12月30日 発表
今年私は7月に安心で私の視力回復法「ウインク視力回復法」ということで発表した。
安心の8月号は0・1以下の人には効果がないかもしれない、というものだった。
だが0・1以下の人にも効果がある視力回復法も発表できることほぼ確定となった。
来年はこのホームページでもウインク視力回復法の1部を発表する予定です。
12月15日 毎日続ける
私の視力回復法は毎日続けるということがポイント。
0・03が0・7になり子供が0・3が1・0になって親子で喜んでいるというメールも頂いたが毎日続けないと視力は落ちてしまう。
12月14日 45歳の女の人から
45歳くらいの女の人からメールがきて15歳の時からメガネやコンタクトをしている、とのこと。
現在の視力は0・03とのこと。
最近コンタクトをしているとうん疲れるのでレーシックの手術をしようか、とも思ったがネットで検索して私のHP見つけたとのこと。
お金550円なら目の手術すると思うなら私の視力回復法やってみようか、とも思った、とのこと。
その女の人も普段の生活で不自由しないくらいな視力になれば御の字とのことだった。
12月8日 レーシック
私は占いに興味があり占いの講習に行っていたりするが昨年の占いの講習で席が隣になった40歳くらいの女の人は視力が0・03くらいでレーシックをするか迷っているとのことだった。
私は視力回復をやっているとも言った。
昨年の6月私は普通免許の眼鏡等が解除になった。そのことも40歳の女の人に言った。
40歳の女の人はいついつ手術をするとのことで2日前までキャンセルできるとのことで説明の紙を何度も見ていた。
次の月の講習の時私は「目の手術したんですか」と聞くと「しなかった」とのこと。
目の手術なんかならばしたくないから私がやっている視力回復でいい方法あればそれやろう、とも思ったのかもしれない、と思う。
12月5日 女の人からのメール
今日女の人からメールが来て、中学生の子供が目が悪い、とのことでコンタクトをしても目が悪くなる一方とのこと。
視力回復やるにもお金がかかりそうだが金銭的に余裕がないのでお金のかかる視力回復はできないが、私のは550円とのことで550円なら払えるから私の視力回復法やってみよう、とのこと。
松下幸之助の水道水の哲学で安いお金で多くの人に、私はそれをやってみよう、とも思った。
12月5日 改良
やはり私の視力回復はまだ改良できた。今日遠くの字をか割とはっきり見える。
12月4日 改良
私の視力回復もうこれ以上改良できないとも思ったが、まだ改良できるかもとも思ってしまう。
私の視力回復も自分の視力が1・2になるまで改良できるかやってみよう。
果たして1・2になるか、とも思う。
12月4日 水道水の哲学
私が小学生の時松下幸之助についての本を読んだ。心に残っている本の1つである。
松下幸之助の考え方に「水道水の哲学」というのがある。
水は誰もが必要がものだが、必要な水を安いお金で提供する、そのように電気製品も安いお金で多くの人に提供する、といったようなことではなかったか、と思う。
私の視力回復も水道水の哲学みたいに安いお金で大勢に提供するということをしている。
今550円で提供しているし将来的には本1冊で視力回復できるようにと思っている。
12月3日 14日で
私が視力回復をやろうと思ったきかっけとなった15年前に買った視力回復の本は2週間で1・2になる、とのことだった。
だが0・3くらいな人は1・2になるかもしれないが、0・05の人は1・2にならない。
私の視力回復は毎日7分単純なことを続ければ0・1以下でも普通免許の片目0・3両目0・7をクリアしようというもの。
私の友達で0・01という人は、0・05を目指している、0・1になれば御の字とのことだった。
12月3日 14日間で
視力回復で14日間で視力回復なんてものもあるみたいだが、14日でどのくらい目が良くなるのだろうか。
私が15年前にやった大学教授が考案した方法は14日で0・05が0・06とか0・08になっただけだった。
それも難行苦行のようなものだった。
私の視力回復は単純なちょっとしたことを14日だけでなくずっと続けるというもの。
12月2日 スナック
私はビールが好きだが、たまあにスナックでビールを飲むことがある。
スナックでカラオケをやってカラオケの画面の字が読めるかをやっている。
この前1ヶ月前に行った時、画面の字ももうちょっとで読めるとも思った。
だがスナックでビールを飲むとお金が何千円もかかるからスナックへはそんなに行くわけにいかない。
自分の視力回復もこれ以上は改良できない、というところまで来た。これでどうなるか、といったところ。
12月2日 老眼とウインク視力回復法
視力が1・2とかあって目がいい人は40過ぎるとすぐ老眼になってしまったりみたいです。
私は元々は目が悪いので今年47になりますが老眼になっていません。
また眼科で調べる屈折度数では私は0・1くらいしか見えないはずなのですが、ウインク視力回復法をしていますので視力が0・7くらいになって日常生活では殆どメガネが要らない生活をしています。
