.・★*〜風花便り〜*★・’


かざばな、晴天の日に風にのってちらちらとふる雪。そんな雪のように、住まいする山里の四季折々などを風にのせてお届けします

 

2005年8月17日「朝顔」 怒涛の初盆が終わった。13日から三日に渡り、お寺に通い、親戚が詰め、棚参り、と呼ばれるお参りの人数が260余人であった、と書けば、ご想像いただけるだろうか。棚参り、であるので当然、棚があるのである。一間はある仏壇が隠れるくらいのお供えと飾りなのであった。準備に片付けにと、おおわらわである。しかし、この地の葬儀は、形と見得が優先し、個人をしのぶという本来の気持ちが感じられない。個人は酒のだし、である。昔、日本はどこでもそうだったのだろう。常の忙しい日常を断ち切って、おおびらに酒を飲めるのは冠婚葬祭だけであったろうから。個人は徳を持ってその場を提供したのだろう。しかし、今、酒など、いつでもどこでも誰とでも、飲める。休暇を取って海外にも行くことができる。 形骸に引きずられて、いやいや行事を続ける人たちを不思議を持って見つめる。やさしい色彩の盆提灯が、喧騒の座敷を見つめる。 人波が去って、庭には朝顔が清々しく咲いていた。淡い蒼と紫の混じった、ささやかな花。

 2005年5月16日 「あおあお」 8日に22年のご縁だった義母が急死し、怒涛のような葬儀を済ませ、一週間ぶりに外に出ると、いつのまにか一面の田圃は田植が終わっており、いとけない苗が水田の水面に整列して風にそよぎ、地が緑になっていた。一切の建具、家具が取り払われた一階の座敷と台所をかけずりまわるような日々の後、日の光はまぶしく風は爽やかでその色は殊のほか鮮やかに見えた。どこか違う世界から、すいっと抜け出して来たような感覚だった。つい目と鼻の先の景色がこうも違って見えることもあるのか。人の感覚とは面白いものだ、現実に住んでいると思い込みながら、常に自分の心象の世界に住んでいるのだろう。葬儀も亡くなった人との関係性で、それぞれの思いで、それぞれに違って見えるのだろう。 年齢もあり、最近とみに弱ってきたとはいえ、突然にこんなことが起こるとは誰も、本人も思っていたなかったことが起こり、あれよあれよと葬儀も終わる。そういうことなんだなあ。ことが起こる三日前、それまで誰も見たことの無い、太い長いシマヘビが現れ、義父母の住む離れにまといついた。池があるからか庭にはヘビが多いが、見慣れた家族でもびっくりするくらい、それはそれは大きなヘビだった。義姉などは、知らせに来たんやなあ、と言っている。そういうことなのかもしれない。

 2005年 1月17日 「たんぽぽ」 今年は暖冬と天気予報では言っているけれど、なんのなんの久しぶりにしっかりと冬を感じる。以前のように寝ている部屋の窓が凍り付いて朝、動かなくなるなんてことはないが、寒い。この何年か暖かすぎる冬が続いたのですっかりこの寒さを忘れてしまっていた。あれ、冬ってこんなに寒かったっけか、などと思ったりする。朝晩、すっかりマイナスの世界が続いている。その冬枯れの庭に鮮やかな色が埋れているのがちらと見えて覗き込んでみるとたんぽぽの黄色だった。まあ、気の早いこと。なぜか一輪だけ咲いている。この場所は敷地内で春一番早く、イヌノフグリの蒼が湧き出る日当たりの良い場所なのだが、そのイヌノフグリよりもどんと早く咲いてしまったたんぽぽはやっぱり、季節はずれを否めなく、所在無さげに見える。気の早い春は他にもあるかしらと屋敷内をめぐってみたら、たんぽぽの咲いている一段上になった場所の、やはり日当たりの良いところの梅ノ木に一輪花が咲いていた。寒さに凍えた心と身体に、やはり季節はめぐってくると教えてもらったように感じた。

10月26日「芳香再び」 秋の訪れを告げる香り、金木犀の、あの濃厚な香りがただよってしばらくのち、またどこからともなく似たような香りが庭に流れているのに気が付いた。もう、金木犀は散ったはず、とあたりを見回す。と、柊の木が目に付いた。白い小さな花がふりかかったように咲いている、顔を近づけてみるとまさにこの花だ。この柊はけっこう大きくて、そう、2メートル以上、剪定もしないので枝も好き放題に分かれて濃い緑の、例のぎざぎざの葉がぎっしり詰まっている。まるで闇夜に星を散らしたように見える。この花に気づいたのは初めてのこと。毎年咲いていたなら、香りでもこの花でも気づくはずだれど。
少し会わない間に急に大人びて美しくなった人を見るようだ。花の香りは金木犀ほどきつくはなく、その甘さを控えてジャスミンを混ぜたような揮発性のかぐわしいもの。きんと冷えた深まった秋に相応しい香り、好ましい。そうか、あなたはここにいたのか。いいな、こういう人になりたい。毎年、あなたに会えると思うとうれしさがこみ上げた。我が家の庭にさえ、知らないものがあった。はは、知らないものだらけのこの世であることよ。

