『心の家路』




「グッピー」

あらすじ

新しい部屋に引っ越してきて1週間、関本さんの部屋に空き巣が入りました。とはいえ何も盗まれたものは無いようだし、玄関には赤いペンキが撒かれているし・・・ちょっと不気味。
警察に通報すると、やってきたのは谷沢刑事。実は関本さんの中学1年の時の同級生です。
谷沢君は、中学の頃から変った子でした。英語の授業で、
「likeを使って分を作りなさい。」
と言われ、最近家で飼い始めた熱帯魚にちなんで、
「I like グッピー」
と言ったのです。普通、likeを使えと言われてもグッピーを発想することなんてありません。せいぜいI like English.と嘘をつくとか、I like baseballとスポーツに走るか、動物にしても犬か猫程度で抑えておくでしょう。
当然クラスメート達は「グッピーだって〜」って感じで笑います。でも谷沢君は顔色一つ変えず、「文法は間違っていない。」と言い放ち、みんなを黙らせました。以来彼のあだなはグッピーなのです。というわけなのでこれからは谷沢君をグッピーと呼ぶことにします。
さて、空き巣に入られた関本さんの部屋に、今度は血のついたワンピースが送られてきます。関本さんを心配して何かと気にかけてくれるグッピーですが、実は関本さんはグッピーが苦手。中学時代に、苦い思い出があったのです。
再び中学時代の話に戻ります。グッピーはとても変った子でした。
たとえば教室で正体不明の植物を育てていたり、体育の授業で倒れた子に、医者でもほめるくらいに手際良い処置を施したり、クラスの子が問題を起こして職員会議にかけられた時などは、職員室に乗り込んでいって
「本気で指導するつもりなら(停学や謹慎で臭いものに蓋をするのではなく)学校に来させるべきだ。」と教師に意見したり。
要はものごとの本質を見ることが出来て、しかも躊躇わずにそれを言うことができる強い人、といった感じでしょうか。
一方の関本さんは性格のきつい子でした。
クラス対抗の球技大会があった時、バレー部だった関本さんはクラスでキャプテンを引き受けました。でも、練習に来ない人もいるし、思い通りにみんなが上達してくれないしで、いらいらしてばかりです。思わずクラスメートにきついことを言ってしまったりもします。
苛立ってヒステリックに喚く関本さんにグッピーのひとこと、
「やめろよ、わめけばどうにかなるわけじゃない。」
でも、カッとなっていた関本さんは思わずグッピーの顔面にボールをぶつけてしまい、グッピーは保健室へ運ばれてしまいます。
でも、意地になっていた関本さんは謝ることが出来ず、そんな関本さんに愛想をつかしたクラスメートからも無視される日々です。
あとからグッピーが、クラスメートの子達にも事情があってバレーの練習に参加できなかったんだ、と言われても素直にはなれません。
「そんなの知らなかったんだから仕方ない!言わない方が悪いのよ!私は悪くない!」
そんな風に言い返してしまいます。
それから間もなく、関本さんは転校することになりました。でも、嫌われ者の関本さんを見送ってくれる友達なんて誰もいません。
と思っていたら、グッピーが見送りに来てくれました。
「次の学校がんばれよ。」
と言ってくれたグッピーに、ボールをぶつけたことを謝ろうと思ったのに謝れなくて、その日から関本さんは優しくなりたい、と思うようになったのです。だからグッピーは、ちょっとした心の支えでした。
ところがグッピーはボールのことを覚えていませんでした。長年気にしていたことだったので、忘れられていてショックです。
でも、そんなことにショックを受けている場合ではありませんでした。
ある日部屋へ帰った関本さんは、見知らぬ男に「彼女を出せ」と脅されます。どうやら関本さんの前に住んでいた女性のことのようですが、関本さんが知るわけはありません。
でも男はちょっとおかしくなってしまっているのか、「お前がかくまっているんだろ!」と関本さんに襲いかかります。
が、危機一髪のところで駆け付けたグッピー。見事男を逮捕します。
男は関本さんの前の住人と付き合っていたのです。でも、すぐに飽きて捨てられて、それでもしつこく彼女を追いまわしていた・・・俗にいうストーカーですね。で、結局男に隠れて引っ越したのですが、それを知らない男は関本さんが匿っているのだと思って襲いかかったのでした。
「私は嫌いだから嫌いだって言っただけよ。私何か悪かった?彼がそんなに思いつめてたなんて知らなかったんだもん。」
前の住人は、男の事を聞かれてそう答えました。
彼女の言い分と、昔の自分を重ねる関本さん。「優しい人になりたいな。」と呟くと、それを聞いていたグッピーは、
「関本は優しいから悩むんだろう。俺にボールをぶつけた時も手が震えていたし。」
と言います。
本当はボールをぶつけられたことを覚えていたのです。でも、覚えていたの?と驚く関本さんに、グッピーは、
「忘れた方がいいなら忘れる。」
と相変わらずの無表情で言うのでした。

