遠藤淑子




『天使ですよ』収録「君の為にクリスマスソングを歌おう」

あらすじ

場所は地上のどこか。時代は不明。でも、争いが起きていることでは変わらない。
舞台は、そんな戦争の前線にあるとある野戦病院の分院。すぐに死ぬ人ばかりいるから、医薬品などの物資も充分には回してもらえません。
物資を送ってくれない上層部にやり切れなさを感じるドクターや、亡くなった兵士の遺品を遺族へ届けてやろうとする衛生兵ジョセフ、それに、グラサン・長髪のちょっと風変わりな神父がこの戦場で働いています。
そんな神父がクリスマスにキリストの生誕劇(現代版:どんなものかは直接読んで笑ってください)をやろうと言い出し、劇の衣装合せで戦場には久しぶりに華やいだ雰囲気が生まれます。
が、そんな時にも地雷が爆発して多数の負傷者が出たという知らせが入ります。
輸血用の血液も不足し、神父やドクターが献血を始める始末。それでも死にゆく者はいます。どんなに必死に助けようとしても助けられない・・・そんな今の状態に、ドクターは苛立ちとあきらめにも似た気持ちを持ちつづけるのです。


そんなある日、ジョセフが見回りをしているとドクターが声をかけます。コーヒーを飲みながら世間話を始める二人ですが、ジョセフには、少しだけ心に引っかかっていることがありました。
ジョセフは今年一杯で兵役が終わるのです。衛生兵として実戦には出ず、無事に帰ることができる・・・それは嬉しいけれど、大勢の人が死んでいくのに自分だけ無事を喜んでいていいのか・・・
そんなことを語り始めたジョゼフですが、突然現われた神父に、
「そんなこと考えてたってしょうがねぇんだよ。せっかく神様から頂戴した命なんだから大事にありがたく使用することだけを考えてりゃいいんだ」
と言われてドクターの部屋から追い出されてしまいます。
あとに残ったのはドクターと神父。どこからかワインを持ち込んで飲もう!と誘う神父に流されるように、今度はドクターが自分の心に引っかかっていることを語り出します。
自分は本当は医学者で、恩師でもあり、妻の父でもある人に命令されて、慣れない戦場へやってきた。一生懸命やてはいるけれど、助かる人間より死ぬ人間の方が多い現実・・・医者として不本意な結果ばかりをもたらす現実・・・。


ある朝、ジョセフが神父のもとにやってきて、葬式をするから祈って欲しいと頼みます。
が、そこには一羽の鳥の死骸がありました。近くの森に住んでいたのでしょうが、爆撃で森は焼け、食べ物がなくなった鳥は死んでしまったのです。
「いつまでこんなことが続くんですか」
ジョゼフは神父に問い掛けます。人を殺しているのに正義だという世界。そんな世界に、神様は本当にいるのか・・・。


クリスマスが少しずつ近づいてきます。今年一杯で兵役が終わるジョセフが、故郷に帰れる日も近づいています。
ところが、救援物資を運ぶヘリコプターの誘導をしていたジョセフの上に、ヘリコプターが落ちてきます。
乗員は全員即死。そして、ジョセフは左足の全てと、右足の膝から下を失ってなお、命が危険な状態にさらされます。
設備なんて整っていない病院では、充分な治療なんてできないのです。
心配した神父はジョセフの見舞いに訪れます。
が、「足が痛い」と呻くジョセフに「足は切断したからもう無いんだ、とは言えない神父。
気休めに「痛み止めを打ってもらおう」と言う神父ですが、ジョセフはそばにいて話をしてほしいと神父を引きとめます。
命が危険な状態で、ジョセフは幼い頃の楽しかったクリスマスの思い出を語り始めます。
父の買ってきた”サンタのプレゼント”、姉と二人でプレゼントにはしゃいだこと、降り積もる雪、そして、父が毎年かけるクリスマスソングのレコード・・・・・・。
幸せだった日々。どうして人間は、そんな幸せだけでは満足できなくなったのか・・・・・・。
神父が外に出ると、空には満点の星が輝いています。
そんな星空の下で、ドクターがヘリコプターの残骸の中にいました。使える医薬品がないか、一人で探していたのです。
それを手伝いながら、「言い奴ばかりが早く死ぬ」と呟く神父。
いつも、悩みを相談しにきた兵士や弱音を吐くジョセフ、ドクターにタフな助言をしてきた神父ですが、一番迷っているのは神父だったのかもしれません。
神様が人間に何をさせたいのか・・・そんなこと、神父にだって分からないのです。
「でも生きなきゃ」
満点の星空を見上げてドクターは言います。
「私達の細胞は常に生きる努力をしているよ」
「ああ。生きてゆかなきゃな。」
神父も、うなずきます。


