BEAR02 ヒグマと遭遇・石狩岳  BEAR02

 

1999年7月22日〜23日    音更岳・石狩岳登山記録

 

表大雪から眺める石狩連峰は、沼の原の背後に屏風のように連なっている。その沼の原から石狩連峰を見上げると今にも覆いかぶさってくるような錯覚を受ける。石狩連峰には小ピークが多く、今まで何度も地図を見ながら石狩岳や音更山、川上岳やニペの耳などの山座指定を試みたが、特徴のある山頂も無いことから自信を持って「あれが石狩岳の山頂です」と言えないでいた。このイライラを解消するため、自ら石狩岳の山頂に立つことにした。三国峠を越えて東大雪に入るのは1990年夏のニペソツ山登山以来である。

 

ブヨ沼キャンプ地、恐怖のテント泊!

 

 1日目 朝6時、車で札幌を出発。層雲峡を抜けて三国峠に着く。峠は完全舗装になり、砂利道を埃まみれになってバイクで走った9年前を思い出しながら休憩所でうどんを食べる。目の前に見えるニペソツ山は、手前の天狗岳と重なり合って、あの屹立とした鋭鋒の姿を隠している。クマネシリ山塊を見ながら十勝三股まで下る。十勝三股からは右に石狩連峰、正面にニペソツ山やウペペサンケ山の大パノラマが展開する。

 

林道入り口の入山届出所にある記入帳は、古くから置いてあるせいか記入欄が満杯で、表紙の裏にまで名前が書かれていた。仕方なくメモ用紙に行動日程を書いて置いて行く。札幌から247kmを走ってユニ石狩岳登山口に着く。林道脇に車を寄せて車外に出ると、どっと暑さが押し寄せてくる。車のラジオでは、今日の十勝地方は今年一番の暑さになると言っていた。登山靴に履き替え、熊よけの鈴と火をつけた蚊取り線香をザックにぶら下げる。忘れ物が無いかを確認してから出発。

 

しばらくは作業道跡を強い陽射しを受けて歩く。ところどころ笹が生い茂り道を細くしている。樹林の中に入り、傾斜もきつくなってきたころ水場に着く。細く流れる沢水をたらふく飲み、のどの渇きを癒す。一息ついたので腰を上げ、針葉樹林の中を歩き出す。道はジグザグから直登に変わり、暑さもあって一服ごとの登りとなる。

 

針葉樹林を抜けると視界が開け、ニペソツ山やウペペサンケ山が目に飛び込んでくる。ハイ松とシャクナゲが多くなり、風も少し出てくる。ほどなくするとユニ石狩岳の見える平坦地に出る。この辺りまで登ると十勝の山々が一望できる。十石峠までひと頑張りだ。ついに十勝と石狩の国境稜線にある十石峠に出る。快晴だが風があり、汗ばんだ身体に心地よい。まわりをぐるっと見渡すが、登山者らしき姿は目に入らない。静かな峠に風の音だけが通り過ぎていく。原始の山に分け入ったという実感が、静かにゆっくりと恐怖へと変わっていく。

 

 

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十石峠、後ろはユニ石狩岳

 

鋭鋒・ニペソツ山、遠くにウペペサンケ山

 

ブヨ沼キャンプ地、熊の恐怖でブルブル

 

 

峠から音更山を見上げると、その高度差と距離が大きく感じられ、明日の行程を不安にさせる。時間に余裕もないのでユニ石狩岳は登らずに、ブヨ沼キャンプ地に向かう。ブヨ沼までは2つの小ピークを越える。ブヨ沼手前のピークからは音更山や石狩岳が圧倒的な量感を持って迫る。足元にはコマクサが風に揺れている。

 

音更山の登山道を目を凝らして見るが、誰も歩いてはいない。どうやら一人ぼっちのキャンプになりそうだ。ブヨ沼へ下る途中、何かがキャンプ地を横切るのが見えた。まさか熊ではという思いが意識の隅から離れなくなった。ブヨ沼は名前の通りで、小さな沼の周りをブヨや蚊が渦を巻くようにして飛んでいた。沼から少し離れた鞍部に残雪を残したキャンプ地がある。湿った地面にはくっきりと鹿の足跡が残っていた。しかしキャンプ地に吊るされている営林署の「注意呼びかけ」には、「最近熊が出没しました。由仁石狩登山口にある監視小屋を利用して下さい」と書いてある。いまさら監視小屋まで戻る時間はない。そのうち誰かが来るかもしれないと、無理やり楽観的な考えを持つ。腹を決め、地面の乾燥している場所を選んでテントを張る。 

 

テントの中にすべてを投げ入れ、水筒とコッフェルだけを持って水場のあるブヨ沼沢を下る。木陰からじっと熊に見られているような錯覚に陥る。たかが5分くらい下っただけなのに、ずいぶん歩いたような気がした。水筒とコッフェルになみなみと水を入れ、急いでかけ戻る。

