硫黄島からの手紙

  第79回アカデミー賞 4部門ノミネート作品。 第2次世界大戦時の最も悲劇的な戦いと言われる“硫黄島の戦い”を、日本側の視点から描いた作品。
  イーストウッドが監督し、スティーヴン・スピルバーグが製作した。

                              

【プロローグ】
 硫黄島は東京から1250Km南にある日本の領土で、東京とサイパン島のちょうど中間に位置する東西8km、南北4kmの島である。現在もこの島には許可無く上陸できないので、遺骨収集など終わっていないとされ、戦時の廃残が放置されている。
 第2次世界大戦末期の昭和20年2月16日、連合軍は島を防衛していた日本兵22、000人の部隊に海と空から砲火をあびせた。 5日間もたないと言われた戦闘が36日間続き、生き残った日本兵は1,000人程度、連合軍は6,821人が戦死し、約2万人が負傷した。 数十年後、荒廃した島の地中から数百通の配達されなかった手紙が掘り出された。 硫黄島が日米双方にとって死守すべき重要な拠点とされたのは、米軍にとってはサイパン島からの攻撃にくらべて、爆撃機の本土爆撃が半分の飛行距離で済むことと、サイパン島から本土攻撃に向かった飛行情報が硫黄島から伝達されるために、本土で防衛体制が出来ることを防ぎたかった。 日本側にはこの島を失うことで爆撃の飛行距離が近くなることもあったが、フイリピンなどの占領地を失った時と違って、初めて本土を失うということでもあったので、どうしても死守したかったのである。

                               

【キャスト】
栗林忠道中将(渡辺 謙) 家族思いのアメリカ留学の経験もある男で、陸軍中将として硫黄島守備隊の総指揮官として赴任する。
伊藤海軍中尉(中村獅童)栗林中将の指揮を拒み、誇りある軍人として退却よりも潔い自決を選ぶ中尉。
西郷昇陸軍一等兵(二宮和也)出征前は妻と二人でパン屋を営んでいた。妊娠中の妻を残して出征し、生まれた子供の顔は未だ知らない兵士。
バロン西(西竹一陸軍中佐)(伊原剛志)オリンピックの馬術競技で金メダルを取った有名人。捕虜の通訳にあたる。
清水洋一陸軍上等兵)(加瀬 亮)元憲兵隊のエリート士官。 上官の命令に反抗した罪で、硫黄島の西郷たちの隊に配属される男。
花子      (裕木奈江)西郷の妻。子供を身ごもっていた時に夫が出征し、子供と二人で夫の帰りを待つ妻。
野崎陸軍一等兵(松崎悠希) 西郷と同じ隊の戦友。
藤田正喜陸軍中尉(渡辺 広)栗林中将の副官。
大久保陸軍中尉 (尾崎英二郎)西中佐の亡き後に隊を任される男。
谷田陸軍大尉(坂東 工)西郷らの隊の直属の上官。
柏原陸軍一等兵(山口貴史)西郷らの隊の戦友。
小澤陸軍一等兵(安東生馬) 西郷らの隊の戦友。
愛國婦人会の女性(志摩明子)
犬の飼い主の女性(ブラック縁)
サム  (Lucas Elliott) 俘虜となる米国海兵隊員。
米軍将校 (Mark Moses) 回想シーンでのパーテー出席者。

                                       
【ストーリー】
 2005年の硫黄島。 「硫黄島戦没者顕彰碑」の建つ島には朽ち果てた要塞から沖合いをにらむ戦車、大砲など60年前に戦った日本軍と連合軍の戦いの後が今も残っている。 遺骨収集団の一団が、道の無い崖を下って洞窟に入る。 遺品を回収し写真を撮る。 「おい!・・何か出てきたぞ!」 「慎重にやれよ!」 床の土を掘莉提げると布袋に入った手紙が大量に出てきた。

 1944年6月の硫黄島。 西郷陸軍一等兵から妻花子への手紙。
 ”花子、・・・俺たちは掘っている。一日中ひたすら掘り続ける。 そこで戦い、そこで死ぬことになる穴。・・・花子、オレは墓穴を掘っているのかな?。” 
 日中の強い日差しの中で、西郷たち全ての兵士が浜辺に出て、スコップで塹壕を掘り砂袋を作っている。 上空に友軍機が1機飛来してくる。

 飛行機には新たに硫黄島守備隊の総指揮官として赴任する栗林忠道中将が乗っている。 栗林忠道中将が妻に当てた手紙。
 ”本日付けで私は自分の兵が待つ任地へと向かう。 国のために忠義を尽くしこの命をささげようと決意をしている。家の整理は大概つけてきたことと思いますが、お勝手の下から吹き上げる風を防ぐ処置をしてこなかったのが残念です。何とかしてやるつもりでいたのにそのまま出征してしまって、今もって気がかりであるから太郎にでも早速やらせるが良い”

 穴掘り作業をしていた西郷が厳しい熱さの中でついこぼす「くそ!・・こんな島アメ公にやっちまえばいいのに・・臭せえし暑いし虫だらけだよ。・・・しかも水がねえ」 一緒に穴掘りをしている同僚の兵、柏原が答える「この島は神聖な国土の一部じゃねえか」 西郷は「どこが神聖なんだよ・・・こんな島!アメリカに呉れてやればいい」と言う。 その背後に上官の谷田大尉が見回りに来ているのに気がつかない。 西郷が「じきに帰れるさ」と言ったとき 「貴様!・・・今なんと言った!」と谷田の声がした。 あわてて敬礼をしながら西郷は「アメリカ軍に勝てばうちに帰れると申し上げました」と答えた。 「確かにそういったのか?」 「はい!・・その通りであります」 

 飛行機が滑走路に着陸する。 上官数名が整列して出迎える中で、栗林忠道中将が飛行機から降り立つ。 「栗林です」 「お待ち申しておりました・・・大杉です」 「大分待たせたかな・・・・」 「三時間ほどです」 栗林が言う「ご存知のように大本営は山本元帥の一件以来、到着時刻の予想をすることを良しとせんようになった」 「承知しております。・・・官舎にお連れします」 「いやいや・・まず島を一周したいのだ」 「ジープを取ってきましょうか?」 「歩きましょう・・・健康のためにも・・」 栗林中将はこう告げてその足で大杉海軍少将たちをひきつれ、視察に出かけ、地図を広げて現地を確認した。 

 西郷たちの上官の谷田大尉は西郷と、柏原の二人を激しく竹の鞭で叩いた。 「この非国民め!」  背後から声がした「やめんか!・・」 谷田が振り向くとそこに栗林中将が立っていた。 「何をしているのか?」 「はッ!・・この兵隊共が非国民のごとき暴言を吐いていました」 「そうか・・・では、君はこの二人を前線から退けて、まだ余りある兵を持っているのかな」 「いえ!・・居りません」 「では、体罰はやめるように・・・昼飯を抜きと言うことではどうかな・・・いい上官は鞭だけではなく、頭も使わんとな・・ところでこれは何を作っているのかな?」 「塹壕であります」 「なぜここに塹壕を・・・」 「ここに米軍が上陸すると想定されているからであります」 栗林中将は大杉に「これは辞めさせましょう。・・・もう一点、兵隊には十分に休息をとらせるように・・・」と言った。
谷田は栗林中将が立ち去るとすぐに「作業辞め!・・作業辞め!」と叫んだ。

 昼食の時間になったが西郷たち二人にはお湯だけが与えられた。 「まあええか・・・どうせ腹くだり気味やったしな、・・栗林閣下に乾杯や」と言って、西郷と柏原はお湯を飲んでいる。 そこに同僚の兵士、野崎陸軍一等兵がやって来る。 彼は「ヤツはアメリカに住んだことがあるそうだ。・・・だから塹壕堀をやらせたくないんだ」と栗林中将のことを話してくれた。 柏原が「メリケンの勉強をしておられるんだよ。・・・だからどうやって打ち負かせるかを知っておられるんだ」と言った。 野崎が続ける「204連隊のヤツ等から聞いた話だが、元々、小笠原の兵団長には別の司令官が任命されるはずだったらしいぞ。・・・だけどその司令官が辞退なさったそうだ。・・・だから東条首相は替わりに栗林中将を任命されたんだそうだ」 西郷が言う「野崎、・・・お前はいろんなことが耳に入ってくるな。・・・204連隊のヤツ等は信用できん。・・・おれは栗林と言うのはえらい司令官だと思うぜ。・・みろよ、俺たち砂場の穴掘りからは解放されてんじゃねえか」

