谷川岳・脱水症状でKO寸前!
1997年 7月25日
「魔の山」と呼ばれる谷川岳。「一の倉沢」や「幽の沢」「マチガ沢」の大岩壁を擁し、多くのクライマーの命を奪っている。しかし尾根道から登る谷川岳は天気の良い日ならハイキング気分で登れるという。勿論、天神平までのロープ・ウェイを使っての話ではあるが。それでも天候の急変しやすい山なので油断は禁物らしい。この谷川岳に一泊予定で出掛けたのだが、水の確保に失敗し「エライ」目にあってしまった。
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圧倒する大岩壁に息を呑む!
藤岡市にあるアパートからバイクで高速道路に入り、赤城P.Aで朝食にカレーライスを食べる。早朝だというのに結構混雑しているのに驚く。今回の山行予定はマチガ沢沿いを登る「厳剛新道」から「西黒尾根」との分岐である「ラクダのコル」を経て山頂に至り、肩の小屋で一泊してから「天神尾根」を下る、行きは辛いが帰りは「ヨイヨイ」の中級コース。 7時30分に水上I.C着。近くのコンビニで昼食のおにぎりやおかず、そしてゼリー飲料2本を購入する。水上温泉、湯檜曽温泉を抜けて山間部を走っていると、前方に朝日を浴びてそそり立つ谷川岳の双耳峰が目に飛び込んでくる。 「土合駅」を過ぎるとすぐにロープ・ウェイ山麓駅に着く。ここから先に伸びる林道はアスファルト舗装の立派なもので、折り返してすぐに西黒尾根登山口の標柱がある。ここから登れば帰りにバイクを取りに戻る手間が節約できると思うのだが、ガイドブックでは樹林帯の登りが続き、尾根に出るまで展望が得られないという。程なく進むと急に視界が開け、マチガ沢が現れる。そのマチガ沢の遥か上方には「トマの耳」「オキの耳」の双耳峰が聳えている。ここから2キロほど進むと目の前に圧倒的なスケールの岩壁が現れる。
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←「一の倉沢」
これが有名な「一の倉沢」かと呆然と立ち尽くす。V字谷の奥に聳える大岩壁は神秘的というのか幽玄とでもいうのか、数多くのクライマーの命を飲み込んだ岩肌は、我々に自然に対する畏怖の念を知らしめているようだ。 まったくその迫力には声も出ない。ただ息を呑んで見上げるしか能の無い人間をあざ笑っているようだ。「衝立岩」「コップ状ルンゼ」「滝沢スラブ」など名だたる岩壁が手に取るように見え、これに挑戦するクライマーの度胸たるや如何ほどのものであろうかと感心する。マチガ沢まで戻りバイクを駐車場に停めてから「厳剛新道」に歩みを進める。
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「マチガ沢」→ 8時20分出発。山頂まで4時間20分の予定だ。雪の重みで根曲り状になったブナやシナの低木の中に、石畳のような登山道が続いている。道は意外と広く、前方にマチガ沢、後ろを振り返ると白毛門が見える快適な道だ。 コースの選択は正しかったようだ。傾斜は段々ときつくなり、後ろから夏の強い陽射しが容赦なく照りつける。木陰に入ると途切れなく聞こえてくるマチガ沢の沢音と相まって一服の清涼感を味わうことができる。 そろそろガイドブックに載っていた水場が近いはず。ザックを軽くする為に水は何も持ってきていない。空のポリタンクが入っているだけである。登山口には沢水が勢い良く流れていたし、マチガ沢のS字状を見下ろす場所でも雪渓から水が流れていた。しかし最後の水場で補給を考えていたためにあえて素通りしてきた。
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最終水場が涸れている!! 水無し登山を決行!
右へトラバースする途中に小沢があったので水を補給しようと思ったが、沢は涸れていて水は流れていない。ガイドブックに載っているぐらいだから水場は涸れるような沢ではない筈。もっと先に水場はあるに違いないと思い登り続ける。喉の渇きに耐え切れず、ついにゼリー飲料に手をつける。マチガ沢を隔てて鋭く天を衝くシンセン岩峰が横手に見え始める頃、大きく平らな岩場に着く。 2時間近く休み無しで登ってきたので、ここで大休止を取る。10分ほど休んでまた登り始めるとすぐに鎖場と鉄梯子が現れた。ガイドブックには最終水場を過ぎてから鎖場と鉄梯子があると書いてあったので、涸れていた小沢が最終水場だったことを知り愕然とする。このまま進むか、雪渓のあった所まで戻り水を補給するかの選択を迫られることになったので、ゼリー飲料だけで山頂を目指し、今日のうちに下山する日帰り行程に切り替えることにする。とても水を補給するために下りるだけの気力は無いし、食料に乾燥米を持ってきているため水無しで小屋泊まりはできないから残念だが止むを得ない。水無し登山になってしまった不安を感じれば感じるほど、照りつける陽射しは強くなっていくようだ。
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←マチガ沢をバックにパチリ 10時45分、「西黒尾根」との分岐である「ラクダのコル」に着く。ザンゲ沢越しに天神平が見え、右手には山頂へ続く岩稜帯がある。沢から吹き上げる風が汗を乾かし、疲れた身体に活力を与えてくれる。 岩稜帯を登り始めると、右手上方に登山者で賑わっている「トマの耳」と「オキの耳」が手に取るように見える。水の無い辛い登山をイヤというほど味わって登っていると、鎖場あたりから前後して登っていた男女2人組の女性の方が、ほとんどバテバテ状態で虫の息になっていた。 磨かれた岩盤のある「氷河の跡」やコブのように突き出た「ザンゲ岩」を過ぎると天神尾根に合流する。手に取るように見えた山頂が意外と遠く、「肩の広場」まで思いのほか時間を費やしてしまった。道標の付いたケルンを通過して「トマの耳」に着いたのが12時25分。分岐から1時間20分のコースを1時間40分もかけて登ったことになる。やはり水分の補給が無い分、体力が落ちているようだ。
