今日もぶつぶつ



5月15 日(月)
小渕首相が亡くなりました。ご冥福お祈りします・・・。
が、次の選挙で「弔い合戦」ってのはちょっと・・・。
新聞を見ると「殉職」なんて言葉もあって・・・確かに過労死だとは思うし、そういう意味では若いのに(若い・・・って私の年齢で言うことか?)気の毒だなぁとは思うのですが・・・。
日本には死んだ人間を悪く言ってはいけない、という不文律があるように思いますが、その風潮が、在職中の「成果」だけを強調して、批判する野党に対して「死者を鞭打つとは何事だ!」と逆に非難するようなことになったら嫌だなぁと思います。
総選挙だっていうのに政策より「同情」票で結果が出る、っていうのもなぁ・・・。
選挙運動の方法として、利用できるものを全て利用するのは間違っていないと思います。だから「悲劇の首相」や「意志を継ぎたい」という言葉を前面に押し出すのは当然だと思うのですが・・・簡単に同情票を投じる国民ばかりだとしたら、なんか安い選挙だと感じてしまうのです。
新聞の投書欄に、議員やら公務員の不祥事を評した投書が載っていて、締めくくりに
「国民はそんなにばかじゃありません。」
と書いた文をよく見かけます。
その度に、
「いや・・・結構ばかだと思うよ・・・。」
などと心の中で突っ込んでしまいます。
「かわいそうに・・・」って理由で投票してしまう人や、「首相を死に追い込んだのは野党だ!」って言葉を真に受けて野党を悪者扱いする人が増えるんじゃないかという気がするのです。
政治や法律って結局人が行うものだから、何が善で何が悪か、ってないと思うのです。
人それぞれ考えていることが違うから、違う考えのもの同士がぶつかるのも仕方ないです。ぶつかっている最中に相手が倒れても、倒れた側が善だったとか悪だったとかいうことでもないし・・・
別にどこに投票しようが個人の自由だし、政策で選ぶとか、本人の人となりも分かり辛い・・・でも「同情」を基準に投票する人ができるだけ少なければいいなぁ。

5月14 日(日)
アメリカで随分高額の宝くじが当たったそうですね。196億円だそうです。
羨ましいな〜と思う反面、この前当たった女の人は人間不信になった上に事故で怪我したと言うし、お金が入ったことで家庭が崩壊した上、結局無一文になったという人もいるらしいし、つくづくお金だけが幸せじゃないな〜と思います。
とはいえ羨ましいですね。私はくじ運悪いから、何も当たったことないです。
なのにナンバーズ4なんてものを性懲りもなくやってたりするのですが、ま、当たりませんね・・・。
今回当たった人は、たまたま買ったら当たったみたいです。
人間無欲が一番!ってことでしょうか?しばらく考えてから投資先を決める、と言ってるようですが・・・そんなにお金があってもまだ投資するんですね・・・
私だったら196億円も当たればそれ以上増やすこと考えないな・・・。
2、3件家買って、毎年どこかに遊びに行っても多分一生で使い切るってことないだろうし、こつこつ生きていく・・・どこかに投資して無一文になるよりいいや・・・そんな小心者には、もともと当たらないように出来てるんでしょうけどね。
今日会った友達とそんな話をしていたら、
「でも、当たったらいろんな団体がどっかから聞きつけて、寄付してください!って言うらしいよ。寄付してたらあっという間になくなるし、せんかったら鬼!悪魔!言うて相当嫌がらせされるらしいし。」
と言ってました。
やっぱりお金って恐い・・・一万円くらいの懸賞を時々当てつつ(当たらんけど)、コツコツ生きていくのが一番の幸せだよね〜と、お茶をすすりながら遠い目で語ってしまいました。

5月13 日(土)
夕方、買物に行く途中でゴレンジャーのような犬を見た。
犬の種類は分からないけどゴールデンレトリバーがもうちょっと大きくなって、こげ茶になって毛の長くなった犬。
おばちゃんAはそんな犬を2匹連れていて、おばちゃんBはそんな犬を一匹と、何故だかダックスフンド。
おばちゃんAとおばちゃんBが仲良く立ち話をしている間、犬たちはおとなし〜く待っていた。