 栗林中将たちがすっかり日の暮れた海岸を歩いて視察から本部に帰ってきた。 島の地図が張られたテントの中で中将は「いやあ・・歩いて見たら思ったより広いな。・・・すこしくたびれました」と誰にともなく話す。 そこに「伊藤入ります!」と大きな声をかけて伊藤海軍中尉がやって来る。 「早速ですまないね・・・現在使える航空兵力はどのくらい残っている?」 「戦闘機41機、爆撃機13機であります」 「それだけか?」 「サイパンの艦隊を援護するため先日66機出撃いたしました」 「やはり連合艦隊が頼みだな・・・これは?」といって机の上の文書を見る。 「陸軍はどこに・・・」 「良く存じ上げないのであります。・・なにせ陸軍は高橋大佐が独自に指揮しておりますので・・・」 「陸軍と連携を取っていないのか?」 「海軍の軍規では敵の上陸まで・・」 栗林中将は「これはほんものの戦さなんですよ・・分かってますよね」と声が荒くなる。 さらに「これじゃダメだな。・・・全兵力を海岸線に展開して、武器弾薬は後方に移動させましょう」と言う。 伊藤中尉が言う「お言葉ですが閣下先日海岸線に下ろしたばかりで・・・」 「だから、戻せばいい。・・・速やかに陸軍と連携を取りなさい。・・まず擂鉢山の防御は大事です。・・・私はもう一回りしてきます」といって夜の海岸に出て行った。 残された士官たちが「アレじゃ大変だな」と言うのを聞いて、伊藤中尉は「陸士上がりは大概あんなもんです」と答える。

 誰もいない本部のテント小屋に栗林中将がやって来る。 黒板に貼り付けられた地図を見つめて考え込む。

 西郷が土嚢で囲まれた臨時の郵便係りのところで並んでいる。 順番が来て手紙を広げて差し出す。 「またかよ・・・船があるときしか手紙を出せないことは知ってるだろ・・」 「大家族なんだよ」 「それじゃ、なんでみんな奥さんなんだ」 「うるせえよ」 「よおし、オレがいいこと教えてやるよ・・さも無きゃお前の手紙は絶対検閲を通らないからな。」 「おい!・・何をやってるんだよ」 「オレは前は東京の検事局で働いてたんだよ。・・・花子へ・・我々一兵卒は掘り続ける。・・・だめだ、これじゃ・・絶対無理だ。」 「ちょっと・・・何やってるんだよ」 係りの男は所々を鉛筆で塗りつぶした。 「よーし、これで大丈夫だ。 お前は後で俺に感謝すると思うよ」と言って封をした。 「はい、次!・・」

 兵が横に並んで、前方にある標的に向かい射撃の練習をしている。 一人づつ順番に撃たせる「よーし。・・よーし・・次」と確認しながら歩く。 西郷の撃った弾が大きく的を離れて土煙を上げた。 上官の谷田が「西郷!・・お前の目は節穴か・・的を打ってみろ!・・もう一度!」と怒鳴る。 栗林中将が訓練の様子を見ながらメモを取っている。 また弾が大きくそれる。 「この恥さらしめ!・・・それでも帝国軍人か!・・・今晩は罰則として全員の靴磨きを命じる」 西郷は谷田に襟首を掴まれて押し避けられる。

 兵隊たちが銃を肩に持ち整列して、島の集落を行進している。 空き地に戦車が10両ほど見える。 栗林中将が「藤田・・」と中尉を呼ぶ。 「なぜこんなところに戦車がある?」 「現在使用不能でありますから、只今部品の到着を待っております」 「いつから・・」 「一月ほどです。」 栗林は後の言葉が出ない。 子供がおもちゃの戦車を動かして遊んでいる。  その子供を見ながら栗林中将はまだアメリカに留学中だった頃、息子の太郎に手紙を書いたことを思い出す。 
 ”太郎 アメリカには自動車がたくさんあります。道を横切るにはお父さんは何度も何度も注意せねばならない。車がたくさん行きかいしているからだよ。 太郎、お母さんの言いつけをちゃんと聞いて、いい子にしていますか?。 お父さんは淋しいんです。”
「藤田!・・島民は速やかに本土に戻すことにしましょう」 「はッ・・かしこまりました」

 栗林中将は地図を片手に一人で島を改めて見て廻る。 擂鉢山に登って敵と対峙したときの守備について考える。

 バロン西が西郷たちの作業場のそばを馬で駆け抜ける。 西郷が妻花子に手紙を書く。
 ”花子、・・この島には偉い人がいる。オリンピックの馬術で金メダルを取った西中佐って方だ。第26連隊の連隊長で、つい先日東京から着任したばかりだ。 西中佐は男前だから女ッ垂らしの噂が・・・、でも、この島には女が・・、もう口説く女なんかいない。”

   

 海岸の波打ち際で一人栗林中将がメモを取りながら視察をしていると、砂浜をバロン西が馬に乗って駆けてくる。 「おう・・西中佐!・・持ってきましたか馬を・・」 西が馬を降りて敬礼し、二人は握手をする。 「私も騎兵出身で、・・」 「もちろん存じ上げています。・・閣下がお越しになるのを心待ちにしておりました」 栗林中将は「私らがこいつらと駆け回っていた頃は良き時代と言うことだな。・・・あんな鉄の塊では無くて」と言って馬の背を叩いて戦車を見る。 「もう一頭取り寄せましょうか?。・・一緒に乗りませんか?」 「いやいや・・わしゃもう乗れんよ」栗林は笑ってごまかした。 「それよりも君がオリンピックで優勝した時の馬の話、聞かせてくれんか」 西は四つに折った馬の写真を胸のポケットから取り出して栗林に渡した。 西は胸のペンダントを取り出しながら「この馬はイタリアで買ったんですが、こいつを買おうとした時に、ヤツ等は厄介払いが出来ると思ったようなんです。気性が荒くて誰も手なずけることが出来なかったんですから。 でも私はこう言ってやりましたよ、そんな頑固な馬なら私にはお似合いだって・・・」 「今晩飯でもどうかな?」 「任して下さい」

 夜、本部のテントの中、栗林が西に言う「よくそんなものが手に入りましたね」 西の手にはウイスキーがにぎられている。 料理が運ばれてくる。 「お招きしたのにこんなものしか用意が出来なくて・・・」 「私はこれさえあれば・・・」と西はウイスキーの栓を抜く。 「我等将兵も一兵卒と同じ飯を食わんといかんと命令を下したらこのありさまなんだよ」と栗林が言い訳をする。 西が「しかし、今となっては連合艦隊の壊滅的な被害は痛恨の極みですね。・・・戦艦は未だあるにはありますが、最早我が軍には制海権、制空権ともに無きも同然です」と話す。 「どういうことだ中尉・・」 「やはり、先日のマリアナ沖での一件は、お耳に入っていらっしゃらないんですね。・・・小澤提督の空母艦載機はすでに撃退されております。・・・正直に申しあげても良ろしいですか?閣下。・・・最も懸命な処置はこの島を海の底に沈めてしまうことだと思います。・・・私の戦車でも要る時がくるかなと思いましたので出来るだけ担ついで来ました」西は後を笑いで誤魔化したが、二人の表情は暗かった。 

