洋上の秀峰・利尻山へ

2000年 7月1820

 

山登りの基本は遊び、まず楽しくなければならない。数ある趣味の中で唯一健康的な遊びかも知れない。この山登りという歩くだけのたかが遊びに大金を使うなど到底考えられない。故にいつも自分の小遣いの範囲で行ける山行計画を立てて楽しんできた(本当は金が無い)。交通はバイクか車、宿泊は避難小屋かテント、これが私の山登りの基本。止むを得ずにJRや路線バスを使うこともあるが、年に一度か二度である。まして旅館やホテルに泊まるなど考えられないことである。

これらの理由から利尻島にある利尻山は近くて遠い山だった。しかし今回、我が家の「大蔵大臣様」が利尻山なら同行するということから、何とも贅沢な山登りになってしまった。なにせ我が家の「大蔵大臣様」は避難小屋に泊まるのもイヤ、テントに泊まるのはもっとイヤという御仁なのである。「晴れ女」を自称する「大蔵大臣様」と楽しんだ利尻山、望外の天気に恵まれ思い出深い山行となった。

 

 

登り 5時間  鴛泊コース登山口(北麓野営場)AM6:40〜甘露泉水・AM6:50〜第1見晴台・AM8:15

〜第2見晴台・AM9:15〜長官山・AM9:42〜9合目・AM10:32〜利尻山山頂・AM11:40

 

下り 4時間  利尻山山頂・PM1:00〜長官山・PM2:30〜第1見晴台・PM3:33〜鴛泊コース登山口(北麓野営場)PM5:00

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目の前に礼文島、後ろに利尻山、最高のロケーションの貸し別荘&コテージ

 

risiri 1出発の朝、利尻山をバックに前庭で記念撮影

 

この時期の利尻島は観光シーズンの真っ只中、計画立案が遅かったためにどこのホテル・旅館・民宿も満員で泊まれるところが無い。インターネットで調べていくうちに、貸し別荘&コテージ「カザ・リシリ・ビクトリア」に空きがあることが分かった。1泊2食方式で泊まれるというので、早速2泊の予定で申し込みをした。

札幌から特急「宗谷」に乗り稚内まで行く。フェリーが出るまで少し時間があるので街をぶらつき、昼食を食べる。いたる所にある土産物店をのぞくが、毛がにやタラバガニなどは目が飛び出るほどの値段が付いている。

フェリーのデッキから見る利尻山は厚い雲に覆われて山すその一部しか見えない。ここ数日天候が悪く、それでなくとも気象の変化が激しい洋上の孤島。期待した天候は無理なようである。後は自称「晴れ女」の神通力にすがるしかないようだ。

 

フェリーが鴛泊港に着いてすぐに「カザ・リシリ・ビクトリア」の電話をすると、まもなく支配人さんが車で迎えに来てくれた。支配人さんの話ではここ1週間天気が悪いとのこと、またまた胸中に暗雲が漂う。妻に「明日は雨でも登ろうな」と声を掛けると、何と「私は『晴れ女』ですから、明日は必ず晴れますよ」と強気の返事が返ってきた。

着いた「カザ・リシリ・ビクトリア」は写真で見る通りに小粋な造りの貸し別荘だった。近くに「利尻富士温泉」があるというので、早速自転車を借りて一風呂浴びに行く。露天風呂に入りながら外を眺めていると、見る見るうちに雲が切れて利尻山の全容が姿を現した。初めて見る利尻山は両翼を広げた大鷲のように感じられ、雄大なすそ野を持っていることが分かった。願わくば明日もこの天気が続きますようにと手を合わせる思いだった。

炭火焼店を兼ねる食堂での夕食は、生ウニ、ホタテ、ツブ、タコ、魚の炭火焼。採れたての物ばかりなので味は美味、ついつい生ビールを2杯飲んでしまった。普段は飲まない妻も、肴の美味さに誘われてついゴクリ。明日の行程を考えて酔いの覚めぬまに眠りについた。

 

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「晴れ女」の面目躍如!晴れ渡る利尻山に感激!

