わんだふるはうす、東京ミッドタウンに行く

「ルコントが六本木に帰って来た!」。東京の桜が満開になった2007年3月30日、防衛庁跡地の再開発プロジェクトとして六本木に建設していた大型複合施設「東京ミッドタウン」の商業施設がグランドオープンを迎えました。ワンダフルハウスは、オープン翌日の31日ルコント東京ミッドタウン店を訪れ、イースター限定商品「ガトー・ニド」をいただいてきました(^Q^)

東京メトロ日比谷線六本木駅、都営大江戸線六本木駅の改札から連絡通路を通って、1度も地上に出ることなく、徒歩2分程度で東京ミッドタウンに着きました。
「どれどれ…おっ、ありました(^-^)\ ルコントは、ガレリアの地下1階ですね」
「東京ミッドタウン」は、ショップ、オフィス、ホテル、住宅、ミュージアムなどのゾーンからなり、シンボルとなる「ミッドタウン・タワー」は、地上54階、地下5階、高さ248mと、六本木ヒルズ森タワーだけでなく東京都庁舎第一庁舎をも追い抜き、都内で最も高い高層ビルとなりました。また他の再開発プロジェクトに比べて、敷地面積内に占める緑地帯の割合が大きいことでも有名です。商業施設コンセプトは「都心の上質な日常」。緑豊かで、開放感溢れる施設は、ファッション、インテリア&デザイン、フード&カフェ、レストラン&バー、サービスなど、多彩なライフスタイルに対応する店舗で構成されています。いずれのカテゴリーも、都心生活者が求める上質で希少性の高い商品やサービスを、日本全国、世界中から厳選して集積。日常生活の中に上質な物を取り入れ、快適な生活を送る都心型ライフスタイルをトータルにサポートする商業施設の誕生です。
通路の外側には、草月流竹中麗湖さんの竹のオブジェが50mに渡って立ち並び、和の情緒を作り出しています。この作品のコンセプトは「森羅万象」。植物で描く宇宙はイマジネーションの世界へと誘うものです。竹の宇宙感は、人々にぬくもりを与え、心を癒し、見る人を包み込んでくれます。竹のオブジェ3月30日(金)〜5月6日(日)まで展示されています。
ガレリアは右ですね。 おおっ! 目の前に、白く光る巨大な物体が…(゚O゚)\
安田侃 作 「意心帰」
製作年 2006年

素材 白大理石
サイズ H1840×W3220×D2510 重さ18、5t
石のオブジェです! 裏に回ってみましょう。 穴の中に子供が入っていますよ。
東京ミッドタウンを訪れる人々をやさしく出迎える、この大きな大理石は、彫刻家・安田侃(やすだかん)さんの作品「意心帰」。安田侃さんは、1945(昭和20)年、北海道美唄市生まれ。東京芸術大学大学院彫刻科修了後、イタリアに留学。ローマ・アカデミア美術学校で学び、大理石の産地として知られる北イタリアのピエトラサンタにアトリエを構え、大理石とブロンズによる彫刻の創作活動を続けています。数十億年という時を経て作られた大理石。石に彫られた穴に身を沈めると地球の一部になり、静かな太古の声なき声が石から聞こえてきます。地上より太陽の光が差し込む時、その石は初めて光を視るように白い石の粒子が美しく息づきます。空間全体が優しいヒューマンな場になっています。
モニターが3個並んでいる左側の通路を真っ直ぐ進むと… 左手に「AL」の文字が…ワンダフルハウスは、ルコント東京ミッドタウン店でケーキをいただくことにしました(^Q^)
「オープンおめでとうございます!(^O^)/」「これはこれはワンダフルハウス様…」「おっ! 席が空いてますね(^O^)\ ケーキの見本を持って来てください」