 栗林中将は地図を改めて眺め、現場の海岸を見に行った。 同行した藤田中尉を「藤田!・・」と呼んだ。 「ハッ!」 「走れッ!・・アメリカ兵だと思って走ってみよ!・・ほら!・・走れ!」 藤田は戸惑いながらも栗林中将が鞭をかざす方向に走った。 「もうちょっとそっちに走れ!・・そらッ!」栗林は一緒に並んで走りながら、「敵だッ!・・走れ!」と叫び、後方の砂山の陰に飛び込んで、鞭を銃のように構えるマネをして射撃の体勢を取った。 「逆だ!・・逆ッ!」栗林は自分も走って場所を変えながら射撃の体勢を取り直した。 海岸線を右に左に走り回る藤田に命令している栗林の様子を若い兵たちが見て首をかしげている。 「わからん・・・閣下もいかれてしもうたな・・」 栗林はなおも続けて「止まれッ!・・突撃!・・・歩腹前進!」と藤田に命じている。 西郷が言う「見てみろよあの腰につけた銃。 アレは死んだアメリカ兵から奪ったもんだ」 「かもしれんな」

 藤田たちの休憩が終わって、作業に戻るとき同僚がおなかを押さえて「水のせいだ・・・オレちょっと失礼する」と言って山の中に入っていった。

 栗林中将が部下を引き連れて砂山の道を歩いている。 栗林は「大きく作戦を変更します。 元山、東山そして擂鉢山一帯にかけて洞窟を掘り、地下要塞を構築する。 地下に潜って徹底抗戦だ。」と言う。 林陸軍少将が聞く「海岸の守備隊はどうされますか?」 「いらんだろうな」 「水際の防御は第一の防衛線です。 海岸での陣地無しでは勝てる戦も勝てません」 「林君、米国が一年間に生産する自動車の台数をご存知か?・・・500万台だよ。・・・彼等の技術力を過少評価しちゃあいかん。 米軍は確実に海岸を突破してくる。・・・兵をそこで無駄に失っては勝ち目が無い」 「兵隊が死ぬのはいたし方ありません。 ですが島の防衛で海岸を放棄するなど聞いたことが無い」 「閣下・・今から洞窟を掘るなど無駄な時間を費やすだけです。出来る限りおびき寄せ、空と海から挟み撃ちにするべきです」 「私もその意見に賛成です」 栗林が言う「大杉君、君たちは知っているんですかね。・・・マリアナ沖で連合艦隊は壊滅した。・・もはやこの島は孤立したも同然なのだ。・・・さらに今朝大本営から新たな命令が下された。残っている戦闘機は全て東京に戻し、本土の防衛に着かせるようにと・・・」 「そんな無茶な・・・どうしろっちゅうんじゃ」大杉たちは望然として肩を落とした。 

 雨の中で兵たちが、テントで集めた雨水をバケツリレイで貯水槽に移している。  
 西郷ははじめてこの島に降り立った日のことを思いだす。 
 雨の中、飛行機が着陸して、背嚢と銃を手に持った兵隊たちが次々と降り立つ。
 ”母上、本日から新しい部隊に配属されることになりました。 このたびの移動については、今お伝えすることが出来ません。 ではお元気で・・”

 洞窟の中、西郷が休憩中に同僚の野崎に話す「おい、これを見てみ。・・」といって本を渡す。 「面白い城だな」 「この城が誰のために作られたか知っているか?。・・・死んだ人のためにだよ」 「へーえ、死んだやつのためにそんな城をなんで?・・・さぞ、金持ちだったんだな。・・・お前なぜそんな本を読んでいるんだよ」 「俺たちは埋めてもらえるだけでもありがたいって・・・」 「やめろよ、縁起でもない」 
 その洞窟に一人で兵隊がやって来た。 「ここは第312連隊でありますか?」 「ああ、そうだよ。オレは野崎、・・あいつは西郷」 「清水洋一であります」と彼は名乗った。 野崎が「そこに座れよ」と言うと西郷が「奥の方が空いてる」とぶ然と言う。 野崎は「気にするな・・・こいつと仲の良かった柏原と言うやつが最近逝ってしまってな。・・・ここはそいつの場所だった。・・そっちに寝ろ」と言う。 「ドッチ道、全員死ぬんだ。・・・そういう筋書きなんだ」と西郷がやけっぱちの言い方をした。 「お国のためなら名誉だ」と清水は言った。 野崎が「清水・・お前出身はどこだ」と聞いた。 「神奈川です」 「神奈川か?・・小川!・・お前も神奈川だろう」 「そうだよ。・・・で、どこで訓練受けたんだよ。もしかして同じ練兵所か?」 「いえ、・・自分は東京です」 野崎が聞く「俺も東京だよ・・・どこだ」 清水はしばらくだまった後で「広報勤務養成所です」と答える。 野崎が小声で西郷に「なんで俺たちの部隊に憲兵が来るんだ」と聞く。 西郷は「しらねえよ。・・・白い腕章も付けてねえし憲兵じゃねえよ」とそっけなく言う。 「憲兵の学校だぞ」 「追い出されたんじゃねえのか?」 「やつはピストルを持ってる。・・やつはスパイだ。・・俺たちは見張られてるんだ」 「なんで俺たちを見張らなきゃなんねえんだ」 「もしかすると、お前が書く手紙じゃねえか?・・・気をつけたほうがいいぜ」 

 朝、給食の列に西郷が並んでいる。 西郷がスープだけの朝食に不平を言うと、同僚の野崎が答える。「栗林閣下は持久戦に備え、食糧を倹約しているんだ。・・ヤツ等が仕掛けてくる前に俺たち死んじまうかもな」 西郷が言う「今の俺たちの働きからすりゃあ、カステラとかコッペパンとかが出てもいいくらいだ。・・・・俺は昔大宮でパン屋をやってたんだ。女房と二人で切り盛りした小さなパン屋だったけど、砂糖が手に入った頃はアンパンとかカステラとか作って売った。」 西郷は遠くはなれて一人で朝食を取る清水を横目で見ながら「あいつら憲兵隊が来て、ちょくちょくいろんな物を持って行きやがった。・・・戦争のため、お国のため・・・なんでパンなんだよ」と言う。 野崎も「うちの店にもそう言うやからがきてたなあ。・・洋品店なんだがな」と言う。 「ハムサンドを置いていたらヤツ等はソレを持って行きやがった。 最後には鉄の供出だとか言って、道具まで持っていって、それで店は仕舞いだよ。・・・漁師になればよかったかな」 「嫁さん辛かっただろうな。・・だんなまで持ってかれちゃって」

 西郷は二人でやっていた頃の店のことを思い出す。
妻の花子が店先にわずかばかりのパンを並べ、庭掃除をしている。 隣の部屋で西郷が本を読んでいる。 店のガラス戸を誰かがノックしている。「入ってもらえ、もう何も残っちゃいねえ」 花子がガラス戸を開けると軍人が一人と、{愛国婦人会}のタスキをかけた婦人会の女性が数人立っている。 軍人が無言で紙を広げて花子の前に差し出す。 婦人の代表がにこやかに「おめでとうございます。召集令状です」と言う。 西郷は消え入るような細い声で「ありがとうございます。・・・お国のために精一杯ご奉公します」と言って、令状を受け取った。 「武運長久をお祈り申し上げます」と婦人が言ってみなが頭を下げた。 突然妻の花子が「お願いします。・・・私たちほかに寄るすべがないんです。」と懇願した。 婦人は「西郷さん!。・・そんなご時勢じゃないんです。・・・私たちも夫や息子を戦争に見送っております。 みな自分の役目を果たさなければなりません。 ここは跡継ぎもいらっしゃるし、・・・・」と言って帰って行った。

 夕食時、しょげ返った花子に西郷が言う「花子、お前がそんなんじゃ飯がうまくないよ。」 「あなたが居なくなったら、私どうすればいいの?」 「俺はまだ棺おけには入っちゃいねえぞ」 「だって、誰も帰ってこないのよ。・・一人もだよ。・・・絶対返してもらえないのよ」 「大丈夫だ。・・」 「この子だって・・・」と言っておなかを押さえながら花子は泣いた。 西郷は花子のおなかに顔を押し付けて「聞こえるか?・・・父ちゃんだよ、今から言うことは誰にも言っちゃいけねえぞ。・・」と言いながら花子の手を強く握り締めた。 「父ちゃんは生きて帰って来るからな」西郷はおなかの子に伝えた。 花子が泣きながら「うん」と頷き、二人は抱き合った。

