炸/焼く・あぶる

 学生時代、文化人類学のN先生という先生がおられた。温かい笑顔の先生で、旅をテーマにした本も出版なさっていた。そのN先生の魅力的なエッセイの中に、世界各地の街に並んで、横浜中華街の話があったのを覚えている。印象的なのは「kao」という言葉、吊るされたおいしそうなあぶり肉、そんな印象が異国の断片のように映し出されていることだった。
 《千と千尋の神隠し》という映画の中で、千尋と両親は不思議な世界に迷いこんでしまったが、あのごちそうのあふれる街は、どこかN先生のエッセイの中の中華街に似ている気がした。千尋のお母さんが夢中になって食べていたのは「」した若鶏ではなかっただろうか。アヒルや鶏の表面に蜜や油を塗って丸ごとあぶったものは、「北京鴨(北京ダック)」のような高級料理もあれば、ぶつ切りにして、そのままかじるのもおいしい。ごはんに「」した肉と青菜などを乗せたテイクアウトも人気だ。中国で注文する場合、1羽が大きすぎるなら、半羽か、あるいは足のところなど一部分を注文する。顔見知りになると「お尻の肉も食べとく?」等、不思議なおまけをくれたりする。大きな包丁で骨ごと叩き切られた肉を見ると、『水滸伝』や金庸(中国の剣豪小説の国民的作家)の小説に出てくる英雄豪傑になった気分。自分が千尋のお母さんだったとしても、香ばしい「肉」にはつい手が出てしまいそうだ。

〈浅山友貴〉