12月1日 改良そして目薬の木
私の視力回復法、ウインク視力回復法は今年の安心の8月号で発表となった。
だが安心の8月号の方法は朝3分夜3分というもの。
その後私は思った。1日2回より1日1回の方がいいのではないか。そして安心の8月号の方法は0・1以下の人には効果がないかもしれない、というものだった。
その後私は改良ということで1日1回の方法を考えた。但し夜7分というもの。
そして0・1以下の人にも効果あるとも思える。
視力回復法としては今のものでこれ以上改良できない、とも思う。
あと目薬の木を飲んでみよう、とも思っている。
視力回復法ではこれ以上改良できないと思うから目薬の木は飲めばどうかやってみよう、と思っている。
11月28日 目薬の木、健康増進
私の視力回復で目薬の木煎じて飲むというのがあるが、目薬の木を毎日飲むというのはなかなか普通の人できなかったりで、目薬の木飲まなくても一定の視力が保てるか視力が私のウインク視力回復法で向上するかを試してみた。
ここ何ヶ月か目薬の木飲まなかったが視力は良くなることが確認できたので今日から目薬の木を飲むのを始めた。
目薬の木は健康増進の効果があるのでこれからはなるべく毎日目薬の木を飲んでいきたい。
11月21日 忙しくてできない
私は安心に載るために視力回復の体験談を集めようと思ったが体験談5人だって簡単に集まらない。
視力回復法送って後でメールを送って聞くと「忙しくてできない」とのこと。
安心の8月号の視力回復は朝3分夜3分。それでも人は忙しくて出来ないと言う。
今は1日1回夜7分だが、メガネをいつもかけて暮らすより夜7分の視力回復やって裸眼で過ごした方が私は自分ではいいと思っている。
11月17日 1日1回7分
安心の8月号で私の視力回復は発表となった。
安心の8月号は朝3分夜3分というもの。
それから私は1日2回より1日1回の方がいいのではないか。
また安心の8月号の方法では0・1以下の人には効果ないかもしれない。
それで私は1日夜1回時間は7分だけど0・1以下の人にも効果ある方法を考えた。
11月12日改良そして発表
私のウインク視力回復法は今年の安心の8月号で一応発表した。
だが安心の8月号の方法では0・1以下の人には効果がないかもしれない、とも思っている。
改良した0・1以下の人にも効果ある方法を考えその発表も年があければできそうです。
ご期待下さい。
11月1日 次なる発表
私の視力回復今年の7月2日発売の安心で発表したが、それから少し改良したものがありまた私の視力回復も次の発表の機会ができそうです。
10月25日 自費出版
高校の先生といい占いの先生といい、自費出版しても駄目というようなことを言う。
だが私の場合自費出版してお金が丸々損したことにはならなかった。
本を自費出版したら雑誌社の方からお願いします、と言われ、雑誌に3つ載ることができた。
雑誌社と知り合いになっていて次いい方法を考え売り込んだら今年7月に安心に載ることができた。
また去年自分で会場を借りてやったセミナーだって本を出したから5人出る人がいた、といったところ。
本を自費出版したらぎりぎりで次につなげることができた。
10月24日 高校の先生
今から8年前の39歳の時高校の同窓会があった。
私の卒業した高校では毎年卒業して20年たった人を対象に学年全体で同窓会をしている、とのことで、8年前同窓会に私は出席した。
それで高校の時の担任の先生に、視力回復で本を出そうと思っている、本が出たらあげますというと、高校の先生は「自費出版して売れなかったら大変だぞ」と言った。
だが私は思う。自費出版して売れなくてもそんなに大変ではないのではないか。
セブンイレブンみたいなもの開いて売れなかったら大変である。
自費出版するにはお金150万円から200万円くらいかかるが出版にかかるお金現金で払ったのなら本が売れなくてもそんなに大変ではないのではないか。
セブンイレブン開くには200万円ばかりでなく店の改造費用商品の仕入れに500万円とか1千万円とかかるかもしれない。セブンイレブン開くにかかる500万円1千万円現金で払ってもコンビニって電気代1ヶ月30万円くらいかかるみたいだし、他に人件費20万円くらいかかるかもしれない。
セブンイレブン開けば1ヶ月50万円経費かかるがそれで売れなかったら大変である。
自費出版は出版費用を現金で払ったのなら売れなくても大変だとは私は思わない。
10月22日 占いの鑑定
私の占いの興味があり、占いの講習に行っていたりしている。
それで本を自費出版した2006年の3月頃自分の占いの鑑定をしてもらった。
その時本を自費出版する、と言うと、その占いの先生は本も出している人で、「本を書くのなんか出版社全額負担ならもうかるが自費出版するなんて出版社のカモになるだけだ。そんなの解約してお金返してもらいなさい。お金いくら払ったの」と言った。
私はお金200万円払った、と言った。
