ワンダフルハウスが東京ミッドタウンのレストラン「キュイジーヌ・フランセーズJJ」で特注デセールを作ってもらっていた宮本亜希子シェフが、「Weniko(紅子)」と名を変えて、2010年12月1日、茨城県水戸市で独立し、「フランス菓子 Maison Weniko」を開店。開店直後にすぐさまやって来たレヴェイヨン・ドゥ・ノエル(クリスマス・イヴ)にメゾン・ベニコを訪れ、2種類のクリスマスケーキを見せていただきました。
Bûche de Noël au Chocolat ブッシュ・ド・ノエル・オ・ショコラ 製作 Weniko Maison Weniko 2010年12月24日 |
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「日本のフランス料理界のトップのレストランから、水戸の街場に降りて来たWenikoシェフのブッシュ・ド・ノエル・ショコラは…おお!恐ろしいほどシンプルです!」 |
「メゾン・ベニコのブッシュ・ド・ノエルは、ビスキュイ・ルーレにクレーム・オ・ブールをサンドしてロール状にし、周りをクレーム・ガナッシュで飾っただけのシンプルなものでした。一目見た感じでは、1970年代以前の非常に古典的なブッシュ・ド・ノエルに見えますね」 |
「ビスキュイ・ルーレ(Biscuits roulés)とはロールケーキのことで、巻き込む材料としては、クレーム・パティシエール(カスタードクリーム)、バヴァロア、ムース・オ・ショコラ(チョコレートムース)、コンフィチュール(ジャム)、クレーム・オ・ブール(バタークリーム)などが挙げられます」 |
「フランス菓子の古典的な公式では、クレーム・オ・ブールやムース・オ・ショコラを内側に巻き込んだロールには、それぞれ同じものを外側にも絞り出して、ロールを覆い隠します。クレーム・パティシエール、バヴァロア、コンフィチュールを内側に巻き込んだロールには、コンフィチュール・ダブリコ(アプリコットジャム)か飾り用のシロップかムラング・イタリエンヌを塗ります。ロールケーキをクリスマスケーキ仕様にする場合、フォークを水で濡らしながら、横の筋をつけて、薪の形にするのです」 |
「メゾン・ベニコのブッシュ・ド・ノエルは、ヴァニラ風味のクレーム・オ・ブールを巻き込んであります。フランス菓子の公式通りだと、外側もヴァニラ風味のクレーム・オ・ブールで覆うのですが…」 |
「外側はショコラです!」 |
「それもクレーム・オ・ブール・オ・ショコラではなく、クレーム・ド・ガナッシュ(Crème de Ganache)です!」 |
「このブッシュ・ド・ノエル・オ・ショコラは、ショコラティエの作品である…という感じがしますね」 |
「このようなロールケーキは初めて見ました。フワフワのロールケーキとは正反対の、見るからに硬質な生地です」 |
「キメが粗い…この生地はビスキュイ・ア・ラ・キュイエールです」 |
Bûche de Noël au Grand Marnier et le beurre d'Isigny AOC “André Lecomte”
pour la Maison Weniko ブッシュ・ド・ノエル・オ・グラン・マルニエ・エ・ル・ブール・ディズィニー “アンドレ・ルコント” プール・ラ・メゾン・ベニコ メゾン・ベニコのためのグラン・マルニエとイズニーAOCバターのブッシュ・ド・ノエル アンドレ・ルコント風 製作 島田進 パティシエ・シマ 特注品 2010年12月24日 |
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「島田進シェフがルコントから引き継いだブッシュ・ド・ノエル・オ・グラン・マルニエには、マジックが隠されていました。ルコントのブッシュ・ド・ノエルには北海道のよつばバターを使っていましたが、島田進シェフはバタークリームにフランス ノルマンディー産 イズニー社のAOC(原産地証明)付き発酵バターを使ってきたのです」 |
2011年1月に発売されるガレット・デ・ロワの試作品(15cmサイズ) 製作 島田進 特注品 パティシエ・シマ 2010年11月 |
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「しかも、パティシエ・シマでは来月2011年1月、イズニーAOCバターを使用したガレット・デ・ロワを発売するそうで、これはその試作品です」 |