で、何がゴレンジャーかというと、彼らは何故か、色違いのはちまきをしていたのです。
青と赤と緑・・・ダックスフンドだけは無事でしたが、残りの3匹ははちまきをつけて、おばちゃんたちのいつ終わるとも知れない果てしない話を待っていたのです。
しかし彼らはでかい。
ちょうど散歩時なので、通りかかったほかの犬たちは驚いて吠えます。
でも彼らはびくともしないのです。もっとすごいのはダックスフンドかもしれません。
でかい犬たちを相手にみんな怯えて吠える中、悠々と緑はちまきの犬の隣に座ってましたから。
でかい犬で印象に残ってるのは、幼稚園の頃のことです。
徒歩で遠足に行く途中、列の前の方の人達がざわざわしながら民家の庭を覗き込んでいるのです。
しかも、子供達(自分も充分子供だって・・・)からは、
「パンダ・・・パンダ・・・。」
というつぶやきが。
ようやくその家の前にたどりつき、庭を覗き込んでみると、そこにはタイヤのおもちゃと戯れる、とてつもなくでかいセントバーナードがいました。
・・・子供だもんね。パンダと犬の区別が付かないことだってあるさ。
しかし、犬がはちまきしてるからってゴレンジャーだと思うのはどうだろう?
しかも桃レンジャーと黄レンジャーいないのに・・・。
帰りに桃レンジャーと黄レンジャーを連れたおばちゃんCがいたら面白いのにな、とちょっと期待していたのですが、残念ながら犬もおばちゃんたちもいなくなってました。
残念^^;

5月11 日(木)
『フライド・グリーン・トマト』という映画がございます。
なぜか題名を聞く機会が多かったのですが、この前、深夜に放送していたので見てみました。
多分・・・女性の自立を扱ってるんでしょうね・・・。
主人公は、更年期の女の人。夫との冷めた関係を改善すべく、「女性のための○○セミナー」と名のつくものに色々通うのですが、うまくいきません。
けれど、たまたま病院で出会った老婆の話し相手をしているうちに、彼女が話す昔話に出てくる男勝りの女の人(名前忘れた・・・ジニーだったかな?)に惹かれていくのです。
ジニーはお転婆な女の子でしたが、最愛の兄を列車事故で失ってからは、家族にすら心を開かなくなるのです。
でも唯一、兄の元恋人にだけは心を開いて、二人でカフェを開きます。
この元恋人は、死んだ兄を忘れられないまま、「女は結婚するもの」との慣習に従い、結婚したのですが相手はとんでもない暴力夫。逃げてもストーカーのように追いかけてきます。
でも、ジニーの使用人である黒人女性が、元恋人を守るために暴力夫を殺してしまいます。
まだまだ公民権運動の「こ」の字すらない時代、黒人が白人を殺せば事情はどうであれなぶり殺しです。
だからジニーは暴力夫殺しの濡れ衣を着せられても、甘んじて罪を被ろうとするのです。めでたく暴力夫は事故死ということになりましたが。
要は、机上の論理でしかない○○セミナーに通っても何も得られなくて、逆に、「常識外れ」とのレッテルを貼られたジニーの話と、その話をする老婆(ずーっとこいつがジニーだと思っていたけど、どうやらただの親戚だったらしい・・・なんじゃそりゃ?オチないやん・・・)を見ているうちに、主人公の女性は救われる(?)というお話なのです。
『百聞は一見にしかず』ってことわざを映画にした感じでしょうか。
で、この映画を頻繁に紹介していたのは、かつて『NHKラジオ英会話』という番組で講師をしていた方です。もうやめてしまったのですが、この人の話が好きで、『NHKラジオ英会話』を聞いていたのです。
この方が講師を辞めてからは聞いてないんですけどね。
で、今は『NHKラジオ中国語』というのを聞いているのですが、これは金曜と土曜だけ、上級者用の放送をしています。
生意気にもその上級者用の放送を聞いてたりするわけですが、この放送、ある会社を舞台に展開されます。
で、男性社員が女性社員に対して、「これコピーしといて。」だとか「お茶いれて。」なんて場面が頻繁に出てきます。
なんかな・・・同じラジオ講座なのに、この違いは何・・・?
