わんだふるはうす、六本木モンブラン街道を行く

モンブラン1968
SAISON de non・no 1974
PART5

栗のケーキとしてお馴染みの「モンブラン Mont Blanc」。フランス語を直訳すると「白い山」の意味。アルプスの秀峰モンブランに由来しての命名です。1968年、22歳の島田進さんは、神戸で絵の勉強をしながら働いていました。ある日、雑誌で見たルコントのクロワッサンが、ずっと心に残っていて、上京した際に働きたい旨を手紙で伝えます。OKの返事をもらって働き出した時期、六本木のルコントはオープンして間もない話題の店。一番人気のモンブランを求めて、連日50メートル近い行列が続いたそうです。その頃の日本のケーキ屋さんのモンブランといえば、スポンジの上に、栗とは名ばかりの白餡やサツマイモをつなぎに使った黄色いクリームを絞っただけのスタイルが主流でした。「フランス産の栗の渋皮煮は、マロングラッセに近いイメージなんですが、これを使ったマロンペーストを日本にいち早く取り入れたのはアンドレ・ルコント氏でしょうね」と語る島田シェフ。ルコント初代のモンブランは、メレンゲにビスキュイを乗せた台に、生クリームとフランス産のマロンクリームを絞り出した本格的なフレンチスタイルで、それまでの日本のモンブランとは、かなり異なっていました。その後、1970年代も後半になると、フランス修業組のシェフたちが続々と帰国し、フランス産の栗を用いたモンブランが日本にも徐々に浸透していくことになります。現在、ルコントで販売されているモンブランは3代目。今では幻となってしまったルコント初代のモンブランをパティシエ・シマ」の島田進シェフに復刻していただきました。


アマンド六本木店

2007年夏、世界屈指の繁華街、六本木交差点…「おおっ!アマンドです!(^O^)\」
待ち合わせスポットとして有名なアマンド六本木店が、入居しているビルの老朽化による建て替えのため2009年1月3日で閉店し、1月9日から徒歩1分ほどの場所にある仮店舗に移転しました
アマンド六本木店は1963(昭和38)年オープン。1階がカフェ、2階がレストランになっていて、ケーキは30種類ぐらいあります。 地下鉄の始発が出る朝5時(土日は6時)まで営業しています。地下鉄日比谷線六本木駅が開業したのは、東京オリンピックのあった1964(昭和39)年。アマンドは前年にオープンしていたのでした。
「アマンドのモンブランをいただきましょう。ケーキセットだと50円引きですか(^-^)\」
アマンドの創業社長である滝原健之氏(1919〜1990)は立志伝中の大人物でした。1946(昭和21)年、新橋に1号店として洋菓子喫茶「甘人(あまんど)」を開店すると、終戦直後で甘いものに飢えていた人たちで大繁盛。すぐに有楽町店、銀座8丁目店をオープンし、店名も「アマンド」に変えます。その頃から滝原氏は銀座の水商売の人たちに商売上のアドバイスや資金援助をし、滝原氏のおかげで店を持てた男女は、代わりにアマンドのケーキを目いっぱい引き立てました。待ち合わせに利用するだけでなく、クリスマスや客やホステスの誕生日に配るケーキはアマンドに限っていたクラブやバーが銀座には多かったのです。
「こんばんは!(^O^)/」「これはこれはワンダフルハウス様…」「おっ!昔懐かしい感じがしますね(^O^)\
「ワンダフルハウスが学生だった四半世紀前とほとんど同じケーキが並んでいます!\(^○^)/」
2007年クリスマスイブのアマンド六本木店…「おおっ!アマンドのクリスマスケーキです!(^O^)\」
やがて昭和40年代となり、高度成長と共に銀座のクラブが“クリスマス景気”に浮かれていた頃には、1軒のクラブに毎晩100箱、200箱とアマンドのケーキが積み上げられるようになります。滝原社長は、そのお礼を兼ねて、三木のり平、古川緑波、森繁久弥、伴淳三郎などの俳優や、越路吹雪、加茂さくら、真帆志ぶき、甲にしきといった宝塚の現役スターたちを引き連れて飲み歩きました。
アマンド六本木店が開店した1963年頃の六本木はお屋敷町で、この店も普通の洋菓子屋だったのですが…
1960年代後半から金子功さんや立川ユリさん、立川マリさんなどのデザイナーやモデルが出入りするようになると、アンノン族が東京の新名所として押し寄せ、普通の洋菓子屋ではいられなくなってしまったのです。当時の若者にとって、六本木のアマンドでデートするのはステータス・シンボルとなり、一番の売れ筋商品であったシュークリームは、工場から運び込んでも運び込んでも、すぐ無くなってしまいました。その頃は、シュークリームだけで1日に2000個〜3000個は売れたのでした。
アマンドは、ピンクと白の洋菓子喫茶でスタートしたのが成功の秘訣でした。オシボリのサービスを始めたのも喫茶店としてはアマンドが一番早かったのです。
モンブランとエスプレッソのケーキセット
758円
モンブラン
315円
エスプレッソ
493円
「黄色いマロンクリームのモンブランです!(^O^)\
「昔懐かしい味です!\(^Q^)/」
栗の甘露煮2個
生クリーム
黄色いマロンクリーム
ビスキュイ・ダマンド
↑底から↑
1972年の雑誌のケーキ特集を見ると、日本のモンブラン発祥の店である自由が丘「モンブラン」のモンブランが載っています。ビスキュイの上に黄色いマロンクリームというのは、当時の日本の洋菓子店の定番ですが、その上にメレンゲを乗せたのは革新的でした。実はモンブランにメレンゲを使ったのは自由が丘モンブランが一番早くて、戦後すぐのことでした。
ところが、同じ時期にクローバーとルコントの六本木勢は、本格的なマロンペーストを絞ったモンブランを発売していたのです。クローバーのは土台がビスキュイですが、ルコントは土台にメレンゲを使ったものでした。クリームの絞り方も美しく、いかに凄いモンブランだったかがわかります。