「トヨ型で焼いたジェノワーズを5枚に切り分け、グラン・マルニエのシロップを刷毛でたっぷりと打ってあります。グラン・マルニエのシロップは、30度ボーメのシロップにグラン・マルニエを加えて作ります。1970年代のアンドレ・ルコント氏の配合は、シロップ4に対してグラン・マルニエ1でした」 |
「ルコントのブッシュ・ド・ノエルはフランス菓子の公式通り、同じクレーム・オ・ブールを外側にも内側にも使っていました。グラン・マルニエで香味付けした薄いオレンジ色のバタークリームは、バニラのバタークリームにグラン・マルニエを適量加え、赤と黄の色素を加えたものです」 |
AOCとは、アペラシオン・ドリジーヌ・コントローレ(Appellation d'Origine Contrôlée)の略で、フランスの地方に根ざした伝統的な食品を保護し、品質を保証する制度です。日本語では『原産地呼称統制』と訳されます。フランス農林省管轄のI.N.A.O(Institut National des Appellation d'Origine)という機関が、申請を受けた商品を審査し、許可を出しています。AOCに認可された農産物はワインが一番多く、酪農品ではチーズ、生クリーム、バターがあります。製品を生み出すテロワール(風土)や、製法、品質、規格などのチェックを厳しく行い、AOCにふさわしいと認められたものだけがAOCに認可され、このマークをつけることができるのです。AOCに認定されている数少ないバターがイズニー(正式にはイズィニーと発音)社のもの。イズニー社はフランスのチーズ業界では大手の優良企業なのです。 |
イズニー社のAOCバターは、口の中でスーッと溶けて、ミルクの甘みと豊かな香りがフワッと広がります。しっかりとコクはあるのですが、口溶けは驚くほど軽やか。バターとは思えないほど、クリーミーでまろやかな味わいが広がります。美味しさの秘密は、厳しい環境下で徹底的に管理されて作られているから。その製法は、原料の乳牛の品質を高めるため、環境・気候・温度・餌など、ありとあらゆるものに気を配り、採れたミルクを分離させ、クリームを殺菌し病原菌を取り除いた後、乳酵母を植え付け熟成させて作り上げられています。 ヨーロッパには、チーズをはじめ、ワインやバターやハムなど、限られた地域で生産される伝統的な特産品が数多くありますが、こういった特産品は、その土地ならではの気候風土のなか、長い間受け継がれてきたノウハウに従って職人が作り上げるもので、他の土地では再現できない味わいのものばかりです。AOCやAOPは、そういった食品の品質を保証する制度で、その食品の品質を保証すると同時に、名称を保護する役割もあります。 | |
今まではフランスだけが独自のAOCマークを使っていたのですが、2009年5月からEU全体に通用する統一表示 AOP(Appellation d'Origine Protégée アペラシオン・ドリジーヌ・プロテジー 原産地名称保護)マークを掲示することが義務付けられました。現在では欧州の原産地名称の製品には全て、この統一マークが使用されています。ただし、ワインは他の法規制を受けているので、この対象ではありません。 |
「シロップを打っていない生地には独特の歯応えがあり、チョコの味がかなりビターで、一口噛み締めるごとに美味い…と感じました。そして、これがフランス菓子の魅力なのだなと、つくづく思いました。日本の洋菓子のシットリした生地とは違い、フランス菓子の生地はキメが粗かったり、生地がパサついていたり、かなり分厚かったりと、様々な表情があるものなのです」 |
「私は9月26日のパティスリー・フランセーズ・アンドレ・ルコント閉店によって、いくつかのお気に入りの菓子…というより一つの大きな文化を失いました。しかし、そのわずか2ヶ月後にメゾン・ベニコが開店し、その直後に初めて迎えたクリスマス・イブの今日、このブッシュ・ド・ノエルを食べたことによって、もっと大きな文化、スタイルを手にした…という確かな感触を得ました」 |
Bûche de Noël au Chocolat ブッシュ・ド・ノエル・オ・ショコラ パティスリー・フランセーズ・アンドレ・ルコント |
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「パティシエ・シマが引き継いだルコントのブッシュ・ド・ノエルはグラン・マルニエ風味の1種類だけ。他の3種類は絶滅してしまいました。これは酒を使ったチョコレートのブッシュ・ド・ノエル。よつばバターを使ったクレーム・オ・ブール・オ・ショコラは、ドッシリと重く、コニャックのシロップをたっぷり打ったジェノワーズ・オ・ショコラと見事にマッチしていました。苦味のあるヴァレンシア産オレンジ・ピールとサクサクしたフィヤンテーヌ入り。’70年代のアンドレ・ルコント氏のルセットを見ると、チョコレートのブッシュ・ド・ノエルには、酒はラムを使っていますが、いつの間にかコニャックに替わったようです」 |