そして私は「じゃあどうやってお金を稼げばいいというのか。お勤めしていればいい、と普通人は言うけど、世の中はそんな甘いものではない、という言葉があるけど学校だったらお金さえ払っていれば授業分かっていない、といってもすぐに学校に来ちゃあいけない、とは言われないけどお勤めするのは厳しいですよ。掃除夫でもスーパーの店員でもコンビニでも給料に見合う働きなかったら即刻クビですよ」と言った。
確かに本を出すには著者としては出版社全額負担なら確実な儲けになるが、普通の人出版社全額負担でなんか本出せる訳ないじゃないか、とも思った。私としては本も自費出版すれば何か自分の可能性が出てくるのではないか、とも思っての自費出版である。
だが段々話しをするうち私は文章を書く仕事も向いているのではないか、とのことだった。
10月21日 ピンホールアイマスク
私の視力回復のグッツの販売ということで一昨日HPを書き換えましたら昨日質問のメールがきました。その質問によるますと、「私の販売する視力回復のグッツはピンホールアイマスクのようなものでしょうか」。
私はピンホールアイマスクではない、と答えました。
私も穴1つのピンホールアイマスクを専門に2年近くやりましたがピンホールアイマスクでは目は良くなりません。
私は2004年の1月に穴1つのピンホールアイマスク(壱点鏡)考え、1月眼科で視力検査したら右目も左目も0・6で4月左目0・7で右目0・5だった。
ピンホールアイマスクで0・7になった、とも思った。
だがその年の8月総合病院の眼科で視力検査したら右目0・1で左目0・15だった。
視力が0・6くらいから0・1くらいに落ちたのはウインク視力回復法をしていなかったからで穴1つのピンホールアイマスクを毎日やっても視力は0・6から0・1に落ちた。
私は言いたい、ピンホールアイマスクなんて目が良くならない。
私が販売するのは安心の8月号みたいに使う物はちょっとした物で主に方法を書いた物です。
ピンホールアイマスク穴5つの物1500円くらいするから1500円する物550円で売れば私は原価割れで赤字になります。
10月20日 セミナー
去年2007年11月29日私は東京で視力回復のセミナーをした。
視力回復のセミナーをしたのは視力回復で講演をしようと思って講演協会に登録になっても講演依頼はこない。
そこで講演もお願いします、と言われて講演依頼が来てやるのは簡単にできないが、自分で会場をかりてやればセミナーのようなものをやろうと思うばできる、と思ってのことである。
それでも昨年の11月29日のセミナー出席する人5人いた。
最初思ったことは本を自費出版したから出版社の人に言えば何人かセミナーに出てもらえるのではとも思った。
だが自費出版した出版社の編集の人にメール送ったら、私の本の編集した人は一身上の都合で会社を退社したとのこと。
仮編集した女の人にメール送ったがセミナーには出られないとのこと。
また本を出して雑誌に3社に載ったから雑誌社の編集の人にメールを送っても1人も出る人はいない。
それで昔の学校の時の友達で東京に住んでいる人7、8人にメールを送るなり携帯電話をかけるなりしても1人もセミナーに出るという人はいない。
だが去年の11月29日のセミナー5人出る人がいた。
ある人が言うには「セミナーやっても知っている人でなくて知らない人5人集まったんならすごいじゃん」。
今年の5月の安心の取材の時も安心の編集の人に「セミナーやってもよく5人出る人いたじゃん」。
そのセミナーに出た5人は、体験談募集で無料で視力回復法送った人1人、私の本を買って読んだ人1人、それで去年の10月視力回復のホームページ出している人から視力回復の体験者へのインタビューということでその人に東京で視力回復のセミナーやると言ったら自分もセミナーに出てみたいと言って、私がその人に今のところ参加者2人しかいない、と言ったらその人が知り合い2人連れてきてくれてやっと参加者5人になったという感じだった。
10月19日 最新の視力回復法
今年の7月に安心でウインク視力回復法ということで私の視力回復法雑誌に載ったんですが、雑誌に載るという企画が決まったのは4月のこと。
7月発売の安心に載るということが確定した。
だが5月のある日お昼のおもいっきりいいテレビを見ていたら明日最新の視力回復について放送するとのこと。
私の視力回復法7月発行の安心に載るがテレビで私の方法が放送されれば私のウインク視力回復法も人のものとなってしまう。
明日のテレビの放送で私の方法がやれば私の負け。私の方法も安心の7月発売で出るのだから明日のテレビの放送で私の方法やらなかったら私の勝ち。
テレビの放送される次の日私は用事があったが、その放送気になるからビデオでなく一刻も早くテレビの放送見たい、と思った。
それで用事があったの行かないようにして次の日テレビの放送見たら、白内障レーシックの手術についてとのことで、これなら大丈夫あるいは私の勝ちとも思った。
10月15日 新しい方法
視力回復新しい方法考えたけどまた発表する機会を作りたい。
安心の8月号で一応私の視力回復の発表はした。