一方では、女性自立の本質(あくまで主観的な解釈^^;)をテーマにした映画を頻繁に紹介し、一方では古い会社の体質を堂々と流している。
現実には仕方ないと思うんですけど、せめて外国の言葉を習おうとしてるテキストの中では、そういうものを見たくなかったな〜なんて思ったりして。
別に、映画を見て特別な感銘を受けた訳ではないんですけどね・・・ちょっと、この映画を一所懸命紹介してた講師の人のことを思い出して、今の自分の状況とか、現実にはそう簡単に「自立」なんてできないよな、って考えたりして。
今、転職を考えていて面接を受けたりしてますが、頻繁に聞かれるのはやっぱり「結婚のご予定は?」ってことです。「ありません。」と答えても「みんなそう言うんですけどね〜。」って返されるし、何故だか結婚=退職と考えているのも肌で感じます。
別に結婚じゃなくても・・・「彼氏いるの?」って聞かれるのはしょっちゅうだし、
「いません。」と答えると、「じゃあ募集中?」と聞かれるのもしょっちゅうだし、
下手に「募集もしてません。」なんて答えると、「まさか・・・レ、レズ・・・?」
なんてアホらしいことを聞かれるのもよくあるし・・・
世の中には、別に無理して彼氏作らなくてもいーや、って思ってる人も大勢いるんだよ・・・確かに生命体としての本能は逸脱してるかもしれないけどさ・・・
映画を見て、そんなことを考えてしまいました。
自立・・・別に男とか女とか、子供とか大人とか関係なく、人の偏見や世の中の慣習に流されないけど、わざわざ敵対することもなく適当に流してて、とりあえず失敗や不運を誰かのせいにすることのない人のことだと思ってるんですけどね・・・。
でも、それってもしかしてものすごく寂しいことなのかなーとか、ただの一人よがりなのかなーなんて思う今日この頃・・・。
ふふっ。悩み多きお年頃なんです・・・。

5月9 日(火)
いつ終わるんだろう、歯医者・・・そんなことを思いつつ、今日もやっぱり歯医者です。
今日の作業は「洗浄」ですが、一体何をするんでしょう。
「芸能人は歯が命」みたいな感じで白くしてくれるんでしょうか?
というわけで、診察台の上に寝転がった私に、おっちゃん先生は言いました。
「今日は塩辛いで。びっくりせんといてな。」
塩辛い?しかも警告されなきゃいけないほどなのか?・・・その前になんで塩辛いねん・・・
不思議に思っていてもしょうがないので口を開けると、また水しぶきの出る道具を持ってます。
ああ、またか・・・また顔に水がかかるのか・・・
ちょっと嫌〜な気分でしたが・・・嫌どころじゃないって・・・。
しかも塩辛い?・・・酸っぱい!あまりに酸っぱくて、背筋がぞぞっ!とするくらい・・・
どういえばいいの・・・レモン汁を50倍くらいに濃縮した感じ、といえば目安になるかもしれません。
とにかく酸っぱいんです。
あんまりにもすっぱいので、味を感じなくて済むように舌を引っ込めようと舌のですが、どうしようもないすっぱさのため、舌はとっくの昔に麻痺しています。
引っ込めようと思っても、どうやったら引っ込むのか分からん・・・その前に、私の舌、取れたんちゃう?だって、すっぱすぎるし・・・
しかもその酸っぱい液体は、しぶきとなって飛んでいます、当然目にも入ります。
・・・痛い・・・
もう目を閉じようかどうしようか悩んでいる場合ではなくて、舌が取れざるをえなかったように、目もつぶらざるを得ません。
で、とっとと終われ〜!!と願っていると、5分くらいで終わってました。
でもなあ、濃縮レモン汁、5分も舐めてたらどうなるか・・・
「たくさんうがいしてくださいね〜。」
と優しく言ってくれる看護婦さんですが、言われなくてもうがいします。
でも、うがいをしてもうがいをしてもうがいをしてもうがいをしても・・・・
