戦場のピアニスト 

 今年度アカデミー賞の最有力候補。 昨年5月カンヌ国際映画祭最優秀作品賞を受賞。 
今年1月全米映画批評家協会賞を四部門(作品、監督、主演男優、
脚本)受賞。
ポーランドの名ピアニストであるw・シュピルマンが、自らの体験を描いた回顧録を、68歳のロマン・ポランスキー監督が、幼い頃に直接体験したナチスの恐怖を原点に製作した感動の作品。 制作費45億円を投じワルシャワのユダヤ人居住区や、市内の8割が廃墟となったという街のリアリズムに徹した再現と、実話の重みが感動と興奮を呼ぶ。 
            字幕翻訳  松浦美奈


 【キャスト】
ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・プロデイ)通称ウワデイク。主人公でピアニストの男性
  父              (フランク・フィンレイ)  シュピルマンの父親
  母              (モーリーン・リップマン)シュピルマンの母親
ドロタ              (エミリア・フオックス) シュピルマンの親友の妹、 シュピルマンのフアン。
ヘンリク             (エド・ストッパード)  シュピルマンの弟
ハリーナ            (ジェシカ・ケイト・マイヤー)シュピルマンの姉
レギーナ            (ジュリア・レイナー)  シュピルマンの妹
ヴィルム・ホーゼンフエルト (トーマス・クレッチマン)戦場でピアノを弾かせてくれるドイツ軍大尉
ユーレク            (ミハウ・ジェプロフスキ)レジスタンスの活動家
へラー                      ウワデイクを警察官になるよう誘ってくれるユダヤ人
                            
    【ストーリー】
 1939年9月のポーランド。 ワルシャワの町は買い物をする人も散歩をする人の歩みもゆっくりと穏やかで、時折通る馬車の響きや路面電車も軽やかであった。 一人の男(ウワディスワフ・シュピルマン)がピアノに向かってショパンの静かな曲を演奏している。 ここはワルシャワのラジオ放送局である。 突然静かなピアノの旋律を弾き裂くように、爆弾が放送局の建物を直撃する。
 窓が爆風
で吹き飛ばされた。 ディレクターがガラスの向こうから、演奏を中止して直ぐに逃げるよう手で合図をして自分は逃げてしまった。 ウワディスワフはそれでも演奏を止めようとはしないでピアノに向かっていた。 さらに爆撃が激しくなり人々は逃げ惑った。 ウワディスワフもたまらず逃げだして放送局の玄関を出ようとしたとき、一人の女性(ドロタ)が声を掛けてくる。 「シュピルマンさん?。・・ 私はチェロを勉強しているドロタと言います。 あなたのフアンです。今日はお眼にかかりたくて訪ねてきました。」そう言ってフアンレターを渡す。 親友の名を言い「私は妹です」と言って立ち去る。

 ウワディスワフの家、 遠くで砲撃音が聞こえる中で家族みんなで荷物の片付けが始まっている「おじいさんの肖像画はどうするの?。ここもどうなるか判らないわよ・・・アツ・・戻ってきたわ、ウワデイクが・・」姉のハリーナが言う。 「私の帽子はどうしよう・・・」 「早く荷造りして・・・新聞は読んだ?。」とレギーナがウワデイクに聞く。 「動ける男はみんな川の向こうで防衛線を引くのよ」母が言うと、ウワディクも「どうせなら自分の家で死にたいよ・・・」と投げやりに言う。 ラジオは ”英国はナチスドイツに宣戦布告をした。数時間以内にフランスも宣戦布告を行う予定・・・” と放送している。 ウワデイクの家族は手を取り合ってこの放送を聞き「良かった!・・・良かった」と喜び合った。

 やがてドイツ軍が街に進攻してきた。 戦車を従え整列した軍隊が行進するのが窓下に見える。 砲撃音も近くなり窓ガラスの強化のためにガラスにx印の紙テープを張る。 ”ユダヤ人の現金所有額の制限令が発令される” 家族の手持ち金額を父が計算する。「5003ズロチある、制限額は2000ズロチだ」 「植木鉢の下に隠そう」レギーナが提案する。 父は「テーブルの中がいい」と言ってテーブルの上板を剥がす。 ヘンリクは「テーブルの上に置いて新聞紙を無造作に広げておけばいい」と提案する。 ウワデイクは「現金はバイオリンの中に隠そう」と提案する。