ジョセフは大きな病院に移送されることになりました。
別れ際、神父はジョセフに告げます。
「お前は生きろよ、何としても。でないと俺達も生き残れないんだから。」
ジョセフは神父の手を握りながら笑顔で、
「クリスマスにカードを送りますね」
と告げてヘリで運ばれて行ったのでした。


お気に入りphrase

「私達は―私達は悲しくて孤独な生き物です。だから誰かの為に、せめて愛する人の為に・・・・・・」


誰の台詞かは分かりません。
ただ、ジョセフがヘリコプターで運ばれる最後の1ページで流れる台詞です。
お話の一番最後には、一番最初にジョゼフが亡くなった兵士の遺族に送ってやろうとした手帳が描かれています。
せめて愛する人の為に・・・・・・当然そのあとにはこのお話の題名でもある「クリスマスソングを歌おう」が入るのでしょうが、このクリスマスソングが象徴しているのは日常の中にある幸せなのだと思います。
クリスマスを祝えるのは幸せだから。戦場では、クリスマス用の劇を練習している時にも地雷が爆発し、ヘリコプターが落ち、死傷者が出て、愛する人に悲しみや心配をかけます。
兵士に残された遺族のように、ドクターにとっては妻や子供、ジョセフにとっては一緒にいたずらをした姉やプレゼントをくれた父、そして、神父にとっては、心優しいジョセフや死にゆく人の方が多くてもがんばるドクター。その他の、自分にとって大切な人々すべて。
そして、自分が愛している人、大切だと思っている人は、同時に自分のことを愛し、大切にしてくれる人でもあるのです。
だから、題名の『君のために・・・』の『君』はあらゆる人間です。
ささやかな日常の中で幸せに生きてる人々・・・なのに、どうしようもない無力な世界に放り出されて、その現実を受け入れるしかない人々すべてに、日常の幸せの象徴、クリスマスソングを歌おうとしているのです。

このお話は非常に淡々と進みます。
戦場にいる軍医や神父、衛生兵の日常の生活を、ただ淡々と描いているだけです。
大きな事件や劇的な結末はありません。ジョセフが助かったのかどうかは分からないし、ドクターや神父の悩みはこれからも続きます。
唯一の答えらしきものは「生きている限りは生きるしかない」ってことでしょうか。あまりにも救いのないお話です。
なのに、これは名作だらけの遠藤ストーリーの中でも、3本の指に入るくらいの名作じゃないかと思います。絶対に読んで欲しい一品です。
最後まで、幸せになった人は一人もいません。神様がいるのかは分からないままで、優しいジョセフさえ生死は不明、ドクターや神父だって、いつ死ぬか分からない身の上です。
でも、そんな弱くて小さな人間一人一人の漠然とした苦しみを淡々と描くことによって、「ささやかさ」の幸せが強調されます。
遠藤淑子は、戦争に至った背景や、戦況がどのようなものか、敵は誰なのかを一切語っていません。
最初に、「常に地上のどこかで争いが起こっている」と書かれてあることから、どんな争いであってもこのお話で描かれている人間の愚かさや弱さ、小ささ、それに打ち克とうとする生きる意志が全ての争いの共通項であることがうかがえます。
さらに、「戦争」ではなく「争い」としたことで、本当の戦争ではない、人間のあらゆる「争い」の本質を描いているようにも思います。(考えすぎ?)
争うことで奪われるささやかな幸せがいかに大切なものか、ということが本当のテーマだと思うのです。
このテーマは、遠藤ファンなら誰でも知ってる『HEAVEN』に最もよく受け継がれています。
今もやっぱり世界のどこかには争いが起きています。たとえ、それが「戦争」という形を取っていなくても、誰かの為にクリスマスソングを歌いたい人のささやかな幸せが失われる状態であれば、遠藤淑子のいう「争い」になるのだと思います。
「争」の文字の入ること・・・人との競争でも同じです。誰かと比べて無意味に争ったり、悩んだり、苦しんだりせず、ちょっと町の風景に目をやれば、明るいクリスマスソングが流れてきて幸せな気持ちになれる・・・そんなささやかな幸せを大切にしたいものです。






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