裏木戸通信 123号

 

パワーおぶ T・V

 

 

現在日本シリーズが行われている

 

かつて日本シリーズだけは、例え平日だろうが、全試合デーゲームだった。

 

 

なぜ、かつての日本シリーズが全て、平日でもデーゲームだったのかはわからない。

ただ、平日昼間など、殆どの人は、職場や学校にいっていて、見ることが出来ない。その為か、全てデーゲームにする事は、賛否両論だったという。しかし、「娯楽=プロ野球」だった時代は、有給などを取って見に行く人も多くいて、観客等には困らなかったらしい。

だが、いくら日本シリーズとは言え、言い方を変えれば、数多くあるスポーツの内の、一スポーツの日本一を決める大会である。全てをデーゲームにして、「見たかったら、有給とって会社休むなりして見に来い。(本当に、こんな考えで、全てデーゲームにしていたかは不明だが)」と言うような態度は、ファンを舐めていると言えたかも知れない。

で、そのファンの声などを反映したのか、それともただ単にテレビの視聴率が欲しかったのか、詳しいことは判らないが、「娯楽の多様性」、が言われるようになり、Jリーグが、結成され、若者、子供の野球離れが、叫ばれるようになった、1994年(確か)からナイトゲームとなった。(人気が落ちてきたら、あわててファンの意向を反映するあたりプロ野球らしいといえばらしい)

まあ、ファンの声が、遅まきながら反映されたと言う面では良い事なのかも知れないが、反面、困った事態も起こってしまった。

 

 

今度は、土曜、日曜、祝日に関係なく、全てナイトゲームになってしまった。

 

 

平日は、見たい人間に合わせてナイトゲームで構わないが、土休日ぐらいは、デーゲームにして、野球本来のやるべき時間帯、お日様の出ている時間でやったほうが良いのでは。少なくとも、わざわざスタジアムに足を運ぶ人にとっては、土休日は、デーゲームの方が負担は少ないはずである。子供たちだって、デーゲームの方が見に行きやすいはずである。

何故土休日もナイトゲームでやるのだろか?

 

恐らく、「テレビの視聴率が違う。」と言うのが理由ではないだろうか。

 

例え土日でも、所謂ゴールデンタイムが一番視聴率が高いし、テレビを良く見る時間である。で、テレビを中心にして、試合時間が決められる。

 

 

 

 

テレビを中心に、スポーツの何かが変えられる。

 

 

オリンピックも商業化が進み、人気競技が、先進国、特にテレビ大国のアメリカのゴールデンタイムに合わせる為に、人気競技の試合時間が、早朝になったり、遅くになったりして、問題になったりしている。

その、テレビ先進国?アメリカでは、テレビのコマーシャルに合わせてイニングとイニングの間の時間が決まったりしていると言う。また、選手紹介のショーアップ化や、スーパーボールのハーフタイム(て言うんだっけ?)のショーの派手さも凄まじいものがある。テレビ映りの為にここまでやるか?といった感すらある

これらに比べれば、日本の「試合時間がテレビに合わせて変わる」ぐらい、可愛い物なのかもしれない。

で、これらの、テレビに合わせて、テレビの為に、スポーツのあれやこれやが変わる、と言うことが、色々問題視されている。

 

 

 

テレビの為に変える事、変わる事は悪いことなのか?

 

 

悪いと言えばやっぱり悪いかも知れない。「視聴者の為」、「視聴率の為」を錦の御旗に、そのスポーツをやる人の事も考えずに、それをやったら、それは、力や、何かを背景に、当事者に、理不尽なことを強要する事と同じである。

だからと言って、テレビの為に、何かを変えるという行為の全てが悪い、とは言い切れないかもしれない。問題、難題、弊害、影響、その他諸々の色んな物を抱えているとは言え、テレビが生活の中に溶け込んでしまっているのは事実であるし、それが、日常生活、社会、経済に、良きに付け、悪しきに付け、色々な影響を与えるようになってかなり立っている。そのテレビに、程度の差はあれ影響を受けるのは、ある意味やむを得ないのかもし、ある程度ならば、必要なことかもしれない。

憧れの選手、世界的な大会、生で見るに超した事は無いだろうが、全員が全員、生で見れるわけでもないし、そんなことは不可能である。オリンピックなどを生で見ようと思ったら、日本に来るのを待つか、大金積んで、海外に行くしかない。テレビなら、生ほどの迫力は無くなるとは言え、家にいてそれを見ることが出来る。で、良い選手のプレーや、感動的なシーンを見て、そのスポーツの選手を目指そうとする人が増えたり、そのスポーツをやる人が増えれば、それはそれで結構なことであろう。

テレビの為にある程度変えて、それで、そのスポーツが発展すれば、結果的にそれは良いことなのかも知れない。

しかし、やはり程度は大切である。「多くの視聴者の為」、「テレビの為」、「視聴率の為」、何から何まで変えてしまったら、それは、ドラマやバライエティーと同じ、テレビの為のエンターテイメントであり、もはやスポーツとは呼べまい。

日本では、コマーシャルの為、イニングとイニングの間が決められたりはしていない、そういう面ではまだ幸せなのかもしれない。しかし、テレビ放映のため、試合開始時間は決められてしまっている。これでは、どっちもどっちである。

平日にナイトゲームをやるのは一向に構わない(それが選手たちによほど不評でない限り)。ただ、土休日ぐらいは、デーゲームにして、お日様の下、体を動かす素晴らしさ、良さを、子供たちに教えた方がいいのではないかと思う。テレビの影響力が大きいと言われている、アメリカですら、土休日は、なるべくデーゲームをやる様にしているって言うんだからさ。

見てくれる人の存在が大切なプロスポーツ。そのプロスポーツにとって、テレビが、人気獲得、将来の発展、金銭的なあれやこれやの絡みで、凄まじい力を持っているのは十分理解できる。だからと言って、それに余りに媚び諂う?のはどうかと思う。と言うか、既に物凄く力があるらしい、極一部のアレにヘイコラしているんだからさ、ここいら辺ぐらい、ビシ!!と決めてもらいたいものである。

 

 

それでもやっぱり寄らば大樹の陰??