 10月15日「復活」 昼は陽射しが強く、まだ暑さを感じるがさすがに朝晩はぐっと冷え込み、やはり今年も寒い冬がくるのだな、と思わせる。6月来からの長く続く暑さでこの国は熱帯になってしまって冬なんて忘れてしまいそうだった。その秋の気配が深まるにつれ、ススキがあちらこちらで、花穂をつけている。数少なでも風情があるが、群生していて、道の端がずっとこの草で繋がっていたり、空き地一杯に穂の白金で埋まっているようなのは美しい。特に、朝日、夕日、月の光、その光が当たって、または透けているときの、冷たくそのあたり一面が燃え立つような輝きは、おもわず息を呑むほどだ。はた、と思ったのだが、この、まあ、すすけた稲科のぽやぽや草を美しいと感じ、あまつさえ月に献じてしまうという感性は日本人独特のもので、あまり類をみないのではあるまいか。 ところで外来植物のセイタカアワダチソウが、あっという間に日本全国にはびこって一時はススキを押しのけ、秋になるとそこら中が真っ黄黄になっていたという印象がある。が、昨年あたりから、「あれ、ススキが盛り返しているなあ」と感じたことだった。今年はそれが顕著で、美しいススキが原がそこかしこで見られ、混生しているところでも、勢いよく伸びたススキの下のほうにセイタカアワダチソウが申し訳なさそうに混ざっているような生え方だ。これはうれしい、ススキ、頑張れ。あのセイタカアワダチソウは西洋では観賞用として庭に植えられているそうだが、どうにもその感覚は理解できない。あの花を美しいとみる感性、、、う〜ん。やはり、日本の秋にはススキ。さらなる薄ヶ原の復活を願うのである。

 9月14日「三色モザイク」 今、二階の部屋の向こうに見える蔵の瓦屋根からゆらゆらと湯気が上がっている。朝からの陽射しに暖まった屋根ににわかの雨が降ったからだ。一瞬、空が暗くなり大粒の雨が5分ほど降った。もうすでに雨は小降りになって陽が射している。今は昼の12時。この時間、この季節、屋根が湯気の上るほど暖まる陽射し、いきなり降ってくる雨。こういう気候はここ2.3年のことではないだろうか。そういえば大きな地震もあったし、台風もどかどか来たし、浅間山も噴火したのだった。そして地球は誰にも感じられるほど暖かくなっているようだ。その分、稲の生育も早まり、このあたりでは稲刈りが始った。すっかり黄金に実った早生のキヌヒカリは刈り取られつつあり、その田圃は黄色と刈り取られた後の土の茶色に分かれ、そして中手のコシヒカリはまだ穂は出ているものの緑を残している。黄、緑、茶の、田圃は三色モザイク。上を赤トンボが飛び、百舌は高鳴きを始めた。季節はすっかり秋。なのに、この暑さはどうだろう。冷たい風が恋しい。

 7月7日 「ひぐらし」 日が暮れかけて、あたりに闇の気配が漂いだす時刻、ひぐらしが鳴き始める。カナカナカナという澄んだ音は高らかにあたりの空気に溶け込んでいく。今年の第一声は3日の夕方、一匹がカナカナカナとかぼそく鳴いて終った。それから日に日にの声は増え、今は、近く遠く、輪唱のように重なって響く。近いうちに、大音響になるだろう。 このセミは「明るさ」に反応して鳴いている。彼らの声がするのは、家の中にいて、そろそろ灯りをつけないとなあと思う頃の明るさ。日中でも、今にも夕立が来そうに、「一点にわかにき曇り」、あたりが暗くなると一斉に鳴きだす。
あと、毎日、夕方と同じ明るさの時刻がもう一つある。夜明け方だ。ぼうっと朝がしらんでくる刻。その時刻にひぐらしが鳴いているのを知ったのは、がんの術後、精神が不安定で眠りの浅かった頃だ。ちょうど退院したのは5月の末。毎朝夜明け前に目が醒めて、じいと一点を見つめるような様相が少しはましになり、いくらかは眠りが深くなった7月の始め、このセミの声でまた夜明け刻に目が醒めるようになってしまった。私の寝ている部屋のすぐ裏は山へと繋がって、ぼうぼうとした藪になっている、一人生えの雑木もたんとある。住み心地がいいのだろう、一体、何匹いるんだろうというひぐらしがすぐ近くで一斉に鳴きだす音はすさまじい。高い、金属音、耳がその音に振動するようだ。眠りは破られる。今、あのしんとした時間、ただひぐらしの音に身を浸し、一人ベットに起き上がっていた自分が、はるか遠くに見える。 時過ぎた今、明け方のひぐらしを聞くことは滅多にない。

