何というエレガンスなのだろう、と目を見張る思い。それは19世紀かもっとずっと昔からの生活の伝統でもあると思うし、文化というものなのかもしれない。さまざまな女に共通の、可愛らしい女ごころの象徴が花柄プリントだ。
28 7・9 879 レースのハンカチーフ ワンピース
ペチコート
コサージュ
イヤリング
ハンカチーフ
サンダル
布地の糸を抜いて縫いと編みでレースのような飾りに仕上げるドロンワークの技術、レースや糸ループをあしらう縁飾りの意匠――ヨーロッパの装飾の手仕事がみごとなことに感服し続けている。それはもう何十年ものことなのだが。手の込んだハンカチーフを見るたびにその感動は新ただ。レースとそれに類する装飾のテクニックは、現代にも通用する一つの芸術(アート)である。手仕事ではもうそういうことができなくなってしまった時代に、そのエスプリを服のデザインにとり入れたい。
29 8・13
8・20
合併号
884 鈴蘭祭りを思い出す ワンピース
コサージュ
イヤリング
手袋
バネッサ パリの5月1日を体験したことがない人は不幸せだ。……と言い切りたいほどに、鈴蘭祭りのあの日は心ときめく1日である。季節外れの真夏や秋に思い出しても、鈴蘭(ミュゲ)の香りは懐かしく、白い小さな花の形は愛(いと)しい。パリ中の店がほとんど休んでいるらしいのだが、街は人で溢れている。誰もが胸に衿に鈴蘭の花をつけて。粋な下町女のワンピース姿に、いなせな若者のブルゾンに、ミュゲのコサージュがとても似合う。この日に鈴蘭の花を贈れば、受けとった人に幸福が来るという。それは昔むかしからの風習らしいのだ。
30 9・10 887 ジャージーの服を着る女たち ワンピース
コサージュ
イヤリング
手袋
ジャージーの服を最初に流行(はや)らせたのはココ・シャネル。パリに店を出して間もなくの1916年頃のことで、それまで男の下着などにしか使われなかったこの安い生地を、洗練された女の服に仕立ててみせた独創感覚が、シャネルの人気を一躍上昇させた。時は流れ今ジャージーは古典的(クラシック)な布地。だけれども、毛糸のボンボンなどと同じように、懐しくて新鮮、そこが粋とも言える素材だ。
31 10・8 891 古めかしいレースの襟の服 ワンピース
コサージュ
ネックレス
イヤリング
ジェイ・リン レースの襟はいまでは古めかしすぎる、かもしれないが――デリケートな花のような美しさを、やはり美しいと感じる女が好きだ。繊細なレースをもっとデリケートに見せるような服を、現在(いま)だからこそ愛さずにいられない。
32 11・12 896 イギリスに生まれ育ちたかった ジャケット
スカート
コサージュ
ネックレス
髪どめ
手袋
英国の古い邸や寄宿学校を舞台にした物語や映画がむしょうに好きだ。「小公女」のミンチン先生やクリスティ女史の探偵小説の女秘書など、厳格なる仕事に生きる女性たちは皆、背筋を伸ばしツィードのスーツを着て、真っ直ぐに前を見て歩く。イギリス的イメージに結びつくちょっと男っぽい女の服がとても好きだ。
33 12・10 900 最初の黒は優しい黒です ワンピース
ピアス
カチューシャ
手袋
コサージュ
おとなしい女学生の着る黒い服、無地の服。飾りのついた白い衿だけがアクセントで、宝石のかわりに花1輪だけ。けれども夜が更けて、ワルツを3曲も踊った後では――黒のドレスが夜会服に見える。クリスマスに黒を着る最初の年の気分は、きっと生涯、彼女の脳裡に刻まれるのだろう。
1994年
34 1・14 904 帰らぬ昔の、銘仙のシックな色 ワンピース
イヤリング
ゴールドネックレス
パールネックレス
コサージュ
ブレスレット
帽子
