『マダムとミスター3』




第11話

あらすじ
珍しいことに、グラハムがインフルエンザで寝込んでしまいました。
高熱の上、声すら満足に出せません。
けれどいつも忙しく働いているグラハムのこと、病気を機会にゆっくり休めばいいんじゃない?ってことで、グレースはグラハムの代わりに邸の仕事を切り盛りしようと大張りきり。
・・・1日しかもたんかったけど・・・。
グレース一人では仕事が出来ないので、グラハムの反対を押し切って、人を雇うことにしました。
面接の結果、採用したのは南極行きを夢見る青年シドニーです。
でも、グレースには人を見る目がない、と考えているグラハムは、簡単な面接だけで住み込みの使用人を雇うなんて反対です。とはいえ病人なので、抗議は空しく却下されてしまいました。
けれど、グラハムの心配を余所になんでもできるシドニーは、てきぱきと仕事をこなしてグレースやメイド達の評判は上々です。
それでも一人、本当に大丈夫なのか心配する病床のグラハム。彼の声に耳を傾ける者はいません。
世間では大きなお邸ばかりを狙った盗難事件が話題になっていました。
グレースは、グラハムが病床にいる間は自分が邸を守らなければいけないと考え、シドニーに銃の使い方を習うことにします。
グラハムはグレースが銃を使うのには反対ですが、グレースの強い意志に負けて銃の練習を許可しました。
やがて1ヶ月が経ち、グラハムの病気も治ってシドニーはみんなに別れを惜しまれながら邸を去ります。
が、その夜のことです。
邸を去ったはずのシドニーがなぜか夜中にしのび込んできたのです。
実は彼が盗難事件の犯人でした。1ヶ月間働いているうちに邸の造りを覚え、合鍵を作って侵入してきたのです。
皮肉なことに、銃の使い方を教えてくれたシドニーに、銃を向けるグレース。でも、グレースが本当は1度も銃を撃ったことがなくてためらっているのを知るシドニーは、グラハムが警察に連絡している隙にグレースに襲いかかります。
戻ってきたグラハムは、慌てて止めに入りますが、ナイフを隠し持っていたシドニーに刺されてしまいます。
とうとうグレースは引き金を引き、シドニーを撃ってしまいました。
一応命に別状はなく、正当防衛と言うことでグレースにはおとがめなしです。
でもグレースは、自分が人を撃った事にショックを受けていました。
「人を傷つけることがこんなに恐いなんて知らなかった!」
と泣き出すグレースを、グラハムは優しく抱き寄せて言います。
「君は僕の命を救った。君はここで働く人の生活を守った。この家の主として立派に役割を果たし、やり遂げたんだ。」

お気に入りphrases

グレース「あたしはこの家の主人として役割を果たしたわ。」
グラハム「ええ、その通りです。」

泣き出す前のグレースの台詞と、それに対するグラハムの台詞です。
本当はグレースが銃を使うのに反対していたグラハムですが、グレースがショック状態で、ただ強がるために言った台詞に頷いてあげます。
それで緊張の糸が切れて「本当は恐かった!」と泣き出すんですが、
『押してだめなら引いてみろ』
って言葉がぴったりの場面です。
普段なら「いくら家を守るためだからって人に銃を向けちゃあいけません。」
とお説教のひとつもしそうなグラハムが素直にグレースの言葉に頷いたのは、本当はグレースが怯えているって分かってたからでしょう。
あ、もっとぴったりなの思い出した。『北風と太陽』の太陽みたいなものですね。
正当防衛なんだから仕方ないと言ってしまえばそれまでですが、それでも自分自身の中でも「間違っているかもしれない」と思ってるとき、人からも「君は間違ってる」なんて言われれば依怙地になってしまいます。
関係ないですがグラハムがグレースを「君」と呼んだのは初めてですね。しかも、いつも執事と主人の関係なので、グレースに対してです・ます調の丁寧な言葉を使ってるんですが、今回初めてそうじゃない話し方です。
主人と使用人という他人行儀な関係を超えて、対等な人間関係を築く一歩のような気がして素敵です。
故ジョンストン氏も自分が選んだ後継者達の様子を見て、草葉の陰で喜んでることでしょう。

