『短編集』




『いつか夢の中で』収録「誰かが待っている」

あらすじ

ある日、とある村の若い医師のもとに連れてこられた患者・・・それは、ウェディングドレスを着た記憶喪失の女性でした。発見者の話によると、村外れの雑木林を歩いていたそうです。
医師は、とりあえず女性を自分の家に引き取ることにしますが、幼い妹のアンジェラは面白くない様子。だって、医師であるお兄ちゃんのことが大好きで、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するつもりなのです。若い女性が現われては面白くないのも当然でしょう。
しかもこの女性、「兄妹は結婚できないのよ。」などとアンジェラに追い討ちをかけてしまい、ますますアンジェラは女性のことが気に食わなくなるのでした。
しかしこの女性、やってきた翌日にはあっさりと記憶を取り戻していました。名前はジュディ。彼女は、最愛のケビンと幸せな結婚式を挙げている最中でした。でも、妊婦姿の女が式に乗り込んできて、ショックのあまり教会から逃げ出したのです。
そして、ショックを受けたまま車を運転し、雑木林に突っ込んだあとは記憶にない・・・と。
こんな大恥をかいては家に戻れないと話すジュディは、そのまま村に居つきます。
そんなある日、医師は往診で留守。家にはジュディとアンジェラの二人きりになりました。天気が急変し、外では雷が鳴り始めます。
その時、アンジェラの部屋から悲鳴が聞こえました。
驚いてかけつけたジュディの目の前で、アンジェラは錯乱したように「ママ、やめて!」と叫びます。ずっとそばに付き添ってアンジェラを見守ったジュディですが、いつもは生意気なアンジェラの尋常ではない様子に驚き、医師にこのことを話しました。
そして、医師はアンジェラの母・・・つまり医師の母でもあるのですが・・・から、アンジェラが殺されかけた話をします。
赤ん坊の頃、アンジェラは育児ノイローゼになった母親から殺されかけたというのです。
いつもは生意気なアンジェラの意外な一面を聞かされて、ちょっとしんみりしたジュディでした。
そんな時、村を出て行くことになった少年が、アンジェラと医師にお別れを言いに来ます。少年は「待っている人」が決まったから出て行ったのだ、と医師とアンジェラはジュディに説明します。
いまいち意味が理解できないジュディ。医師は、やがてはアンジェラにも待っている人が現われてここを出て行くのだと言います。それを「嫁に行く」ことだと解釈したジュディはアンジェラを慰めますが、いつになくしおらしいアンジェラは語り始めます。
いつかはこの村を出て行かなきゃいけないことは分かっている、嵐の夜、母が自分を殺したことも覚えている。自分は、そんなにも疎ましがられていたのか、産まれた時は喜んでくれたはずなのに、一緒にいて幸せだと思ってくれたことはないんだろうか?
ジュディの心に、ケビンとの幸せな日々がフィードバックします。
相手のことを好きだった・・・でも、一瞬何かを見失ってしまうと、もう何も分からなくなってしまうこともある・・・。
裏切られても信じなければ何も始まらない・・・ケビンのことも・・・。
そう思った時、ジュディは気付きます。この村には、カレンダーもテレビも電話も無い・・・ここは一体どこなんだろう?
そう思った瞬間、ジュディの周囲が真っ白になります。
現われた医師は、「君もこの村を出て行く時がきた。」と言い、光の差す方角を示しました。
医師とアンジェラの姿はどんどん小さくなっていきます。

そして、ジュディが次に目覚めたのは病院のベッドの上でした。ケビンが枕元に縋りついています。
なんと、結婚式に乱入してきた女は、別の「ケビン」の結婚式に乱入するつもりだったのです。単なる人違いで、ケビンは潔白でした。
ジュディは結婚式を飛び出し、車を木に激突させて意識不明に陥っていたのです。
「誤解したまま別れてしまわなくて良かった。」
と涙ながらに語るケビン。ジュディは丸1日意識不明に陥っていたというのですが、ジュディは長い夢を見ていたような気分になります。
でも、どんな夢かは思い出せないのです。あの村にいた記憶が消えているのです。

月日は流れて・・・
幸せな結婚生活を送っていたジュディとケビンに、さらに嬉しいニュースが飛び込んできます。ジュディが妊娠したのです。
ずっと子供の名前を考えていたと言うケビン。彼が、「女の子ならアンジェラで・・・。」
と言いかけた時、ジュディの目から、突然涙が溢れます。
産まれてくるのはきっと女の子・・・そう確信したジュディは、お腹の中の子供に語りかけます。
「待ってるわ、アンジェラ。」と。

お気に入りphrases

「よかった。誤解したまま別れてしまうなんて事にならなくて。」」

ジュディが目覚めた時、枕元にいたケビンが言った言葉です。
遠藤先生のテーマ?のひとつに、「誤解したまま別れてあとで後悔する。」というのがあります。
後悔すると分かっていても、人はいつも、過ちを犯してしまう。今度こそ気をつけようと思っても難しくて、誰も傷つけたくないと思っていても傷つけてしまう。
傷つける側から描いた作品が多いのですが、ジュディは傷つけられている側です。
人生最良の日に最愛の人に裏切られ(誤解ですが)、結婚式場を飛び出して事故に遭って意識不明の重体・・・(その割には無傷だったような・・・)
で、死後の世界(?)のような場所で、同じく傷つけられた側であるアンジェラに出会います。
アンジェラの場合は誤解でもなんでもなく、本当に母親に裏切られ、殺されています。だから、「私はママに憎まれてたの?」と、ずっと傷を負ったまま誰かが名前を呼んでくれるのを待っています。
『誰かが待っている』は、アンジェラのことを誰かが待っているのはもちろん、アンジェラのような子供達、傷つけられたまま別れてしまった不特定多数の人々も、次の出会いを待っている、ということかもしれません。





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