ヤスミナ 大正から太平洋戦争後あたりまで、盛んに着られていたと思われる、銘仙の着物。決して上等なものではなかったはずで、柄もそれほどこみ入ってはいないが、妙に懐かしい色合いのものが多い。粗末と言っていいほどの染めが、却ってシックな色を出していて。
35 2・11 908 エプロンの乱れは
貴婦人のエレガンス
ワンピース
オーバースカート
レースポシェット

コサージュ
アクセサリー
白く透けるジョーゼットをエプロン風に重ねて着る。裾をちょっとたくし上げる拍子に中のもう1枚のスカートがチラと覗く。それが黒のドレスであったり、可憐な花模様が染められたスカートであったり――いずれにしても、重なり合った裾が揺れ動く光景は感動的だ。そこに女を感じるから。
36 3・11 912 嬉しい日の服、ラズベリーの服 ワンピース
スカート
髪どめ
イヤリング
藁つきコサージュ
ブーケコサージュ
バッグ
ニット
ソックス
ある日少女が、新しい服を手にして心震わせている。こんなに綺麗な、まるで王女さまみたいな、と少女は思う。木の実や花の模様の、素朴な田舎の服であっても、少女には世界一豪華な晴着に思える。服地の模様の一つ一つが、教会で見た古い絵のように、胸揺すぶられる美しさなのだった。いつまでも抱きしめていたい、そんな感動を幾度となく体験したあの頃。ありふれた小さな幸せが、どんなにかけがえのないことだったのか、それを知るのは少女が大人の女になったときだ。
37 4・15 917 乾いた花びらの色、思い出の色 ワンピース
コサージュ
イヤリング
ポシェット
リュックサック
ソックス
ナタリー もちろん、咲き誇る盛りの花は美しい。が、ほんの少しだけふくらんだ蕾(つぼみ)の可憐さも捨て難い魅力。そしてさらに名残り尽きない風情の花は、咲いた姿を留めた枯花だ。ヨーロッパの田舎の主婦が、盛りの頃に摘んだ野の花を篭に入れ、台所に並べておく。都会の貴婦人が、レースの袋に薔薇やラベンダーの花びらを詰め、箪笥の隅に入れておく。今ではトーキョーにも香港にも”ポプリ”を売る店は散在するけれども。古今東西の誰もが、乾いた花びらをいとおしみ、盛りの花より一層大切にしたい気持になるものらしい。
38 5・20 921 On the Sunny Side of the Street ワンピース
スカート
ブーケコサージュ
一輪コサージュ
バッグ
手袋
ずっと昔、まだ原宿にブティックやファッションビルなど一軒も存在していなかった頃。じつに静かな、欅(けやき)並木のあの大通りは、現在(いま)より風格も味もある、魅力的な道だった。通りの並木の幹や舗道の縁石に、あるいは土中深くに、街の歴史が浸み込み、刻み込まれているのだろう。永く親しんできた街の陽の当たる舗道を歩きながら、自分の昔や未来を考えることがある。 
39 6・10 924 からくさのプリントは永遠にお洒落 ワンピース
コサージュ
髪どめ
イヤリング
ネックレス
ポシェット
唐草、からくさ。唐の国から伝来した紋様にこの呼び名がついたのだろう。パリの蚤の市で、ワンピースなどの古いプリントで蔦(つた)や花の唐草風モチーフを見つけると何やら嬉しく懐かしくなる。風呂敷や獅子舞の、あのシンプルで大胆な唐草も好きだ。――世界中にこの種の紋様があるのは、おそらく唐草がデザインということの原点だからだろう。東洋の唐草と西洋の唐草と……。繊細であったり洗練されたり、それぞれが進歩や変化をくり返しいつまでも愛されて。そこには国など関係のない、人類共通の美意識がある。
40 7・8 928 ふっくらとジャカード織の服 スーツ
コサージュ
ブローチ
イヤリング
ネックレス