目の前にアマンド六本木店。左右を横切る六本木通りをはさんで向かい側(写真右隅の方)にクローバー六本木店があります。そして、あの六本木ヒルズの向かいにルコント六本木店がありました。それでは、クローバー六本木店に行ってみましょう。

クローバー六本木本店

「こんばんは!(^O^)/ 2階でケーキをいただきますよ」「ワンダフルハウス様…」
「ふらんす菓子クローバー」は、1931(昭和7)年の創業以来、六本木通りの顔として、78年もの歴史を刻んできたフランス菓子の老舗です。ヨーロッパのフランス菓子を基調に、“日本のふらんす菓子”を求め続けているお店です。
「おっ!これは珍しい…今日はお客さんが1人もいませんね?(^-^)\」「ワンダフルハウス様、実はもう閉店時間を過ぎているのです」「ええっ!?(^O^:)ゞ」
「それでは、また明日来ます!(^O^:)/」
翌日…「素晴らしい!六本木通りを一望できます!(^O^)\」
「ワンダフルハウス様、この中からお好きなケーキをお選びください」「おおっ!これは凄い!(^O^)\」
前列左に六本木本店限定「ハニーコルネ」(263円)があります。 コルネ型のパイ生地の中に蜂蜜風味のカスタードクリームが絞ってあって粉砂糖がかかっている、とてもプレーンなコルネです。
「こちらのシュークリームとエクレアモカは、六本木本店限定品でございます」
六本木本店限定シュークリーム(262円)は、南フランスの高品質な塩(フルール・ド・カマルク)を使ったコクのあるやわらかい生地の中に、フレッシュ卵を使ったまろやかな口当たりのカスタードクリームがたっぷりと詰まっています。六本木本店限定エクレアモカ(262円)は、クローバーブレンドコーヒー入りモカ・カスタードクリームがたっぷりと詰まっています。
「とりあえずモンブランをください!(^O^)/」
サンプルトレイにズラリと並んだ“六本木本店限定ケーキ”に迷ったら、前列中央の「ショートケーキ」(472円)をお勧めします。通常のショートケーキが苺のサンド1段に対し、“限定”は2段仕上げと贅沢にボリュームアップ。より乳脂肪分の高いリッチな生クリームも纏わせて、限定ならではの“ゴージャス仕様”でお目見えしています。
「おーっ!小物がかなり上質ですね!(^O^)\
温めたコーヒーカップに…
クローバー・ブレンドコーヒーが注がれました。
オリジナル・ブレンド・コーヒー
1050円
「プティ・マドレーヌとヴァローナのカライブ(カカオ分67%)のキャレ(一口サイズの薄型グラン・クリュ・チョコレート)が付いてきました!\(^○^)/」
「さすがにクローバーですね!(^O^)\
カライブはカリブ海諸島原産のカカオ豆「トリニタリオ種」を使用した豊かな風味とフルーツの香りに富んでいるところが特徴です。
モンブラン・シャターニュ
441円
「ラムの香りが漂ってきました 〜(^Q^)」
モンブラン
80円
(1972年)
モンブラン・シャターニュ
420円+消費税21円
(2009年)
「かなり形が変わりました!値段は37年で約5倍です!(゚O゚)\
中は真っ白い栗のムースで、その中にピンク色のマロンペーストがクローバー形に入っています。ラム酒が効いていて美味です!(^Q^)
マロングラッセ
生クリーム
茶色いマロンペースト
栗のムースの中にピンク色のマロンペースト
ココアのビスキュイ
↑底から↑
「おおっ!?(^O^)\」 「裕ちゃんです!(^O^)\」
往年のクローバーの顧客、石原裕次郎氏の登場です。若い頃、ガルウィングのベンツ300SLで颯爽と乗り付け、シュークリームとエクレアを買うやいなや、すぐに車の中で運転しながら食べてしまったのでした。
JJに1981年から2年間に渡って連載された「ケーキのおいしい店」。1982年2月号は六本木特集でクローバーもルコントも載りました。ハリネズミの形をした「エリッソン」も、小石という意味の「ロカイユ」も今は無くなってしまいました。
クローバーを出て西麻布方面に進むと右手に高級スーパーの明治屋六本木店、左手に六本木ヒルズが見えます。
六本木ヒルズです。
「六本木ヒルズの向かいに強烈な光を放っている店がありますよ?(゚O゚)\
現在のCBONビルの1階、あの白く光っているあたりにルコント六本木店がありました。

ルコント六本木店

2006年 1974年
「おおっ!? どうやら1970年代にタイムスリップしてしまったようです(゚O゚)\ それでは、昔のモンブランを見に行ってみましょう
1973年
「こんにちは!モンブランをください!(^O^)/」
1968年に六本木に店をオープンして、東京のフランス菓子をパリと同じレベルにまで引き上げてしまったアンドレ・ルコント氏の登場です。時代を感じさせる冷蔵ショーケースの上に並んでいるのはブリオッシュ(60円)、チョコレート・クロワッサン(60円)などのパン。ショーケース内上段左からガトー・フランボワーズ(150円)、モンブラン(130円)、チョコエクレア、モカエクレア。下段左からスワン(120円)、ミラベルのタルトレット、スィクセ。
続く
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