 5月22日 「なんなの、ツバちゃん」 どんよりと曇った薄ら寒い天気の午後、郵便やさんのバイクの音がしたので、ポストを見に行った。玄関先で届いていた3通ほどの郵便物を見ていると目のはしにふわりと黒いものが見えた。あ、もうアゲハが出たのかなあ、早いなあと思いながら、それを目で追うと、黒いものは私の足から1メートルあまりのところ、地面の上に優雅に降り立った。え、ツバメ、だ。ほんのり墨色にけぶった羽の色はまだ子供だろうか。私にまっすぐ背を向けて、首を右、左に傾けている。その首にすこうしだけ赤いところが見える。「なあに、何の御用?」と聞いても首を左右に振るばかり。その傾けた拍子にちらりとこちらを見ているようでなにか言いたげに見える。私から何度か声をかけたのだけど、もちろん返事はなくて、それでも、声は聞いているように思える。4度目かに「なあに?」と聞いたら、すーっと飛び上がって空へと消えた。一体、なんだったのだろう、あんな近くに来るなんて、それにツバメが地面に降りてるのなんて見たこと無い。 玄関内へ巣をかける間借りの打診は、玄関前で低く飛びながら「ぴちゅくちゅ」とさえずるのがいつもなのだけど、それじゃあらちが開かないので、直談判に降りてきたのかしら。でも、どうしてもそういう感じではなくて「あ、ちょっと用があるのですが、あ、いえ、たいしたことではなくて」と言い出しかねているようなふいんきだったのだ。何の用だったのか、話のできないのがもどかしい。

 5月14日 「筍と猪」 毎夜、8時頃になると裏の竹やぶが騒がしくなる。イノシシが筍を食べている音だ。ベキベキ、ガサガサ、キュルキュル、などという移動する時に出る音、筍を引き抜く音、食べる音。派手である。「あ、今日もお食事中、まだ、筍でてるのかな、明日になったら見に行こう」と思う。近年、暖かい気候になっているのか筍の出る時期も少しずつ早くなり、今年は4月半ばにはこの音がし出した。それっと見に行っても、あるのは大きな食べ跡の穴だけ。まだ、地中深いところに出始めた筍を匂いで探して穴を掘り、彼らは食べてしまう。人間にはまだ見つけられない頃だ。しばらく毎日見に行っていると雨後、あとらこちらにイノシシが食べきれなかった筍がちらちらと頭を出しているのを見つけることができる。それから、その日見つけた5、6本を時々食卓にのせることができるようになる。一番、美味しくてあきないのは、薄味の出し汁とおかかと鷹の爪であっさりと炊いたものだ。これはこの季節のごちそう。もう、何回、炊いて食べたかしら。イノシシと競争の筍堀り、けっこう面白い。ここニ三日、雨が続いているので今度晴れたらまた見に行ってみよう。もう今年最後の筍が出ているかもしれない。 竹はさやさやと優しげな風情だけど、筍は猛々しいまでの勢いで生えて来る、ちょっと見つけるのが遅れると、天を刺すようなこげ茶色の槍と化す。それを放っておくと屋敷が竹に占領されてしまうので、せっせ、せっせと竹藪巡りをしなければならない。イノシシが食べてくれてちょうどいいくらいなのだ。でも、あまりすぐそばにあの牙を持った大きな獣がいる、というのはちょいとぞっとする話なのだ。ばったりと出会わないことを願う。

 2004年4月8日 「散り行く」 相談ボランティアに行っている病院の駐車場から近くの古刹が桜でかすんでいるのが見えた。ここは私の手術した病院で8年前からその桜を見ている。今年は花が早かったのでもう散ってしまっただろう、お花見は無理かな、と思っていたのでうれしくなりてくてくと歩いてお花見へ出かけた。小高い丘の上、観音堂のある展望台で寺を覆う花を見ていると、冷たい強い風が吹いて木々がざわめいたとみるや、桜吹雪が湧き上がって私を通り過ぎ、空へとねじれた帯のように斜め上へ昇っていく。一瞬、全身が花に包まれ通り過ぎ天へと昇っていく。私の中からもなにかが抜け出て共に昇っていく、どこへ、そこへ、そこへ。 青天の空に薄紅の竜。この世にはかく美しいものがあったのか。

 2004年2月16日 「淡雪」 春一番が吹いたというのに、昨夜から朝にかけてさらさらと雪が降った。景色はうっすらと雪化粧。まだらにそこここに昼まで残っていた。同じ雪なのに真冬に降る雪を違い、優しくあわあわと消えてしまう。眺めていても寒さよりも来る春を感じさせ、暖かい感触まである。季節というのはおそろしくきっちりとやって来て、人はその到来をしかと受け止める。梅の蕾もふくらみ、空気はなごんでかすかにかすみ、地面も柔らかくなって芳しい土の香りが立ち上る。春は来るのだなあ、人の想いと重なって、あるいは無関係に。山の雑木の枝先もぼうっとかすんできた。今にも新芽を吹き出さんと待ち構えているのだろう。

