日本全国おでん屋紀行(16)野毛おでん(関内)
いわゆる老舗のおでん屋を訪れるといつも感じるには、その店が長年の間に培ってきた風格と伝統の味を持っているということだ。それは、歴史の浅い店には、にわかには生み出すことのできないもので、店の造りがきれいだとか、おでんの味が優れているとかいった目先のことを超越している。
横浜の関内駅から程近い、伊勢佐木町にある「野毛おでん」は、そんな老舗の1軒である。入口の引き戸を開けて中へ入ると、落ち着いた居酒屋風の店内が広がっている。
ほぼ4人分ごとに区切られたテーブル席と座席がほとんどを占め、カウンター席は正面の調理場の前に少しあるのみ。2階席へあがる階段もある。老舗らしさを感じさせるのは、出入り口脇の勘定場の上に、額に収めて掲げられている、先代、先々代と思われる人物の肖像写真。現在が3代目ということを考えると、明治時代の創業の可能性もある。店内で立ち働く、客扱いに慣れた様子の数人の小母さんたちにも、老舗の風格を感じる。
調理場には、年季の入った顔立ちの料理人の男たちが数人いて、おでんの他にも、お造りや煮物、焼き物、一通りの酒の肴を供することができる態勢になっている。しかし、やはりメインはおでん。純関東風の醤油味の黒っぽいおでんは、鰹だしがとても利いていて、見た目ほど辛くはない。いつも始めに注文する「大根」はとても大きく切られているが、やわらかくしっかりと煮込まれている。鰹だしと様々な具から出た旨みエキスをたっぷりと吸い込んでいて、何とも言いがたい味わいである。また、「玉子」、「竹輪ぶ」、「すじ鉾」なども、
同じくダシとエキスのたっぷりしみ込んだおでん種でとてもおいしい。この他にも多彩なおでん種は全部で30種類ぐらい。これまた巨大な「がんもどき」、挽き肉の旨み十分の「きゃべつ巻」、上品な味の「しのだ揚げ」なども、はずせない品々である。
さて、これらのおでんに合わせる日本酒は、灘の「櫻正宗」のぬる燗。すっきりとした、クセのない味の酒である。また夏には、キリンの樽生ビールや、珍しいキリンの黒生の瓶ビールもよいかもしれない。
今や貴重な存在となった、関東風おでんの味を守る老舗「野毛おでん」は、ぜひとも21世紀に残しておきたい風格と伝統の味を兼ね備えたおでん屋の1軒である。
野毛おでん(横浜市中区吉田町2−6 045−251−3234 日曜休み)
平成12年9月12日訪問
目次へ戻る
COPYRIGHT 2001 H.NAKAJO