アンドレ・ルコント氏は、1931年フランス・フォンテーヌブロー生まれ。13歳で菓子職人になり、1956年パリの由緒ある5つ星ホテル「ジョルジュ・サンク」のシェフパティシエに就任。ヌーヴェルヴァーグの時代のフランスで、一流の文化人に圧倒的な支持を得たにとどまらず、絶大な権力でイランを統治していたパーレビー国王の宮殿など世界を股にかけて活躍していました。当時、上院議員だったジョン・F・ケネディは、ジャクリーン・ケネディ夫人と連れだってジョルジュサンクホテル内のバレンシアガのショップで服を購入していたのはよく知られていますが、ルコント氏の腕を気に入り、大統領になってからも出張料理人として別荘に呼んでいたことは全く知られていません。アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディが悲劇的な死を遂げた1963年(昭和38)年、アンドレ・ルコント氏はホテルオークラに招聘されて来日。日本のホテル菓子の味とイメージを一変させました。
1968(昭和43)年、ホテルオークラとの契約が切れてもフランスには帰りませんでした。日本人の女性と恋に落ちて、現在の六本木ヒルズ真向いに日本初のフランス人パティシエによるフランス菓子専門店「A.ルコント」を開店したのです。それまで、ショートケーキに代表されていた日本の洋菓子界に、タルトやグランマニエを使った本格的なフランス菓子を紹介。それまでは、最上の材料に手間をかけた最高に贅沢なお菓子を作ったことしかないパティシエですから、街場のケーキ屋さんになっても万事が本物志向でした。この六本木の店は、大きな反響で迎えられ、以後、日本の洋菓子が変わったのです。1999年アンドレ・ルコント氏は惜しまれながら68歳の生涯を閉じ、六本木店はクローズしたのでした。
ワンダフルハウスが以前の六本木の店を初めて訪れたのは1981年18歳の時。外人のコックのおじさんが「オイシイヨ〜(^Q^)」などとおどけながらトレーを持って来てくれました。数多くの本格的なフランス菓子が並ぶ中で「モンブラン」しか知らなかったワンダフルハウスにフランス語と片言の日本語で全部のケーキの名を教えてくれたのがアンドレ・ルコントさんでした。その時、厨房でケーキを作っていたのが、現在パティシエ・シマの島田進さんです。
さて、この時期、このトレーの中で、ワンダフルハウスのお勧めは苺を使ったケーキです。ルコントでは旬のフルーツしか使わないため、苺は12月初旬〜ゴールデンウィーク前後まで。まもなく苺のケーキは姿を消してしまいます。再会できるまで半年以上待たなければなりません。
「おおっ! モンブランに黄色い卵が乗った見慣れないケーキがある!(^O^)\」「ワンダフルハウス様、そちらはモンブランではございません。イースター限定商品(2007年は4月8日まで)の”ガトー・ニド”でございます」「これは珍しい! モカとショコラ両方ください!」
「ガトー・ニド」が運ばれて来ました。「アイスコーヒー Cafe Glace」(525円)と一緒にいただきましょう。これは「フレンチコーヒー Cafe Francais」(525円)のアイス版で、苦味とコクが強く、ケーキの甘味を和らげてくれます。フレンチローストは、コーヒーの焙煎度合いの一つでひとつ。7段階ある焙煎度合の6段階目にあたります。苦みがかなり強く、カフェ・オ・レやウィンナーコーヒーなど、アレンジメニュー向きの煎り方。チョコレートケーキや生クリームをふんだんに使ったケーキによく合います。アラビアで発生したコーヒーは、ドイツ(ジャーマンコーヒー)、フランス(フレンチコーヒー)、イタリア(エスプレッソコーヒー)としてそれぞれ発展。.ドイツは軽めでフレンチはヘビー、エスプレッソは最もヘビーとされています。