 「ポーランド人はラジオを聞くなといっている」と父が家族に説明する。 「何ども頼んでやっと放送局に入れてもらえたのに、放送局が爆撃されるなんて・・・」母が悲しむ。
                                    

 ウワデイクは街でドロタと出会う。 彼女は「私はチェロを習っているの」と言い。「シュピルマンさんの演奏する所を見たい」と言う。 ウワデイクが「コーヒーでも飲みながら話しましょう」と喫茶店に行くがドアには ”ユダヤ人入室禁止” と張り紙がある。 「公園にいきましょう」と彼女が言うが、「公園もユダヤ人は入れない・・」とウワデイクが力なく答える。 「立ったまま話すことは許さないと言わないでしょう」そう謝る彼に、 彼女が「シュピルマンさん・・」同情の声を掛けようとしたが「ウワデイクと呼んでください・・・」と彼が言う。

 1937年12月1日より12歳以上のユダヤ人は腕に腕章をつけなければならないという命令書が出る。 サイズ、色、マークまで決められている。 腕章を付けた老人とすれ違った警察官は老人を呼び止めて「なぜ、頭を下げて挨拶して行かん!。・・」と殴りつけて、「歩道を歩いてはいかん、みぞを歩け!」と命令する。老人は車道の水溜りを歩いて行く。

 ウワデイクが自宅でピアノを弾きながら作曲をしていた1940年10月。 ワルシャワ地方長官の名でユダヤ人は全員新たに定められた居住区に転居の命令が出た。 「20ズロチしか残りが無い」と母が言う。 「これで何が買える?・・・。毎日ポテトばかり・・」 家族は大切にしていたピアノを売ることにする。 買取人が「2000ズロチだ」というのを聞いて、ヘンリクが掴みかからんばかりに「付け込んで、汚い!」と怒るが「親切でピアノを買ってやるんだ。・・・」と買取人も興奮する。 諦めた父が「いいから持っていけ・・・」と奥の部屋から弱弱しい声で言う。

 1940年10月31日。 何処の家族もがトランクを下げて、抱えきれないほどの荷物を載せた馬車も混じり、長い列を作って人々が歩いて居住区に入った。 行列を観に集まった住民の中にドロタの顔があった。 ウワデイクと目が合った。 列を離れてドロタに近寄ると「来たくなかったの・・・。こんな様子を見たくなくて・・・」と彼女が言う。 「永くは続かないよ・・・。もう行かないと・・。また会おう。・・じゃァ・・」 集団に急いで戻るウワデイクを見送りながら、彼女の頬に涙が流れていた。  シュピルマン一家に与えられた部屋に入って「もっとひどい所を想像してたよ。思ったより好いじゃないか・・・」と父が言う。 「私と娘達は台所で・・・」母が家族の部屋分けをする。 「観てよ・・」レギーナの声で窓の外を見下すと居住区を囲むレンガの塀が作られたいる。 塀は瞬く間に高く完成する。

 居住区の中でも、監視兵と結託して金儲けを始める者もいる。 酒、タバコも買える。 居住区の中を道路が通っているので、彼等が通る間は両方とも居住区側は門扉で遮断される。「なぜあいつ等が通るのに待たされるんだ・・・」 「今に橋が架かるから待ってろ」と勝ってなことを言っている。 門扉を動かす警備兵はヒマに任せて「寒いだろ!。・・踊れ!」と近くにいる者を銃で脅し躍らせて、笑い転げて遊んでいた。

 ウワデイクが家に帰ると「ヘラーさんがお待ちよ・・」と母が言う。 顔見知りのヘラーがいて「警察に紹介してやるから、警察官にならないか?」と言ってくれる。 ウワデイクは「レストランでピアノを弾く」と言って彼の申し出を断る。