『マダムとミスター』特別編「ニューイヤー」

あらすじ

グレースは前向きでタフ。そしていつも、ジョンストン氏が残してくれた財産を楽に増やそうと怪しげな儲け話に乗ってみたり、訳の分からないことに首を突っ込んで騒ぎを起こしています。反対にグラハムは冷静沈着。ジョンストン氏の財産の半分を相続して大金持ちになった今も表向きは執事として働いている超真面目な男。毎回ふたりのどたばた劇が繰り広げられるのですが「ニューイヤー」は特別編としてグレースの子供の頃のお話。
グレースの母は未婚の母。そして売れない女優で恋多き女。大晦日も風邪を引いたグレースをほったらかしてパーティに行ってしまう。グレースは毎年大晦日にお祈りをして眠りについていました。
「神様、来年こそは良い子になれますように」
良い子とは、母親に愛される子供のことでした。翌朝起きたら風邪薬がテーブルの上に置いてあったりして、グレースはわずかな母親の愛情を大切に暮らしていました。けれど、母が自分を厄介払いのために寄宿学校へ入れたいと話しているのを聞いてからグレースは母親への愛情を期待するのを止めてしまい母娘の関係は冷えてしまいます。もちろん大晦日にお祈りをするのもやめてしまいます。
母親と喧嘩したまま私立の有名な寄宿学校へ入学したグレースはそれでも多くの友人や先生に囲まれ、騒ぎを起こしながらも明るく楽しい学生生活を過ごしていました。けれど、学校が冬休みに入っても1度も家には帰りません。
グレースの通う学校は超お嬢様&伝統のある名門校。高校3年になると学校主催の新年晩餐会とやらに出席できるのですが、有名人が来たり特権階級が嫁の品定めにやってきたりして、なかなかの一代イベントです。当然親達は娘の一生の晴れ舞台だからと気合を入れてドレスを選んだりしているのです。
そんなお話を級友達としているところへ校長先生から呼び出しが!母が病気で倒れたからお見舞いに行ってあげなさい、と言われたのです。
仕方なしにお見舞いに行ったグレースですが、ただでさえ冷え切った関係のまま別れた二人が7年ぶりに会ったところで何を話せというのでしょう?ろくに話もしないまま帰ろうとしたグレースに、母は何か言いたげに手を差し伸べます。けれど昔母から言われた冷たい言葉が脳裏を過ぎったグレースは、その手を振り切って帰ってしまうのです。
そして半年後、母は亡くなってしまいます。淡々と葬式を終えたグレースは学費が払えなくなったため、卒業まであと半年だというのに退学しました。とはいえ前向きなグレースは学校の先生から仕事を紹介してもらい、元気に日々を送っていました。
そして大晦日。グレースに学校から小包が届きます。母がクリスマスに学校に届くよう手配していた晩餐会用のドレスでした。添えられたカードを見て、グレースは初めて母が自分のことを大切に思っていてくれたことを痛感し、母の手を振り切って帰ってしまったことを後悔するのです。そして、今年最後のお祈りをします。
「神様、力を貸してください。もう二度とこんな後悔はしないように」
場面は変わって現在のグレース。ジョンストン邸では使用人たちも含めてにぎやかにニューイヤーパーティが行われていました。そこには、大声で笑うグレースの姿も……。


お気に入りphrases

その1: 誰でも自分を価値ある人間だと思っていたいし、そうじゃないなんて人に言われるほど悲しいことはないわ
誰でも100%人に好かれるわけではないので、グレースのことを嫌ってる人もいました。いつも首席のアンです。悪さ(?)をした罰に、グレースは首席を取るまで外出禁止を命じられます。そしてやすやすと首席を取ってしまうグレース。普段から秀才を鼻にかけて嫌われ者だったアンの鼻をへし折ったことで、級友達はグレースに拍手喝采。その時のグレースの言葉です。アンは首席になることで自分の価値を確認しているから、それを否定することはない、ということでした。そして、自分が母親を否定したことを思い出すのです。
その2:こんなに後悔するのにどうして人を許すことはむずかしいんだろう
これは母親から送られてきたカードを見て後悔した時の言葉です。
なんだか身につまされる言葉ですねー。似たような言葉に、どこで聞いたか忘れましたが「人を許せない人は不幸だ」というのもあります。確かにそうなんですよ。「憎む」というのはものすごくマイナスの感情だし、相手には相手の事情があるかもしれないけど腹が立ってしまう……。ここまで大げさに許す、許さないの話にはならないけど、日常の些細な出来事でむっとしたり嫌な気持ちになることってあるじゃないですか。そういう時、この二つの言葉が浮かびます。こんなつまらないことで嫌な気持ちになるなんて損だなって思います。だからできるだけ笑って忘れようって思うんですけどね。これがなかなか難しい^^;


いつも前向きで明るいグレースの意外な一面を垣間見るお話でした。とはいえ、これも遠藤作品の登場人物にはよく出るタイプの人です。一見破天荒で突拍子もないことをしでかす人が多いのですが、心の一番深い所にしっかりした芯があって、それがさりげなく出てくるのです。
どうも文章で書くと暗い話なのか?と思われそうですが本当は笑える場面もたくさんあって、涙と笑いの感動が渦巻いてるんですけどね。しかも、いかにもお涙頂戴!ってお話や人を諭すような説経くささがないのです。それをうまく表現できない文章の下手さかげんが腹立たしい…。
というわけで、このシリーズは全5巻、1話完結ばかりが詰めこまれているのですが、「ハズレ(ってどういうこと?)」がないです。
グラハムの子供の頃のお話やジョンストン氏との結婚当初の話もあるので、またそのうちに紹介して行きます。(いつになることやら…^^;)






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