 

午後7時になってもまだ薄明るいが、結局は誰も来ないようだ。テントに入り、ほとんど受信できないラジオをかけてからランタンを点ける。それからガスコンロを出し、なるべく匂いを外に出さないようにテントを締め切ってからキムチリゾットの夕食を作る。食欲は湧いてこなかったが、身体が要求していたのか、全部たいらげることができた。恐怖で落ち着きを無くしていたのか、狭いテントの中でランタンの溶けた蝋を2度も頭に被ってしまった。ラジオとランタンをそのままにしてシュラフに入るが、胃がキリキリとしてなかなか寝付くことができない。身体を丸くしているうちに疲れもあってか、なんとか寝付くことができた。

 

 

 

強風の稜線に可憐な高山植物

 

 2日目 午前の1時過ぎ、静寂の中で目が覚める。寝直すが熟睡できない。3時半を過ぎるとテントの外が明るくなり始める。ウグイスが鳴いている。と言うことは近くに熊が居ないと言うこと。またまた楽観的な考えを持つ。テントから外をのぞくと空は明るく、今日も晴れるようだ。朝食も、なるべく匂いを外に出さないようにしてチリビーンズライスと玉子スープを作る。この頃からテントに陽射しが差し込む。

 

食事のあと一服も取らずにテントを撤収する。熊の出そうなキャンプ地にいるより、歩いていた方が余程気が楽だ。5時すぎ、ザックを背負って出発。キャンプ地からはすぐに登りが続く。目覚めていない身体が悲鳴を上げる。音更山の1つ前ピークで一服を取る。ニペソツ山が三角錐の端正な姿を見せている。展望は最高だが、音更山までは一度下ってからの登り返しとなる。結構な下りが続き、これをまた登り返さなければならないと思うと精神的に疲れる。

 

登り返しの途中、谷からの吹き上げが強く、雨具の上着を着る。登山道には花が多く、ヨツバシオガマやシナノキンバイが咲いている。ハイ松帯の中は急登が続き、風の強さもあって結構な労力を強いられる。急登が終わると国境稜線に出る。

なだらかな登りの左奥に音更山山頂。相変わらず風が強い。表大雪はなだらかな稜線に雪渓が美しい模様を描いているのが一望できる。稜線にはイワブクロや真紅の花びらのウラシマツツジ(?)、シシウドを小さくしたような白い花(花の名前はあまり知らないのです)が風に耐えるように咲いている。音更山山頂手前には盛りを少し過ぎたが、チングルマの立派なお花畑がある。やっと山頂。展望はすこぶる良し。ここからは石狩岳のボリュウムが素晴らしい。沼の原の中央にきらりと光る大沼。その奥にはトムラウシ山がどっしりと横たわっている。

 

 

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音更山山頂、右に石狩岳、左奥にニペソツ山

 

稜線の砂礫地に咲くコマクサ

 

圧倒的ボリュウムの石狩岳

 

 

石狩岳山腹、ヒグマ発見に感動!

 

 音更山山頂でしばらく展望を楽しんでから、シュナイダーコース分岐へ向かう。石狩岳を正面に、左にニペソツ山、その奥にウペペサンケ山を眺めながらの稜線漫歩。少し歩くと小さい赤テープが目印のガレ場に出る。ガスの時には迷い易い感じがする場所だ。途中の砂礫地にはコマクサが咲いていて、可憐な花びらが風に揺れている。

 

最低コルまではハイ松帯もあり、伸びたハイ松を手で漕ぐようにして進む。チングルマやコメバツガザクラのお花畑を過ぎるとシュナイダーコース分岐。一服したあと分岐標識の基部にザックを置き、水筒、カメラ、軽食などをナップザックに入れて肩にかける。

 

随分と身軽になった身体で石狩岳山頂へ向かう。急登が続く登山道だが、身軽なことと待望の石狩岳頂上が近いこともあって、音更山への登りとは比べ物にならないほど足が軽く前に出る。途中、左の斜面から這い上がるようにシナノキンバイ、エゾノハクサンイチゲ、チングルマのお花畑が続く。

 

今山行で一番の大群落。知らず知らずのうちに幸福感が湧いてくる。山頂近くになると段々暑くなり、風も収まっているので汗が滴り落ちる。登山道に露岩が現れ始めると、まもなく山頂。ひとかかえ程の露岩に山頂標識が一本。実にシンプルな山頂で好感を覚える。表大雪の山々にある立派な標識とは格段の差がある。しかし静かな名山にはこの方が似合う。

 

ついに念願の石狩岳山頂に立った。降った雨が東に流れると石狩川、西に流れると十勝川。まさに分水嶺と言われる山なみは想像した通りの美しさだ。川上岳、ニペの耳へと続く稜線の左にはニペソツ山とウペペサンケ山。その麓には糠平湖が輝いている。右を見ると手前に沼の原湿原を置いて、表大雪の山々が大パノラマを見せている。