 山の中腹に新たに塹壕やトンネル堀が始まった。 戦車を埋めて周りを偽装した。 上官たちの間でも「ばかばかしい・・・こんな独創案なんかまったくの時間の無駄だ」 「全員が死ぬというのに・・・少なくても水際での防御は必要だ」などと栗林を批判する声が聞こえていた。

 作戦本部のテント小屋に大杉海軍少将が呼ばれて出頭した。 栗林が「元気が無いようだが?」と聞く。 「いや着任以来ここの水が身体に合わんようで・・」 栗林は「内地に戻って養生されたほうがいいでしょう」と言って命令書を渡す。 大杉は栗林に言う「洞窟堀りなんか無駄です。・・・閣下、艦隊からの砲撃に5日と持ちません、潔く戦って死ぬべきです」 栗林は「私はこの島を防衛したい。 無理なことかも知れない。 しかし、我々はこの島を死守しなければなりません。 最後の一兵に至るまでです。・・・我々の妻たちが日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には意味があるんです」と最後は声を荒げた。 さらに「君にもし軍人としての誇りが少しでもあるのなら、頼む、何も言わずこの栗林を信じてほしい」と言って頭を下げた。

 大杉海軍少将の内地帰国を前に足立陸軍大佐が話す。「意見の相違はありましたが大杉さんが居なくなると思うと淋しい限りです」 「足立君、全ては君たちに掛かっている。残念だが、栗林兵団長は参謀本部で机に向かっている方がお似合いだ」 「承知しております。大杉さんと同じ意見を持つ士官もたくさん居ります」 「後を頼む」 この会話は愛馬の世話をしていた西中佐に聞こえた。

 栗林が作戦本部のテント小屋で島の地図を広げて説明している。 「いいか、敵はここから上陸してくる。・・よって、高射射撃の配置はこことここだ。」と地図上の位置を示す。 「正直なところ、米軍のほうが歩兵隊員・空・海軍からの援護などすべてにおいて、数の上では圧倒的に有利だ。だが、我々にも大きな利点が一つある。それが何だか判るか?」 清水が立ち上がって答えた「米兵が日本兵に劣るところであります」 「そのとおりだ清水。・・それは何故だ」 「米国軍は規律が無く、自分の感情に負けてしまう腰抜けの集団だからであります」 「その通りだ・・・これは敵の衛生兵だ。(十字証を付けた兵の写真を示す)・・・よく覚えておけ、ヤツ等は衛生兵を守るために多少の犠牲はいとわぬ。いいか!」 「はッ!」

                        
作戦本部のテント小屋に栗林が独りで居る。 「閣下、少しよろしいですか?」と西中佐がやって来る。 「林少将には十分ご注意下さい」 「ご懸念には感謝するが、我々は最早くだらんことをがたがた言ってる場合ではないんだ。・・我々はやるべきことをやればいい」 そこに市丸海軍少将がやって来る。 「市丸、ただいま到着しました」 「よろしくお願いしますよ」 「かしこまりました」 その時サイレンが鳴って、「敵機襲来!・・敵機襲来!」と叫ぶ声が聞こえる。 全ての兵隊が担当する部署に走る。 敵機が低空で機銃掃射をして飛んでいく。 爆弾が投下されて小屋が吹き飛ぶ。地上からも機銃で応戦する。 逃げ惑う兵士に容赦なく爆弾が炸裂する。 飛行場に並んだ飛行機も飛び立つ前に爆破される。 西中佐が馬小屋に走るが、愛馬は大怪我をして虫の息だった。 死傷者を担架で運び、飛散したものを整理する。 西郷が片付けものをしている。 座ったままで動かない同僚を見て、「おい、山崎。・・お前そんなとこに座って、ちょっとは・・」と言いながら前に廻ると、山崎は顔面を爆撃で奪われて即死していた。

 野崎がトンネルの中の部屋に帰ると、清水が何かをメモしていた。 野崎は西郷に「俺たちのことを密告しているに違いねえんだ」と言う。 「ただの手紙だろ。・・・ヤツがここに来て2ヶ月もたつのに何も変わらないぜ」と言う。 沖合いの米軍艦船から休み無く艦砲射撃が続き、隊員に苛立ちが出始めている。「来るならさっさと来やがれ」 「なぜ、さっさと上がって来ねえんだ」

 栗林が家族の写真を見ながら手紙を書いた頃を思い出している。
 ”たこちゃん・・・ちょうど二月ほど前に生まれた4羽のひよこがとても大きくなりましたよ。 毎日お母さん鶏に連れられて、餌を拾って食べていますが、お父さんが苦労して作った畑を荒らして困りますよ。”
 「閣下!・・」部下が呼ぶ声に気を取り直すと、「米国艦隊がサイパンを出ました。」と報告があった。 「出たか・・・総員配置に着け!」 「はッ!」

 海面全てを埋め尽くすように、隊列を整えて米国艦隊が硫黄島に集結した。 栗林が幹部の整列した前に現れて話した。 「諸君!・・いよいよ我等の真価が問われる時がきた。 日本帝国軍人の一員として誇りを持って戦ってくれることを信じている。 この硫黄島は日本の最重要な拠点だ。・・もしこの島が敵方に渡れば、ここが敵の拠点となり、敵はこの地から本土へと攻撃をせしめる。 本土のため、祖国のため我々は最後の一兵になるまでこの島で敵を防ぐ。 なお、10人の敵を倒すまでは死ぬことは禁じる。・・生きて再び祖国の地を踏めること無きものと覚悟せよ。・・予は常に諸士の先頭にある」栗林は帽子を取って深く頭を下げ「天皇陛下万歳」と告げて両手を上げた。 みんなが銃を片手に両手を挙げて「バンザイ!」と呼応し、さらに二回同じことを繰り返した。 兵は各々が洞窟内に戻って自分の身の回りのものを整理した。 西中佐が家族に手紙を書いている。  
  ”身体をいとい、そして元気に、・・・・私は大和魂にかけて最後まで雄々しく戦うつもりだ。 私の心はいつも君たちと共にある。  竹一 ”

 トンネル内部に祭られた祭壇の前に手を合わす兵の列が出来る。 栗林が妻からの古い手紙を見つけて読み返す。
”こちらでは先日来火薬の袋貼りの作業が割り当てられました。 戦地で使われるものだと思うとつい肩に力が入ります。太郎も洋子も私を見て笑っています。長野に疎開したたか子も元気にやっています。 ご無事をお祈りしています。  御許に よしえ ”
 栗林は読んだ手紙を封筒に戻した。

 西郷は”千人針”の縫い込まれた腹巻を腹に巻きながら「これで弾はよけているんや」と言う。 野崎が「なかなかのもんだ」と冷やかす。 清水が神妙な顔をして座っている。 野崎が「憲兵隊では”千人針”持っちゃいけんのかね」と西郷に聞く。 「この軍服には似合わないと思っているんだろ。・・・縁起もヘッタくれもねえやつだから」と答える。

 空を埋めつくすように飛行機の大編隊がやってきて、島に爆弾の投下を始めた。 島内は隙間無く火柱が上がった。 洞窟の中では地響きと土砂崩れで隊員たちは恐怖心に襲われた。  兵隊たちが洞窟の中で飯ごうの食事を食べている。 上官がやってきて「便器がくそだらけだぞ・・・だれか捨ててこい!」と言うがみんな目をそらせて黙っている。 そばに居た一等兵が立ち上がる。 上官は彼に「あの便器にもしもの事があったら、明日からみんなのクソをお前が手で運び出すことになるのだからな」と言う。 「ハッ!」 彼はよごれた便壷を手に持って洞窟の外に出た。 岩の隙間から何気なく沖合いを見て驚いた。 海には隙間の無いほど艦船が並び、それは果てしなく沖合いに続いていた。 艦船からの砲撃に驚き彼は便壷を手放してしまう。 木の枝で引っ掛けやっとの思いで引き上げると、一目散に洞窟内に引き返した。

