遠藤淑子




『山アラシのジレンマ』

あらすじ

野球の名門共栄高校の元エース、西村茂有は、甲子園直前に骨折して野球生命を絶たれてしまった。野球の出来なくなった西村は普通の高校に転校する。
転校先の高校で、西村は津野龍太郎と出会う。学級委員長で龍太郎と幼馴染でもある水沢鮎子は、龍太郎はお父さんがアメリカ人、お母さんが日本人なのだと教えてくれるが、どうみてもハーフではなく、完璧アメリカ人。何か事情がありそうだ。
夢を絶たれたばかりの西村は、見た目が他の人間とは異なる龍太郎が学校中の人気者で楽しそうに過ごしているのを見てなんとなく面白くない。
その日の下校中、偶然西村を見かけた龍太郎は、西村がやくざ風の男につけられているのに気付く。翌日も西村はつけられていた。見かねた龍太郎は西村につけられていることを教え、男たちを撒くために一緒に逃げ出す。
逃げた先は龍太郎の実家のそば屋。父親は死んだものの、気風のいい母親と元気な祖父に囲まれた龍太郎を見て、西村の龍太郎への反感はさらに増す。
一方の龍太郎は逆に西村のことが気になる様子。何か事情があるなら話してくれ、と西村に言うが、龍太郎に反発を覚える西村は「日本人の真似をして上辺だけ人と仲良くしているくせに!(要約)」と龍太郎に怒鳴って走り去る。
それでも西村が気になる龍太郎は、その場に居合わせた鮎子に西村に電話をかけて様子を見てくれるように頼む。鮎子は西村に電話し、龍太郎の言葉を伝える。
「日本人じゃないのは本当のことだから自分は傷ついていない。でも、言った西村の方が傷ついている」と言った龍太郎の言葉と、『山アラシのジレンマ』という言葉の意味を伝える。2匹の山アラシが、暖め合おうとして近づけば近づくほど、互いのとげで傷付け合うことをいうのだという。その話を聞いた西村は、自分が龍太郎にお門違いの反感を持っていることを認めた。
だが、話している最中に誰かと格闘する音がして、西村はさらわれてしまった。
鮎子からそのことを聞いた龍太郎は、前に西村をつけていた男が出入りしていた暴力団事務所を思い出し、救出に向かう。
助けに来た龍太郎に、西村は暴力団に狙われる事情を説明した。
暴力団=花増組の組長の息子は、共栄高校時代の西村の先輩だった。花増は3年だったが控え投手で、後輩なのにエース西村の影だった。花増は、自分の分まで西村に頑張って欲しいから一緒に特訓をしようと西村に持ちかけたが、その特訓が原因で西村は疲労骨折し、野球生命を絶たれてしまったのだ。結局甲子園では、今まで西村がつけていたエースナンバーを花増がつけ、西村は今まで花増がつけていた15番のユニフォームでベンチに座っただけだった。
実は、花増が始めから自分をつぶすつもりで疲労骨折をさせたのだと知った西村は、転校の置き土産に今まで花増がやってきた悪事を学校にばらし、花増は退学になったのだった。
だから自分はつけねらわれているのだ、と西村は龍太郎に話す。
暴力団のもとを何とか逃げ出した西村と龍太郎。西村は逃げる最中に花増(父)が「ユニフォーム・・・」と言いかけたのが引っかかったが、逃げ切ったことで安心して忘れてしまう。
川辺で休憩しながら、龍太郎は鮎子が話した山アラシのジレンマに「起き上がってだきあえばいーじゃん」と答を出し、逃げる途中に怪我をしたことも、「傷なんかすぐに治る」と笑い飛ばした。「お前が言うならいっとそうだ」と素直に龍太郎の前向きな姿勢を認、西村は頷いた。

