新・日本全国おでん屋紀行(2)多古久(上野)

 おでんは、旨味エキスを出す具材とそのエキスを吸い込む具材の融合が織りなす総合鍋料理である。
 「鰯のつみれ」や「コロ」などの練り物は魚介のエキスを、「牛筋」や「肉団子」は肉のエキスを、そして「ロールキャベツ」、「がんも」、「ふくろ」などの詰め物は中身の野菜や具材の様々な旨味エキスを煮汁に加えていく。
 一方で「だいこん」、「はんぺん」、「ちくわぶ」などは、これらの旨味エキスのしみ出した煮汁をたっぷりと吸い込み、何とも言えない味わいに変化していく。
 上野池之端仲町通りにある「多古久」は、創業100年を数える老舗のおでん屋である。風情ある店構えの引き戸を開けて店内へ入ると、おでん鍋から立ち上るほのかな湯気と匂い、そしてお客同士のほどよいざわめきに出迎えられる。客席は、美しい白木のエル字型カウンターが奥へと広がっている。14席ほどだろうか。他に6人ほどが座れるテーブル席もある。

 カウンターの内側には、「たこ久」の文字が刻まれた銅製の大きな丸い大鍋がどっしりと鎮座している。この鍋を取り仕切るのは、かなりの高齢と見受けられる老女将。年輪の刻まれたその表情は印象的であるが、まだまだ矍鑠(かくしゃく)としていて、お客から声の上がる注文をテキパキとこなしている。
 カウンターの一席に腰をおろして、おでん鍋を覗くと、たくさんのおでん種が、関東ならではの黒い醤油ダシに浸かっている。数あるおでん種の中で、この店でぜひ食べておきたいのはやはり「ちくわぶ」。様々な旨味エキスをたっぷりと吸い込んでいて、とても小麦粉の塊とは思えないおいしさである。また、同じ吸い込み種の「だいこん」や「はんぺん」も絶品。
 もちろん定番のおでん種もそれぞれみな美味しい。鳥挽肉の入った大きな「ローキャベツ」、鶉の玉子、シラタキ、竹輪など具がたっぷりと入った大きな「ふくろ」、とろけるような「餅ふくろ」、鰯味をストレートに感じる「つみれ」、煮汁をよく吸った「がんも」、ほくほくの「じゃがいも」、その他江戸前らしい「ねぎま」、「焼き蛤」などもよい。
 これらの関東風おでんとともに楽しむ酒は、灘の「褒文正宗」。辛口で、まろやかな味わい、ぬる燗で飲むとおいしい。店名入りの白磁の徳利と猪口で供される。おでん以外の酒の肴、「お造り」や「ぬた」などで先ずは軽く一杯というのもよい。
 長年の伝統から生み出された、なんとも言えない温もりのある雰囲気。江戸前の正統なおでん屋である。

多古久(東京都台東区上野2−11−8 03−3831−5088 18:00〜24:00 月曜休み)

平成18年1月27日訪問

目次へ戻る

COPYRIGHT 2006 H.NAKAJO