 栗林たち幹部が双眼鏡で海岸線の動きを見ている。 部下が「砲撃を開始しますか?」と聞く。 「待て!」と栗林が言う。 海岸線には上陸用舟艇から敵の将兵が数千人上陸し武器、弾薬の陸揚げを始めている。 「砲撃開始を望みます」といって、彼は通信機を持ち「総員待機!」と告げた。 各部隊の責任者が部下に「総員待機!」と伝令していった。 別の将校が「抵抗しなければ、あっという間に海岸を取られてしまう」と言うのを、栗林は「浜を埋めつくすまで待て・・」と言う。 さらに砂浜に米軍の兵隊が増えた。 栗林が「よし、砲撃開始!」と告げた。 「砲撃開始」と全部署に伝えられた。 目の前まで迫った米兵に向かって一斉に火蓋が切られた。 草陰から、岩陰から砲弾や銃弾が飛ぶ。 「撃て〜ッ!」と声が飛び、米兵がバタバタと海岸に倒れる。 沖合いの艦船からの砲撃も一段と激しくなる。 互いにぶつかり合って火花を散らす。

 栗林を囲み作戦会議が開かれている。 将校が報告する「北側の砲台が壊滅、海岸のトーチカも全て壊滅または撤去。ですがほかの部隊は全て損害ありません。 敵の死傷は1000人を推定・・・」 栗林が割り込んで話す「残念ながらトーチカは致し方ない。初戦としては上出来だ。擂鉢山は持ちこたえているか?」 「健在であります。・・・敵の戦車は80台と推定されます」 「いや、もっと居るはずだ。・・・船上に待機している部隊がいる」と栗林が言う。 別の将校が敵の進出状況を地図で説明すると、栗林は「やはりな、擂鉢山、元山飛行場に対し、二手に分かれて攻撃を仕掛けるつもりだな」と述べた。

 連日の艦砲射撃と、銃撃戦が続く、 栗林のところに将校がきて、「閣下、私たちは援軍を要請しています」と告げる。 栗林は「援軍を送る余裕は無い」と断り、「持ちこたえるように伝えてくれ」と言う。 さらに、擂鉢山守備隊の足立大佐からも電話が入る「閣下、擂鉢山は陥落です。・・ふたひとまるまるに玉砕の許可をいただきたい」  栗林は「だめだ!。・・・玉砕は許さん!。・・・なんとしても生き抜いて、北の陣地に合流せよ」と命じる。 「ですが閣下、我々は擂鉢山を守りきれませんでした。 なにとぞ武士の本懐を・・・」 「だめだ!・・これは命令だ」 擂鉢山との通信はここで途絶えた。 「足立!・・・足立!」 
 西郷が足立大佐のところに行って「平大尉が機関銃の補給を要請しています」と告げたが「終わりだ・・・自決だ。それしかない」と足立は告げた。 さらに、「これを上官に打たせ」と言ってメモを差し出した。 西郷はそのメモを上官の平大尉に届けた。 西郷は「大尉、私は栗林閣下が退却の命令」と言いかけたが、平大尉の「黙れ!」の声で後は言えなかった。 平大尉は「退却などは卑怯者のすることだ。・・・下がれ!」と叫んだ。 さらに「いいか、我等は陛下の栄えある皇軍である。そのことを忘れてはならん。 残された道はタダ一つ。 潔い死に様である。 これが定めと、靖国の御霊となってくれることを・・・靖国で会おう!」と言った。 平大尉は「天皇陛下・・・万歳!」と叫んだ。 みなも急いで立ち上がり、「天皇陛下バンザイ!」と三回続けた。 平大尉は手榴弾を取り出し、口で安全ピンをくわえて引き抜くと胸に抱えて爆発させた。 次々と兵が同じように手榴弾を胸に抱えて爆死した。 野崎が泣きながら手榴弾をとり、安全ピンを抜いて爆死した。 隣の男がピストルで頭を撃った。西郷は地獄絵の光景を見つめ望然としていた。 我に返り西郷はその場から逃げた。 「止まれ!・・」と後ろから清水の声がした。 銃を突きつけて清水が迫った。 「誉れある軍人として死にたくないのか?」 「俺たちはまだ北の洞窟に居る部隊と光栄できる。」 「俺たちの使命はここを死ぬまで守ること・・・栗林閣下がそう言ってた」 「ここでそのまま死ぬのと、生きて戦い続けることと、ドッチが陛下の御為めになる・・・どっちだよ!」 清水は銃を降ろした。

 西郷と清水の二人はトンネルの中をさまよった。 他の守備隊員二人と出会った「交替命令が出たのか?・・・他のヤツ等は?・・・」と二人に聞いた。 西郷は「全員戦死」と告げた。 「こっちもだ」と彼は言った。 「このあたりに出口があるはずなんだが・・・」 探しに動いた男は、米兵に火炎放射器でやられて、全身火達磨になった。 残った三人が逃げていると、仲間同士の争いに出くわす。 裏切り行為の疑念を持たれた男が仲間に銃剣で刺し殺された。 さらに三人が歩いていると。 「東の洞窟で合流するようにとの指令が出ている」との報告を聞く。 さらに進んで、少部隊に出くわす。 上官が全員に命令している「北に向かって走れ、途中2キロほど物を遮る物は何も無い。 したがって、各々の判断で飛び出せ。・・・いいな、・・向こうで落ち合おう。・・・もし、会えなければ来世で会おう」と挨拶した。 夜陰に乗じて西郷たちも同行することとした。 「固まって歩くな・・・そこを狙われる、・・・すこし距離を置け」 走っていく兵隊が次々と狙撃されて倒れる。 西郷たち三人は歩腹前進で必死に地を這った。 

 栗林中将が本部に居る。 「伝令はどうした?」 「今だに・・・」 「私が行く・・」と言って立ち上がり部屋を出る。 
 
 西郷たちは伊藤中尉の部隊と遭遇する。 「擂鉢山から退却した兵であります」 「なんだと?・・」 「312連隊西郷・・」 「同じく清水」と名乗る。 伊藤がやってきて「擂鉢山から逃げてきたのか?」と聞く。 「はッ!」 伊藤はいきなり抜刀し、「この非国民めが!・・・死んでも山から離れるなと言う命令だったはずだ」と叫んだ。 「貴様らは、部隊と共に死なねばならぬ!・・・この恥さらしめが・・・」 二人は軍刀を目の前に突きつけられて恐怖におののいた。 「ひざまずけ・・・ひざまずけと言ってるだろうが!」とまた大声で怒鳴られた。 二人が静かに座って眼を閉じた。 太刀が振り上げられたとき栗林中将の声がした。 「むやみに人を殺してもらいたくないな。・・・刀を下ろしなさい。・・・」 伊藤中尉がそのままの姿勢で居ると栗林は「降ろしなさい!」と大きな声で叫んだ。 伊藤が軍刀を納めると「何があったんだ」と聞いた。 「こいつらは擂鉢山から逃走してきたのであります」 「後ろの他の者たちは?・・北部方面に合流するよう命令を下したのはこの私だ。」 「申し訳ありません閣下・・・しかし、擂鉢山は落ちました」 栗林中尉は山の見える位置まで穴から出て、擂鉢山を見ながら、「こうなったら、敵は全兵力を挙げて擂鉢山に殺到するな」と言う。 部下が「司令部を北部に移動しなければ」と言う。 栗林は「伊藤、最後まで戦ってくれ」と言ってその場を立ち去った。

                                              
 西郷と清水が寝込んでいる。 靴で踏み付けて「起きろ!」と言う者が居る。 二人が飛び起きると、「林少将が総攻撃を指揮する。われわれもそこに合流するんだ。」と兵士が言った。 西郷は「だが、栗林閣下は洞窟で待機するようにとおっしゃった」と答えた。 その兵士は「栗林閣下は腰抜けで、アメリカの腰ぎんちゃくだと伊藤中尉が言っておられる」と言った。