また次の方法の発表の場を作りたいと思っている。
10月10日 製品身の回りの物
私も今になって視力回復の器具を考案したと思った。
それ単純なものだから特許にならないとして実用新案にして製品にしようか、とも思った。
だがやはり製品を作ってもそういう製品も電気を使うものなら最終的に壊れてゴミになるから視力回復もゴミを出さないものと思っているので自分の考案したもの製品にはしないと思います。
身の回りのものでできる視力回復をやろうと思っています。
10月6日 改良
私の視力回復改良もできるが身の回りのものでできることを目指している。
安心の8月号の方法は私の視力回復の一つ。
安心の8月号の続きはまだあります。
10月5日 改良
私の視力回復はこれ以上改良できない、と思っても、まだ改良することができたりである。
何とか視力回復の発表したい、と思っています。
10月2日 改良の余地
自分の視力回復もう改良の余地がない、とも思ったがまだ改良はできた。
今日の夜、明日の夜と改良したものを確認する予定。
9月27日 ヨガで有名な人の本
ヨガで有名な人が最新の視力回復の本を書いたとのことで私としては気になって1日でも早く本を読みたいからアマゾンで本を注文して今日、本が家に届いた。
本を少し見てみたが、視力回復で特別なことが書いてあるということもなく、私としてはこの方法じゃ目はあまり良くならないのでは、とも思った。
9月26日 ヨガで有名な人
ヨガで有名な人が最新の視力回復の本を書いたとのことで自分も参考までに1冊買ってみよう、と思った。
本屋で買えば送料取られないが、1日でも早く読みたいからアマゾンで注文した。
視力回復も私の方法は0・1あればその場で目がはっきり見える方法だが、他に視力回復でいい方法あるのだろうか。
7月20日 新たなる挑戦
安心の今月号に書いてあるように私の視力回復は朝3分夜3分だが、1日2回より1日1回の方がいいと思い、今1日1回で夜1回で視力が回復するかやっている。
0・05から0・7になって0・7になっていいのではなくて1・2にする方法を考えている。
次なる挑戦(トライ)である。
7月16日 売れなくて良かった
私の前の本初版完売する前に出版社が倒産してしまったが、その出版社本を作るだけで売るということにはあまり力を入れなかったみたいだが、私の本が売れなかったのも普通免許メガネかけなくてよくなるのでないから売れなくて当然。
逆に売れてしまえばもうそれでいい、とも思ってしまうから、本が売れないから何とかしないといけない、と思い今度の方法を考え安心に取り上げてもらうことができた。
私としてはこれでよかったんだ、とも思う。
7月15日 前の本
私の前の本の版元の出版社は今年1月に倒産した。
違う出版社で出版を引き継いだとのことで前の本出さないかと言われている。
前の本版下はあるが本の在庫は処分してしまった、とのこと。
前の本を出すにはお金100万円くらい必要とのこと。
私としも前の本を出すということも意味あるか、ということになる。
次視力回復の本を出してその本が売れれば前の本を出すということも意味ある。
今日の電話では前の本の出版社は本を作るだけで本を売るということには力を入れなかったとのこと。
だが私が思うことは前の本が売れなかったのは普通免許メガネかけないでよくなる、というものでなかったから売れなかったのだと思っている。
人生論やエッセイならそれなりのことが書いてあれば売り方考えれば売れるかもしれない。
だが視力回復の本は実際に目が良くならないと売れない、と思う。
視力回復の本は普通免許メガネかけないでよくなるのでないと意味がない、と思う。
前の本も本を出したことで安心に取り上げてもらったのだからそれなりに意味があった。
だが前の本をまたお金払って出すのは次に出した本が売れたというのでないと意味がない、と思っている。
7月14日 安心
今日自分の卒業した小学校中学校高校へ安心の今月号を持っていった。
あと安心を学校の担任の先生とか送るべき人に郵送した。
7月12日 宣伝
私は安心の今月号自分の視力回復法が載るということで家の近くの書店で安心の今月号を60冊買った。
安心を親戚の人とかにくれよう、と思ってのことである。
あと役場にある提出するものがあったのでその時役場にも安心を持っていった。
役場としても住民の人であることで儲かった人がいて税金いっぱい払ってもらえるかもとも思うし、役場へ雑誌やれば何かの宣伝になるかも、とも思ってのことである。
また家の座敷に昔の額があり字が続け字で書いてあり何の額か分からない。
それでこの間古文書読める人に額を見に来てもらった。
その時安心を渡した。それも何かの宣伝になればと思ってのことである。
またデイサービスにも雑誌を持っていった。それも宣伝のため。