お気に入りphrases

本当に知らなかったから仕方なかったのか、ずっと考えてたのに


中学時代を思い出した関本さんの台詞です。バレーのキャプテンとして自分は一生懸命やっていた。みんなにはみんなの都合があることは知らなかったから、練習に来ない人にきついことを言ってしまった。でも、知らないからって自分は悪くないって言えるのか?
知らない、って言っても2種類に分けられると思うのです。
「どんなに努力しても知らないこと」と、「知ろうと思えば知ることが出来るのに知らないこと」と。
だから知らないからって=悪くないわけではないし、行動でも同じですね。
いじめとかでも「自分は参加してないんだから無罪だ。」っていうのに似てます。
「仕方ない」っていうのはとても便利な言葉です。それで自分を正当化できるし、人にも主張できるし、それ以上突っ込むのを阻止できるし。本当に仕方ないことだってたくさんあるんだろうけど、他にできることはなかったか、考えるようにしたいです。
応用して、「無理だ」とか「もうだめだ」って思っても、本当に無理なのか、本当にもうだめなのかって考え直すことも大切だと思います。
そう簡単には行かないですけど。
私も関本さんと似たような経験があります。
小学生の時、クラス委員になって、自分では一生懸命やってたつもりだったけど、
「委員だからって威張るな!」とか「委員のくせにそんなことしていいの?」とか言われましたね。
まあ、子供の時のことだから、自分も気が張って言いすぎたり人に要求する加減が分からなかったし、相手側にもわがままな部分はあっただろうし。大人になって振り返るとしょーもなーってことで意地になって怒ってたなぁ。
しかしグッピーは何故に中学生なのにあんなにも達観しているのか・・・これも遠藤作品には多い人間関係の一つです。
迷ってる人がいて、それを達観した人間がそれとなく助ける、といったパターン。
最後の、「忘れた方がいいなら忘れる。」
っていいですね。誰にでも日常生活の中であると思うんです。
「見なかったことにしよう」「聞かなかったことにしよう」「知らなかったことにしよう」「忘れたことにしよう」って。
ただの事勿れ主義のこともあるけど、時には「見てなかったの!?」「忘れちゃったの!?」と怒られたりバカにされても「○○しなかったふり」をした方が思いやりだということもあるし。
人間関係って難しいです。

表題作「心の家路」

あらすじ

ジェシィはロサンゼルスに住む女子高生。友達のレイアンから預かった箱をロッカーに入れていると、実はそれはマリファナで、麻薬所持の濡れ衣を着せられてしまいます。
罰として180時間の社会奉仕をすることになったジェシィが派遣された家はヘアメイクの仕事をしているレックスと、従兄弟のハルが住んでいます。ハルは病みあがりなので、その身の回りの世話をして欲しいとのことでした。
ヘルパーとして通ううちに、三人は身の上話をするまでになって心を通わせて行きます。特にハルとは一緒にいる時間が長いので、どんどん仲良くなって行きました。
ハルは優しくて穏やかで、誰からも好かれているのでお見舞いに来る人が絶えません。本物の家族が離散状態のジェシィは、次第にハルやレックスと過ごす方が居心地が良いと思い始めていました。
そんなある日、ジェシィはレイアン の誕生パーティに招待されます。マリファナのことを黙っていてくれたお礼だと悪びれずに言うレイアンにいい気持ちはしないのですが、何しろ彼女は学校の女王様的存在。逆らうと大変です。
仕方なく誕生パーティに出向いたジェシィですが、なんとそこではドラッグパーティが開かれています。それでもレイアンに逆らえないジェシィ。おどおどしているうちに警察が踏み込んできました。
危機一髪で逃げ出したジェシィは、仕事帰りのレックスに出会います。が、ジェシィの体からマリファナのにおいがすることに気付いたレックスはジェシィに麻薬をやめるよう言います。でもジェシィは、高圧的なレックスの言い方に腹が立って反発してしまいます。
それに、みんな麻薬をやってるのに一人だけ「麻薬はいけないわ」なんて言ってたら仲間外れになるだけなのです。
それでも罪悪感からレックスやハルと顔を合わせられなくなったジェシィは、無断でヘルパーの仕事を休みます。事情を知らないハルは突然来なくなったジェシィを心配して学校までやってきました。
ジェシィに会ったハルは、レックスの両親が麻薬中毒患者に射殺されたことを話します。だからレックスは麻薬に対して敏感。せめて立ち直ろうとしている人くらいは支援したいと考えて、麻薬所持で捕まったジェシィをヘルパーとして選んだのでした。
けれど、話の途中でハルは倒れてしまいます。慌てて病院へ運びますが、知らせを聞いて駆け付けたレックスから、ジェシィはハルの命が今年一杯なのだと聞かされました。
優しくて才能もあって、心から心配してくれる友達をたくさん持っているハル。でも時間だけが彼にはない・・・。
自分のやりたい仕事を選び、信念を持っていて強いレックス。でも、本当はハルを失うのが恐くて、ハルの前では必死で平気そうに振る待っている・・・。
二人のそんな姿を見て、ジェシィもハルのために何かをしたいと考えます。
とはいえ、命を救えるわけではないですから、せめて生きている間は素敵な思い出を作って欲しいと考え、感謝祭のパーティを提案します。
そして、パーティの準備を進めていたある日、とうとうレイアンが麻薬所持の現行犯で捕まってしまいます。
手のひらを返したようにレイアンを批判する生徒達。けれどもジェシィは、
「もしわたしに力を貸してほしい事があれば力になるよ。」
と伝えます。
その言葉に心を動かされたのか、レイアンは取調べの時にジェシィの濡れ衣を証言します。おかげでジェシィの社会奉仕義務は取り消されたのですが、ジェシィは今度は自分の意志でボランティアを続けたいと申し出ます。
感謝祭のパーティは大成功。みんなで楽しく過ごして後片づけをしていると、ハルがジェシィを呼びとめてありがとう、と言います。
ハルの命があとわずかだと思い出して泣きそうになるジェシィに、ハルは人生は旅に似ている、と話し始めます。
迷ったり、誰かと出会ったり、別れたり・・・そんな風に旅を続けながら最後は家へ帰る。家路を辿りながら、きっと自分は楽しい旅の思い出を振り返るから、だから大丈夫だよ。
ハルはジェシィにそう告げます。
それからしばらくたったある寒い朝、ハルは穏やかに旅を終え、家路へと向かいました。