 夜、ウワデイクが人を訪ねていく。 窓に小石を投げて合図をし部屋に通される。 小ゲットーの印刷工場で地下運動に付いて聞く。 ユーレクという男が「印刷は500部だけど1部を20人が読んでくれるので1万人が読んでいる」と話してくれる。 帰り道でレンガの塀の下のほうに穴をあけ、外の物を持ち帰る子供達を見る。 穴から戻ろうとして身体を半分出して捕まり、悲鳴をあげている少年を見つけ、塀の内に引き込もうとするが身体が出ない、外では激しく身体を叩く音がする。 やっと内側に引き込んだ時には少年は息絶えていた。

 夜、窓の下にトラックが止まり、数人の兵隊が向かいのビルに声を張り上げ乱入した。 部屋の明かりが次々点いて誰かを捜索する声がする。 やがて真向かいの6階の部屋に明かりが点く。 銃を構えた兵隊が「立て・・」と言い、全員が手を上げて立ち上がる。 車椅子の男が動かずにいると、車椅子ごと持ち上げてベランダに行き、階下の道路に放り投げた。 7〜8人の男達が階下に降りて車に載せられようとしたとき、全員が走って逃げ出すが一人残らず射殺される。 車は彼らの死体を踏み越えて帰っていった。

 レストランでウワデイクがピアノを弾いている。 レストランは人があふれるほど混んでいる。 ウワデイクの姉のハリーナが店に入ろうとするが、入り口で彼女の腕章を見てダメだという。 「シュピルマンの姉です。・・ちょっと会わせて下さい」と頼んで店内に入る。 立ったまま待っている姉の姿を演奏中のウワデイクが見つけて、演奏を途中で切って近づいてくる。「ヘンリクがユダヤ人警察に連れて行かれたの・・・」と告げる。 「片っ端から捕まえている、彼等は何をする気か?・・」。 ウワデイクはかって警察に入るよう誘ってくれたへラーを訪ねる。 ヘラーは「あの時警察に入るべきだった」と言う。 「助けてくれ・・」 「高くつくぞ・・」

 老婆の持っていた鍋を見知らぬ男が奪い取ろうとする。必死に守ろうとするが力負けして手を離す。鍋が路面に落ちて殆ど固形物のない食べ物が路上に散乱する。男は路上に這いつくばって土ごとスープをすする。

                                           
 ウワデイクは弟のヘンリクと会っている。 「あの野郎に幾ら使った?・・俺のことに構うな!」 「お前はどうかしている」 「兄貴は俺のことに構うな」弟は後ろも見ないで立ち去った。ウワデイクがヘンリクと再び会うことはなかった。

 ウワデイクは雇用証明書を入手するために動く。 父の分は証明書が取れない。 知人を頼りに動いて工場の雇用証明を入手する。 「どうせ大した役には立たないだろう・・」と気の好い男が書いてくれた。

 1942年3月15日。 トランクを持って集合し、中の物を出して検査をされる。 トランクは没収されて積み上げられている。 「仕事があれば何よりだ、お前と一緒に居られるから・・・」父が言う。 警察官が「中庭に集まれ!・・」と言う。 「雇用証明をみせろ!」 中庭に全員並ぶ。 「呼ばれたものは前に出ろ!。・・残りは着替えてここに集まれ!・・・荷物は一人15キロ以内だ!」 父が言う「努力したのに・・・。ヘンリクとハリーナの無事を祈ろう・・・」 足元には死体が転がっている。 父が言う「アメリカが悪い。・・アメリカにユダヤ人が多いからだ」 

 広場にはドイツ兵の監視の中で大勢の人たちが集められている。 「水を下さい・・・この子が死にそうなのです」女性が動かなくなっている子供を抱え、顔色を変えてすがりつく。 「ドイツ軍に我々も殺される」 「50万人で立ち上がれば脱出できる」 「声が高いもっと静かに話せ・・・」そんな会話も聞こえる。 トラックで次々と運ばれてくる。 狂気のように泣き叫ぶ若い女がいる。 「隠れ場所にいるとき子供が泣き出して、手で口を覆っていたら子供は死んだらしい」と近くにいる人が教えてくれた。 広場で少年がキャラメルを売っている。 年配の男が「坊や・・幾らだ」 「20ズロチ」 男はやっと捜した20ズロチでキャラメル1個を買う。 手のひらで紙の包装を解きナイフで8個くらいに細かく切断する。 近くにいる者に1切れづつ配りみんなが口に頬張る。 