友達に電話して単行本でないから卒業した中学とか高校へは安心を持っていかない方がいいよね、と言うと、友達は、学校へ雑誌持っていった方がいいよ。本だったら私は火星に行ったなんておかしな本があるけど本より雑誌の方が信用あるから学校へ雑誌持っていった方がいいよ。中学高校だけでなく小学校へも雑誌持っていった方がいいよ。小学校は生徒が漢字読めなくてもその学校卒業した人が雑誌に載ったというのなら学校の実績になるから卒業した小学校へも雑誌持っていった方がいいよ、と言われた。
タレントのそのまんま東が宮崎県の知事になり知事自ら宮崎県産の物を宣伝しとんだいい、みたいに私も雑誌に載って自分の商品あるんだがらできる限り自分の宣伝をしようと思っている・
7月9日 リミット
ある健康関係の雑誌に人の寿命は脈の速さと関係あるとのこと。
脈が遅い人は長生きで脈が速い人は長生きできない、とのこと。
それで脈を遅くするにはどうすればいいか私が行っているヨガ教室の先生に聞いてみた。
そのヨガ教室の先生が言うには、人の寿命は何歳まで生きればいいか自分でリミットを作っているのではないか、とのこと。
人の寿命も自分でリミットを作っている。
それで私も自分の視力回復0・7になればいいでは0・7で終わってしまう。
0・7をリミットとせず1・2とした。
これからも1・2になる方法考えていきたい。
7月7日 新たなる目標
私の視力回復は片目0・7になる。
だが0・7でいいのではなく1・0、1・2を目指そう。
この間の90歳の人の葬式に人がどんなお供えものをしたか見るためメガネを持って行った。
片目1・2になって葬式にメガネを持って行かなくてもいいようにしよう、と思った。
7月6日 視力検査のマーク
私の視力回復で使うものは視力検査のマークですが、神絵式視力回復法の所にマークでるようにしました。
誰でも私の視力回復に使う視力検査のマーク無料でプリントアウトできます。
7月4日 見本誌
安心は今月2日に発売になった。
2日の新聞の朝刊に広告出ているかな、と思ったが、出ていないから本当に雑誌に載るだろうか、とも思った。
だが2日親戚の90歳の人の葬式に行かなければ行けなかった。
ことによると2日に家に雑誌社から見本誌届くと思うが、どうだろうか、と思った。
親戚の葬式から家に帰って来たのは夜8時頃。
郵便受けを見ると安心の雑誌らしきものが入っていた。
それで雑誌見る前に友達に電話して、見本誌届いている、と言ったら友達に、おめでとう、と言われた。
、
7月1日 いよいよ明日
明日私の視力回復法が載った安心が発売になる。
だが私は明日親戚の葬式に行かないといけない。
別に雑誌が発売になると言っても私が家にいないといけない、というものではないので、90歳の人の葬式はそんなに縁起の悪いものではないから、雑誌発売の日に葬式というのは頑張ってやれ、というメッセージだと思って私としてはこれからしっかりやっていきたい、と思っている。
6月30日 伯母さんからのメッセージ
昨日私の伯母さんが90歳で亡くなった。
明日通夜で安心の発売の7月2日告別式。
今日その家へ行って、自分の記事の載った雑誌が葬式の日に発売だ、と言った。
私は言った「90歳まで生きた人の葬式ってそんなに縁起の悪いものではないから、雑誌の発売の日に葬式というのは僕に視力回復しっかりやれという伯母さんからのメッセージではないか」。
いよいよあさって安心が発売となる。
6月29日 発表
今週の水曜日安心の8月号が発売になる。
私の視力回復法の発表となる。
だが全ての発表ではない。
雑誌だから先月の27日取材を受け私の話から雑誌社の人が記事を書いたが家に校正のFAXが届いた。
FAXを見ても一番肝心なこと1つ書いてなかった。
雑誌だから重要なことだけを載せようとのことだと思った。
単行本を書く機会があれば私の視力回復法全ての発表となると思う。
6月28日 秒読み段階
私の視力回復も7月2日発売の安心で発表となります。
7月2日は来週の水曜日。
いよいよ秒読み段階になったと思う。
私の知り合いの女の人でスナックやっている人いて雑誌が出たら店に雑誌持って行くね、と言ってあるからそのスナックには来週行こう。
自分でも人にいろいろくれるといいと思って安心の8月号60冊買うことにしている。
6月26日 勉強
私は2006年視力回復の本を自費出版した。
初版1500部で初版が完売する前に出版社が倒産してしまった。
だが本を自費出版していろいろなことが勉強になった。
勉強になったこととして
@視力回復の本なら普通免許メガネかけないで良くなるものでないと売れない。
A雑誌に載って広告を出したことと同じようなことをしたが、広告を出しても人が欲しいと思う物でないと人は買わない。
B雑誌とかに売り込んでも視力回復みたいなものは雑誌に載せてもらえない。
C視力回復の体験談はたとえ5人でもなかなか集めるのが難しい。
D眼科医の人は普通は推薦とかコメントか書いてくれない。
本を自費出版して私は貴重な勉強ができたと思っている。
自費出版して簡単に売れたというよりいい勉強ができた、と思っている。
6月25日 体験談
雑誌に載るにあたり眼科医の推薦コメントが必要になったが眼科医の人は100人やって90人100人目が良くなったのでないと推薦できない、と言った。
