大晦日

by ユリさん

お正月の思い出? ないですね。今は「紅白」に見入るご主人横目に、手料理作りに大忙し。

子ども時代をドイツで過ごしたユリさんにとって、年末年始の楽しい思い出といえばクリスマスにつきる。お正月を祝うようになったのは、金子功さんと結婚してからのことです。
「お正月はどこにも行かず、うちでお祝いするんです。主人が毎日忙しいでしょ、長く一緒にいられるのは、お正月ぐらいなんですよ。だから、家族でのんびり過ごします」
テーブルに並ぶのは、ユリさんの手料理。
「わたしは、お料理、得意じゃないんだけど、でも、がんばって作っています」
あわてて付け加えれば、もちろん毎日の食事もユリさんは手を抜かず作っているのですが、なにしろ、子どもの頃から慣れ親しんだとはいえないお正月の日本料理、やっぱり、”がんばって”というのが、いつわらざる実感でしょう。
「最初の頃は、もう大変。日本語が読めないから、主人にお料理の本を読んでもらって、それを全部ローマ字に書きかえて……大騒ぎでした」
涙ぐましい努力!
「今はもう、そのノートがありますからね、楽になりましたけど」
仲のいい友達、挿花家の栗崎fさんの証言によれば、「今年はお煮染め作るんだけど、どうしたらいい? って聞かれてね。教えましたよ、いろいろと。でも、ユリちゃんのあのお煮染めおいしかった」
金子さんが、大のお正月好き、とか。何はなくとも、お料理だけは、のユリさんの心つ゛かいの結晶。もはや、本格的ですぞ。
ちなみに栗崎さん、お正月のおせちが食べたくなると、今も金子家にお招ばれするのだそうです。
「以前は、築地へ買いものに行ってました。今は子どもがいるからそうもいかないんだけど。でも、31日なんかに行くと、ものすごい込み方でしょう。なんにも買えないで帰ってきちゃったこともありましたよ」
大晦日の夜、コトコト台所を立ちまわるユリさんの姿を想像すると、なんか、ひどく懐かしいような――。
「主人が大好きなんですよ。あの、大晦日にテレビでやる、赤と白に分かれた……」
紅白歌合戦?
「そうそう。毎年、楽しみにしているんです。わたしはそれほど興味がないんだけど、お料理作っている途中で”ちょっと来て!”なんて呼ばれて見に行ったり。あの番組は、衣裳がまたきれいでしょ。それもあって、結構、わたしも楽しめるんですけどね」
ビールなんぞ片手に、金子さんが紅白に見入るの図、いいですねえ。
「主人は、一度でいいから、本物が見たいんですって。でもあれは、チケット手に入れるのが大変なんでしょう?」
今度、聞いておきます。
浜焼き、お煮染め、つくね……出来上がった料理、ほんとにおいしそう。
「もう、子どもの好きなものばっかりで」
とっておきの、伊万里の赤絵の皿に、お料理が盛られていきます。伊万里は、夫婦で10年以上かけて、買い集めたもの。
そして、家族水入らずの元旦の朝。
「うちの子は、お父さんと一緒に食事することが、ほとんどなくて、友達の家の夕飯にお父さんがいるのを見て、びっくりしたぐらいなんです」
大好きな食べ物も揃っているし、一人息子の惣ちゃん、大喜びでしょうね。お年玉も待ってるし。

ユリさん作の正月料理
クロワッサン1984年12月25日号(No.171)
「しきたり通りのお正月なんてもう出来ないから、”わが家の、ここだけお正月。”」より

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