 貨車が来てみんなが乗ることになった。 警護に並んだユダヤ警察官の前を歩きながら、ウワデイクが妹のレギーナに言う「こんな時みょうだけど、もっと話をしたかった」 「そうね・・・」。 急に大きく叫ぶ声がした「シュピルマン・・何してる早く消えろ!」へラーに身体を引っ張られて並んだ警察官の後ろに飛ばされた。 離れていく家族を追って、前だけを見ている警察官の後ろを列車の方へ走った。 「命を救ってやったんだ・・・さっさと消えろ!」ヘラーに言われて反対側に逃げた。 隠れていると死体を運ぶ荷車を押して男が通っていく、ウワデイクは飛び出してそれを手伝うフリをして脱出する。 列車には全員押し込まれ外から扉にかんぬきが掛けられた。 列車の出た後の広場には死体と荷物が散らばっていた。

 ウワデイクは働いていたレストランに入る。 荒れ果てた室内、机もイスもピアノも壊れている。 呆然と立っていると「ウワデイク!」と低い声で呼ばれる。 「なぜここに居る?・・」 「なぜって・・僕だけ・・残らず行ってしまった。・・早く死んだ方が楽かも知れん」 二人は彼が隠れていた床下に隠れる。

 ゲットーの外に出るのは2年ぶり、ウワデイクはドイツ兵の監視の下でレンガ積みの仕事をしている。 塀の外の人々はあふれんばかりに並べられたパンなどを買い、楽しそうに食事をしている。 ドロタを見かける。 手をあげるが気付いてくれない。 仕事を終えて隊列を組んで帰る時。 「前に出ろ・・」と8人くらいが前に引っ張り出される。 道に伏せらされ一人ずつピストルで頭を撃たれる。 一人残して弾倉が空になるが、ドイツ兵はゆっくりと弾倉を取り替えて最後の一人も射殺する。

 レンガ積みの作業中。 小ゲットーの印刷工場で会ったことのある、ユーレクという男と出会う。「いつからここに・・・」 「昨夜から」 「会えて嬉しい・・」 彼が話してくれる。 「トレブリカに毎日貨車が行ってるが空で帰っている。俺たちを全滅させる気だ・・・。50万人の内6万人しか残っていない。 俺たちは戦う・・その準備は整っている」 彼は抵抗運動の仲間になるようウワデイクを誘う。 ウワデイクがレンガを背中のモッコに載せて運搬の途中、上空に飛行機の編隊が通る。 これを見上げていて背中のレンガを落し 「来い!」と呼ばれてムチで打たれ意識をなくする。 「連れて行け・・」仲間が引きずり頭から水を掛けてくれる。 「ピアノ引きにレンガ運びは無理だ。楽な仕事を見つけよう」 彼は室内の軽作業につかせてもらうようになった。 やがてウワデイクは食料の買出しを命じられる。 大きい布袋にジャガイモを詰めて、底の方に小さい布に包んだピストルを入れて帰る。 隊列を組んで宿舎に帰る途中で布に包んだままのピストルを塀の内側に放り込む。

                            
 夜、宿舎の二段ベットでウワデイクが言う「ユーレク。・・頼みがある・・・ここから逃げたい」 「逃げるのは簡単だ。・・・生きていくのが難しい」 ユーレクはウワデイクに仲間と連絡を取るためのメモ書きをし、その紙を渡して呉れる。

 ウワデイクが何時ものように買出しをして荷物を降ろしていると、「バンソウコウはあるか?」とドイツ軍の兵隊が入ってくる。 「おかしいぞ何を企てている?・・・。中身は何だ」と布袋を指差す。 「ポテト3キロとパンです」 「ウソだと目でわかる。・・・早く開けろ!」 袋の口に結んだ紐がなかなか取れない。 兵隊は軍刀を抜いて布袋を破ると豆が詰まっている。 「油断もすきもない・・・直ぐに付け上がる。今度ごまかしたら撃ち殺してやるからな」と言って部屋を出る。 ウワデイクは豆の下から何時ものように布に包まったピストルを取り出しズボンのポケットにしまった。