Bûche de Noël au Moka ブッシュ・ド・ノエル・オ・モカ パティスリー・フランセーズ・アンドレ・ルコント | |
「コーヒーの香ばしさとコニャックの豊かな味わいが忘れ難いブッシュ・ド・ノエル・オ・モカ。クレーム・オ・ブール・オ・モカは、バニラのバタークリームに濃く溶かしたインスタントコーヒーを加えて作っていました。コニャックのシロップをたっぷり打ったジェノワーズにラムレーズンとクルミとフィヤンテーヌが食感のアクセント」 |
Bûche de Noël aux Marrons ブッシュ・ド・ノエル・オー・マロン パティスリー・フランセーズ・アンドレ・ルコント |
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「フランス産のクレーム・ド・マロンとラム酒のコクが美味しかったブッシュ・ド・ノエル・オー・マロンは、クレーム・オ・ブール・オー・マロンとジェノワーズ・オ・ショコラにマロン・グラッセとフィヤンテーヌの組み合わせ。これは’70年代には存在していなかった商品でした。モンブランのブッシュ・ド・ノエル版として後から発売されたのでしょう」 |
「私は1970年代からドンク青山店と葉山のフランス茶屋には行っていましたが、’81年に初めてルコント六本木店に入った時、まだ18歳でフランス菓子のことはほとんど何も知りませんでした。ルコントさんがケーキのサンプルを持って来て、一つ一つ名前を説明してくれて…隣に座っていた伊丹十三さんも話しかけてきて…店を出て『Pâtisserie française』という看板を見た瞬間、その言葉が『フランスのお菓子』を意味しているんだなと解りました。同じ年、渋谷西武のルノートルのブティックで『CONFITURE EXTRA MYRTILLES』『GELEE EXTRA POMMES』などと書かれた瓶を見て、『これはフランスのブルーベリージャム。これはフランスのリンゴのゼリーに違いない』と思って買ったら、紀ノ国屋で売ってる高級なジャムより美味でビックリ。CONFITUREが果実と砂糖が半々のプリザーブ・タイプで、ルノートルのビッグブリオッシュやパリジェンヌ(小さいブリオッシュ・ア・テット)やナンテールのようなやわらかいパンに合わせるもの。GELEEは果汁と砂糖が半々のゼリータイプで、バゲットのようなかたいパンに合わせるものであると学びました。新宿伊勢丹のエディアールのブティックで『Fraises des Bois』『Questches』『Tomates vertes et Citrons』『Mirabelles』『Noix de Coco』『Figues de Provence』などと書かれた瓶を見つけると、次々と買い込んで、それが何であるかを探っていました。1988年のフィガロ・ジャポンのアルザス特集で初めてメゾン・フェルベールが紹介されるまで、コンフィチュールやジュレという言葉を使う日本人が安井かずみさんしかいなかった時代でした。2010年、48歳になった私は9月25日ルコント閉店の前日にルコント靖子さんの功績を称えて、島田進さん夫妻と共に記念のガレット・デ・ロワを贈りました。クープはルコントさんの顔とALのロゴマーク。開店と閉店の年号(1968~2010)入り。中身はクレーム・ダマンド+コンポート・ド・フィグ・オ・ヴァン・ルージュ(イチジクの赤ワイン煮)。そして3ヵ月後の12月24日、メゾン・ベニコでWeRoさんに遇って、ガレット・デ・ロワの紙の王冠をオーダーしてしまったのです。果たして作ってもらえるだろうか? もし作ってもらえたらお披露目のガレット・デ・ロワとコンフィチュールはどうしよう? そんなことを考えてるうちに2010年のレヴェイヨン・ドゥ・ノエルは更けていきました」 |
「窓から京成百貨店のLOUIS VUITTONのブティックが見える…1970年のアンアン誌上で金子功さんが紹介した時は日本人は誰も知らなかったというのに…。Maison Wenikoも将来は有名になるのだろうか? ワンダフルハウスは来月のガレット・デ・ロワを予約して水戸を後にしました」 |