 

川上岳、ニペの耳へと続く稜線を少し歩いて見たい誘惑にかられるが、思いとどまる。山頂の岩に腰掛けて軽食をとり、一息入れてから一時の眺望を思い切り堪能する。何しろ誰も居ないのだからこれに勝る贅沢はない。写真を撮って一段落していると、トムラウシ山の左奥に十勝連峰が見えるようになった。しばらくして最低コル方向を見るとシュナイダーコース分岐に2名の登山者の姿が見える。シュナイダーコースを登って疲れているのか、なかなか分岐から動こうとしない。いつまで居ても見飽きない眺望に名残惜しいが下山を開始する。

 

シュナイダーコース分岐に着くと、頂上から見た2名の登山者は中年の夫婦だった。二人とも腰に山刀を下げ、いかにも山歩きに慣れた格好をしていた。ハイ松の中の道に隠れるようにして石狩岳を見上げている夫婦に挨拶をしてから、頂上に行かないのですかと声を掛けると、男性は石狩岳の山腹を指差して「熊がいます」と返事をしてきた。指差す方向を見ると、確かに沢二つを隔てた山腹に、小熊2頭と親熊1頭が草を食んでいた。分岐標識に置いたザックから双眼鏡を取り出し、じっくり観察すると、親熊の頭は脱色が進んで金髪のようになっていた。まさか自然の中に生息するヒグマを見られるとは思ってもいなかった。昨夜は熊の恐怖におののいたが、今日は感動ものである。しかし、もし山頂に登る前に見たらどうしただろう。山腹の上には登山道があるから多分登頂は諦めただろうし、下山中に見たらそのまま冷静に下りて来られただろうか。あれこれ考えると幸運の石狩岳山頂だったのだと思った。

 

そのうちこちらの話し声が聞こえたのか、3頭は次々と茂みの中に消えていった。距離にして100メートル位離れていただろうか。これが沢一つしか離れていなかったら、震え上がって逃げ帰ったかも知れない。山腹につけられた獣道は随分上まで続いているから、登山道まで行くことがあるのだろうと思うと、背筋がブルッと震えた。

 

 

 

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山頂への道にシナノキンバイの大群落

 

山頂から川上岳へと続く国境稜線

 

山頂にて何を思う・後ろは音更山

 

 

登る気にはならないシュナイダーコース

 

 分岐でしばらく休んでからシュナイダーコースに入る。時間はまだ正午前だ。稜線から21の沢まで一気に下るこのコースは、急降下と言ってよいほどの勾配を持ちストックを使う余裕もない。ザックの底がはね返されて思わず前のめりになることもしばしば。予想以上の難コースだ。余程の軽装備でなければとても上りに利用する気にはならないだろう。「かくれんぼ岩」あたりで後ろから鈴の音が聞こえたと思ったら、分岐で会った夫婦が石狩岳の登頂を諦めて下りてきた。軽装備の夫婦は身も軽く、あっという間に追い抜かれる。

 

それにしても風が無く暑い。石狩岳の頂上はもうはるか上方になっている。「ニペ見の座」辺りは難所だらけで、木の根がはしごの代わりをしてくれる。下方から水の流れる沢音が聞こえてくるが、1時間以上歩いてもいっこうに川は見えない。むせ返る暑さで顔は熱射病のようにほとっている。やっと川に出る。

 

冷たい川の水で頭や顔を冷やすと、疲れきった身体にまた生気がよみがえる。あとは川に沿って緩やかに下るだけ。2時をまわった頃、21の沢出合いに着く。しばらくは流木に腰掛けて、疲れの溜まった足を流水に入れる。あまりの水の冷たさに足の出し入れを繰り返すが、疲れは徐々に取れていくようだ。21の沢出合いからは石狩岳の全容がほぼ見渡せるが、見上げた石狩岳の山頂には雲がかかり始めていた。

 

 

 

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シュナイダーコース途中から石狩岳を見上げる

 

無事に下山。ホッとする瞬間・21の沢出合い

            

                

 

広い河原にザックを置いて、車の置いてあるユニ石狩岳登山口まで林道を歩く。途中で数台のバイクとすれ違う。天然の秘湯といわれる「岩間温泉」に行くのだろうか。土埃だらけになった車に着いてドアを開けると、車内にこもっていた熱気が一斉に出てきた。

 

ハンドルが持てないほど熱くなっていたので、クーラーを入れたままにしてしばらく待つ。河原まで戻りザックを車に入れ、山行で汚れた身体を洗い流すために「岩間温泉」へ向かう。林道の奥まったところに徒歩で300メートルの案内板がある。虫の飛び交う山道を歩く気にもならず引き帰すことにする。

 

入山届出所に寄り、下山日と時間を書き込む。この後、糠平温泉に出て身体の汗を流す。

 

翌日は然別湖にある白雲山、次の日はウペペサンケ山を登り家路についた。

 

 

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