イースター限定商品「ガトーニド」(左・モカ 右・ショコラ 1個473円)。巣ごもりをイメージしたもので、イースターエッグの部分はマジパン、巣の部分はバタークリーム、中の生地は洋酒を浸み込ませ、ラムレーズンやフランボワーズソースが入っています。ピンク色の物体は、スミレの花の砂糖漬け。水に漬けると花の形に開きます。「イースター(復活祭)」の定義は「春分の日の後の満月直後の日曜日」となっていますので、その年によって一定しない訳です。2007年は4月8日(日)が復活祭です。
それでは、いただきます。おおっ!中もバタークリームで、大量の洋酒がビショビショに染み込ませてあります。モカはコニャックとラムレーズン。ショコラはフランボワーズのキルシュとフランボワーズのジュレ。この豊かな香りと濃密な味わい…(^Q^)これこそ昔のルコントのケーキです!\(^Q^)/ 現在では、全てが軽くなってしまって、このような桃源郷に誘うような重量級のお菓子は姿を消してしまいました。
卵はマジパンでできています。マジパンとは、アーモンドに煮詰めたシロップを加え、糖化(再結晶化)させたものを細かく砕き、ペースト状にしたもの。製菓材料店で手に入ります。粘土細工のように、着色し、このように卵の他に動物や野菜、果物、花などを作ることができます。 ケーキをいただいた後は、焼き菓子を見せていただきましょう。
グランドオープンに先立つこと4日前の3月26日、内覧会にロミユニコンフィチュールいがらしろみさんが訪れ、お土産にこのフルーツケーキ(3675円)を買われました。
「月曜日、ミッドタウンの内覧会に行ってきました。いろんなお店があって、ステキな東京ライフな感じだったのですが、何よりもそこにルコントがあったことが、私にはじぃぃぃぃぃんとくる事でした。六本木のルコントは、18歳のときにアルバイトを始めたお店。偶然見つけたケーキ屋さんの販売のアルバイトだったけど、こうしてフランスに行ったり、こうしてフランス菓子について考えたり、いろいろなお菓子屋さんと出会えたのも、すべてココが始まりだったのです。ルコントでたくさんお菓子を食べて、お菓子の味の基準が出来上がったのは、とてもシアワセなことだったと思います」
この続きは28日のブログでどうぞ。

〜これよりブラッスリー・ルコント(青山1丁目)〜

「ポワソン・ダブリル」(2100円)。アーモンドクリーム入りパイ。 「イースターチョコレート 背開き(大)」(2500円)。
ワンダフルハウスは、都営地下鉄大江戸線で六本木の次の駅、青山1丁目駅に移動。改札を出て数十秒歩いて「ブラッスリー・ルコント」に到着しました。「おっ! 今日は何故か魚の形をしたお菓子がいっぱいありますね?(^O^)\」 「ワンダフルハウス様、明日4月1日は日本ではエイプリルフールですが、フランスではポワソンダブリル(Poisson d'Avril)なのです。ポアソンは”魚”、ダブリルは”4月”で”4月の魚”を意味します。フランスのお菓子屋さんでは、このように魚を象ったパイやチョコレートが美しくデコレーションされて、店頭に飾られるのです」
左「イースターチョコレート うさぎ親子」(3675円)。中「イースターチョコレート にわとり(M)」(2100円)。右「にわとり(L)」(2500円)
「なるほど。魚は4月1日のポワソンダブリル、ウサギとニワトリは(2007年は)4月8日の復活祭のお菓子なのですね。多産の象徴であるうさぎは、復活祭のシンボルとされている…ほぅ、中にはドラジェ(キャンディ)やオレンジピールが入っているのか…いや〜勉強になりますφ(^0_0^)メモメモ」

おおっ! ワンダフルハウスの大好物、今が旬のホワイトアスパラがあります! 「これを1本、お店でいただきます!(^Q^)/」 調理されて運ばれてきました。冷製と温製があり、今回は神田シェフお勧めの温製でいただきます。