 部下を集めて伊藤中尉が命令を出す「擂鉢山を取り戻す。」 全員が「はッ!」と返事をしてすぐに出発した。 兵士たちは夜陰に乗じて身を隠しながら、擂鉢山のほうに移動した。 途中で日本兵に出会う。 伊藤中尉が兵士に聞く「林少将はどちらだ?」 「存じません」 「指揮官は誰だ」 「良く分からないのであります」 「作戦決定まで全員ここで待機せよ」と命令する。 その時、後方で「バンザイ」と叫んで銃を発砲したものが居る。 直ちに米軍からの一斉射撃が始まった。 両軍が銃撃戦となった。 伊藤中尉は「引け!・・引け!・・全員退避するんだ。・・さがれ!」と叫び洞窟内に逃げ帰った。 トンネル内には休憩中の隊員が居た。 伊藤は「貴様ら、・・なぜ突撃に加わら無かった!・・」と叫び、近くに居る兵士の胸を掴んで顔を殴った。 「司令官は誰だ?・・司令官は、だれだッ!」と怒鳴った。 「攻撃指令は出ていない」と声がした。 西中佐だった。 伊藤は「林旅団長の指令は届かなかったのか?」と聞いた。 西は「栗林閣下がその命令を撤回された。・・・攻撃の中止そのものを・・・」と答えた。 伊藤は「擂鉢山は奪還する。・・栗林の言うことなど知ったことか。・・・すでに攻撃は始まっているんだ。・・・さっさと支度しろ!」とむきになって言う。 西は「自分の立場をわきまえろ!。・・それは上官に対する叛逆だ。そのために兵士が無駄死にしているのが分からんのか?。・・・すぐに持ち場に帰るか、出なければ貴様の部隊は私が引き継がせてもらう」と言う。 伊藤はカッとなって西の胸倉を掴むが「もういい・・・」と言って手を放し、「我々だけでやる」と言って出て行く。 西郷と清水はそこに残る。 

 伊藤は外に出ると「後には引けん。・・・洞窟での戦はもう沢山だ。・・・貴様らは西の連帯に合流せよ。・・・戦車の中にもぐりこんで、ヤツ等のおもちゃを道連れにしてやる」と言って手榴弾を持ち一人で闇の中に出て行った。 兵士たちはぞろぞろと洞窟の中に引き返した。

 作戦本部のある洞窟の中。 栗林中将が「速やかにな」と言って書類を兵士に託す。 続いて入ってきた藤田中尉に「戦況は?」と聞く。 藤田は「千鳥飛行場への夜間切込みを行った部隊が全滅しました」と報告した。 「なぜだ・・玉砕はならんと厳命したはずだ」 「林少将への撤回命令が全師団へ届かなかった模様です」 「はやし!・・あの馬鹿もんが!・・・敵陣の状況は?」 「1個大隊が北へ前進中。 西の尾根沿いで食い止めています」 「よし、西の尾根を越えたら三方から、追いかけて行く」 藤田は「閣下これが・・・」と言って文書を広げる。 「読んでくれ」 「大本営からです。・・・戦況ここに至りては、友軍を硫黄島に派遣すること困難きわまれり、小笠原兵団は最後まで戦ってほしい。 悠久の大儀に生くべし」

 伊藤中尉は死に場所を探して歩く。 戦死した兵を見つけて、彼の傷の血を顔に塗って並んで横になる。 胸に地雷を2個抱えている。 もし、敵の戦車が身体の上を通ってくれれば戦車と道連れになるつもりで居る。 

 味方の陣地からの砲撃が続いている。 しかし、その陣地も次々に砲撃されて壊滅している。 射撃用窓からは室内に手榴弾が投げ込まれたり、火炎放射器で焼煙地獄にされている。 アメリカ兵を一人狙撃した。 上官が「おい、運んで来い!」と命令する。 兵士が二人飛び出して、負傷したアメリカ兵を引きずってくる。 西中佐が「手当てをしろ」と命令する。 「しかし中佐・・・」 「遠藤・・・手当てだ。・・・情報がほしい」 「アメリカ人は日本兵の手当てなどしません」 「お前はアメリカ人に会ったことがあるのか?・・・いいから手当てしろ!」 遠藤が渋々アメリカ兵の手当てをする。
 
 伊藤中尉が起き上がる。 「貴様らの戦車はどこに行った。・・・かかって来い!」と叫んで身体を震わせ、泣きながらまた横になる。

 洞窟内の遠藤のところに西中佐がやって来る。 「遠藤・・・捕虜の容態は・・・」 「ハッ・・・起きております」 西中佐は「情報がほしい。・・話をしてみよう」と言ってアメリカ兵のそばに行く。  中佐は英語で「君はどこから来たんだ?」と聞く。 「海兵隊のA部隊です」 「そうじゃない・・・君の郷里はどこだね?」 警戒して兵士は口を利こうとしない。 西が言う「私は一時期カリフォルニアに居た。・・・メリー・ピックフォードとダグラス・フェアバンクスを知っているか?」 「みなが知っている大スターです」 「わたしの友人でね・・・二人は東京の私の家にも遊びに来た」 「ほんとうに?・・あなたは有名人?」 「1932年のロサンゼルス・オリンピックに出場した」 「すごい・・・本当ですか?」 「写真も持って居る」と言って腰のポケットから写真を取り出す。 「愛馬で跳躍しているところだ」 「すごいな・・・オクラホマ、・・・あそこが僕の故郷です」 西は「タケイチ・・」と言って手を差し出す。 「サムです」と彼は答えて握手をする。 

 西郷が洞窟の中に座り込んで清水に言う。「もういい・・・もう沢山だ。・・・おれは投降する。・・・捕まえてみろよ、ソレがお前の任務だろ。そのためにお前ここに来たんだろ。・・・反逆的思想のやつとか言ってよ」と言う。 清水がボソッと言う「ここに送り込まれたのは憲兵隊を首になったからだ」 「首?」 「ああ、配属されて5日目だった。・・・」

 憲兵になった清水が上官と巡回をしている。 上官が清水に言う「清水・・・お前たちは常に毅然としていなければならん。・・・情けは要らん、情けをかけたらなめられるだけだ」 「はい」  上官は急に1軒の民家の前で「非国民だ。・・・話をつけて来い」と言った。 戸を叩き出てきた婦人に清水は「なぜこのうちでは日章旗を掲げておらん」と聞いた。 婦人が「申し訳けありません。・・・主人が出征してしまってからは自分ひとりで揚げられなかったものですから・・・」 「日の丸を掲揚せんのは非国民だ」 「お助けがあればすぐにでもやります」と言って婦人が家の中から国旗を持ち出した。 清水がソレを窓の外に取り付けようとしたとき小犬が吠えた。 上官は「こいつを黙らせろ」と不機嫌そうに言った。 いつまでも吠え続ける犬に上官は「目障りだ・・・この犬は軍部の通信を妨害している」と言う。 子供たちも心配して玄関に出てくる。  婦人が「本当です。申し訳ありません。・・コロお黙り・・しずかに・・・しッ!」と言うがますます吠え続ける。 「清水!・・・完全に始末しろ!。・・・われわれの重要な指令を邪魔されてはならん」 「はい」と答えた清水が「犬を裏に連れて行け」と言う。 「ただの犬です。・・もうこのようなことが2度と無いようにしますから・・・」 「うらに連れて行け!。・・・子供らは家の中に・・・」  清水は自分で犬を家の裏に連れて行った。 清水は母子の観ている前で拳銃を抜いて上空に向かって引き金を引いた。 「静かにさせておけ」と言って犬を渡した。 「はい・・・ありがとうございます」
 上官のところに戻った清水は「完了しました」と報告する。 「よし」と言って歩き始めた時、家の中から犬の鳴き声が聞こえる。 上官は黙って家の中に引き返す。 ”バン”と言う拳銃の音と婦人の悲鳴が聞こえた。 戻ってきた上官は「俺を沽券にしおって!」と言って清水の顔面を殴った。 倒れた清水を「犬も撃てんヤツがアカを撃てると思うか」と言って何度も靴で蹴った。