もしかしたら永遠にすっぱいのかもしれない、というくらいにすっぱいのです。
しかも、うがいをしているうちに顔がごわごわしてきます。
なんだろう、と触って見ると、しおを噴いてる・・・鯨だ・・・
顔を触ったら、パサパサ、と、塩が落ちていく音がします。まさかこんな塩噴き放題の顔のまま、家まで帰らなきゃならないんだろうか、と途方に暮れていると、看護婦さんがタオルを差し出してくれました。
「好きなだけ顔を洗って、塩を落としていって下さい。」
「・・・はい・・・。」
そしてこの塩も、洗っても洗っても洗っても洗っても落ちない・・・・。
そうか、究極の塩辛さは究極のすっぱさと同じ味なんだ、と変に感心した次第です。
とりあえず、「歯はきれいになりましたから。」
と言われ、ほっとして清算を済ませると・・・
「来週は何曜日にします?」
・・・まだ終わらんの・・・?これ以上何するの・・・
「今日は下の歯の洗浄をしました。次回は上の歯を洗浄しますから。」
・・・あんなすっぱい/塩辛い思いをしたっていうのに・・・しかも下の歯って・・・5分しかかかってないのに・・・。ついでに上もやってくれよ・・・。
こうやって細かく診察代を稼ぐんだな、と悪徳医師に振りまわされる可哀相な潮噴きくじらは思ったのでした・・・。
来週も潮噴きくじら・・・嫌だなあ・・・。

5月8 日(月)
今頃『伝説の教師』の4回目を見ましたが、嬉しいことに、回を追うごとに面白くなってきてます。
だから皆さん!(といっても数人だけど・・・)ぜひ見ましょう!
松ちゃんと中居君のアドリブがね〜だんだん息が合ってきてるんでしょうか、笑えるようになってきてます。
もちろん浜ちゃんの遠慮のない突っ込みはDTの神髄というか・・・さすがはコンビ!と感心させられる、ある意味芸術の域に達してるんですが(って言いすぎ?)、中居の突っ込みは突っ込みで、えらく冷静で新鮮です。
こういう冷静な突っ込みを『うたばん』で貴さん相手にやってくれると、あの番組ももうちょっと面白くなるんだけど・・・松ちゃん相手にやったキャラを今更TN相手にやるのは、きっと問題があるのでしょう。
ストーリー自体も、初めのうちは『金八先生』をよりわざとらしくした感じで見ていられなかったのですが、今回は○です。
いじめがテーマだったのですが、最後にいじめがなくなってめでたし、めでたし、ってわけではなく、「なくならないかもしれないけれど、今までいじめてきた子への態度がちょっと変わった生徒達」っていうのは地に足がついているようでそこそこ好きです。
それにしても第3回の視聴率、下がってた・・・下がってたと言っても決して悪くはないのですが、「大幅に下がった」ってところが問題なよな〜。
この前やしきたかじんが、
「このドラマはこれからどんどん視聴率が下がっていく!」
断言していましたが・・・こんなおっさんの予言に負けないでくれ〜
視聴率が全てじゃないんですけどね・・・でも、良くても悪くてもどうせDT嫌い&中居嫌いの人々に批判されるんだから、良くて批判されるほうがいいな・・・。

5月7 日(日)
ずーっとゴロゴロしていたGWでしたが、昨日から友達のさっちゃんが泊まりに来ていて、今日はさっちゃんの紹介で色んな人に会いました。
会ったけど・・・ディープだ・・・。
類は友を呼ぶ、と言うのかもしれないけれど、さっちゃんは結構重い人生を送ってる人で、そのお友達も重い人生を送っていたりした・・・。
ははは・・・^^;
ちょっとドライブのようなことをして、そのあとお食事会があって・・・語る・・・
うん、一理ある語りではあるんだけど、彼女やさっちゃんは重い人生をちゃんと戦って、今のところ勝ってる人々なのです。
で、負け組の私はただぼ〜っと聞いてるだけだったのですが・・・考えてしまったのです。
