雪の上を歩くカエル

高校の春休みのことであった。近所に山持ちがいた。もともとこの地域一帯の大地主であったが、戦後の農地解放で田んぼや畑はそれまでの小作人に開放されたが、山林は開放の対象とならなかった。このため、日本全国には大規模な山持ちが多い。たとえば、三重の諸戸氏や速水氏はそんな山持ちのひとりである。私のいなかにも山持ちがいた。諸戸氏や速水氏とはくらべものにならないが、いなかではかなりの規模であった。最近亡くなった金子友衛氏が当主の金子家である。ルーツを私と同じくする家である。

かれはもともと農林業に大きな関心をいだいており、たとえば雪国には珍しいモミの小さな林もあったし、同じく雪国には適さないヒノキを実験的に育てていた。樹液の動きが活発化しない3月、まだ雪の残っている時期にヒノキの下枝を切り落とす作業をすることになった。このため、私は高校の春休みを利用して、アルバイトでこの作業に加わることになった。

3月終わりとは言っても、まだ雪も降っていたし、かんじきをはいて山の斜面を登って行かなければならないため、けっして楽な仕事というわけではなかった。雪の降る寒い日には、たき火をしながら、持参の弁当を食べた。たき火用のたきつけには、スギの枯れ葉やヒノキとヒバの樹皮を利用した。

そんなある日、雪も止み、晴れた日がつづくようになった。枝打ち作業は沢から20mほど登った斜面で行っていた。まだ積雪が1m以上もあった。沢の上方は開けており、田んぼに使われていた。

ヒノキの林で作業をしていると、キャラキャラ、キャラキャラという声がした。目をこらしてみると、なんとカエルが雪の上を上流に向かって移動しているではないか。ニホンアカガエルかヤマアカガエルのいずれかと思うが、おそらく後者だろう。雪の上を歩くカエルは見たこともないし、聞いたこともない。めずらしいことだと思う。

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