翌日、鮎子は西村の身に一体何があったか聞こうとするが、龍太郎の説明(息子の報復でやくざの父親が出てきた)に納得できない。相手が相手なだけに、これ以上首を突っ込むな、という龍太郎の姿に、鮎子は何となく距離を感じてしまった。
だが、まだ終わってはいなかった。西村の家に空き巣が入ったのだ。とはいえ通帳も現金も盗まれておらず、花増達の仕業ではないかと考えた西村は、花増の「ユニフォーム・・・」という言葉を思い出す。そういえば最後にもっていた15番のユニフォームはもともと花増のものだった、と思い当たったのだが、野球やめた時に未練が残らないようにと捨ててしまったので、どうすることもできない。
考え込む龍太郎と西村。つまはじきにされる鮎子。龍太郎との距離を更に感じる鮎子に、同級生(多分)が交際を申し込んだ。迷う鮎子だが、ユニフォームのことを隠す龍太郎に腹を立て、付き合うことにする。(つまり龍太郎へのあてつけ?)
ところが捨てたと思っていたユニフォームは西村の母親が隠してとっておいた。早速調べて見ると、背番号のところに領収証が入っていた。「硬球代¥一千万」で受取人は猿渡犬吉・・・なんじゃそりゃ?と思いつつ、西村はどっかで聞いたことある名前だなーと思うのだった。

一方鮎子はデート中。なのに相手との話しは上の空で、相手に責められ逆ギレしてしまう。そんな自分に嫌気がさしてがっくりしながら帰ろうとすると、龍太郎が迎えに来た。一緒に帰ろうとする二人をやくざが囲む。龍太郎を人質にして、西村に領収証をもってこさせようというのだ。鮎子に先に帰れと言う龍太郎。こんな時にも茶化して「無事に戻ったら寿司おごれ」と言う龍太郎(鮎子の家はおすし屋さん)。鮎子は家に戻り、警察に電話して龍太郎が無事戻ってくるのを待った。
ほとんど怪我もなく、無事戻ってきた竜太郎は、鮎子もやくざに顔を覚えられたかもしれないから気をつけろ、お前は巻き込みたくなかったのに、と告げる。
昔はいじめていたはずの龍太郎がいつの間にか大きくなったことを実感する鮎子。でもそれがなんとなく嬉しいのだった。

とはいえまだまだ花増組に狙われる西村&龍太郎。けれど、もし何か共栄高校に関係する不祥事だとすれば、かつて一緒に練習した仲間たちが甲子園に出場できなくなるかもしれない、そう考えた西村はできれば警察沙汰にはしたくない。花増に恨みはあっても野球部自体が悪かったわけではないのだ。
とはいえ相手は本物の暴力団。高校生が太刀打ちできる相手じゃないし、と話し合っていると、龍太郎のもとへ3人の外国人が訪ねてきた。龍太郎の本当の母親とその再婚相手。それに通訳である。
実は龍太郎は父親の連れ子で、英語教師として来日し、今の龍太郎の母親、光子と再婚したのだった。光子とは血のつながりがなく、ハーフに見えなくて当たり前。本当の母親は事故で子供が生めない体になっていた。再婚相手の男性は会社を経営しており、自分の子供ができないならせめて妻の子供を養子にして会社を継がせたいと考えていた。二人は龍太郎を引き取るつもりで探しつづけ、はるばる日本までやってきたのだった。
今更何を言い出すんだ、と二人を追い返そうとする龍太郎だが、光子は「自分のことは自分で決めなさい」と突き放し、龍太郎を引きとめてはくれない。それどころか鮎子も引きとめてくれない。
全く似ていない義母光子と自分によく似た本当の母親を前にして、さすがの龍太郎も戸惑う。
「せめて髪だけでも黒ければ・・・」と初めて弱音を吐く龍太郎に、唯一西村だけはちょっぴり同情してるかも?
悩む龍太郎を置いて、西村は花増(先輩)に事情を聞こうと会いに行く。
そこで西村は、実は疲労骨折はレギュラー獲得のためではなく、野球賭博絡みで、共栄高校を優勝させないためだと聞かされるが、油断した隙に捕まってしまう。
実は領収証は野球賭博の証拠品で、胴元の猿渡代議士に渡すはずだった。なのに警察の手入れの際に慌てて息子のユニフォームに隠しておいたのが西村の手に渡ってしまったのだった。
領収書を手に西村救出に向かう龍太郎

〜中略〜


なぜ中略か?それはですね、私のように文章能力のない人間にはどうやって花増が改心したのか書けないからです。第一、文章にするとかなり真面目な漫画のようですが、かなり笑える内容です。それすら表現できない私に、改心劇を表現することはできない・・・

