ヘビについて


ぼくはヘビが嫌いである。あの足のない、ぬるっとした生きもの。あまり、好きな人はいないだろう。でも信じられないことだけど、ぼくの友だちにはヘビが好きな人がけっこういる。そういうわけで、好きではないが、関心だけは持つようになった。

ぼくの生まれ育った越路町にもヘビがいる。春、暖かくなると、ヘビが冬眠から目覚め、動き出す。昔の人はカエルやヘビが動き出す日のことを啓蟄と言った。越路町でもっとも早く活動を始めるヘビはアオダイショウである。このアオダイショウ、ぼくが生まれた家に住みついていた。昔は茅葺きの家が多く、ぼくの家も茅葺きで、クマネズミやハツカネズミが家にいた。ネコも飼っていたが、アオダイショウも住みついており、ネズミを食べていた。いなかの人たちは、家に住みつくアオダイショウを家の主(ぬし)と呼んでいた。当時は、どこの家にも1匹のアオダイショウが住んでいるというふうに信じられていた。

日本には何種類かの毒ヘビがいる。マムシとハブは有名であるが、このほかにもいくつか毒ヘビがいる。そのひとつが、ヤマカガシである。ヤマカガジはカエルを好んで食べるヘビである。当時の家の回りのジメジメしたところでよく見かけたものである。かなり、ふつうのヘビであることから、子供たちやガキ大将の遊び対象であった。ヤマカガシをいじめたり、手でもったりする子供たちもいた。みな本州には毒ヘビはマムシしかいないと信じていたからである。ヤマカガシは毒を持っているが、マムシほど攻撃的でない。だから、噛まれることはほとんどない。

越路町で攻撃的なのは、マムシだけである。とくに子持ちのマムシは攻撃的だという。一度、シマヘビに攻撃をしかけられそうになったことがある。もう10年前に死んだ兄といっしょに網を持って、いすず川に魚を捕りに行ったときのことである。兄が川のなかで、網で魚をとる。ぼくは、バケツを持参して、川の土手を歩いていた。そしたら、土手のくさむらから突然、シマヘビが向ってきたことがあった。

マムシは秋が深まってもなかなか冬眠をしようと思わないようである。そういうわけで、越路でもっとも遅くまで活動しているのはマムシだと思う。秋、とくに10月ころに、越路の里山の山道を歩いて出くわすのはだいたいがマムシである。

中学生だったか、高校生だったか、越路町の家の近くで、とてもきれいなヘビを見たことがある。体が白く、それにピンクの縞が入っているヘビである。あとで、図鑑でしらべたらシロマダラというヘビであったが、さすがのヘビ嫌いのぼくでも、きれいなヘビだと思った。

大学院生のころに、後輩たちと6人で奄美、沖縄、西表を旅したことがあった。東京から船で長時間ゆられていく長旅であった。最初に上陸したのが、奄美大島。そこで、アカヒゲやルリカケスなど、珍しい鳥を見て、感激したことを覚えている。奄美大島の住用村には、小規模ながらマングローブがあり、亜熱帯に来たなという感じがした。同行したヘビ好きの後輩に連れられて、夜、ヘビやカエルの採集に出かけた。すると、林道にとてもきれいな細いヘビがいた。ヒャンというヘビだ。同行の後輩から、これはコブラ毒を持っているヘビですよと脅かされた。でも、きれいなヘビだった。

奄美大島の次は、沖縄本島である。沖縄では、やんばるにある琉球大学の演習林の宿舎に泊まった。宿舎では自炊することになっており、ほかの5人の食事を作ってあげた。ぼくは鳥に関心があったため、朝早く起きて、演習林内の鳥を観察に行った。夜遅くまで、マージャンをしていた仲間の朝食を用意したうえでのことであった。

演習林の林道を歩いていると、いろいろな両生は虫類がいた。シリケンイモリやイボイモリ。同行の両生は虫類ずきが喜ぶだろうと思って、それらを採集し、ビニール袋に入れた。しばらくすると、林道に1匹の小さなヘビがいた。きっと友人が喜ぶだろうと思って、ヘビ嫌いではあったが、意を決して捕まえた。ただ単に、友人に喜んでもらおうと思ったからだ。鳥の観察が終わって、演習林の宿舎に戻ると、友人たちはやっと起きてきたばかりであった。そこで、「おい、ヘビ、捕まえてきたぞ」と言ったら、返ってきたのが、「金子さん、これ毒ヘビですよ」。ハイというヘビであった。奄美で見たヒャンと同一種。でも、体色がまったく違っていたのだ。同一種だけど別亜種なのである。ヘビ嫌いのぼくが生まれて始めて捕まえたヘビが毒ヘビだったということになる。ただし、コブラ毒は持っているものの、口吻が小さく、めったに噛まないようである。

さて、今年の8月、ベトナムで国際会議があった。そこに参加したら、ベトナム在住の国際自然保護連合(IUCN)の同僚から、今夜、スネークビレッジに行かないかと誘われた。ヘビの養殖場だとのことであった。ヘビは嫌いなものの、関心があったから、いいよと言ったら、連れていかれたのは、ヘビを食べさせるレストランだった。同行のスイス人、オーストラリア人、アメリカ人など、みなヘビ料理を食べた。約20人近いグループだった。そのうち、最初のうち抵抗していたのが、ノルウェイ人と日本人。みなから臆病者と言われても、食べなかった。いや、食べられなかった。ぼくは、みんなに、ノルウェイ人と日本人はクジラは食べる、でもヘビは食べないと説明した。ノルウェイの友人は途中から、恐る恐る食べ出した。でも、ぼくは箸をつけることができなかった。

そういうわけで、ぼくのヘビ嫌いは続いている。これはきっと直らないと自分であきらめている。(2001.12.14)

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