なぜケーキ屋にお惣菜が? フランスの菓子店は、高級になればなるほど惣菜や料理のセクションを持つことが多く、日本の菓子店よりずっと仕事の範囲が広いのです。フランス産のホワイトアスパラガスのシーズンは2月初旬から4月末まで。生のホワイトアスパラガスは大変貴重で高級品。この時期を逃すとまた来年までお目に掛かれませんので、お見逃しなく。
「フランス産ホワイトアスパラガス」(1本525円)。ホワイトアスパラガスは素材を生かしたシンプルな調理法が向いています。 ボイルしたホワイトアスパラガスに、カラフルな香味野菜のみじん切りを混ぜ込んださっぱり味のラビゴットソースを添えてありました。歯応えが爽やかなホワイトアスパラが、まさに旬を感じさせてくれる春の一皿。ラビゴットソースは、フランス料理に使われるソースで、フレンチドレッシングに香味野菜のみじん切りを混ぜたものです。香味野菜はパセリ、エストラゴン、セルフィユ、タマネギ、トマトなどが使われ、肉料理や魚料理にも用いられます。グリーンアスパラとホワイトアスパラは本来同種のものですが、栽培方法の違いで皮の色が異なります。日光を受けて育つグリーンアスパラは、クロロフィルによって茎の色が緑色になり、一方ホワイトアスパラは、土を盛って育て、直射日光を浴びないように栽培するため、白い色をしているのです。
「おおっ! これは?(^O^)\ これこそ、ジャッキーが大好きだったプリンです! これをください!」 「ん?このソースは? ウフ・ア・ラ・ネージュに合わせるアングレーズソースでしょうか?」
ファッションのお手本について語られるとき、有名な女優たちと並んで必ず登場するのがジャクリーン・リー・ブービエ・ケネディ・オナシス(Jacqueline Lee Bouvier Kennedy Onassis 1929〜1994)。本名からわかる通り、ジャクリーヌはフランス系アメリカ人。Bouvierはフランス名で父方はフランスからの移民。母方のLee家はアイルランドからの移民です。ジャクリーヌはパリのソルボンヌで学び、帰国後、ジョージ・ワシントン大学を卒業し、ワシントンの新聞社でカメラマンとして働いていた時期にケネディと出会い結婚。1961年から1963年まで米国のファーストレディでした。 ケネディ一家がアメリカのみならず世界中を魅了した、あの魔法がかった時代、電気のように人々をしびれさせたジャクリーンの魅力といい、想像性に富んだファッションスタイルといい、その影響力にはすさまじいものがありました。そしてその時代に、ジャクリーヌが好んで食べていたスイーツが、アンドレ・ルコント氏の「クレーム・カラメル Creme Caramel」だったのです。
「クレーム・カラメル Creme Caramel」(630円)。「キャラメルの味が…これはキャラメルソースです! う…美味い! 大統領になった気分です\(^Q^)/」 
3つ星レストランから家庭の食卓まで、赤ちゃんからお年寄りまであらゆる人々に愛されているクレーム・カラメル。日本でいうところのカスタード・プリンです。フランスのレストランのほとんどがプリンを出しているほど最もポピュラーなデザートなのです。卵・牛乳・砂糖という材料のシンプルさが親しまれる理由かもしれません。ブラッスリー・ルコントのは、これに生クリームを加え、マダガスカル産の天然バニラビーンズで香りづけし、キャラメルソースでリッチに仕上げてあります。
ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」のヒットでブレイクしたお菓子クグロフがありました。おおっ!クグロフの向こう側に見えるのは?(^O^)\ イースター・エッグ・チョコレートです!