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「トマの耳」(左)と「オキの耳」(中央) 「トマの耳」で記念撮影 「オキの耳」から「一の倉沢」を覗く |
ゼリー飲料でおにぎりを胃に流し込む
頂上の「トマの耳」は天神尾根から登ってきた多くの登山者が、丁度お昼を広げているところだった。互いに譲り合って記念写真を撮っていたので、自分も空いたのを見計らって写真を撮る。吊り尾根の向こうに見える「オキの耳」を見ながら、今朝コンビニで買ったおにぎりを食べる。わずかに残ったゼリー飲料で胃に流し込むが、水のようにスムーズには落ちて行かない。一息ついた所でカメラだけを持って「オキの耳」へ向かう。吊り尾根には様々な高山植物が咲いていて、歩く登山者の目を楽しませてくれる。 「トマの耳」からは「オキの耳」の方が高く見え、「オキの耳」へ来ると今度は「トマの耳」が高く感じる。実際は「オキの耳」の方が14メートルほど高いが、三角点は「トマの耳」にあるのでこちらは山頂にある独特の喧騒もなく幾分静かだ。ここからは「一の倉沢」を覗くことができるが、真上ではないのでそれほどの恐怖感は感じない。眺望はすこぶる良く、至仏山や燧ケ岳など尾瀬の山々や、反対方向を見ると遠くに苗場山が広い山頂を見せている。近くに見えるオジカ沢方向もすっきりとした美しい稜線を見せている。 「トマの耳」へ戻り地図を広げて見ると、茂倉岳避難小屋近くに水場があると書いてある。一の倉岳を越えて茂倉岳までは1時間30分、しかし茂倉岳までの登り返しが辛そうだ。天神平のロープ・ウェイまでも1時間30分。茂倉岳まで行ってもう一泊するか、それとも予定変更した通りに下山するか思案にくれる。結局は茂倉岳の水場に必ず水があるという保証もないので下山する決意を固める。水分の切れたバテバテ状態では無理もできない。
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ついに脱水症状か!体温急上昇
←山頂方向から「肩の小屋」を見る 1時30分下山開始。途中、宿泊予定だった「肩の小屋」に寄る。新しい立派な避難小屋の中では、学生らしい2人連れがガスコンロで何かを調理していた。さぞかし快適な宿泊ができるに違いないこの避難小屋に泊まれないのは残念無念としか言いようがない。 天神尾根を下っていると、休息に適した大岩が2ヶ所ほどあり、何人かの登山者が身体を休めていた。ザンゲ沢に落ち込む斜面は一面笹に覆われていて、岩壁の続く東面とは違った山容を見せてくれる。「熊穴沢の頭・避難小屋」は赤く塗られていて、稜線上部からも良く目立った。 小屋まで来ると周りはブナ林になり、登山道は木道に変わる。強い陽射しに絞られ切った身体だが、まだ背中には汗が出ているようだ。蒸せ返る小屋で一休みした後、トラバース気味に天神平へ向かう。山頂から見下ろした感じでは峠までかなりの登り返しを覚悟していたが、直接天神平へ通じる道がありホッとする。前後する登山者に挟まれながら同じペースで木道を下る。脱水症状の前触れなのか顔の皮膚温度が異常に高くなり、意識がボーっとする感覚に襲われる。
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忘我の境地で水分補給
3時05分ロープ・ウェイ駅に着く。すぐに売店へ行きスポーツ飲料を買い、その場でがぶ飲みする。すると乾き切った身体の隅々まで水が沁み込んで、肌に潤いが出てくるようだ。次にソフトクリームを買い、休憩所の椅子に座る。口もとに広がる甘さと冷たさを楽しみながら忘我の境地で食べる。傍目には恍惚の表情を浮かべている「変なオジサン」と映ったかもしれないが、ジワーっと来る幸福感は隠しようがない。まだ渇きが満たされないのでもう1本清涼飲料水を飲み、ゴンドラに乗る前にもう1本飲んでやっと身体が収まる。中年の女性観光客3人と同じゴンドラで一気に山麓駅まで下りるが、狭いゴンドラなのでシャツの汗臭さが迷惑にならないかと気に悩む。山麓駅前の商店でミネラルウォーターを買い、ザックを一時預けさせてもらう。身軽になってから林間にある近道を通ってバイクまで戻る。 帰りに町営の谷川温泉「湯テルメ」に寄り露天風呂で汗を流す。結構立派な温泉で、500円の入浴料は安いと感じるほど設備も整っていた。下着を取り替えてさっぱりすると、身体に鋭気が戻ってくるようだ。水上温泉のドライブインで「天ざるうどん」を注文するが、コシも無く、つけ汁も薄くて、はっきり言って大変まずかった。
翌日起きると外は雨。休日なので高崎市内に出掛けてから、路線バスに乗って渋川へ行く。何でも「へそ祭り」というものがあるという。アパートに帰る頃は土砂降りの雨。当初の計画通り「肩の小屋」で一泊していたら大変な目に遭っていた筈。結果論として、水の補給に失敗したから山での宿泊を断念、そのおかげで大雨を避けることができた。何が幸いするか分からない。「万事塞翁が馬」とは良く言ったものだ。
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