 隊列を組んで帰る途中も「規律を教えてやる豚どもめ。・・なぜ殴るか判るか?。・・お前等が迷惑なのだ」ドイツ兵が誰彼構わず鞭を振り下ろす。 今日も「今だ・・」の合図にあわせて銃を包んだ布を塀の中に投げ込んだ。

 夜の街角、ウワデイクがユーレクの指示どおり待っていると女性がやってくる。 ウワデイクは彼女の後について行く。 ポーランド人の部屋に案内されて風呂に入る。 「時間がない急いでくれ・・・。着替えろ!」 「ユダヤ人をかくまう者は殺される・・」 ウワデイクが着ていた服を全部女性が台所のコンロで燃やして証拠をなくする。 馬車で別の民家に連れて行ってもらう。 抵抗運動をしている男が地下室に案内してくれる。 奥の棚を横に動かすと裏側の壁が削られていて、小さい物置があり武器が隠されていた。 これを隅に寄せてやっとウワデイク一人が入れる場所を作った。 「明日はゲットーの部屋に移す。・・・寝心地は良くないが我慢してくれ」 男はそう言って棚を元のように動かして閉めた。

 翌日二人は電車に乗って移動する。 「ドイツ人の席の近くに行け!・・」男に言われるまま混みあう電車の奥に進むと "ドイツ人専用席” と書かれた席には空席が目立ち、軍人がゆったりとタバコを吹かしている。

 案内された部屋は5階の空き部屋だった。 直ぐ前の道路の向こうにレンガを積んだ居留地がある。 「いい所だろ・・・」 「まだ内側にいるみたいだ・・」 パン、玉ねぎなど食料を置いて「ヤンナが週二回食料を運ぶ、できるだけ静かにして居れ・・」そう言って彼は出て行った。 部屋に一人残されたウワデイクは長いすに横になり、何かあったらここに行けと言われて渡された住所を書いた紙を靴の中に隠した。

 1943年4月19日、ユダヤ人居留地の塀の外を歩いていたドイツ兵が、塀の内側から銃撃されて倒れた。 直ぐに残りのドイツ兵が応戦し銃撃戦になる。 ドイツ軍は大砲を持ってきて塀を壊し、建物の中に突入して建物に火を放つ、間もなく全員を逮捕し道路に引っ張り出して一人残らず射殺してしまう。

 ウワデイクの食料が何もなくなったとき、彼女が部屋に食料を持ってきてくれた。 「早くこれを食べて・・・」。 部屋に案内してくれた男が来る。 「万一の時は、捕まるくらいなら死を選べ、俺は自殺する」

 数日後窓の下にトラックが停まる、大きな声を出して数人のドイツ兵が階段を上がってくる。 ウワデイクは窓を開けて、手前にイスを踏み台として置いて、5階からトラックの幌の上に飛び降りる準備をした。 ドアが激しく叩かれて身構えていると、隣の部屋にドイツ兵は入った様子で抵抗する男の声がする。 やがて男を乗せてトラックは遠ざかって行った。

 食べる者が無くなり吊棚の中を捜していると、皿が床に崩れ落ちて割れ大きい音がする。 「開けなさい!」女の声がする。 「開けないと警察を呼ぶよ」 荷物を持って廊下に出ると管理人の女性がにらみつけている。 「身分証明書を見せて・・・。登録してないでしょ・・・。ユダヤ人よ!・・そいつを捕まえて!・・」 ウワデイクは外に走り出て、雪の降る街を逃げる。

                            
 ウワデイクはユーレクに貰った紙片を靴の中から取り出し、住所を探してとある家の入り口のベルを押す。 「ユーレクの紹介ですが・・・」 ドアを開けた女性が驚いたように「シュピルマンさん!・・」と声を出す。 そこにはドロタが立っていた。 「ここの住所を渡されて、・・・。ずっと隠れていたんだ。」 「夫が間もなく帰ってくるわ・・」 「いつ結婚したの・・・」 「1年前よ・・夫は大学教授なの」 そこに夫が帰ってくる。 「お帰りなさい・・・ユーレクさんの紹介なの」とウワデイクを紹介する。 「話は聞いている。・・今夜はソファで寝るといい」 「すみませんパンをいただけませんか?・・」 「どうぞ・・・」 ウワデイクがソファに横になっていると、隣の部屋からチェロの音が聞こえてくる。 ドアの少し開いた隙間からドロタがチェロを弾く姿が見える。 幸せそうな後姿がまぶしい。 

