9.病院外での急病人
おそらく他のドクタ−も同じ考えではないだろうか。 自分の病院では急患がきてもほとんどのことは 医師以外の医療スタッフ(看護婦、技師、事務、薬剤師など)の方がすすめてくれます。 私はドクタ−としてすべきことだけをきちんとすれば良いわけです。 お膳立てはすべて出来ている状態で自分の仕事をすればすむわけです。 まず、自分の病院では私が医師であることを説明しなくてもすみます。 白衣をきているし、周りのスタッフの動きを見ていれば 私が医師であることは家族などの関係者には分かるはずです。 自分の医師としての仕事は非常にスム−ズにできるわけです。 ところが、自分の病院外で急病人に遭うと、 こういう当たり前のことがうまく出来ません。 病院外というのはたとえば飛行機の中で急患にが出たとき、 路上で交通事故に遭遇したときなどです。 飛行機の中ではだいたい「急病の方がおられます。 お医者さんか看護婦さんはいらっしゃいませんか?」とのアナウンスがありますので、 私がドクタ−であることは認識されたうえで仕事をすればよいので、 いちいち私がドクタ-であること周囲に説明する必要はありません。 この点ではお膳立てが出来ていますのでやりやすいのですが、 この飛行機の中というのはたいへん特殊な状況なのです。 まず、聴診器と血圧計程度でほとんどまともな診断機器が使えません。 この患者さんは危険だと判断しても、飛行機の上では救急車を呼んで 専門病院にすぐに搬送することも出来ません。 飛行機が引き返すべきかどうかなどのとんでもない判断を迫られる場合もあります。 内科的な急患ならまだしも妊婦さんが産気づいたときなどはどうしようもありません。 学生の実習でしか経験のないお産を飛行機の上でやらなくてはならない状況など 考えたくもありません。 おまけに私は飛行機が苦手です。 飛行機の中で下を向いて本を読んだりすると、 すぐに酔って「オエッ!」という感じになります。 こんな飛行機の苦手な私が飛行機の上で診療などまともに出来るはずはありません。 だから、いつも飛行機に乗るときは急患が出ないように思っていますし、 私の他にたくさんのドクタ−が搭乗していることを願っています。 もう一つ、病院外での急患に路上の交通事故があります。 これが私は最も嫌いです。 倒れている人を救急車が来るまで処置をすればよいわけですが、 たいていはやじ馬が取り囲んでいる状況のことがほとんどです。 ある日、交通事故で頭から出血している若者がいました。 もちろん止血するためにハンカチなどで圧迫しなくてはなりません。 私が前に出て頭部の傷を診て止血しようとしましたが。 周りのやじ馬は私をドクタ−と認識していません。 「ちょっと、あんた。頭打ってる人動かしちゃだめでしょう。 救急車が来るの待ちなさいよ。悪くなったらあんたが動かしたせいだからね。」 などとやじ馬から声が飛びます。 周りは騒然としており、私がいちいち説明できる状況ではありません。 救急処置などやれる雰囲気ではありません。 結局最低限の処置(圧迫止血)をしただけで救急車を待ちました。 救急隊が来た時ほっとしましたが、救急隊も私をドクターと認識してる訳ではなく、 はい、やじ馬の方はどいてどいてという感じのあつかいをうけてしまいました。 「はい、もう大丈夫ですよ。救急車が来ましたからね。 すぐ病院に運んでお医者さんに診てもらいますからね。安心してくださいね〜。」 などとけがをした若者に説明していました。 「あの〜今まで止血処置していたのも一応ドクターなんですけど〜」 などと言うこともできず、「よろしくお願いします」とだけ言って引っ込みました。 診療というものはちゃんとした場所で、 多くのスタッフの援助のもとでやらないとなかなかうまくできません。 ですから、私はこういう状況で急患と出会うのが最も嫌いです。 |