急がば回れ!
定年退職した岳友でもある先輩S氏、今も元気に山歩きを続けている。三日に一度のペースで藻岩山を登り、憧れの名山を登らんと体力の維持に努めている。
ここで紹介するのはそのS氏から直接仕入れた話しである。もちろん酒を飲みながらの与太話しの一節であるが、あまりにも面白い内容だったので、その話の顛末をここに紹介する。
一年前の秋、管理人と一緒に札幌近郊の「無意根山」に登ったS氏、その後の筋肉痛もないことから、三日後に単独で「定山渓天狗岳」に向かった。「定山渓天狗岳」といえば急峻な岩峰の山容が特徴で、その登山ルートは沢地形を遡る。滝の高巻きなど危険個所も多いことから、難易度は中級以上にランクされている。
歩き始めは白井二股の入山届け出小屋から。残念なことに林道ゲートが施錠されていたため、「熊の沢コース」入り口まで車で入ることができなかった。白井川の流れに沿ってしばらく林道を歩くのだが、ゲートから同行した中高年男性が「ここを(定山渓天狗岳)登るのは初めてなんです」と言ったことを聞き流さなかったS氏、元々が世話好きな性格だから、「それじゃあ、私と歩きますか」なんて言って、同行を促したそうだ。
「定山渓天狗岳」の一般登山道である「熊の沢コース」入り口には立派な案内標識が立っているのだが、近道が記憶に残っているS氏は、なんと時間短縮を目論んで手前の林道に足を踏み入れてしまった。実はこの林道、営林署が造材作業に使っていた道で、かつては「熊の沢コース」中間部あたりの渡渉地点に合流していた。今は笹や灌木が生い茂り、途中からは完全な廃道になって道の面影すら残っていない。
管理人が十数年前、オフロードバイクで来た時にこの林道を利用し、ずいぶんと時間を短縮したものだった。その後、管理人がS氏にこの近道があることを教えていたのだった。
S氏と中高年氏の二人、廃道となった林道の先から、生い茂る潅木を手でかき分けるようにして進んだのだが、以前と一変した状況の中で、出口の見えないやぶ漕ぎ状態に陥っている自分の姿を振り返ったS氏、やっと自分たちが迷っていることに気が付いたそうだ。思いもしなかった失態に大きなショックを受けたS氏、それでも気を取り直してやっと元の林道に戻ったという。
正規の登山口である「熊の沢コース」入り口に着いた頃には、当然ながら大幅に時間をロスしていた。半ば強制的に同行させられた中高年氏は口にこそ出さなかったものの、態度から見る限り“怒り心頭”の状態だったそうだ。
「熊の沢コース」入り口からは普段通りに登り始めたのだが、まだ先ほどのショックから立ち直っていないのか、それとも先日の「無意根山」の疲れが抜けていないのか、急斜面になると鉛のように足が重くなり、軽快に登るくだんの中高年氏からどんどん離されてしまった。普段はウシウシと豪快に歩くS氏だが、涸れ沢を登り始める頃には完全にギブアップ状態になり、岩峰を見上げながら溜息をつくようになってしまった。距離が稼げない割に、時間だけが非情に過ぎていく虚しさを存分に味わったという。
それでも何とか頑張ってルンゼ下の急斜面までたどり着いた時、くだんの中高年氏が下りてきてキツーイひと言をS氏に掛けたそうだ。
『あまり遅いので、“また”どこかで迷っているのかと思いましたよ』・・・と。
S氏、この“キツーイ”ひと言で消えかけていた闘争心がメラメラと燃え上がり、なんとか山頂までよじ登ったとのこと。自分で蒔いた種とはいえ、なんとも悔しい思いをしたそうだ。
やはり山歩きは「急がば回れ」が基本のようだ。「近道」という甘い誘惑には思わぬ落とし穴があったという小話でした。
(2005年)
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