  ウワデイクは新たな部屋に連れて行かれた。 部屋は空き部屋でドアに鍵が掛けられていたが、男が開けてくれた。 道路を隔てて直ぐ前がドイツ兵の陣営で、前線から負傷兵が運ばれている。 「ここは最も安全だ、獅子の懐だ。・・できるだけ物音を立てないように・・」と男が言った。 男達はドアに鍵を掛けて出て行った。 部屋に古いピアノがある、ウワデイクはピアノの蓋をそっと開け布を外し、イスに腰掛けて両手を広げ、指を激しく鍵盤に叩いた。 しかし、彼の指は鍵盤に届く事無く宙を動くほか無かった。 鍵が開けられ二人の男が来る。 「無事か?・・」 「何とか・・」 「シャワスだ・・。彼が食料を届けてくれる・・・」 といって合鍵を渡す。 「放送局の技術者だ連合軍がドイツを爆撃している。・・」 「局で何度かお目にかかりました」

 食料が何も無くなる。 男がパンとウオッカを運んでくれる。 「パンを買うお金が無くなった」男が言う。 「これを売れ・・・食料の方が大切だ・・」ウワデイクは腕時計を外して男に渡す。 芽の出たしなびたジャガイモを半分に割って料理する。

 ドロタとその夫が次に訪ねた時ウワデイクは意識も絶え絶えだった。 「医者を呼べ・・・」 「ルジャック先生は?・・・」 「危険だ・・」。 男が呼びに出て間もなく医者が来る。 ドロタが言う「お別れを言いに来たの・・・。赤ちゃんを産むため私の田舎に行くの・・」 医者が「肝臓が肥大している、薬が必要だが手に入らない」と言う。

 1,944年8月14日、ドイツ兵の官舎前を歩いていた3人が、いっせいに警備兵を銃で撃つ。 油断していた兵隊が倒れ、彼等は建物の中に手榴弾を投げ込む。 ウワデイクのいるビルからも機関銃が撃たれ、これを合図のように各所で市街戦が始まる。 街はいたるところで火の手が上がっている。 ウワデイクの隠れているビルも砲撃されて火災が発生した。 部屋を出ようとするがドアに鍵がかかっている。 次の砲撃で隣室との境の壁に穴が開きウワデイクは隣室に逃げ込む。 廊下に出て階段を上がる。 屋根裏部屋まで逃げるが、ドイツ兵が部屋の中まで捜索に来る。 屋根の上に逃げて見つからないですんだが、反対側のドイツ軍に見つかり、官舎から銃撃されあわてて逃げる。 ドイツ軍は戦車を出してきてビルを砲撃し破壊する。 ウワデイクがビルを出て道路に出るとドイツ軍の一団が走ってくる。 逃げられないと思ったウワデイクは、道路の死体に混じって死人の真似をする。 走って前側の破壊された官舎に逃げ込むと病院の跡には誰もいない。 診察台の上で一休みして食料を探し残飯を食べる。 前の道路では兵隊が死体を集めて油を掛け火をつけている。 捕虜となった人たちが前の道を通る。