なぜか若い頃からジャカード織が好きだった。雰囲気としてはどうしてもアンティックだ。敢えてその古くささを好んで、ジャカードの服をデザインし続けている、真意は我ながら不明。だが、おそらく、この布地の持つ「ふっくら」という感覚が、女の魅力のある部分を想い起こさせるのかもしれない。優しく寛容な、控えめだけれども芯が勁(つよ)い。あるときは驚くほど大胆であったりもする。そして人知れず秘かに自分のお洒落を愉しんでもいる。そんな女性に着てほしい。
41 8・12
8・19
合併号
933 籐の椅子には木綿の花柄の服 ワンピース
ジャンパースカート
ペチコート
コサージュ
髪どめ
イヤリング
ブーツ
手袋のみWW
バネッサ パリのカフェで、よく見るとビニールだったりもするのだが、籐風の椅子を初めて見たときは感動した。ロンドンでは、間口の狭い建物の奥に必ず中庭があって、薔薇などを作っているのだそうだ。そういう家庭では、花模様の服を着た娘が器用にお茶を淹(い)れたりするのだろう。都会でも郊外でも、庭の花を摘むときに使う籐の平たい篭も素敵だ。あのセンスの籐のもの、何もかもが昔からの憧れ。それで今も、籐に似合うような服を作っているし、もっと作り続けるだろう。
42 9・9 936 スポーティーな編み込みセーター セーター
ブラウス
スカート
ネクタイ
ダッフルコート
リュックサック
イヤリング
手袋
スポーツのときに着るレタード・セーターは、キャンパスライフの象徴だ。簡素で健康で機能的。良家の子女の心身共に健全な青春を感じさせられる。蛍光色でギラギラする現代のスポーツウェアとは何たる違い。たとえばJ・F・ケネディの若い頃などを思い出させもする、この懐かしいセーターは、現代にこそ再評価され活用されていい。
43 10・14 941 昔、毛皮の肩掛けの貴婦人が…… フェイクファーケープ
スーツ
コサージュ
イヤリング
ネックレス
チェーンベルト
帽子
手袋
今ではもう、毛皮を欲しがる女など滅多にいない。現代は、毛皮を着ることが悪。それでも、ときに毛皮は懐かしい。’20−’30年代パリあたりには、亡命した白系ロシア人貴族などがいて、持っていた宝石もそろそろ底をつき行く末を案じながら高貴で傲慢な女を演じて……と、そんな身の上にも、黒い毛皮のケープが似合っていた。―――毛皮のケープには何か物語を感じるので、現代素材で復元してみた。
44 11・11 945 クラシックな木の床 ワンピース
ペチコート
ジャケット
スカーフ
チェーンベルト
コサージュ
ブーツ
ウールストール
(以上KI)
ファーストール
イヤリング

(WW)
パリやロンドンのホテルの、あるいは古いアパルトマンや古い家の、嵌め込みの幾何学模様のある木の床も好きだ。ヨーロッパの建物の床のデザインには、建築、インテリア、両面での長い歴史と文化が感じられる。そしてもちろん、そこに住み、日々の生活をくり返す人びとの立居振舞いや感性までもが、さりげないフロアーのデザインに嵌め込まれているような気もする。
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最終回
12・9 949 ちょっとお婆さんみたいに スーツ
ストール
コサージュ
イヤリング
ネックレス
ルーペ付きネックレス
帽子
手袋
”昔”が出てくるヨーロッパ映画の貴婦人や、絵本の中のお祖母さんは、虫メガネのようなレンズを金の鎖で首から吊していたりする。拡大鏡(ルーペ)を首にかけてそれがアクセサリーとしても様になるのは、やはりヨーロッパ的な誇りや気の強さが関係するのではないだろうか。貴婦人連の小娘だった頃の顔や姿は一切知らないが、若い頃から何かにつけ頑固に自信を持つことが、格好よく大人になり粋な一生を終る秘訣だ、と思う。

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