私が小2、弟が幼稚園、妹がまだ3才の時、母が用事で、初めて泊まりがけで外出した。厳格な父と、私達3人が残された。こんなことは今まで無かったので、子供達は緊張と寂しさで一杯だった。
あくる朝、突然、何を思ったのか、シャツとステテコ姿の、真っ白い父が、薄暗い台所で、真っ白なご飯だけのオニギリを握りだした。そして、私にこっそり「これを食べた人は、しょっぱいぞ〜〜〜!」と珍しくふざけながら、調味料入れにザクザクと突っ込んだ手を、オニギリにペシペシと叩き付けていた。 巨大なオニギリがいくつも出来上がると、父はオモムロに発表した。「これから、お前達と駅に行って、最初に来た汽車に乗る。遊びに行くのだ。用意しろ」 子供達は一応歓声をあげると、パジャマをただそこらへんにあった服に着替え、父に従い出発した。 駅に最初に来たのは、遊ぶところなど何もない、大きな沼のある町行きの汽車だった。それでも、お約束ということで、4人で乗り込み、終点に着いた。 ひたすら歩いて、沼のほとりに着くと、さすがにお腹が空いてきた。草の上に、お行儀良く、きっちりと丸く座ると、父は大威張りでナゾのオニギリを配布した。子供達は一斉に「いただきま〜す!」とご挨拶し、同時にパクリッと噛みついた。
それでは、遊ぼうではないかということになった。近所の少年達が、木に抱きつきながら、水辺の泥の中に、タモを入れて掻き回している。「何を採ってるのだ?」と父が尋ねると、「エビだっ!」と少年達が怒鳴った。父に乱暴な口をきくなんて!と私は震え上がった。弟も固まっている。 「このビニール袋を使って、採ってみろ!」と、父は弟に、例のオニギリの入っていた空き袋を手渡した。(そう、空になったのだ) 随分長いことかかって、ようやく弟が、透明の小さなエビを一匹捕まえた。妹は、これ以上ないというほどの喜びようで、そのエビのヒゲを持って、父と私のところへ一目散に走って来た。 「おとうさん、これ!」 私と父の目の前に突き出された妹の親指と人差し指には、透明なヒゲしか、ぶら下がっていなかった。 ぶちっ。
「うわ〜〜〜〜〜〜ん!!!おかあさ〜〜〜〜〜ん!お〜〜〜〜いおい、お〜〜〜〜〜いおい‥‥」 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜ん! え〜〜〜〜〜〜〜ん!!!おかあさ〜〜〜〜〜ん!!!」
畑のあぜ道を一列になって、ずんずん歩いた。なんでこんな所を通るのか、よくわからなかったが、子供達は3人とも顔を腫らして、下を向いていた。目がすっかり細くなってしまって、周りがよく見えない。たぶん駅への近道だったのだろう。 父に心からすまないと思った。妹は途中で、泣き疲れて眠くなり、父におぶさっていた。
何のことはない、それだけなのだが、なぜか強烈に覚えている一日だった。
|