 清水が西郷に話す「上官への反抗の罪で除隊になり、ここに配属された」 「そうか・・・すくなくともここじゃ、敵以外からにらまれることはねえ」

 栗林中将が洞窟の中で子供たちの絵を書きながら、アメリカ最後の日のパーテーの後で書いた手紙を思い出している。
 ”太郎、今夜はお父さんのお別れの宴会がありました。 婦人が同席するのでたいへんだよ。座ったと思ったらまた立って挨拶。・・まったくゆっくりご飯も食べられない。”
 大勢の友人が集まってくれて、パーテーが開かれている。 チンチンチーンと鐘が叩かれて、司会者が「皆さん・・聞いてください。今夜の主賓は大日本帝国の栗林大尉です。我々の友情の証として1911年型45口径コルトを送ります。・・・騎兵隊将校の銃です」と言って木箱に入った拳銃を送った。 栗林は「お志に感謝します。 皆さんのことは忘れません」と礼を述べ盛大な拍手を貰った。 席に着くと近くの席の婦人が「クリに質問が・・・”クリ”とお呼びしていいかしら?・・・」と聞いてきた。 「もし、アメリカと日本が戦争を始めたら?」 栗林は「すばらしい同盟国になるでしょう」と答えた。 隣の席にいた軍人が「敵味方になったら。・・・と言う意味です?」と聞いた。 栗林は「日本は米国と戦ってはなりません。・・・でも、その場合は祖国への義務を果たします」と答えた。 婦人はさらに聞いた「私の主人にも銃を向けるということ?・・・」。 栗林が「私は信念に殉じます」というと、軍人が「それはあなたの信念か?、それともお国の信念か?」と尋ねる。 「同じことでは?・・・」 「真の軍人の答えだ」 「やめてよ、あなたが殺されるのよ」 「殺しません!、決して・・・」

 西中佐が捕虜のアメリカ兵のところに行く。 「やあ、サム・・・」声をかけたがサムはすでに死んでいた。 西がサムの顔に毛布を被せてやったとき、身体の脇に落ちていた手紙を見つける。 部下が「敵の戦略か何か?・・」と尋ねた。 西は「いや、ただの母親からの手紙だ」と答える。  西が手紙を読む。
 ”サムへ 何冊か本を送ります。・・気に入ればいいけど。 昨日犬たちが穴を掘って、フェンスをくぐってしまいました。 犬たちは近所中を走り回って、私たちが見つけたときには、ハリソンさんとこの鶏が震え上がっていました” 
 兵隊たちが全員、戦いを忘れたような顔で、望然と立ちあがって聞く。 
 ”私たちのことは心配しないで、自分の身体だけ気をつけて、ちゃんと帰ってきてね。 そして母さんの言ったことを忘れないで・・・誠意を貫けばそれは正義になるの、戦争が一日も早く終わり、あなたが無事に戻ってきますように。・・・ 母より”
 座っていた者たちも、我知らず立ち上がって、我がことにように思い聞いている。 

 敵からの攻撃が始まった。「配置に戻れ!」 洞窟の入り口で、敵の状況を見ようとした西のそばで砲弾が爆発する。 「中佐!」部下が取り囲む。 西は「俺にかまうな!。・・・他のヤツの面倒を見てやれ!。・・行け!」と命令し、タオルで眼を縛る。


 たくさんの死体の中に紛れ込んで、地雷を抱えて死んだフリをしていた伊藤中尉は、むなしくなってふらりと起き上がり、力なくどこかへ歩き始める。 

 負傷した西中佐は、両目をふさがれた状態で洞窟の奥に居る。 そこに大久保中尉を呼ぶ。 「弾薬は後どの位ある?」 「残りわずかです。・・・迫撃砲はやられるし、機関銃の弾薬も・・・残っているのはライフルだけです」 「大久保良く聴け・・・この連隊はお前に預ける。 ここはもう限界だ。 残りの兵をかき集めて、北部へと移動しろ。 ここにある全ての食糧と弾薬は持って行け。・・」 「中佐はどうされるんですか?」 「この洞窟でお前たちと暮らすのはあきあきした。 これからは俺一人で使わせてもらうよ。」 「何をおっしゃってるんですか中佐!。」 「大久保!・・・いいか、お前の最初の任務は水の確保だ!。」 

 西は隊員を集めて、眼は見えないが穏やかに話す。 全員が直立して西の訓話を聞く。「諸君!・・最善を尽くせ!。・・そして、正しいと思う道を行ってくれ。それが己の誠意なんだ。いいな」 「はい」 「ハイ」  大久保は「薬と食糧を必ず届けさせます。・・・ 西田隊長・・・ご一緒できて光栄でした」と挨拶し右手を上げて敬礼をする。 他の隊員たちも奉げ銃で敬礼する。 西は力強く軍靴の音を立てて両足を合わせ、姿勢を正し、ゆっくりと返礼をした。 大久保が「行くぞ!」と隊員に声をかける。 西が「大久保!・・」と呼び止めて、「ライフルをくれ」と言う。 大久保は一瞬躊躇するが、ライフルを取って西に手渡す。 「すまんな大久保」と、か細い声で礼を言う。

 隊員たちの出発した後の洞窟で、西は靴を脱ぎ、足を投げ出して座り、眼前に巻いたタオルを取った。 両眼とも爆撃でやられ血を吹いている。 両足でライフルを挟み、シャツの胸元を開いた。 退却していた隊員たちに洞窟からライフルの「バン」という射撃音が響いた。

 本部のある洞窟の中、栗林中将が藤田中尉に言う「何にも言ってこないのが一番困る。・・・何にも言ってこないのか西は?。林は?。・・・伝令を送れ!」 「何度も送っております閣下!。・・・しかし、誰一人戻って来ません」 「これでは作戦なんか立てようが無い!」

 西郷と清水が洞窟の中で座り込んでいる。 清水が言う「西郷・・・西中佐のおっしゃったことを考えてみた。 その通りだ・・・おれは敵のことを何一つ知らない。・・アメリカ人は腰抜けだと思っていた。・・・だが、あいつらは違った。 鬼畜米英と言う言葉をおれは鵜呑みにしていた。・・・だが、あのアメリカ兵・・・あいつの母親の文面は、私の母のと同じだった。 私は閣下のため、お国のために任務を全うしたい。だが、無駄死にはしたくない。・・・西郷、・お前はどう思う?」泣きながら、涙声で尋ねる清水に西郷は「お前は、何かがもったいないと思うほど、まだ生きちゃいねえんじゃねえか?」と言う。 清水は涙でくしゃくしゃになった顔で「西郷・・・一緒に投降してくれないか?」と言う。 西郷はそれには答えず自分の帽子を脱いで、無帽だった清水の頭に押し付ける。

 洞窟の中。 西郷と清水が同僚たちの休んでいる中を歩いている。 西郷が「一緒にいると怪しまれる。・・・まず、お前が行け。・・・しばらくしたら、様子を見に行くといって俺も出る」と言って清水を先に行かす。 清水はおなかを押さえて洞窟の外に出る。 番兵が「おい、どこに行く」と聞く。 「雪隠に・・・」 「しょうが無いな・・・俺も行く」 番兵が後についてくる。 それを見た上官が「おい、そこの二人どこに行くんだ」と聞く。 西郷が「赤痢なのかも知れません。・・・腹が痛いと言ってました」と答えるが二人が走り出す。 西郷の目に清水が置いていった千人針の布が見える。 「止まれ、・・おい!」 一目散に走る二人に上官がピストルを発射する。 番兵が倒れて清水は逃げていった。 上官は他の番兵に「しっかり見張りに付け!・・・これ以上脱走兵を出すな」と言う。 西郷は千人針の布を拾って渋々引き上げる。