だが現実問題そして視力回復なんて人に教えてもあまりやる人いないから視力回復100人にやってなんて実際には不可能に近い。
私は自分一人の体験を元にしようと思った
過去に壱点鏡とかある会社で販売している器具とか目に良くなると思った。
だがそれらの器具では目は良くならない。
一人ならそういった器具で目が良くなったとも思ってしまった。
だが今回安心に載る方法はセミナーをやったり視力回復で郵送したりで10人近い人に目が良くなったと確認できている。
だから今回安心に載る方法は実際に目が良くなると言える。
6月24日 人相
人は見かけによらないもの、とか外見だけで判断してはいけない、というような言葉があるが、私は外見と少し話しをすればその人が馬鹿か利口かは大体分かる、と思う。
外見は大事だと思う。
テレビで法律の番組をやっていて、その番組に出ていた弁護士がある都道府県の知事になった。
知事になった弁護士は結構ジョークを言ったりする人だった。
だがその弁護士が知事になった都道府県は借金が5兆円あるとのこと。
知事になってからその弁護士の人はテレビで見なかったが、半年ぶりくらいに法律の番組に知事になった弁護士が出た。
僅か半年の間で知事になった弁護士の顔つきが変わってしまった、と私は思った。
顔つき変わったというのは借金5兆円ある都道府県の知事ということで大変でストレスで顔つきが変わってしまったのだと私は思った。
顔にはその人の心の状態に如実に現れると私は思う。
だから人は外見って結構大切だと思う。
6月23日 人相
私がホテルに勤めていて警備員の二十歳の人高校出ていないということでその人はコンピューターのSEになるんだ、とも言っていた。
過去にコンピューターに仕事もしたことがあるという。
仮にその警備員鈴木という名前とすると私はその警備員に「鈴木さんSEになってそんなにできるという感じでもないじゃん」と言った。
すると「外見だけで判断してもらっても」ともその警備員の人は言った。
だが私は思う、人は見かけによらない、とか、外見だけで判断してはいけない、というような言葉もあるかもしれないが、私は人は外見と少し話しをすればその人が馬鹿か利口かは大体分かる、と思う。
外見はそれなりに大事だと私は思う。
6月22日 人相
人相についての話しで以前ホテルに勤めていて警備員の二十歳の人が高校を出ていないという。
それで私はその警備員に言った「高校を出ないで就職する時不利になると考えなかった。採用の条件として高卒以上ということで門前払いを食わされるとか就職しても人よりうんと給料が安かったり」すると警備員の人は「ある会社を受け俺は受かったが高校でたので落ちたのがいた」
それで私はいった「まあいいや。就職は学校出ているより経験があった方が使うわな。じゃあ結婚するとき相手の女の人の親の所へ行って、高校も出ていないような男に娘を嫁にやれない、と言われたらどうする」
すると警備員の男の人は「そういう人は相手にしないんだ」
私は警備員の男の人にそれ以上は言わず黙っていた。
私は思ったことはそういう人は相手にしない、と言ってもモテモテで女なんかいくらでもいる、という男の人ならそういう人は相手にしない、という感じでいいかもしれないが、普通の人はそうはいかないのではないか。
6月21日 人相
視力回復に関すること書くことなくなってしまったので雑談という形で、暫く日記を書いていきたい。
今日から何日か人相ということに関して書きたい。
私は2級ボイラー技士とか危険物取り扱いの資格を持っていて以前ホテルの設備の仕事でお勤めをしていたことがある。
そのホテルで中央監視盤のある部屋が設備の人とか警備員の詰め所となっていた。
その部屋で二十歳の警備員の人と話をしてその警備員の人は高校を出ていないというのである。
中学を卒業してすぐ就職した、というのである。
高校へ行けないことはないが高校へなんか行くより働いてお金を稼いでリッチな生活をした方がいいとのことだった。
高校を出ていない、ということに関して私は「嘘だろ」「本当だ」「嘘だろ」「本当だ」「嘘だろ」「本当だ」というように私は高校を出ていないということに嘘だろと3回言った。
6月20日 暫くは日記を休みます
私の視力回復の日記も本を書いた後のことをずっと書いていたら、今日までのこと殆ど書いてしまってもう書くことがない、という感じになってしまいました。
暫くはこの日記休みます。
来月2日に安心に載るので、安心に載ってどうなったか、というようなことを差し障りのない範囲で書いていきたい、と思っています。
6月19日 特許事務所
私の12年の視力回復の研究の中でCDによる視力回復なんてことも考えたこともあった。
それでCDが特許になるかと思い職業別電話帳で調べて特許事務所を行ってみた。
CDによる視力回復ということで特許事務所の人は視力って簡単に良くなるものではないのでCDということで特別なものを考えたのかなということでテープレコーダーで私の話を録音して聞いていた。
だけどCDも気によるものということになると録音をやめた。