これはクグロフ型にアーモンドや乾し葡萄を入れて焼き上げたブリオッシュで、フランスのアルザス地方の郷土菓子。マリー・アントワネットが愛したお菓子としても知られています。フランス革命のきっかけになった、国民が飢えに苦しんでいる時に言った有名な台詞は、このクグロフを意味します。「王妃、国民は今パンがなくて困っています」と伝えた側近に「パンがなければ、お菓子を食べればいいのに(^O^) Qu'ils mangent de la brioche(^O^)」。訳せば「彼らにはブリオッシュを食べさせなさい」。これは当時のフランスの法律で、食糧難の際にはパンとブリオッシュを同じ値段で売ることを制定していたので、このような言葉が生まれたのかもしれません。しかし、この言葉は、アルフォンス・カーが、1843年「悪女たち」の中で、1760年のある本には、この言葉を言ったのは”トスカーナ大公国の公爵夫人”だと書いています。そして1843年にはマリーア・ントワネットの発言であると広まっており、誰かが流布したようです。真実はアントワネットを妬んでいた反対派の貴族がデマを流したというわけです。
切り分けて、いただきましょう。 具はレーズンとアーモンドですか。ジャムでも添えたいところですね。
マリー・アントワネットの夫であるルイ16世(1754−1793) の祖父ルイ15世(1710−1774)のお妃マリー・レクチンスキ ー(1703−1768)の父であるポーランド王スタニスラス・レクチンスキー (1677−1766)はクグロフに目がなく、毎日1個食べるほどのクグロ フ好きでした。 クグロフを食べた後は、いつも喉が渇いた王は、クグロフに アルコール(ラム酒)をかけることを思いつき、さらなる美味に酔った王はもっと好きに なり、愛読書「千夜一夜物語」の「アリ・ババ」 から「ババ」という名前を付けて、ヴェルサイユ宮殿にいる娘(ルイ15世妃マリー・レクチンスキー)に届けたそうです。王妃が気に入れば、ただちにフランスの王宮菓子として広まり、このスタニスラス王とレクチンスカ王妃の父娘コンビで残されたお菓子にはクグロフの他にもマドレーヌ、メレンゲ、クレーム・シャンティ…スタニスラス王は国務よりお菓子の発明にエネルギーを注いだとしか思えません。その後、マリー・アントワネットの時代になり、アントワネットの身につけるファッション、髪型、好んだ全てのものがフランスはもちろん、ヨーロッパ中の女性たちにセンセーションを巻き起こし、クグロフがアントワネット王妃の好物と聞いた当時の貴族たは我先にとクグロフを食し、まるで新しいお菓子のような存在になって、ヨーロッパ中にブレイクしました。その後、マリー・アントワーヌ・カレーム(1784−1833)というフランス菓子史上最も有名な菓子職人の時代にクグロフが一般に広まり、以来今日まで親しまれるようになりました。
ロミユニコンフィチュールの「タルティネ フランボワーズ Tartiner Framboise」(750円)。フランボワーズとビターチョコレートのペースト。 チョコレートとフランボワーズの甘酸っぱくて深い味わい(^Q^) これぞフランス菓子の王道的な組合せです。

〜これよりパティシエ・シマ(麹町)〜

ワンダフルハウスはブラッスリー・ルコントを出て、麹町パティシエ・シマに向かいました。 桜が満開です!\(^○^)/
ショコラトリー「ラトリエ・ド・シマ」を覗いてみましょう。おっ! イースターのニワトリのチョコがありました。 「にわとり(大) Le coq」(3675円)
モディリアーニの「デディの肖像」…このパンフレットは何でしょう?(^0_0^)\ 東京六本木に新たにオープンした国立新美術館にて現在(2月7日〜5月7日まで)開催されている「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900−2005 ポンピドー・センター所蔵作品展」のパンフレットでした。