例えば最近の未成年の事件。
私は、「環境が悪いから」犯罪に走った子供達に対して、こう思っています。
「確かに、環境が悪かったのは本人のせいじゃない。だからその環境そのものや、悪い環境を与えた人々に対して腹を立てて、復讐したいと思う気持ちは分かる。でも、全く関係のない人・・・老後の人生を穏やかに過ごしたい老夫婦を『人を殺す経験をしてみたいから』という理由で殺してみたり、楽しく旅行している人達のバスをジャックしたり・・・それはいけない。どんなに腹が立つ出来事があっても、それがたとえ100%自分の責任じゃない理由で起きた出来事であったとしても、関係のない人にだけは腹立たしさをぶつけるべきじゃないし、ぶつけてしまう人は、被害者に対して何のいいわけもできない。
だから事件が起きた時にいちいち「社会が悪い・・・」とか「家庭環境が・・・」ってもっともらしく分析する人には腹が立つのです。
どんなに過酷な環境であっても、犯罪を犯さない人だって山ほどいる・・・。だから、環境を理由に犯罪者を擁護して欲しくない。
今もその気持ちは変わらないのですが、今日の食事会で勝ち組(過酷な環境なのに自力で立ちあがった人々)の話を聞いているうちに、何かが違う、と思いました。
強い人間には、弱い人間の気持ちは分かりません。
弱い人間には、強い人間なんてきれいごとでしかありません。
「環境」に負け、関係のない人々に対して「犯罪」を犯してしまった人・・・その弱さとか、追い詰められて行く気持ちは、責めるだけでは分からないし、全てを「環境」のせいにしたところで、本当の意味で「環境」がどんなものだったのかわからない人間には分からない。
被害者が加害者を責めるのは当然だとして、その回りにいる傍観者は、何を言う権利があるのかなぁ・・・。
2度とこんな事件が起きないように対策を考えることはできません。
でも、大多数の人間にとって「些細なこと」でも犯罪を犯した人にとっては本当に尊厳に関わる出来事だったりして・・・
犯罪なんて犯す必要のない「良い」環境に置かれていいた人々や、犯罪を冒した人達と似たような環境だったのにがんばって真面目に生きた人々・・・そういう人たちが自分の体験談をもとに何を言っても、犯罪を犯した人にとっては意味のない言葉・・・そんな気がします。
だったらどうすればいいんだ!?って気になりますが・・・。答えは出てないんです。全く分かりません。
とりあえず、「がんばって自分の運命と向き合った人達」が「弱くて自分の苦しみを誰かを傷つけることに転嫁してしまった人達」を「弱い人」と評するのを聞いて、ちょっと違うんじゃないかと思ったのです。何がどう違うのか・・・分からないです。もしかしたら心の強い人=善、心の弱い人=悪という図式が大間違いなのかもしれません。

5月4 日(木)
楽しいはずのGWに物騒な事件がつづいています。
わけの分からん理由で主婦を惨殺してみたり、バスをジャックしてみたり・・・。
ものすごく気になったのが、バスの中の映像です。
犯人は未成年だからと顔にモザイクがかかっていて、当然名前も公表されていないのですが、どうしてその隣でずっと人質に取られていた女の子は顔を隠されず、名前どころか通ってる小学校名まで公表されているんでしょう。
被害者なら社会的制裁を受ける心配はないからプライバシーを甘く見ていいのか、多くの人は加害者より被害者になる可能性の方が高いから、被害者についての報道は積極的にするのか・・・。
どっちみち報道の自由や知る権利なんてものがあるんだから、できる限り公表するのは仕方のないことなのか・・・。