 2004年1月3日 「初詣」 一日には近所の氏神様にお参りにいった。静かな山里のこと、新年といっても村の役員が詰めているくらいで何も通常と変わりはない。初詣の気分を味わおうと山を越えて奈良の春日大社に三日に詣でた。ここは滋賀、京都、奈良、三重をそれぞれの方向に走るとすぐに他県になってしまう。それぞれのはしっこが繋がっている場所なのだ。奈良へも山越えの細い道を通ると一時間もかからずに着く。それも大仏殿の裏の山手から入っていくことになるので、峠にでるとその大仏殿のシビが黄金に輝くのが一番に目に入る。なぜか、ひどく親しげな気持ちがしてしまうのだ。飛鳥、南都、斑鳩、山の辺の道、親しく感じてしまうのだ。万葉集が好きな少女だったからその頃からの想像の世界がその親しさの元なのか、それとも何かあるのだろうか、と思う。あと、比叡山にも親しさを感じる。呼ばれている、と感じるのだ。 奈良に行ってシビが見えると帰ってきた、と感じてしまうのだ。 さて、春日さんにもうで、恒例のおみくじを引くと「大吉」だった。病を得てから大吉が多くて、そうじゃないと以外な気持ちになる。それでも、やっぱり年の始めの「大吉」はうれしい。希望が大きければ困難も大きい、それでも勤め励めば叶う、と。「うん、行こう」、と思った。

 12月22日 「冬至」 この日はかぼちゃを食べて柚子湯に入る。一年、風邪をひかないとか。夕食に出したかかぼちゃの煮物は美味しくできた。あとは柚子湯。その黄色い果実を浮かべた湯船に浸かる。かすかな香りに物足りず、柚子の皮に爪を立てるとぱあっと甘く清々しくあの香りが浴槽に満ちた。その香りに浸りながら首を浴槽の縁にもたれさせて、身体の力をぬくとほーっと魂までも湯船に浮かんでいるような心持になる。ぬるめだった湯を熱くしようと蛇口から90℃の湯を落とす。その落とし口にちょうど果実があり、落ちる湯の下でくるくる回る。回るたびに香気が立つ。くるくる、くるくる、柚子が回るたびに香り立ち上る。この浴槽にただ一人。世界にたった一人、あるのは香りだけ。夜更けて、ベットに滑り込んだ時、肌からまたその香りがふわりと立った。

 11月28日 「今年の紅葉」  今年の秋は暖い。今夜も11月の末だというのに暖かい雨がしゃらしゃらと降っている。窓を開けて暖房もつけずにその雨の音を聞いている。11月になってからも、半袖で歩いても汗ばむような日が何日かあった。低山が連なっている山里は秋と春、地から湧き出たような色彩に包まれる。春は緑にに秋は茜に。それを毎年楽しみにしているのに、この秋はどうだろう。木々の葉は、冷えたと思ったら季節がもどったような暖かさが来る、という繰り返しに戸惑ったのか、赤くも紅くも黄にもならず、すすけたような色になって降り積もる。山は濁った色にまだらに染まって、情けない様相だ。どのみち来る厳しい冷え込みの到来が遅れるのはうれしいけれど、それでも、毎年の楽しみを奪われたようで少しさびしい。さてさて、春の緑を待とうか。

 11月4日「文化祭と野の花」 11月3日の文化の日に、地区文化祭があった。婦人部役員なので連休の3日間毎日、公民館へ通った。1日は婦人部が展示する花を生けに、2日は生けた花の展示と文化祭当日にふるまうご馳走の準備。ちなみに、メニューは杵でついたお餅(あんこ、きなこ、大根おろし)、焼きソバ、である。当日の3日は朝から大忙し。もち米を蒸す塩梅なんて知らないので、ああでもない、こうでもない、と大騒ぎ。焼きソバに入れる山のような野菜を次々と切る。しかし、わあわあやっているようでいて、婦人部会員の協力で流れるように仕事は片付いていく。誰が仕切っているわけでもないのだが、その時々で適切な意見が誰かしらから出て自然に「出来上がって」いくのだ。不思議だなあ。 ところで展示した後の花は各自、自宅へ持ち帰る。それで今、家は花があちこちに生けてある。鮮やかな洋花がほとんどなので、じつに豪華である。しかし、私はぱあっと豪華でも、鮮やかでなくても洋花より、野に咲く花が好きだ。季節、季節にちゃんとひっそりと咲いている花。家の裏を歩いていたら、筆竜胆の灰色がっかた紫が見えた。この花は丈が短いので他の草に埋れるようにして、それでも自分の紫をはっきり主張している。それから、ほととぎす。なりは小さいがこの花は目立つほうかもしれない。鳥のほととぎすの胸の模様に似ているという斑点が絶妙の配色だ。この花も赤紫なのだが、筆竜胆よりは淡い。どちらの紫も美しく、余韻のある色である。洋花にはこの余韻がない、と思うのは私だけだろうか。

