『退引町1丁目15番地』
「退引町2丁目7番地
あらすじ
退引町2丁目7番地には、小説家の森先生が住んでいます。
ところが、作家のはずなのに周囲の住民は森先生の作品を読んだことが無く(つまりは売れてない)、原稿に行き詰まったらぬいぐるみを被って町をさまよう日々(つまりは変人)。
そんな着ぐるみ森先生の現実逃避に巻き込まれた渡辺志保は、倒れて森先生の家に運ばれます。(この辺のいきさつ、直接漫画を見てください。よー説明せん・・・。)
大きな荷物を持っていわくありげな志保、森先生が小説家だと知ると、なぜか弟子入りを志願します。
単なる親戚の高校生なのに森先生の家に下宿しているだけで書生扱いされている達郎は、いわくありげな志保のでっかい荷物を問い質しました。
実は志保はカナダに旅行に行く予定でした。ところが空港で大嫌いな知り合いに会い、説教を始めようとしたので航空券をぶつけて帰ってしまったのです。ところがタクシーにのると万札しかない、タクシーの運転手が不機嫌になったので再びお札を投げつけて見たことの無い場所で降りてしまい、今に至る・・・。
友達には海外旅行に行く、と言って出たので家にも帰れず、1ヶ月ほど森先生のところにおいて欲しい、というのです。
食費の前払いだといって30万をポンと出す志保に、森先生はどうせ金持ち娘の気まぐれだからと弟子入りを許します。
ところが食事を作ろうとすると炭の山ができ、掃除をしようとすると天変地異が起きる始末。それに文句を言うと逆ギレして金返せ!というので困ったものです。
そして、そんな志保がキレすぎてしまう事件がありました。
志保がタバコを吸ってるのを見た森先生がタバコを取り上げて「やめなさい」と言うと、志保がヒステリックに喚き始めたのです。
「ああしろ こうしろ それじゃない あれじゃないって いったいどうしたら気に入るっていうのよ」
おかしくなった志保を森先生は静かにたしなめ、志保のなんとか我に返ります。
こうして平穏な日が何日か過ぎますが、森先生、原稿がちっともできておらず締め切りに間に合いそうにありません。
なのに出版社からの電話では「10編もかけた」なんて言う始末。
実は題名すら決めていなくて追い詰められた森先生、辞書を引いて適当な題名を決めようとしますが、「借金」「火だるま」「差し押さえ」「夜逃げ」等、純文学にはありえない題名ばかり。だったら文学論でも語っていれば初心に帰って何か書けるかと思ってみれば、文学論もひとことも話せず泣き出す始末。どうしようもない森先生です。
その夜、志保は寝る準備をしながら一人で思いだし笑いをしていました。
「『借金』って題はすごいな。今度書いてみようかしら」
でも、ハタと思い出します。
(そうだった、そんなこともうやめるんだわ。やめる?やめられないから悩んでるくせに)
眠れなくなった志保はこっそりタバコを吸おうとしますが、森先生に見つかって取り上げられてしまい、意地になって外に買いに出かけます。
でも、時間は真夜中、志保は女子大生、なんだか後ろから誰かにつけられているような気がして恐くなってきます。
なんとか走って逃げた先では、達郎と、息を切らした森先生が。
自分を心配して一生懸命おかけてくれたこの二人に、少しだけ素直になれそうな気がする志保でした。
そんなる日、森先生のもとに出版社の編集者がやってきます。志保の顔を見てあれ?と首を傾げる編集者、志保はすぐに姿を隠しますが、数日後、その編集者が二人の男を連れて再びやってきました。
実は志保は、渡瀬志子という名前で人気の、女子大生作家だったのです。訪ねてきたのは志保を担当する編集者と、文芸評論家の志保の叔父。空港で志保に出会って説教をはじめた人物でもあります。
二人の姿を見た志保は、達郎と一緒に逃げ出します。あとから追いかけてきた森先生にも、志保は本当のことを話はじめました。
高校生の頃小説を書いて賞を取った志保。けれど、「俺が育ててやった」と言いた気な叔父に嫌気がさします。ものを書いてお金をもらう以上、人から何か言われるのは仕方ない・・・頭では分かっていてもやっぱり疲れます。
