ヤマメ

わたしが住んでいたのは越路町の岩田という集落で、岩田はさらに上岩田と下岩田のふたつに分かれている。当時は、上岩田と下岩田の間に民家のつらなりが途切れているところがあり、上と下の境界がはっきりしていたが、今はあまりはっきり分かれていない。しかし、ほんそう川という山屋から流れてくる小さな川によりその境界を知ることができる。いっぽう、上岩田から西に向かうといすず川という同じように小さな川が流れている。上岩田と不動沢とのあいだにあるこの川は、南河内や北河内流域に降った雨を集めて渋海川に注いでいる。渋海川は越路町の最東端で信濃川と合流し、やがて水は日本海へと注ぐ。

今から30年から40年くらい前のことであるが、とてもふしぎなことがあった。どんなに多くの雨が降ろうとも、いすず川の水は清らかなままなのだ。渋海川とほんそう川の水は茶色に濁っているのに。いわば七不思議だったのであるが、あるとき、ほんそう川の上流で土砂を採取している現場をみた。そのとき、いすず川では上流にはそうした区域はないことに気がついた。

子供のころ、このいすず川でヤマメを2度、捕まえたことがある。1回は網で、もう1回は手捕みである。その川にはアブラハヤやウグイがいたが、ヤマメはそれらとちがい、ヌルヌルしている。このヤマメは清流にしか生息しない魚で、カワガラスなどとともにいすず川の象徴だった。ヤマメはサクラマスという種がサケのように海に下ることをやめたものから産まれたと言われる。ところが、やがていすず川の水が濁るようになった。上流域で林道ができたり、土砂採取が始まってからだ。もはやいすず川の清流はなくなった。きれいだったいすず川ではもうヤマメはいないはずである。

沖縄でも圃場整備と称し、大規模農地を造成したがゆえに、赤土が流れ出しサンゴの表面に付着し、貴重なサンゴが死滅していると聞く。伝統的な生業の形態を放棄してから、あるいはさせられてからのことである。植物はその根で土壌をしっかりと固定し、落ち葉は水をろ過し、森林は降った雨や雪を長期間かけて、ゆっくりゆっくり放出している。それが小さな流れとなり、川に注いでいる。そして多くの生物をはぐくむことに貢献している。森林や植生の価値を認識し、それを守ることが必要なのは言うまでもない。(2001年3月18日) 

越路の四季へ