10月5日「三匹の金魚」 8月のある日、近所の老人ホームで地区の夏祭りが行なわれた。今年は地区婦人部の役員なので一日たこ焼き屋と化して、たこ焼きを焼きつづけた。そこで他の部員から「このあたりでは一家に一台たこ焼き器」と言われ焼き方の伝授してもらった。たくさんのお客さんが列をなし、大盛況。皆、汗みずくになって働いた。日暮れて、盆踊りがあって、花火があがって、その間、焼いて、焼いて、焼きまくる。その一日が終って祭りの後。帰ろうとすると、金魚すくい係の子供会役員が呼び止めた。「金魚、持ってって」。用意した金魚が残ってしまって困っているのだ。希望者はそれぞれ例の夜店の金魚を入れるビニールの袋に入るだけの金魚をもらって帰った。10匹以上は入っていたとおもうのだけど、あんまりわんわんに入っていたので数えられず。その金魚を家の池に放した。今までも、縁日の金魚を何度か放したことがあるのだけど、いつの間にか全滅。おばあさんはイタチが食べた、というのだが本当だろうか。今回も、毎日池を覗く毎に減っていく。2匹は死んでいたのをすくって埋めたが残りは一体どこへいったのだろう、誰かのお腹の中だろうとは思うけど。さて、しばらくして3匹が残った。この3匹は動きが素早い。金魚ってこんなに速く泳げたっけ。それに何を食べてるのかしら。ある日池の端に座り込んでじいっと観察しているとさっと隠れた物陰から順次そろそろと出てきて3匹ならんで池の底に顔を突っ込み、砂を吹き上げてえさを探している。飼われていたときはえさは上から降ってきただろうに、ぱらぱらとパン屑を投げ入れてもしらんぷりしている。ううむ、君達はこの場所になじんだのだなあ、と感心してしまった。そして、秋も深まったある日、ふとみると三匹の金魚は成長して、夏よりずんと大きくなっていた。どこまで育つかしら、楽しみだこと。

 8月26日 「ふるさと」うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川。今、私の住まいする山里はまさにこう歌われる日本の故郷そのままだ。ぐるりを低い山が囲み、その真中を川が流れる。その山際に純然たる日本家屋の集落が点在し、平地には一面の田んぼ。この季節トンボが群れ飛び、うさぎだって鹿だって、そのあたりをうろついている。が、私の故郷はここではない。ある意味ただ一つの日本の大都会、東京である。文京区千駄木で産まれ、世田谷で育った。高度成長期の東京、キャベツ畑が広がっていた世田谷の家の周辺はあっという間に家々が立ち並び、夕焼けに黒々と聳える富士の山はすぐに見えなくなった。そして明々と点るオリンピックの聖火は目に焼きつき、目の前の甲州街道にアベベが走り去り、その上にできた中央高速道路。西新宿に立ち行く高層ビル群。めまぐるしく変化する首都。引越してから数年は山里から時折帰るときに新幹線が新横浜を過ぎるあたりから、どきどきと胸が高鳴った。せせこましく立ち並ぶ家々、増えてくるビル。その中で暮らすたくさんの人々、懐かしい私のなじんだ世界。そして、新宿の超高層ビル群がにょきにょきと見えたとき、「ただ今、私のふるさと」とつぶやいたものだ。人の数だけ故郷はある、と誰かが書いていたっけ。

 8月13日 「盆の入り」 この山里では旧盆、今日が盆の入りだ。今までは、舅、姑がしてきたことを、二人の足腰が弱った今年からしなくてはならない。まあ、若嫁さんのお寺デビューというところか。世間一般からすればすでに若くは無いのだがお寺に行ってみれば、若い、若い。先輩方のすることをまね、あちらこちらに頭を下げ、教えを乞うて、目立たぬよう隅っこにいる。それでも、村のおばあさん達の噂話には「キンカ堂の若嫁さんが、きはったで」と話題を提供したことだろう。おばあさん達にとってみるとお寺は社交場であって、その場を嫁に譲るのは、どうも複雑な思いがするようである。こちらは呑気なもので、できるだけ参加を先延ばしにしたいと思っているのだが、うまくいかないものだ。今時の嫁は地域外にも活動の場があり、お寺に行くのが楽しみなんてことはないのだから、この先、お寺の存続は難しかろう。真の信仰に値するのかが問われるのでは、などと考えているのは私だけか、、、。さて、本日の行事を紹介。1家を掃除 2仏壇掃除 3寺のお墓と仏壇の花を整える 4お供え(夏の野菜 かぼちゃ、とうもろこし、ししとう、なす、きゅうり等)、ぼた餅、葡萄、菓子、それらを美しく飾る。 5 寺へご先祖さんをお迎えに行く。お経の後、小さい卒塔婆をいただいて、ろうそくから火を分けてもらい、それを消さぬよう、家の仏壇に持って帰る。6その卒塔婆を仏壇に飾り、寺からの火でろうそくに火をつける。7 ほどなくお坊さんが来てくださり、お経を上げる。8 お布施を渡し、お帰りいただく。9 日暮れて迎え提灯に火を入れて軒に下げる。さて、これでご先祖さん達がいらしたので、仏壇の火を絶やさぬよう、そしてお帰りになるまでご接待するのだ。供える食事は毎日ちがって、今日はぼた餅とかぼちゃの炊いたん、明日はそうめんで、あさっては団子と決まっている。15日の夜、お寺で送る行事があり、また卒塔婆を持っていくのだ。3日間の盆の行事。家々から「ぽくぽく」と木魚を叩く音が高く聞こえる。 なお、お寺の檀家はこの集落だけで、徒歩3分の場所にある。                                                                              