どうして加害者のプライバシーは保護しておいて、被害者のプライバシーには無頓着なのか分かりませんし、確かにプライバシーを理由に報道を規制することにも問題はあると思うのですが、なんとなくね・・・小学校名まで言わなくていいのに、って思ってしまった。
世の中にはしょーもない人もたくさんいて、被害者やその回りの人の気持ちを考えずに興味本位につきまとう人だっているし、なぜか被害者宅にいたずらや嫌がらせをする人だっているでしょう。
テレビのニュースを見ていると、
「ほ〜ら、こんなに小さい女の子が人質に取られてたんですよ〜。な〜んてかわいそうなんでしょう!」
とか、
「ほ〜ら、こんなに良い人だったのに殺されたんですよ〜。な〜んてひどい事件でしょう!」
と、事件をショーアップするために被害者を必要以上に取り上げているような気がしてきて、ちょっと嫌な気分です。
たしかに事件について知りたいと思うし、必要な情報と不必要な情報の区別は人の主観によるものだから、何をどう報道するかは難しいと思います。
でも、できれば明日、退院する女の子とその家族に
「今のお気持ちはいかがですか?」ってマイクを向けたり、殺された人のお葬式で遺族の人達に
「ご感想をひとことお願いします。」
なんて聞く人ができるだけ少なければいいな、と思います。

5月3 日(水)
連休だというのにどこへも行かず家でごろごろしていますが、とりあえず溜め込んでいたビデオを見てました。
その中に『蝶と花』というタイの映画があって、これがなんとも・・・暗いんだかおおらかなんだか・・・ちょっと面白かったです。
多分、少し前のタイが舞台なのでしょう。貧しい少年がお金が欲しくて米の密輸をするお話です。
元々は少年の同級生の女の子が、
「儲かる仕事があるのよ。」
と米の密輸の仕事を紹介するのですが、少女に悪気はありません。それどころか少年のことが好きなので親切心から儲かる仕事を紹介してあげた、って感じで、ちっとも嫌味じゃないのです。
で、密輸のプロ?らしき、サモ・ハン・キーポーの子供時代のような愛嬌ある男の子を紹介してもらいます。
サモ・ハンはめちゃくちゃ快く主人公を仕事仲間に入れてやります。仕事も丁寧に教えてあげます。
なんだか爽やかなくらいです。
で、密輸の割にはお父さんやその友達に、
「仕事を見つけたよ、米の密売なんだ。」
と混雑した病院で言うのって・・・おおらか・・・?
それを聞いたお父さん達も、
「密輸は捕まるかもしれないから危険だ。」
って言ってますが・・・言うことはそれだけか・・・?お父さんは息子に危険なことをさせてるっていうんでちょっと「済まないな。」って気持ちがあるようなのですが、でも、「仕事」として成立してるんだな、密輸・・・。
密輸の仕事もおおらかです。
国境へ向かう列車のあちこちに米の袋を隠してるんですが、やってるのは彼らだけじゃないのです。色んな人が、色んなものを列車のあちこちに隠しています。
で、他の人が隠している品物を発見しても、「場所を取られた!」って思うだけで奪ってやろうとは思わない模様。
・・・・・・やっぱおおらかだ・・・。
密輸をやってる少年達は当然無賃乗車。だから車掌が切符を点検に来ると、屋根の上に登ってみんなで仲良くバク転とかしています。新参者の主人公もなんの問題もなく受け入れてもらえました。
しかし、おおらかさはそれくらいでは終わりません。
さっき、他人の品物を奪おうとは思っていない、と書きましたが、やっぱりしました、ずるい奴。が、他の少年達が盗まれたのに腹を立ててけんかをしていても、主人公は恐れをなして隅っこで震えています。
「やれやれ、弱虫だなぁ。」
と、ちょっとからかわれましたが、それであっさり終わってました。
ついでに抜き打ち検問、なんてのもあります。主人公は運良く検問をかいくぐりましたが、捕まって品物を没収された子たちもいます。