お気に入りphrases

無人島で一人になるのは恐くないけど、集団の中で孤独でいるってことがたまらない。」

学校まで会いに来てくれたハルに、ジェシィがどうしてドラッグパーティに参加したのか話すシーン。
このあとハルは、ジェシィだけじゃなくみんな多かれ少なかれ孤独は恐いんだよ、と語ります。
どうでもいいけど、私は無人島で一人の方が嫌だ・・・。
ジェシィは、ハルに対しては安心感を持っていて素直になれているようですが、レックスに対しては反発してしまいます。それはレックスの口が悪いから、というのもあるのでしょうが、レックスの強さを見ていると自分の弱さが余計に身にしみていやだ、といった部分もあるようです。
レックスの職業はヘアメイク。しかもロス。ってことで99%のヘアメイクがゲイだとか(いえ、遠藤先生の本ではそういう設定になっている)。だから残りの1%であるレックスはヘアメイクの世界では少数派。同業者の友達もできにくいのですが、「友達が欲しいからからじゃなく、この仕事が好きだからそれでいい」とこともなげに言えるレックスを、ちょっと羨ましく思っています。
でもジェシィは、学校の女ボスレイアンに逆らうことは出来ないし、麻薬ですらちゃんと断れない。そのことに後ろめたさを感じているのにレックスに責められて、余計に反発してしまうのです。
でも、レックスのきつい言葉の裏には両親が麻薬中毒者に殺された、という背景があります。
おまけに何でも持っていると思っていたハルもあとわずかの命。レックスの強気の姿勢には、ハルが死を感じないで残りの時間を普通に過ごせるように、との願いが込められているのでした。
あれ?なんかあらすじっぽくなってる?
なんにせよ、このお話のテーマの一つは「追随か孤独か」だと思うのですが、例によって遠藤先生、どちらがいいとか悪いとかは言ってません。
ただ、追随をやめることの難しさと恐さをジェシィに語らせているだけです。それを聞いたハルの答えも、「追随はよくない」ではなく「みんな恐い」というもの。
レックスは強いから孤立を恐れないのではなく、恐くても踏ん張っているだけ、と言いたいのだと思います。
偉そうにしていたレイアンも、捕まってしまえばみんなにそっぽを向かれて孤独になる。それが分かったから、ジェシィは他の級友達のようにレイアンを罵るのではなく、何かあれば力になる、と言うのでしょうし。
もう一つのテーマ?というのか、ハルがあと少しの命と分かってショックを隠しきれないジェシィに、レックスが言う言葉があります。


「アラスカでさ、吹雪に遭うだろ?俺達は雪を止ませる事はできないけど、温め合う事はできるじゃないか。」

これって「山アラシのジレンマ・アラスカ版」?ってほど、遠藤作品によく出てくる言葉。ちなみに山アラシは普通に近づくとトゲで傷つけ合ってしまうから、立ちあがって抱き合えばいい、って論理でした。
雪=自然現象=ハルの死はどうすることもできないけれど、残された時間を大切に過ごすことだけはできる、ってことでしょうね。
もう一つ考えられるのは、
人生は旅路=吹雪(辛いこと)もある=乗りきるために居合わせた人達(ジェシィ、レックス、ハル)が温め合いましょう、いつか分かれることになるけど。
ってことでしょうか。
遠藤作品にしては珍しくほとんどギャグがなくて、静かな印象を受けるお話ですが(そういえばこの本に収録されている話しは全体的にギャグが少ない。掲載雑誌が花ゆめ⇒メロディに代わったから?)すんなり読める作品です。
最後に人が死ぬ割には悲壮感がないというか、あまり後味も悪くないです。ある意味ハッピーエンドっぽい。
絵も比較的きれいなので、初めて遠藤作品を読む人にはこれがお勧めかな〜





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