 一人することも無く目を瞑ってピアノを弾くまねをする。 ウワデイクが隠れていたビルも、今いる官舎も兵隊が来て一戸づつ火炎放射器で火をつけていく。 ビルはたちまち火の海となった。 ウワデイクは裏窓から逃げて、塀を乗り越え廃墟となった街に出る。 一つ残らず壊されたビル、無人の街をウワデイクは夢遊病者のように歩く。 壊れた家に入って残った家具を開け、食料を探すが何もない。 ドイツ兵の声がしたので屋根裏部屋に逃げてはしごを外す。 再度の食料探しで大きい缶詰を見つけるが開ける道具が無い。 やっと手鉤を見つけ上から叩いて、二つ三つ穴をあけたとき滑って缶が床に落ちる。 拾おうとした眼線の前に男が立っていた。 缶詰のジュースが床に広がる。 男はドイツ軍の軍服を来た将校であった。 「何をしている?・・・お前は誰だ?。・・言葉がわかる
か?・・・何をしている!」 「その缶をあけようと・・・」 「ここに住んでいるのか?・・職業は?・・」 「私はピアニストです」 「ピアニスト?・・来い!」 ドアを開けると隣の部屋に大きいピアノがほこりを冠って置き去りにされていた。 「何か弾け!・・」 ウワデイクがふら付く足でピアノの前に行く。 イスを寄せて座り、ゆっくりと手を動かす。 ショパンの曲が最初は静かに、そして激しく美しい調べが響き渡る。 ホーゼンフエルト大尉は部屋の隅のイスに腰をおろし演奏に聞き入る。 ウワデイクはすべての精神力を集中して、指を動かす。 演奏が終わった。・・・しばらくは声も出ないほど感激した大尉が聞く・・・「隠れているのか?」 ウワデイクがうなずく。 「ユダヤ人か?・・どこに隠れてる?・・」 「屋根裏です・・」 「案内しろ!」 はしごを掛けて大尉を屋根裏に案内する。 「食べる物は?・・」 大尉は道路に待たせておいたジープに戻り、何事も無かったかのようにジープに乗って去って行く。 ウワデイクは泣けて涙が止まらない。

 ホーゼンフエルト大尉が作戦本部に戻り、書類にサインをしている。 机の上には家族と写した写真が飾ってある。 部屋を出てウワデイクのいる破壊されたビルに行く。 屋根裏に向かって「ユダヤ人!・・」と呼ぶ。 ウワデイクがはしごを下ろして降りてくる。 食料の包みを投げてやる。 遠くで爆撃の音がする。 帰りかけている大尉に聞く「待ってください・・・あの爆撃音はなんですか?」 「ソ連軍が砲撃している」 ウワデイクが包みを開けると、ジャムなどの食料のほかに缶切りが1個入っていた。
                                  
 ドイツ兵の撤退が始まった。 「どうしたんです?・・・撤退ですか?」 「そうだ」 「どうやってあなたに感謝すれば・・・」 「神に感謝しろ!」 大尉は軍服のコートを脱いでウワデイクに渡した。 「あなたは持っていかなくても・・・?」 「もっと暖かい所に行く・・」 ウワデイクが言う「戦争が終わったら、私は放送局でピアノを弾きます」 「名前を教えてくれ・・」 「ウワディスワフ・シュピルマンです」 「聞ける時を楽しみにする・・・」 大尉は帰っていった。

 廃墟の街に人々が帰って来る。 喜んで手を振りながら迎えに飛び出すが、ドイツ兵と間違えられて撃たれる。(大尉の軍服を着ているから) あわててビルに飛び込んで「ポーランド人だ!。・・頼む!撃たないでくれ!」 「降りて来い!・・」 「撃つな!・・ポーランド人だ」 「そのコートは?・・」 「寒くて着ているだけだ。」

 捕虜となったドイツ兵が広場の囲いの中に集められて座っている。 「畜生!!。・・」 「人殺し!・」 「殺し屋!」 「俺の全てを奪った!殺してしまえ」  人々が暴言を浴びせている。 立ち上がった男がいる。 ウワデイクに警察官になるよう誘ってくれたユダヤ人の警官へラーで「ピアニストのシュピルマン。私は彼を助けた。・・・救ってほしい・・」と叫んでいる。

 放送局でウワデイクがまたピアノを弾いている。 にこやかに笑いながら見つめる先には、ガラスの向こうの調整室で微笑むデェレクターがいる。

 音楽会の会場。 フルオーケストラの演奏会でウワデイクがピアノを弾いている。
                その彼も2000年7月6日、88歳で死去した。  
      ホーゼンフエルト大尉は1950年ソ連の戦犯収容所で死亡した。       
                           =  終わり  =           H15,02,15


   
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