でも、あっさり釈放されている・・・。
ついでに要領よく立ち回った主人公が目の前で大金を手にしていても誰も責めないし、誰もお金を巻き上げようとはしない・・・。
ものすごくおおらかです・・・。
端々に悲壮な場面とか悲惨な場面とかあるんですけどね・・・最後は密輸軍団のリーダー格の男の子が列車から落ちてしんじゃうし・・・。
なのにさわやかなのは何故なんだ?善人しか登場してないし。
そして心に残った疑問・・・主人公のことを好きな女の子の台詞です。
「蝶はいいわ、自由に空を飛べて、世界中を見て回れる。」
・・・普通、鳥だと思うよ、それ・・・
いや、テーマは重いのにおおらかだし突っ込みどころもあって、面白い映画でした。

5月2 日(火)
4ヵ月目に突入した歯医者通い・・・面倒ですがもう一息なので今日も元気に通いましょう・・・。
今日は、前に別の歯医者で前歯を治療した時に詰めた金属を取り換える作業。つまり、前の歯医者はとことんヤブだった、ということです。
まずは金属を外すのですが、水しぶきが飛ぶ飛ぶ・・・。
金属を外す器具(?)からものすごい水が出ていて、それが顔に飛んでくるのです。特に目の中。痛いので目を閉じてると、どういう連鎖反応か口まで閉じそうになってしまいます。で、必死で口と目を開けて頑張ってるんですが、おっちゃん先生から洩れる言葉は、
「うわ〜固いなぁ〜。取れへん・・・。」
ついでに水しぶきはおっちゃん先生の目にも思いきり散っていたので、近眼のはずなのに眼鏡を外して作業をしてます。
ちゃんと見えてるんでしょうか?
確か小学生の頃、保健係の男の子が言ってました。
「保健係をやってると、好きな子ができひん。」
何故ならば、眼科検診の時には、お医者さんの横でクラスメートが「あかんべ〜」ってやってる姿を目の当たりにし、耳鼻科検診の時にはクラスメートの鼻の穴を目の当たりにし、歯科検診の時にはクラスメートが大口を開けた姿を目の当たりにしなければならず、たとえものすごく好きな女の子であっても、その姿は百年の恋でもいっぺんに冷めるくらいげんなりするから・・・
ってことは、今、すごい姿なんだろうな、私・・・。
想像すると笑いそうになるのですが、笑ってる場合じゃありません。
金属はなかなか外れず、時間は10分、20分と過ぎていくのです。とうとう次の患者さんがやってきてしまっても、まだ金属が取れてません。
おっちゃん先生もいらついてますが、私は私でくたびれてます。ずーっと口開けてるんです・・・。
とうとう意志とは無関係に口が開かなくなってきたので、看護婦さん(歯科衛生士っていうのが正しのかな?)があごを押さえ始めました。
ある意味拷問の光景です。
しかも前歯を削る音って、奥歯とは比べ物にならないくらい怖いです。
私はもともと痛覚が鈍いのかなんなのか、奥歯を削られて、
「痛かったら言ってください。」
と何度言われてもちっとも痛くありません。それどころか眠くなってくるくらい平気です。
なのに前歯は・・・ものすごく「削ってますよ〜♪」って主張してるんです!
ガリガリガリって音が、工事現場のドリルの音くらい激しく聞こえてきます。で、痛いというより電気が走ったみたいに体が痺れてくるので、本当に恐ろしいです。
30分以上経ち、やっと金属は取れました。これから詰め直しをしなければなりません。
そんなことをやっていると1時間近く口を開けていたことになるので、本当は最後の仕上げにやるはずだった歯全体の洗浄は、次回に持ち越されました。
おっちゃん先生曰く、
「これ以上やったら顎がとれてまうわ・・・。」
ええ、私もそう思います。
そして、
「歯磨きだけ教えといたって。」
と看護婦さんに言い残し、おっちゃん先生は次の患者さんのもとへと去って行きました。
はみがき?なんのこと?