誰かに相談しても、「ああしろ、こうしろ、それは違う」と指示ばかり。志保は、答えが欲しいわけじゃないのです。
「そりゃつらいねぇ。」
そんな志保にひとこと、森先生が言います。志保が求めていたのは、それでした。
何も言わなくて良い、ただ、黙って聞いて欲しい、嘘でもいいから、分かるよ、って言ってほしい・・・。
誰かにそう言って欲しかった志保は、森先生のひとことに元気を取り戻して森先生の元を去って行ったのでした。
後に残された達郎が、「女子大生と駆け落ちしようとした」と噂されてるなんて夢にも知らずに・・・・・・。
お気に入りphrases
「そんなにムキになるほど重大な事は世の中にそういくつもなかろう。」
ヒステリックに騒ぎ始めた志保を落ちつかせて、森先生が言った言葉です。
普段生活をしていると、ささいなことでむっとする事は少なからずあります。
たとえば前を歩く人がとろとろ歩いている時、スーパーで、子供がぶつかってきたのに謝りもしない時、所構わずタバコを吸っている人を見かけた時。
でも、非常識な人間のせいで数分であっても不愉快になるなんて損なことだ、と思いなおしてできるだけ腹を立てないようにしています。それでもむっとしたり気にしたりする事はあるんですけど。
あと、この漫画には遠藤先生のスタンスの一つが組み込まれているように思います。
遠藤先生本人も「私の漫画は説教臭い」なんて書いていますが、説教臭い割りにうるささを感じないのは、迷える登場人物達に「ああしろ、こうしろ、そうじゃない」と言ってないからではないでしょうか。
遠藤先生の漫画の中で、「生きるとはこういうことだ」「勇気とはこれなんだ」といった、「答え」を書いているお話ってほとんどないように思います。
私も、人にあれこれ言われるのは嫌いなくせに、人に相談されるとついあれこれ言ってしまいます。もっと聞き上手にならなきゃいけないなーとは思っているんですけど。
これについてはちょっと身につまされたできごとがあります。
中学1年の時、クラス全員の提出物を集めて先生に提出しに行ったはずの友達が、泣きながら戻ってきました。
提出時間を守れなかったので、受け取ってもらえず、「あんたのクラスは提出しなかったから成績を下げる」と言われたというのです。
とんでもない先生ですが、それはおいといて・・・「どうしよう・・・。みんなにも悪い」と泣く友達に、私は「一緒に受け取ってくれるように頼むから、もう一回行ってみよう。」
と言いました。でも友達は、よほどひどい事を言われて嫌な思いをしたのか。首を振りつづけるばかり。
別の一人は、「もういいよ、成績がちょっと下がるくらい。」
と言いました。その言葉で、泣いていた友達は、「いいの?ごめんね。」と言いつつ安心した顔をしたのです。
と、そこまでなら良かったのですが、そのあと私は「成績が下がるのが嫌だからって無理矢理行かせて・・・。」って非難されたんだよな・・・。
どうしてそうなるんだよ・・・その友達は結構責任感の強い人だったから、責任を感じなくて済むように、一緒に出しに行こう、って行ったのに・・・・・。
でも、月日が経つと思いはじめました。あれは、何か答えを欲しかったわけじゃないんだろうな、って。
多分彼女も、どうすれば「責任を果たす」上で良かったのかは分かっていたのでしょう。でも、そんなことを誰かに答えて欲しかったわけじゃなくて、「もういいよ。」って言って欲しかっただけなのでしょう。
もう一つ思うのは、誰かに相談する時、人は無意識にでも、相手に答えて欲しい言葉を決めている、ということです。
だから、相談される側は、「どうすればいいか」ではなく「どう答えて欲しいのか。」を考えなくちゃいけない。
ものすごく難しいことです。せめて、人の話を黙って聞くことぐらいはできるようになりたいものです。
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