無事西村を救出した龍太郎が意気揚揚と家へ帰ると、光子が待っていた。
本物の母親が今夜の飛行機で一旦帰るという。今度来日するときは弁護士を連れてくるらしい、と告げられ、龍太郎は母親に会いに行く。
お互いに何を言っているかすら分かり合えない親子が、別々の月日を過ごしてきた。その失った時間を取り戻そうとするより、今の場所で頑張りたいんだ、と告げる龍太郎に母親はなくなく龍太郎をあきらめる決意をする。
「でも忘れないで・・・愛してるわ・・・」という言葉を残して。

母親を見送ってそば屋に戻ってきた龍太郎を光子や鮎子、西村、それに学校の仲間が笑って出迎えてくれる。
本当はただ単にまた「外人」になるのが恐くて行かなかっただけかも、と落ち込み気味の龍太郎だったが、声にならない応援が聞こえた。
「がんばれ、とげを持った山アラシ達」と・・・

終わり・・・ああ、長かった・・・
お気に入りphrases

一応セットということで。
子供時代:龍「なんでみんなジロジロ見るのかな、おれどっか変なのかな」
      :鮎「ちがうよ、龍を見てんじゃないよ。あたしがかわいいからよ」
高校生:龍「本音はアメリカに行ってまた外人になるのが恐かったのかもしれないな」
     :鮎「ちがうわ。あたしと別れるのがつらかったからよ」
本当の優しさとはなにか、を考えさせてくれる台詞です。この部分だけ読むと鮎子はなんて自信過剰な女なの!?と思うところですが、当然わざとです。落ち込む竜太郎に、単に「そんなことないよ」と言うのではなく、じゃあ何故なのか?を龍太郎が気にしないように全然違う理由で説明しています。
当然龍太郎もそれに気付いていて、鮎子の気遣いの分だけ余計に優しさを感じるのです。で、言外に込められた「がんばれ」という声が聞こえてくると言う寸法。
ところで題名の「山アラシのジレンマ」ですが、このお話だけでなく、遠藤作品全般にこのテーマもよく現れます。
落ちこんでいたり心に傷をもっている人間が、本当は優しくしてほしいのについ強い言葉で相手を傷つける発言をしてしまい、実は相手を傷つけた以上に自分が傷ついてしまうというパターンです。
この作品中だと、まず西村が幸せそうな龍太郎が自分を構おうとした時に「日本人のふりしてrくせに!」と言ってしまいます。で、言われた側は言った側の方が傷ついていると分かって受け止めてくれる、というのも遠藤作品には多いパターン。この時も龍太郎はそんな言い方をしてしまうまでに追いつけられた西村を逆に心配しています。
それから鮎子。好きでもない男に交際を申し込まれ、龍太郎との距離感を埋めたい気持ちの反動で付き合うことにします。でも、結局少しも楽しくなくて相手を殴って逃げてしまいます。この時殴られた側は「おれがなにしたんだよー」と泣いてましたが・・・。
相手が悪いことをしたわけではなく、自分が気持ちを誤魔化そうとしてそうなったことが分かるから、鮎子も「世界中で自分が一番嫌い」と落ちこみます。
龍太郎の本物の母親が現れたときも、龍太郎自身が判断してアメリカへ行くかどうか決めて欲しい、と伝えたかったのに突き放した言い方をしてしまい、「トゲだらけの山アラシってあたしのことだ」と落ち込み気味。
そんな山アラシ達を受け止めてばかりいるような龍太郎ですが、彼も本物の母親が現れたときには怒って追い返そうとします。光子に「そんな言い方するんじゃない」と言われても改心する気配無し。そういえばそんな龍太郎が一体どこで母親に素直に自分の気持ちを伝える気になったのか。
もともとアメリカへ行く気は無かったのと、光子や鮎子の突き放した言い方の真意は分かっていたからだろうな。あと、西村を助けに行く時に、本物の母親とは言葉が通じなくて意志疎通が計れないのに対し、光子とは100%分かり合えてたからでしょうか。
そういえば、あまり本物の親子の絆を前面に打ち出さないのも遠藤作品の特徴ですね。別に血のつながりを疎かにしているわけではないのですが、それよりは今まで一緒に過ごしてきた年月や共通の体験、思い出なんかを大事にしている作品が多いです。
そう考えると、『山アラシのジレンマ』って遠藤ワールドの集大成といった感じの作品ですね。
ちなみに私がはじめて読んだのがこの作品でした。割りと初期の作品で、その後も続々と泣いたり笑ったりできる作品がたくさん出ていますが、未だにこのお話が一番好きです。





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