 

朝目が覚めてベランダのブラインドを開けると、目の前に雲ひとつかからない利尻山がくっきりと聳えている。やったーという気持ちになって妻に伝えると、「ほらね、私の力よ」とのたまう。人間に自然現象を変えるほどの力などあるものかと思ったが、ここは素直に「さすがだなー」と感心しておいた。

こうなると早発ちしたくなるのが人の子というもの。着替えも早々にして食堂に行って朝食を取る。前の日に頼んでおいた昼食のおにぎりを受け取り、鴛泊コース登山口(北麓野営場)まで車で送ってもらう。普通はみんな5時くらいから登り始めるそうだからかなり遅い出発だという。そのぶん静かな山旅が出来るというもの。なにせ混雑する時はすれ違いが出来ないばかりか、追い越しも出来ないという。山頂近くは細くて急な道が続くからそういう状況が生まれるのだろう。

 

risiri 2甘露泉水で喉を潤す妻

綺麗に整備された登山道を歩いていくと「甘露泉水」に行き着く。名水百選に選ばれただけあって、柔らかく甘さを感じる冷水だった。妻も私も用意してきた1リットルの水筒に水を詰める。これで私は2リットル、汗かきの妻は何と3リットルの飲み物を用意したことになる。まあ背負うのは私だが。

ここからが本当の山登り、ひんやりとした針葉樹林の中をゆっくりと歩いていると、「野鳥の森」と書かれた4合目に着く。ここから6合目の第1見晴台まではダケカンバの中をジグを切っての登りが続く。「こんな高い山、私にも登れるかしら」と心配していた妻も、時おり流れる涼風のせいかすこぶる快調に歩みを進める。

第1見晴台からは展望が開け、礼文島は勿論のこと、水平線の遥か彼方にサハリンを確認することが出来た。ハイマツが多くなってくると登山道に岩が多くなり、間もなくすると大きく開けた岩だらけの第2見晴台に着く。8合目の長官山はもう手の届く距離にある。ひと頑張りすると一気に前方が開け、利尻山の山頂部が目に飛び込んできた。

 

 

risiri 3長官山から見上げる利尻山

 

ここが長官山で、立派な石碑と簡素なベンチの取り合せが妙だ。ここまで約3時間、程よい傾斜の登りが続いたせいか思ったほどの疲れは無いようだ。ここからは稚内も確認が出来、少し雲が出てきているが十分な展望が楽しめた。すぐ横には旧避難小屋の取り壊し跡があり、素晴らしいロケーションの場所にあったことが確認できた。

新避難小屋はここから10分程進んだところにあったが、ロケーションは旧避難小屋に比べると今ひとつのようだ。ここから段々と傾斜がきつくなってくるが別段歩きにくいと言うほどの道でもない。

途中で20〜30人の自衛隊員が下りてきた。長靴にヘルメットとという正装をしていることから、何かの訓練でもあったのだろうか。彼等の姿を見て暑苦しさを感じないのは、この頃から右手の沢よりガスが吹き上げ始め、時おり山頂部を隠すようになっていたからで、立ち止まると肌寒さを感じるほどの涼しさになっていた。

9合目の道標には「ここからが正念場」と書かれていて、それではここまで4時間近くかかったのはほんの序幕程度だったのだろうかと思わせた。それにしても鴛泊コースには楽しい名前が付いていない。沓形コースには「駒犬の坂」「夜明しの坂」「背負子投げの難所」「親不知子不知」等、想像力をかき立てる楽しい名前が各所に付いている。沓形コースとの合流点あたりからはよく滑るザレ道の急登で、記憶にあるだけでも3人の下山者が転んでいた。

小さなお花畑を過ぎると立派な祠が建つ山頂が見える。5時間かかっての山頂、妻の感激もひとしお強いようだ。15人程が祠の周りに座ったり、周辺のお花畑を散策していた。

 

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賑わう山頂とイブキトラノオ      かわいい花びら・リシリリンドウ     南峰方向から見上げる山頂(北峰)

 

それにしてもこの切れ立った断崖の上にある山頂が、厳しい気象条件の中でよく崩壊しないものだと驚く。祠の後ろ側など奈落の底に落ちていくような、それこそ目も眩むような絶壁になっている。この山頂を取り囲むような急斜面に色とりどりの高山植物が咲き乱れているとは、下から眺める険峻な姿からはとても想像出来なかった。とくにイソツツジ、イブキトラノオ、ボタンキンバイ等が満開で、その中にリシリリンドウやミヤマアズマギクがぽつぽつと咲いていた。ガスの中からローソク岩が顔を見せると、写真撮影のために待ち構えていた人たちから歓声が上がった。