展覧会のテーマ「異邦人たちのパリ」にちなみ、現在日本でフランス料理文化の担い手として活躍中のシェフ、パティシエに、異邦人としてフランスで修業していた時代の”思い出の一品”を、展覧会の期間中、それぞれのお店で”特別メニュー”として提供しているようです。島田さんの思い出の一品は「サンマルク」。 『渡仏した1971年からの3年間はパティスリーも古典からモダンへ変革した時期。師事したジャン・ミエは、当時のフランス菓子業界を牽引していた実力者。師が苦心の末に辿り着いた名作「サンマルク」は、チョコレートクリームと生クリームを合わせただけの、究極のシンプル。引き算の思考は、以後の島田氏の菓子作りの指標となった』…なるほどなるほど…「サンマルクをください!(^O^)/」
「サンマルク Saint-Marc」(420円)。泡立てたクリーム・シャンティとムース・ショコラをアーモンド風味のビスキュイ・ジョコンドで挟み、表面を香ばしくキャラメリゼしたケーキ。バタークリームのケーキ一辺倒だった昔のパリで一世を風靡したのがサンマルク。フレッシュな生クリームがたっぷりと挟まったみずみずしい味わいと、飾り気のない斬新な装いでセンセーションを呼んだそうです。こちらで買えます。
「こんにちは!(^O^)/ ケーキを受け取りに来ました」「これはこれは、ワンダフルハウス様。復活祭のアントルメはご用意してあります」 「おおっ! これがシマのポワソン・ダブリル?(^O^)\」
魚の形のアップルパイ「めでたいパイ(小)」(5250円)。小でもかなりデカいですが、大(10500円)もあり。要予約で1年中あるそうです。 ルコントの復活祭のケーキ「ガトー・ニド」の次は、パティシエ・シマの復活祭のケーキをお見せしましょう(^O^)/□ 島田進シェフが…
キリストの復活を祝う復活祭のために考案した創作ケーキ(^O^)/□ 「ショコラ・フェイス Gateau de paque」でございます。太陽を模ったチョコレートケーキに、削ったミルクチョコレートと金箔で太陽をイメージする顔を作って出来上がりました。
「ショコラ・フェイス Gateau de paque」(特注品)。春分の日が過ぎて最初の満月の次の日曜日が、キリストの復活を祝う復活祭(イースターサンデー)。日本では馴染みが薄いですが、欧米では3連休になるくらいクリスマス並に大事な行事なのです。復活祭の”復活”とは「Resurrection of Jesus after his Crucifixion」。つまりキリストの磔刑後の蘇りを祝う祭りですから、日本であまり普及しないのも無理はありません。欧米の子供達にとっては、親が綺麗に彩色したゆで卵を隠したのを探すゲーム「エッグ・ハント Egg Hunt」や、チョコレートやキャンデーなどの入ったバスケットをもらえることもあり、子供達にとって春先の一番楽しみな日となっています。卵や動物をかたどったチョコレート菓子を食べるのが普通ですが、島田さんは太陽の顔をデザインしたケーキをこの日に捧げるそうです。というのは寒さの厳しいヨーロッパで、復活祭は春の到来をも意味するから。島田さんはフランスに住んでいた頃、復活祭は暗い冬に耐えて待ちこがれた明るい太陽の季節を喜ぶ祭日でもあると感じたそうです。そこで春のシンボルである太陽を可愛らしくチョコレートケーキに描いてみたというわけです。
切り分けていただきましょう。 中はどうなってるのでしょうか?
ビスキュイとチョコレートのムースとミルクのムースの層になっています。何種類ものチョコレートのハーモニーが♪…美味過ぎる!)^Q^( パティシエ・シマでは、フランス製のチョコレートを主に利用し、これに加えてミルクチョコレートの本場として知られるスイス産のものも使っているそうです。常に用意しているのが9種で、あと3〜4種必要になることも。パリには「チョコレート愛好者クラブ」という大人の男の会があるほど贅沢で高度なお菓子としてチョコレートが君臨しているのです。チョコレートケーキは子供のおやつと考える日本人の感覚からは想像もできないほど、フランスではショコラティエやパティシエは高度の技術を要求する職業として賞賛されています。このようにアイディアのあるフランス菓子を人生の証として食べてみるべきです。

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