 岩陰から白い下着のようなものを右手にかざして清水が出てくる。 アメリカ兵が取り囲み「座れ」と命令する。 「武器は?」 「水をやれ!」 清水は水を一気に飲む。 谷間に連れて来られて座らせられる。 先に捕虜になった日本兵が居る。 上官が「行くぞ」と言って前進を開始する。 「こいつらは?」 「お前ら二人で見張ってろ」と二人に命令する。 「憑いてないな、・・・一晩中見張ってるのか」と米兵がこぼす。  清水は先に捕虜になっていた日本兵に聞く「どこの隊だ?」 「東山の314だ。・・・聞いたか?・・・飯食えるって話だぜ。」 「飯か・・・いいな」清水が言う。
 見張りの米兵が相棒に言う「浜に連れて行こうか?」 「本気か?」 
 日本兵が清水に言う「俺も横浜なんだ・・・。こんど遊びに来いよ」
 米兵が相棒に言う「このままじゃ狙われる。・・・こうしよう」 米兵がライフルを構えて男を撃った。 清水は両手を挙げて後ずさりしたが、彼はかまわず清水も撃った。

 大久保中尉の率いる隊が移動中に、白旗を握り締めたままで腹を撃たれて死んでいる清水たち二人の惨状を見つける。 大久保が「捕虜がどうなるか、肝に銘じとけ」と言う。 西郷は泣きながら清水の腹に”千人針”の布を掛けてやる。 

 大久保大尉の率いる隊が北進移動中に、米軍の守備隊が監視している広場に来る。 前方に身を隠せるものは何も無い。 大久保は部下に言う。 「真っ直ぐ突っ走れ、弾を無駄にするな。・・・一発もだ!」 米兵が機関銃を構えている前を隊員が走る。 次々と撃たれて倒れていく。 大久保は手榴弾を取りだし、腰にたたきつけ起動させた。 大久保は「こっち!、・・・こっちだ!」と叫んで飛び出し、射撃主の関心を自分に向けた。 大久保は全身に機関銃弾を受けながら、手榴弾を米兵の銃座に投げ込み、自らは即死した。 その間に多くの隊員が移動できた。

 洞窟内の栗林中将の居る本部に「閣下!、西中佐の連隊、そして擂鉢山の生き残りです」と案内されて、西郷たちが衰弱した身体でたどり着く。
栗林は「指揮官は居らんのか?」と聞いた。 「もうここには・・・」 「すまんな・・・ゆっくり休んでくれ」 西郷たちが本部に入ると、栗林が「君は見覚えがあるな」と言って、西郷を呼んだ。 「あ、首を切られそうになった・・・。」 「はい、実はあの時助けていただいたのは、2度目でした。・・・1度目は、閣下がこの島に赴任された日のことで、・・・」 「アア、そうであったな、2度あることは3度あるというからな・・・」と言って肩を叩いた。

 西郷が手紙を書く。
 ”花子  この手紙が届くことは無いであろう。 でも、書いてるってだけでほっとするんだ。 もう5日も飲まず食わずだ。 ただ、生きるってだけに信じられねえ事だってする。 もう逃げられねえ、でもお前と赤ん坊のことだけは気がかりだ。”
 書いているところに、藤田中尉が来て、「おい、湯水を取って来い」と命ずる。 西郷は容器を受け取って立ち上がる。

 栗林が机に向かい報告書を作成している。”「戦局最後の敢闘に直面せり。 いまや弾丸尽きるにいたり、全員反撃し最後の敢闘を行わんとするにあたり。 ひたすら皇国の必勝と安泰とを祈念し、永久にお別れ申し上げ、国のために重き勤めを果たしえて、矢玉尽きはて散るぞ悲しき・・・」”
 西郷が栗林に湯水を持っていく。 栗林が「国では何をしていたのかね」と尋ねる。 「只のパン屋であります」 「家族は?」 「家内と、去年の夏生まれた娘が居ます・・・まだ顔は見てませんが・・・」 「不思議なもんだな、・・家族のために死ぬまでここで戦い抜くと誓ったのに、家族が居るから死ぬこともためらうしかない。」

 部下が栗林のところにやって来る。「閣下、本土から無線が・・」  栗林が通信室に入るとラジオから声が聞こえる。アナウンサーが「硫黄島で祖国のために勇敢に戦っている兵隊さんたちのために、栗林閣下の故郷である長野県の子供たちがこの歌を送ります。」と伝える。 続いて子供たちが合唱する。 
  ♪♪ 太平洋の波高く〜   ・・・ 〜 ・・・  誉れも高き硫黄島 ♪

 軍服の上から白いタスキをかけた栗林が、家族の写真をカバンに仕舞い、軍刀を持って立ち上がった。 「ここの書類すべてと、私の書類を燃やしてほしい」と西郷に伝えた。  やがて、みんなの前に出てきた栗林は「今より攻撃をかける。・・・山河破れたりと言えども、いつの日か国民が諸君らの勲功を称え、諸君らの霊に涙し、黙祷をささげる日が必ず来るであろう。 安んじて国に殉ずるべし。」と言って軍刀を眼の高さに持ち、真横に力強く抜いた。 「予は常に諸氏の先頭にあり」 栗林は軍刀を納め、先頭に立って出発した。 

 西郷は本部の洞窟で書類を燃やした。  
 部隊は「天皇陛下バンザイ!」と口々に叫んで突撃を開始した。 激しい反撃の機銃照射の中を兵が突き進みバタバタと倒れた。 敵の塹壕に切り込み爆破した。 栗林中将が被弾して倒れた。 
 西郷はふと気が変わり、スコップで床に穴を掘り手紙を埋めた。
 
 意識が遠のき倒れていた伊藤中尉のところに米兵がやってきた。 米兵が「動くな!」と叫んだ。 伊藤は静かに両手を上げた。 「用心しろ」 「撃つな!」

 戦闘で倒れた栗林中将を藤田中尉が引きずってきた。 栗林が「もういい・・・もういい」と言った。 藤田が止まると栗林は、「ご苦労だったな」と言って、自分の首に手刀を当てて見せた。 渾身の力で四つんばいになると首を前に伸ばした。 藤田が軍刀を抜いて振りかぶった時、銃声がして藤田が崩れ落ちた。 遠くの丘の上に米軍兵士が一人立っていた。 栗林は再度上向きに転がった。 

 西郷が倒れている二人を見つけて近づいた。 栗林は虫の息の中で「お前か・・・もう一つだけ頼みがある。 埋めてくれ、誰にも見つからぬように・・・」と言う。

 栗林は米国からの帰りに、車を運転しながら走ったときの事を書いた手紙を思い出している。       
 "太郎、もうすぐ帰ります。 日本に帰れるのは嬉しいのですが、友人たちと別れるのは少し悲しく思います。 運転して帰りました。 でも、一人ぼっちのドライブは淋しいものです。”  車の中で友人たちから贈られた、コルト拳銃の木箱のふたを開けて、友情に感謝した。

 栗林中将は倒れたままで、腰のコルト拳銃を抜き取り、西郷に「ここもまだ日本か?」と聞いた。 「ハイ・・・ニッポンデアリマス」 栗林中将は胸に拳銃を当てて引き金を引いた。 西郷は動くことなく遠くの海を眺めて涙を流した。

 西郷は栗林中将の遺体を引きずり運んで埋めた。

 米兵が藤田の死体を見つけて近づいてきた。「ワナに用心しろ!」 「気をつけろ!」 「大丈夫」 そこに落ちていた軍刀とコルト拳銃を見つけて拾った。 喋るを持ってふらふらと出てきた西郷をみて「敵兵だ。!」と叫んだ。 「つれて来い!。・・・誰か日本語を?・・」 「シャベルを捨てろ!」
「それを降ろせ・・・落ち着くんだ。・・・何もしない」なんと言われても英語の判らない西郷は、恐怖心で震えている。 西郷の目には栗林中将のコルトが米兵の腰に差されているのが気になった。 西郷はいきなりシャベルを振り上げて、振り回し暴れた。 「撃ろう!」 「撃ちます!」 「いや、撃つな!」 「イカレてる」 西郷が倒れたところを銃で強打した。 

 浜辺には負傷して捕虜になった日本兵が並べられている。 西郷が殆ど意識無く運ばれてきた。 

 遺骨収集団の人達が、みんなで手で布袋を掘り出す。 持ち上げると中から手紙がばさばさと落ちていく。 夕闇が迫っている。 硫黄島の浜辺は何事も無かったかのように、波が繰り返し押し寄せ引いていた。

        ( 終わり )

                    

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