 8月1日 「梅雨明け」 気象庁発表では26日に関西地方は梅雨明けしたことになっていた。が、感覚としては、「まだどうしたって梅雨よねえ」というお天気だった。しかし、昨日31日、昼頃からさしてきたきた光は夏、の太陽だった。梅雨の晴れ間とどう違うって、空気の粒子が違うのだから、景色が変わって見える。肌にあたる光もぴりぴりと強い。そして夜も晴々、満点の星。天の川が中空をわらわらと流れ、夏の星座たちがすっきりとたち現れていた。今朝は朝からどんどん気温があがり、昼にはなにもしなくても汗ばむ陽気。窓から見える裏山の木々が、風に揺れるたびに葉の一枚、一枚に光が当たって緑に光る。この反射は夏のもの。そして日暮れてふと気づくと、聞こえるのは蛙の合唱ではなく、虫の声に取って代わっている。リ、リ、リ、シャラシャラ、ひそやかな歌。夜は一足飛びに秋の気配。さて、では蛙はどこへいったのか、命を次の世代へ渡したのか。ともあれ、 肌でじかに感じた昨日の昼が私には「今年の梅雨明け」。

 7月22日 「ヤモリのお腹」 ヤモリは比較的どこでも生きることができるのか、山里ならず、友人の東京は新宿のマンションにも出没するということだ。食べる虫に事欠かなければ贅沢は言わないたちなのかもしれない。この家の回りにも何匹もいるようで、というのも日暮れて灯りをつけるとそこに必ず、一、ニ匹は見かけるからだ。私が彼らの食事を眺めているのは浴室のガラス窓、失礼ながら裏側からだ。表から見ると肌色と灰色の中間、ゴムみたいな色と感触の身体に、金属の赤を静めた黒い目がぽちっとついていて可愛い奴なのだが、裏側から見ると、お腹は白っぽくて、ぱっと放射状に広がった手足の先にまあるい吸盤がついている。吸盤だけでなくお腹もぴたっとガラスに張り付いていて、なんだか滑稽。虫を捕らえるときも、張り付いていながら移動するわけで、仕方がないのだろうがぱたぱたと音を立てながら、一目散に走っていくので笑えてくる。そんな狩りでも、虫のほうが光に目がくらんでいるので、捕らえられてしまうのだろう。でも、なかなか苦労しているようだ。灯りのともる窓は大事なえさ場らしく、二匹目のヤモリがやってくると、最初の主は虫をそっちのけで縄張りを主張し、追い払いにかかる。そうなると、もう、ばたばた運動会がはじまる。一日の終わりにゆったりと湯に浸かりながら、そんな景色を眺めていると腹の底から、じわっという笑いが浮かんでくる。食べらてしまう虫も含めて、あなた達も生きているのねぇ、と声をかけたくなるのだ。

 7月2日 「蛍の出迎え」  しばらく家を留守にして夜更けに戻った。そのとき裏山に続く道の脇、木が茂りはじめるあたり、高いとところに光がみっつ。暗闇に物の形がぼやけた中、ひかーひかーと静かにそして毅然と光る。ああ、蛍が迎えてくれた。白でなく青でもなく、常世を思わせる。この光を病室に届けたいと思ったことがあった。「美しい」と言ってくれたであろう人に。が、実行はしなかった。そこに長く閉じ込められたその人が捕らえられた虫とわが身を引き比べるのではないか、と。今思えば私は怖かったのだろう。あの病室、死の気配が濃厚に満ちた暗闇で、ただ二人、この光を見てしまったら、こちら側、生者の世界には戻ってくることはできないとどこかで感じていたのだろう。私は生きたかったのだ。あれから三年、今日は命日。

    このひかり 誰(た)ぞの想いか 幽の虫

 6月18日  「栗の花」 山の木々は緑の濃淡に紛れて、常にはどこにどの木があるのやら判然としない。年に一度その存在を主張するのは花咲く頃。今、それが目立つのが栗の花だ。植栽してあるものなど滝が雪崩れるようにクリーム色の細長い花房がしだれて、葉の緑を覆っている。柿にも当たり年があるのだから栗にあってもいいようなものだが、今まで栗の花付きに気を留めたことはなかった。裏山にも山栗があるのは、秋にぽつんと実が落ちていることで知れたが、どれがその木やら分からなかった。今年は裏山に数本の栗が花をつけ、「私はここ」といっている。「ほう、そこにも、ここにも」と目を細めると、風に花房が上下に揺らいでおじぎをする。このぶんだと、秋にはたわわなみのりがやってきて、地面が栗の実だらけ、なんてことになったらいいのだが。そうしたら山の住人達、イノシシ、タヌキ、リスどもに負けずと収穫してせめて栗ごはんなど食したいものだ。先の楽しみはささやかなものでも生きる糧である。

