C.W.ニコルのこと

C.W.ニコル。英国ウエールズ生れ。95年に日本国籍を取得。本人は、ケルト系日本人と称する。作家活動のかたわら、自然保護の重要性を訴え、全国で講演活動をおこなっている。黒姫に居住し、近くの森林を自費で購入、アファンの森と名づけた。この2002年5月31日に長野県から財団法人格を取得し、そこに基金と森林を寄付した。その財団法人は、『C.W.ニコル・アファンの森財団』という。

1990年、ぼくがスイスから帰国する年の春、日本に出張したことがある。前年のワシントン条約の会議で、次回会議を日本で開催することが決まり、その準備のためであった。スイスの事務局は、そのためにぼくをふくめ3人の職員を日本に向かわせた。そのひとりがデイビッド。かれは、日本に行くのであれば、ぜひ友だちと会いたい、でも連絡がつかないから調べてほしいということになった。名前を聞いたら、C.W.ニコルだとのことだった。聞けば、デイビッドがカナダのノースウェスト州の州都イエローナイフで、自分の上司がニコルだったという。さっそく日本の環境庁に連絡、ニコルの連絡先はすぐわかった。会議準備関係の仕事がおわり、デイビッドともうひとりの同僚ジェネビエーブがスイスに帰国する前日、ニコルと会った。ぼくは、これがニコルとの初対面であった。そのときは、ニコル行きつけの焼き鳥屋に4人で行き、みんなで焼酎をしこたま飲んだ。とくにデイビッドはなつかしさもあって、飲みすぎたようで、翌朝は完全な二日酔いだった。

これがきっかけとなって、以来、ニコルとのつきあいがずっとつづいている。いっしょにシンポジウムにパネリストとして参加したり、集まりにいっしょに出席したりした。また、昨年からはとくにいっしょになる機会が増えた。ひとつは、ぼくのいなかの新潟県越路町にできた財団法人・こしじ水と緑の会の評議員にニコルになってもらったこと、もうひとつは、ニコルの財団にぼくが役員として関与しているからだ。黒姫のアファンの森も、これまで4回訪れた。ぼくのいなかにも来てもらった。

かつて、黒姫のアファンの森をずっと残していくために、なにかをしたいと話してくれたことがある。ずいぶん前の話である。それ以来、ニコルはその方策をさぐって、今年の財団設立にこぎつけた。8月24日、アファンの森財団の理事会と評議員会が開かれた。そこでは、ニコルが今後、アファンの森をどのようにしていきたいか、かれの想いを熱く語った。

翌25日は、ウェールズの「アファン・アルゴード森林公園」と「アファンの森」の姉妹森締結の調印式が行われた。ウェールズからは、公園長のリチャード・ワグスタッフが参加し、在京の駐日イギリス大使が立会人となった。調印式は午後1時からアファンの森の中でおこなわれ、セレモニーは、バグパイプの演奏とともに始まり、その後、上記3人の紹介とあいさつがあった。ハープの奏でるなか、いよいよ調印式というとき、ニコルは感極まって落涙。参加者もこれには思わずもらい泣き。赤鬼の目にも涙といったところだろうか。

5月末の財団法人の設立により、アファンの森が永遠に残されるよりどころができた。姉妹森の調印により、自分のうまれ故郷・ウェールズとの太く大きなつながりも正式にできた。アファンの森のなかには、まだ他人の土地がかなり食い込んでいる。2年がかりでこれを購入するための資金集めが当面の大きな事業である。目標は1500万円。1口3000円で1坪を購入する計算になる。

ところで、ニコルに講演を頼む場合、講演料がかなり高いという批判を聞くことがある。しかし、かれは講演料や数多くの本の印税をことごとく森林購入のために使ってきた。そして今回、その森林と基金を財団に寄付した。もともとの日本人でもなかなかできないことをニコルがやったのである。じつに頭の下がることである。当面の目標は1500万円の募金。みなさんの協力をお願いするしだいである。(2002.8.28)

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