黒は最高の”色”だと思う。白よりも、もっといい。黒を上手に
着る人が本格のおしゃれだ、などと言われているけれど、黒は
着る人を選ばない。誰でもを安心させてくれる。髪も目も黒い
日本人に黒は合わない、なんて思わずに、黒を着てほしい。

黒の服は、もっとも華やかで、粋で優雅で――そして哀しい服にもなる。同じ服が、着る気分やその女の目つき、ちょっとした身のこなしようで、いろいろな貌(かお)に変化する。
黒は嫌い、と言う人の理由には、「重くるしい」とか「年寄りじみている」といったことがあげられるのだが――それは黒が重いのではなく、着る人自身の問題なのではないか。
ただ、やはりあまり子供っぽい女には似合わない。若々しくスポーティーな黒はいいけれど、粋に黒をこなすには”大人の女”である必要がある。
そして、大人の女が黒を着て、ほんとうにお婆さんに見えてしまったり、重くるしく色気のない雰囲気になるとしたら――彼女はもう女の魅力を喪っているということだ。お婆さんでも、黒を粋に軽やかに着こなす女もいるし、まったく黒の着方、扱い方でその女(ひと)のおしゃれの技術も人生観までもわかってしまうような気さえするのだ。
黒の上手な着方。黒い、いい服。黒が似合う女。これらのことをどう考えればいいのか……言葉では説明しにくいし、黒の扱い方の規則もコツもべつにありはしない。
要は、魅力的な女なら、黒が生きるのだ。美人とか、いい女、という以前に、「女」という感じの女が魅力的。だが、これも説明のしにくいことである。
パリは黒の服が似合う街だと思うし、パリには黒い服を上手に着ている女が多い。
’50年代、もっと前だろうか、フランソワ―ズ・アルヌールという女優がいた。これぞパリジェンヌ、という女で、当時の若者の憧れだった。ジャンヌ・モローのように風格だの迫力のある女ではない、もっとはすっぱでばかなところもある、けれどなんともいえず可愛らしい女。向う気が強そうでいて、ほんとうは気立てのいい、いじらしいような女。
女らしい、ということの基本は可愛い(心根が)ということだろうか。アルヌールのような女のよさを、現代人は(男も女も)重視しないようだ。が、ああいう雰囲気で、脚なども可愛くて、ヒップの振り方や歩き方が色っぽい女に、かぎりなき親愛を感じてしまう。そういう女に黒を着てほしいとも思う。
黒い服は色っぽい。赤をちょっと加えるともっとセクシーだ。赤い花、赤いベルト……首飾りかなんかにほんの少しの赤があるだけでも、黒の感じが変わってくる。黒はけっして「品のいい」だけの色ではないのだ。
そしてセクシーとか色っぽい、ということの中では、下品さが大切な要素でもあると思う。黒を上品に着るより、セクシーに着ることはまた一段と難しい。

アンアン1981年7月1日号(No.292) 金子功のいいものみつけた No.74 「夏の黒い服」

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