 6月3日 「あさぼらけのカッコウ」 ふいと目が覚めると、「カッコウ、カッコウ、カッコウ」とまだまどろんでいる頭に声が届く。あ、カッコウが鳴いてる、とぼんやり思う。「カッコウ、カッコウ、カッコウ」とかなり近くで鳴いている声がはっきり聞こえる。それに伴って頭もはっきりしてくる。カッコウは裏山をあちこちと移動しながら、鳴いているようだ。声は近くなったり、遠くなったり。はて、ここでカッコウの声を聞いたことがあっただろうか、としばし考える。記憶に無い。高原に遊びに行ったときや、山登りのときは良く聞いたけど、ここらには飛んでこないのだと思っていた。今年はどうしたのかしら、ちょいと変り種が河岸を広げたのかしら。移動の途中かしら。その間に声は遠くなり、聞こえなくなってしまった。時計を見ると6時前。起きるには早いと、また、目をつむる。そのまどろみの中に、なにやら呼びかけるような楽しげな、優しい声が残っていた。二度寝のお供にはもってこいのあったかさ。

 5月21日 「ホトトギス」  ほととぎすの初音を聞いた。舅が救急車で運ばれた病室の窓の外。するどく鳴くこの鳥の声は、状況にそぐわず落ち着き払った舅と、それを見守る家族の困惑がなじみあっていないその場に、切り込んでくるようだった。窓の外は緑を増した木々が初夏の風に揺れている。とっきょきょかきょく(特許許可局)とはよく言い表したもので、破裂音を叫ぶようなけたたましい声は『喉から血を吐く』こともあろうかと思われる。今まで、これほど近くその声を聞いたことがなかったので、やっと、この鳥の声に対する表現に合点がいった。遠く、森の奥から聞こえてくる時はなかなか素敵な声だと思っていたが認識が変わってしまった。人様の巣を横取りすることも、さもありなん、と思えてくる。しかし、他人の巣に入ってそこにある卵を蹴落として自分の卵を産むなんて高等テクニックをまあ、いつから学んだんだろう。 我が子とは似ても似つかぬほととぎすのヒナを育てる託卵されたほうの親鳥と共に、実に不思議な営みではある。それらはさておき、ほととぎすの鳴き声は今が初夏という季節だということをきりりと教えてくれる。

 5月15日 「カエル」  4月の中頃、それまでと違った生暖かい空気が感じられる夜、庭のどこやらで、戸惑い勝ちなカエルの声を聞く。ケ、ケロケロ、ケロ。一匹だけの声はまだ季節はずれで、か細い。土から這い出ては来たものの、「あ、ちょっと早かったか」と回りを見回しているようだ。その日から、暖かい湿った空気の晩毎にカエルの声は増えていく。二匹、三匹。そして遠くでもかすかに聞こえるようになった、この時期にはそうない蒸し暑い夜、爆発的にその声は増える。乾いていた水田に水が入り田植えの終わった今、夜毎にウワンウワンといううなりになって、彼らは鳴いている。農村の夏の夜は騒がしい。東京下町育ちの友人が遊びに来て、一晩うるさくて眠れなった、と言った。さて、かく言う私も生まれも育ちも東京。彼らの声は子守唄。そういう人間だからここへ来たのだろう。

 3月30日 「つばめ」      
漆黒の瞳を持った愛くるしい鳥が南風に乗って、かっきりとやってきた。ピチュクチュと高くさえずり、鋭角に空を切り取りながら飛び回る。春だぞ、春だぞ、ちぢこまっていないで動きだせ!と誘っているよう。玄関の戸を開けておくと、どこからかやってきて、中を窺うように低く飛ぶ。巣をかける場所を探しているのだ。このあたりに来るツバメは、玄関の中に巣をかける。庭に池があり蛇が住んでいるのを知っているようだ。蛇は卵やヒナを狙う。 玄関の前をクチュクチュと鳴きながら飛び、「いいですか、入りますよ、巣を作りますよ」と聞いているように思える。そういうときは「だめ、外はいいけど中はだめ」と言いながら、戸を閉める。すると彼らはさあっと飛び去ってしまう。一度、巣を作り出したら、もう、追い出すわけにはいかない。子ツバメが巣立つまで、ずっとお守りをしなければならない。朝、夜が開けたら「朝です、外に出してください」と騒ぎだす、夜は彼らが帰宅して巣に入るまで戸は開けっ放しである。暗くなってちんと巣に収まり、「さあ、閉めてください、危ないですから」という顔をしてこちらを見る。子ツバメが育っていくのを見るのは楽しいので、巣をかけるのは歓迎なのだが、家人が毎日家にいる時は良かったけれど、今は締め切って出かけることも多いので、「いかがでしょうか」という間借りの打診のうちにお断りしている。 それでも、これから初夏まで戸を開けておくたびに、どこからか目ざとくやってきて「いいですか」と聞くツバメは一体、毎年同じツバメなのか、その子供なのか、仲間内で情報伝達しているのか、不思議ではある。絶対、人間は自分達を守ってくれる、といつから知ったのだろう。以前、玄関内に巣をかけていたツバメの、こちらを見つめる漆黒の目はゆるぎのない信頼で満ちていた。