 

risiri 8山頂のシンボル、祠の前で記念撮影

 

 

花の名前はあまり知らないが、美しさを感じるだけの情緒と感覚はまだ持っているつもりだ。この美しく彩られたお花畑を眺めていると、長年連れ添った妻が色あせて霞んで見えるようだ(内緒のお話ですよ)。その妻とツーショットで記念写真を撮り、名残惜しいが下山することにする。

よく滑るザレ道を下っていると、崩壊を続ける沢の淵にひっそりと咲くリシリヒナゲシを見つける。通常見かけるケシの4分の1くらいの大きさだろうか。透けて見えるようなうす黄緑の花びらが可憐だ。

 

risiri 4ひっそりと岩陰に咲く・リシリヒナゲシ

 

帰りは眼下に広がる景色を見ながらもくもくと下る。鴛泊港や礼文島は登る時と違って、イヤでも目に入って来る。ダケカンバの林に入る頃、妻は膝に疲れが溜まって来たようで休憩タイムを頻繁に求めるようになった。無理もあるまい、これだけの時間など今まで歩いたことが無いのだから。よく頑張ったものだと誉めてやりたいくらいだ。

甘露泉水から担ぎ上げた水はほとんど手を付けないで済んでしまった。無駄なことと考えるより、山での安心料と考えれば安い物、なにせ山での水不足ほど辛いものは無いのだから。登山口が近くなってきたので携帯電話でタクシーを頼むが、空車が無いと断られてしまったので、登る時と同様に「カザ・リシリ・ビクトリア」さんに迎えを頼むことにする。支配人さんの運転する車で「カザ・リシリ・ビクトリア」に戻ってすぐ、後片付けもそこそこにして「利尻富士温泉」に汗を流しに行く。疲れた足にぬるめのお湯が心地好い。今日の夕食は「ホッケのチャンチャン焼き」と、待ってましたの真打ち登場で「うに丼」が付いた。美味しくて頬っぺたが落ちそうで、贅沢贅沢と念仏を唱えながら生ビールを2杯立て続けに飲んだ。頑張った妻も生ビールをゴクリ。山好きな支配人さんと山談議をしながらの食事は楽しい。その上、ワインをボトルごとご馳走になってしまった。程よい疲れと程よい酔い心地、夢見るように眠りについたのは言うまでも無い。

 

あの味をもう一度と港で「うに丼」、ペシ岬から利尻山にお別れ

 

risiri 9思い出を胸に利尻島を離れる

 

ぐっすりと眠った次の朝、自転車を借りて鴛泊の町を散策。町はまだ眠っているのか観光客で賑わう昼間の喧騒が信じられないくらい静まりかえっている。

夕日ヶ丘展望台まで足をのばしてから宿舎に戻って朝食を取る。2日分の清算を済ませてから支配人さんに港まで送ってもらう。支配人さんの話では、天候が悪いとお客さんに八つ当たりされる時もあるという。別に私が悪いわけじゃないのにとお嘆きであった。

丁重にお別れを言ってからフェリーターミナルに荷物を預け、港の土産店を見て歩く。まだ出港まで時間があるので支配人さんに進められていたペシ岬に登る。妻は途中でリタイヤするが、汗をかきかき上まで登る。登って見て意外と展望の良いのに驚く。鴛泊の港と町が丁度良い感じで俯瞰が出来るのだ。手に取るように見えるとはこうゆうことを言うのだろう。山頂部を雲に隠したままの利尻山にお別れを言ってからまた港に戻る。

港を歩いていると「うに丼」ののぼりを立てた漁協直営の食堂があったので入り、早速「うに丼」と開きホッケを注文する。またまた頬っぺたが落ちそうになる。やはり美味い物は美味いのだ。ふふっ!

 

こうして夢のような山旅は幕を閉じた。私には分不相応な贅沢三昧の山であったが、一所懸命働いているのだからこんな山旅がたまにあっても悪くはないか。ねぇ〜オバサン。

 

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