と首を傾げながらも、口を閉じていられる喜びに浸っていると、彼女が持ってきたのは、でっかい歯の模型と、でっかい歯ブラシです。
・・・・・・・・・。
皆様もご記憶にあるでしょう。
小学生の頃、「はみがき指導」と称して1年に1度くらい、歯の模型と歯ブラシを持ってやってきて、朝礼台の上からお姉さんが歯の磨き方を教えてくれたこと・・・。
それを、2X歳になってやられた私って一体・・・しかも、1対1で指導・・・。
私の頭に浮かんだのは、数週間前『ガキの使い』で見た浜ちゃんの姿でした。
罰ゲームだからと、延々真っ黒な紙芝居を正座して見せられていた浜ちゃん・・・あの時は大笑いしましたが、今の私にならあの時の浜ちゃんのやる瀬なさがよく分かる・・・。
「1日1度でいいですから、糸ようじも使うようにしてください。」
「・・・・・はい。」
うつろな意識で返事をしましたが・・・使ってるさ・・・だから早くおうちに帰してください・・・。
心の中で涙しながら、私は帰途につきました・・・。

5月1 日(月)
冤罪っていうのは恐いです。運良く真犯人が見つかればまだしも、見つからないままだと、下手をすれば一生を左右されることもあります。
昨日、新聞の投書欄に、京都小学生殺人事件で疑われた人のことが載っていたのですが、奇しくも今日は、横浜の小学生誘拐事件で疑われた人が告訴する、という記事が載っていました。
考えて見れば、「犯人だ」と決めつけられて冤罪へいくまでの過程で、たくさんの人が犯人かも?と思われて、捜査を受けてたりするんですね。でも、実際に誤認逮捕をされない限りはどこへも被害の持って行き場がありません。
確かに、警察だって超能力者でもなんでもないのだから、一発で犯人を見つける!なんて芸当はできないでしょう。「こいつかも?こいつかも?」って思いながら色んな人に当たるしかないのかもしれません。
でも、「こいつかも?こいつかも?」って、思考はどうなんでしょう・・・。人を「こいつ」呼ばわりしている時点で、見下している態度がありありとしていると思います。
もちろん、本当に職務質問の相手に対して心の中で「こいつ」って呼んでるかどうかは知りませんが、やっぱり犯人を探そうとしている以上、過程の中で出会う人に対しても乱暴な気持ちになっているとは思うのです。付け足すと、真犯人だからって「こいつ」呼ばわりしていいわけでもないですしね。
で、ほとんどの人は「疑われて嫌だったなぁ。」「恐かったなぁ。」とは思っても、訴えてまでどうこうするより、さっさと忘れてしまった方がいい、と考えるものなのかもしれません。
しかし、相手が悪かった・・・疑われた教授が何の専門なのかは知りませんが、少なくとも一般の人よりは法律の知識があり、「警察だから」ってびっくりして黙り込む立場でもなかった。本当に告訴するかどうかはともかく、警察が捜査の仕方を考え直すきっかけになればいいな、と思うし、一般の人にとっても、身に覚えのない事件で疑われた時はどうすればいのかを知るきっかけになればいいですね。
疑われることは誰にだってあるでしょうから。
そういえば中学生の頃、友達とデパートで遊んでて、店を出た途端おばちゃんに声をかけられたことがありました。
「ちょっとあなた、今折りたたみ傘を持っていかなかった?かばん見せてくれる?」
と言われて、私も友達も何のことか分からないまま素直にかばんを見せていました。
あとから考えれば万引きと疑われてたんですね。気付けば腹が立ったのですが、その時はわけがわからないまま、
「あ、あら、ないわね〜。ごめんね〜。」
と足早にデパートに戻って行くおばちゃんを見ながら、
「変な人。頭おかしいんかな?」(←こっちも充分失礼^^;)
などと言い合ったものです。
今なら、
「見せてもいいけど、何も出て来なかったら疑ったお詫びに商品券ちょうだい!」
くらい言うかもしれません。でも、そんなことで商品券がもらえるかどうかは分かりません。試したことないですし・・・。

・・・それはともかく、警察を始めとして「お上」だからって黙り込んだり盲信する姿勢をやめるきっかけになればな〜と思っています。

日記2000年4 月分(後半)
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