3月26日 「梅」
屋敷内に梅の木がたくさんある。ざっと数えてみたら11本。どこから山なんだか庭なんだかわからないような有様なので、藪の後ろにでも、もう少しあるのかもしれない。その木々に、白い花が咲き出した。日当たりの加減か、地力の違いか、同じ種類の白梅なのに、木によって花の咲き加減が違う。七分咲きのものから、まだ蕾の固いものまで、一本、一本、違う。木にもせっかちとのんびりの気性があるのだろうか。
 かの虎屋の羊羹に「夜の梅」という銘がついた漆黒の羊羹がある。子供の頃、なぜ黒い羊羹が「梅」なのか、まして「夜の」なのか不思議でたまらなかった。この家に住まいするようになって何年かたったある雨後の湿りがまといつくような春の夜更け、ああ、そうかと合点がいった。暗闇に満ちた香り。目をこらすとぼうっと白い花が闇に浮かんでいる。その時あの黒光りするずしりとした羊羹を思い出したのだ。濃き香り。

知人から亡き人が大切にしていた、という梅の写真が届いた。
返し、    まぼろしに 添いてかおるや 夜の梅

         3月24日 「水仙」 
冬、朝晩マイナスになるここでは、土は凍てついて固く白っぽく見える。その土が気温のゆるみにしたがって堅さがゆるみ、色も黒々としてくる。花壇の土の変化に気付くころ、ツンツンと緑が顔を出す。水仙の芽だ。その芽は日を追うごとにツンツン、ツンツンと伸びやかに庭のあちこちに生え出し、そこここに緑の小さな塊ができる。その塊のなかに葉ではないまっすぐな茎があるのに気が付くのは、その先に蕾のふくらみがついていることが分かるほど、そのラクビーボールのような紡錘形がふくらんだときだ。 葉の延びにしたがってそのボールもふくらんでくる。今はいまにも割れそうなボールとちょっとだけ先が割れて黄色の覗いた花たちが混ざり合っている。
まだ、蕾の固いころ、いくつかを切り取って細いビアグラスにいけてあった。キッチンのちょうど目線の先にグラスは置いてあったので、あるとき食器を洗いながら水仙を見ると、蕾の一外側が完全に透明になってぎゅうっと折りたたまれた花が窮屈そうに押し込められているのが透けていた。透明な皮膜は強固に見えて、かつ弾力も感じられる。この花は胞衣(えな)を破って産まれてくるのだ、と知った。


  3月16日 「初鳴きと死骸」
14日に鶯の声を今年お初に聞いた。 一声、ふた声、ケキョ、ホーケッ、二階の少し開けた窓の向こう、裏山の竹やぶから聞こえた。鶯はいきなり「ホーホケキョ」と鳴くのではなく、また一年中鳴いているわけでもない。春の気配を感じる頃、練習を始める。
それはかなり間抜けな声で聞いていると「ふふ」と笑ってしまう。
ケ、ケ、ケッキョ。 ホ〜、ホ〜、クッ。短い声から練習を始めてだんだん長く、澄んだ声になってゆく。 竹やぶのあちこちから美しい声が聞こえるのははて、竹の子の出る頃だったか。
 ところで、次の日良いお天気だったので散歩に行った。 田んぼの脇をとおり川の脇を通り。集落にある細い舗装道路を歩いている時、ふと路上になにかを見つけた。近寄ってみると、鶯が一羽、落ちていた。くちばしを前に伸ばし、足を後ろに伸ばし、しっかりと目をつむって死んでいた。「どこから」と思わずあたりを見まわしたが、そんなことはわからない。持ち上げてみると、まだ身体は硬くなっていなくて、ある重みが感じられた。野鳥をまじかに見ることはそうないことなので、顔を近づけて、まじまじと見てしまった。鶯はウグイス餅みたいな明るい草色ではなく、深い苔色に明るい黄色を少し射したような地味な色合いをしている。地味ながら、美しい。その美し羽に軽く触れたあと、横にあった公園の桜の根元、落ち葉が積もった下に死骸を隠した。静かに土になって、花と咲くだろうか。


  2003年3月14日「オオイヌノフグリ」
冬の冷たさにそろそろ嫌気のさす頃、ひだまりに鮮明な青い小さな花が咲いているのを見つけます。7,8ミリの小さな花が青空を写したように輝いてはっと春の近いことを感じます。地面に色の無い時期、一番に咲くから気が付くことができる、小さな花。地に張り付いたような葉のかたまりに乗って、緑の空に星が輝いてるように見えます。かがみこんでまじかに見ると、五弁の花びらは蒼く、その中に濃い群青の線が入り、白い花弁がさわやかです。今年、初めて見たのは二月の下旬だったか、三月に入ってだったか。今は、庭の日向(ひなた)や、たんぼの畦にこれも小さな群落を作っています。ああ、春が来た、とおもう花、です。

ところで、イヌノフグリのイヌは犬で、フグリは、えっと、信楽タヌキのおおきなあれ、のこと。種が似てるのだそうですが、犬のふぐりなんて観察したことないし、種のできる頃は他の草々が成長してこの花は埋れてしまうので、種も見たことがありません。 さあて、ほんとに似てるのかんしらん。