また壱点鏡を考えた時、視力回復のメガネを考えたということで同じ特許事務所へ行ったとき視力回復のメガネなら大したことはない、と思ったのかテープレコーダーで録音はしなかった。
6月18日 ベストな時ベストなことが起こる
私の視力回復も来月の安心に載るということになったが、私も視力回復始めて12年になるけど、ベストな時ベストなことが起こる、と思う。
ベストなことと言っても去年視力回復のセミナーをやろうとして3千円のセミナーに人がどんどん出て、そんなに簡単にはいかないが、ぎりぎりのところでベストな時ベストなことが起こったような気がする。
6月17日 標本調査
雑誌に載るには眼科医のコメントが必要になったが眼科医の人が言うには100人やって100人中90人100人目が良くなったというのでないとコメントできない、と言われたが、私は数学の統計の考え方で6、7人で目が良くなるのではないか、とも思う。
それで私が中学の数学の授業で実際に統計の標本調査をやってみよう、ということになった。
どんなことを調べるかというと英語の文の中でa(A),i(I),u(U),e(E),o(O)の5つの母音の使われる頻度を調べよう、ということになり、英語の教科書を何ページか無作為抽出してそのページの文で5つの母音の使われる数調べてみよう、ということになった。
どうやって特定のページを無作為抽出すればいいか、ということになり、私が手を挙げ「目を閉じて英語の教科書をぱっと開いてみてそのページを調べればいい」と言った。
数学の先生は私の方法に異論ある人と言ったが、誰も手を挙げなかった。
だけど先生は言った「目を閉じても前の方のページか後の方のページかある程度分かりやしないか。あるいは1ページ目なんて意識しないと開けることできないから目を閉じぱっと本を開いたページというのは無作為抽出にならない」と言った。
ではどうしたら無作為抽出になるかは、小さい紙に英語の教科書のページの数字を書く。全部のページを書いて紙の袋に入れ適当に1つ紙を見ないで選べば無作為抽出になる、とのことだった。
6月16日 雑誌
私が以前視力回復で壱点鏡を本気で考えていた時、発明協会で話しを聞いて、「雑誌に載って何万部と出てしまえば特許とか実用新案に出願できないんですよね」と私が聞くと「雑誌に載ってしまえば出願できない」と言われた。
「雑誌に載れば僕も特許とか出願できないし人も出願できないんですよね」と聞くと「人も出願できない」と言われた。
私は雑誌に載れば人にアイデアを横取りされることはないと思った。
それで昨年特許事務所に電話して「視力回復の方法で特許とか実用新案とか取れるか」と聞くと「方法だけでは特許とかとれない。視力回復も器具を使うのならその器具が新しいのなら特許になる」と言われた。
私の視力回復は特別な器具を使わないので特許にはならない。
6月15日 発表
自分の視力回復の発表の仕方として講演をすれば人にアイデア横取りされない発表になるかも、と去年くらい思った。
私もよくは知らないが医者とか科学者みたいな人が「学会で発表する」とかよく聞くとので視力回復の発表も大勢の前で話しをすれば人にアイデア横取りされない発表になるかもとも思った。
だが現実は厳しい。講演依頼なんかこない。
だが来月2日発売の安心に載るのだから、大勢の前で話したより、本として何年何月何日発行の雑誌として残れば、人に真似されても俺の方が先だといえる証拠になるから、雑誌に載るということで発表でいいと思っている。
6月14日 発表
私が小学校3年の時やったへちまの観察も発表する時いい加減に発表したら賞状がもらえなかった。
自分の研究もことによるとすごいかもしれないから、視力回復は発表する時うまく発表しよう、と思った。
視力回復の発表のポイントは人にアイデアを横取りされないように発表しないといけない、と思った。
らくらくカンタン視力回復法も本を出そうという時はすごい発見かもしれない、と思いお金はかかるが本を出版した。
今回も本当は本を出せばいいのだが、そんなに何回も200万円払って本を出すことはできない。
本は出さなくてもせめて雑誌に載ればいいのでは、と思った。
雑誌には○年○月○日発行という日付が入っているから人が真似をしても雑誌を見せれば「俺の方が先だ」と言えるからである。
視力回復の発表は雑誌に載るこいうことでしよう、と思っていたが何とか来月の2日に安心に載るということで私の視力回復の発表ができる。
6月13日 スナックで
昨日私はスナックへ行った。
スナックでカラオケをやり6メートル先の画面に出るカラオケの文字が裸眼で見えるかやってみた。
6メートル先の画面の文字はもう少しで見えるという感じだった。
6メートル先の画面の文字が見えるまでもうちょっとという気がする。
頑張ろう。
6月11日 へちまの観察での教訓
私が小学校3年の時やったへちまの観察を夏休みの後の一人一研究にだしてみよう、と思った。
私は自分の観察なんかどうせ大したことないと思い先生からもらった3枚の模造紙に大事な日だけ抜き取って書いて出した。
すると私のへちまの観察がクラスの代表になるかならないか、ということになり代表になれば賞状がもらえるのである。
だが私のへちまの観察はクラスの代表にならずに蚕の観察をした人がクラスの代表になった。
私はその時思った。自分の観察がクラスの代表になるかならないかということになるのなら先生からもらった3枚の模造紙に大事な日だけ抜き取って書くのでなく、模造紙どこで売っているか分からないのなら親に「模造紙7枚とか10枚買ってきてくれ」と言って、観察した全部の日のこと模造紙に書いて出せば自分のへちまの観察がクラスの代表になったのに・・・。
高校になれば賞状もらうなんてなかったが小学校中学の時理科の一人一研究、絵、習字、詩とかで賞状もらう人がいた。
私は小学校中学の時1枚も賞状をもらうことができなかった。
小学校3年の時のへちまの観察が私にとって賞状をもらう唯一のチャンスだったのである。
小学校3年の時のへちまの観察で失敗で得た教訓は「発表する時きちんと発表するようにしないと折角いい研究をしても何にもならない」ということである。
私も視力回復の研究も発表する時きちんと発表しないと自分の研究が何にもならない、ということ。
6月10日 へちまの観察
私は小学校の時母におたまじゃくしの観察をしろと言われたが、続かなかった。
それで小学校2年の国語の教科書に「ぼくのいんげん」といういんげんの観察の文が載っていて自分も何か観察してみようと思った。
それで小学校3年の時生徒全員にへちまの種が配られた。
私はへちまの観察をしてみよう、と思った。
家の庭に肥やしをくれへちまの種を蒔き毎朝じょろで水をくれて今日は芽が出た、今日は双葉が出た、今日は茎が出た、今日は本葉が出た、と記録し、鉛筆でスケッチして色鉛筆で色を塗り、最後茎を切って水を取るまで観察したのである。
それで夏休みの後に一人一研究の提出があるが私はへちまの観察を一人一研究に出してみよう、と思った。
模造紙どこで買うのか分からないので担任の先生からもらった3枚の模造紙に大事な日だけ抜き取って書いて夏休み後の一人一研究に出してみよう、と思ったのである。
6月9日 母に言われたこと
私の視力回復に関すること、自費出版した後のこと今日までのことを書いてしまったので、視力回復に関することそれ以外のこと今日から書いていきたい。
今日からは発表ということに関して書きたい。
私が小学校へ入学して母に言われたことがあった。
母に言われたことは「人間は根気がないと駄目だ。それで夏休みの後理科の一人一研究というのがあり、小学校と中学の時夏休みの後理科の一人一研究というのを生徒は課題として出さないといけなかった。
一人一研究は何か観察か研究したものを模造紙に書いて出すというのであった。
それで母に言われたことはおたまじゃくしを捕まえておたまじゃくしがかえるになるまで観察しろ、ということだった。
だがおたまじゃくしを捕まえて観察しても続かなかった。
だが私は小学校の時1つ観察を最後まで続けるということが出来たのである。
小学校2年の時の国語の教科書に「ぼくのいんげん」といういんげんの観察した文が載っていて私はそのぼくのいんげんというのに感動し自分も何か観察をしてみよう、とも思ったのである。
6月8日 今日やったこと
私の視力回復本を自費出版した後その後どうしたかをずっと書いていたら、今日の日にまできてしまった。
安心の企画が決まり安心の取材を受け、家に校正のFAXが届き、FAXの文章をチェックした。
これは昨日までのこと。
今日は日曜日だけど安心へFAXを送り、友達とか去年雑誌に載った雑誌社の人に来月の安心に載る、というメールを送った。
雑誌社はもう一社残っているから明日メールを送ろう。
6月7日 企画決定
今年3月の時点では安心の企画が通らなかったが、次の月4月企画決定というメールが届いた。
安心の8月号(7月2日発売)に掲載されることが決まった。
私としては雑誌に載れば可能性も出てくる、とも思った。
今(6月7日)の時点のこととしては、先月の27日安心の取材を受けた。
今記事として載せる文章がFAXで来ていて9日までに校正をお願いします、と言われているので文章のチェックは終わったので明日日曜日だけど明日FAXを送ろうと思っている。
来月の2日私の視力回復の発表となります。
6月6日 妙案
自分の視力回復雑誌に載せてもらうには体験談5人必要。
私は体験談5人は何とかクリアできた。
だがあと医師のコメントが必要。
実際は普通の医師で視力回復のコメントを書いてくれる人はいない。
どうしよう。
だがその時私に妙案が浮かんだ。
去年(2007年)眼科医の人からメールが来たような気がして、その眼科医の人何県の人か知らないが、その眼科医の人に頼めばいいのではないか、と思った。
自分のパソコンで過去の受信メールをたとってみたら、昨年の3月頃眼科医の人からメールが来ていた。
その眼科医の人は昨年の安心の5月号に載った時、安心からコメントを頼まれている、とのことだった。
私は考えた。
その眼科医の人に頼もう。