第119回

胃潰瘍、十二指腸潰瘍とは

01.3.11

<胃潰瘍(いかいよう)、十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)とは>

 食べ物の通り道である消化管(口から肛門まで)の内側は、粘膜で被われています。粘膜の下には粘膜筋板、粘膜下層、筋層、漿(しょう)膜といった部分で構成されており、消化管の壁を形成しています。「潰瘍」とは、このような消化管の壁がさまざまな原因によって傷つけられ、えぐられた状態を示します。一般的に,このような粘膜の傷が粘膜下層より深くなった状態を「潰瘍」、粘膜下層に達しない状態を「びらん」と呼んでいます。したがって,胃潰瘍と十二指腸潰瘍はそれぞれ胃や十二指腸にできた潰瘍ということになります。

 筋層や漿膜に到る深い潰瘍になると、胃や十二指腸の壁に孔(あな)が空いて内容物(食べ物が胃酸で消化されている状態)がもれ出てしまい〔穿孔(せんこう)性潰瘍〕、腹膜炎を起こします。こういった状態になると,命にもかかわってきます。

1.患者の数は

 患者数は胃潰瘍が十二指腸潰瘍より多いのですが、十二指腸潰瘍の患者数も近年次第に増えています。これは食事など生活様式の欧米化が影響しているのかもしれません。年齢別には、胃潰瘍は40〜50歳代、十二指腸潰瘍は30〜40歳代に多く見られます。また、いずれも女性より男性に多く発生しています。

2.再発しやすい病気

 近年では、胃潰瘍や十二指腸潰瘍は薬で治すことができるようになりましたが、一方では再発しやすい病気として知られています。とくに、何回も再発を繰り返していると、潰瘍が、がんになる可能性もありますので、医師の指示を良く守り薬を飲むようにして下ださい。


<なぜ潰瘍ができるのか?>

1.粘膜が侵食されるわけ

 胃は胃液を分泌して、口から入ってきた食べ物と混ぜ合わせ、食べ物をドロドロに溶かす働きをしています(消化)。この胃液は強い酸(塩酸)と消化酵素(ペプシン)を含んでおり、食べ物だけでなく胃自体をも侵食してしまう力があります。しかし、胃の粘膜には胃液の攻撃に対する防御機構(*1)が備わっており、この防御機構と胃液の攻撃との均衡が保たれている限り、胃が侵食されることはありません。逆にいうと、潰瘍はこの均衡が崩れて胃液が粘膜を侵食したときに生じます。

 胃の中でドロドロになった食べ物(内容物)は、強い酸性状態になっており、そのまま次の十二指腸に送られます。十二指腸では、内容物が胃から送られてくると、すい臓や胆のうからアルカリ性の液が分泌されます。そして、それらの液が内容物と混ざり合い、強い酸性状態は緩和されることになります。しかし、なお酸性の状態にあり、ここでも防御機構が働いて攻撃と防御の均衡が保たれています。十二指腸で潰瘍が発生するのは、胃とは逆に、攻撃する側である十二指腸の中の酸性が強くなった場合が多いと考えられています。

 以上のように、潰瘍は胃や十二指腸の働き、つまり“消化”によって発生するので、胃潰瘍や十二指腸潰瘍をまとめて“消化性潰瘍”と呼びます。

(*1)胃粘膜の防御機構とは

 胃粘膜はアルカリ性の粘液を分泌して表面を被い、胃液の攻撃(消化作用)を防いでいます。また、粘膜の下の細い血管が粘膜に常に栄養を補給して、その働きを助けています。これらが、粘膜の防御機構です。

2.酸の攻撃と粘膜の防御との均衡が崩れる原因

 胃や十二指腸の粘膜における攻撃と防御の均衡が崩れる原因(*2)には、さまざまなものがあります。とくに、胃潰瘍は俗に「脳の病気」ともいわれ、ストレスとの関係が深い病気です。ストレスは、胃液の分泌や粘膜の防御機構を調節している自律神経やホルモンに影響を及ぼします。したがって、まじめ、几帳面といったストレスを受けやすい性格のひとも潰瘍になりやすいようです。タバコも胃液の分泌を促すので胃や十二指腸潰瘍の原因になります。また、食事の内容では、刺激の強い香辛料、熱すぎたり冷たすぎる飲食物、大量のアルコールなどが原因になります。さらに、近年ではヘリコバクター・ピロリという細菌の粘膜感染も胃や十二指腸潰瘍の発生に関与している疑いが持たれ、世界中で研究されています。

胃や十二指腸潰瘍の原因(*2)
・過労(睡眠不足) ・不規則な食生活
・精神的ストレス(特にイライラ) ・性格(まじめ、几帳面、勤勉)
・けが、やけど ・手術
・体質(アレルギー、遺伝など) ・栄養不良
・慢性の病気(脳、肺、肝臓、すい臓など) ・胃炎
・薬物(解熱・消炎鎮痛剤、血圧を下げる薬、副腎皮質ステロイド薬など)
・食事(刺激の強い香辛料、熱すぎたり冷たすぎる飲食物)
・大量の飲酒 ・喫煙

症状

 潰瘍に伴う症状は、悪性腫瘍(がん)などでも見られます。そのため、症状をあなどらず、必ず医師の診察を受けて正しい治療を受けることが大切です。

1.腹痛

 腹痛は胃・十二指腸潰瘍の最も特徴的な症状で、胃潰瘍ではみぞおちのあたり、潰瘍が深いと上腹部全体、十二指腸潰瘍では右上腹部や背中が痛みます。特徴的なことは、食事と食事の間や夜間などの空腹時に痛みが多く見られ、食べて胃液が薄まると、痛みもおさまるという点です。これは、通常空腹時に胃液が分泌され食べ物が入ってくる準備をするのですが、なかなか食べ物が入ってこないため、分泌された胃酸が多くなり、その結果胃粘膜を傷つけるために起こります。

 痛み方には圧迫感や鈍痛、あるいは疼痛(焼けるような、刺すような)とさまざまですが、すごく痛いからといって、その程度と潰瘍の程度とは必ずしも一致しません。ひとによっては症状に気づかず、潰瘍が進んで胃や十二指腸に孔が空いて(穿孔性潰瘍)、はじめて激痛に襲われて病気に気づく場合もあります。

2.胸やけ

 胸やけは胃液が食道に逆流したために起こる症状で、胃液が多すぎるひとに見られます

3.出血(吐血、下血)

 潰瘍の中には、出血するものもあります。出血量が多いと、悪心とともにコーヒーの残りかすのような黒褐色の血を吐いたり(吐血)、黒いコールタール様の便が出たり(下血、タール便)します。

 出血時は、冷や汗が出て青ざめ脈拍が速くなったり弱くなったり(ショック状態)、また、激痛を伴うこともあります。意識を失いかけたり、痛みが激しいときは、急いで病院で受診してください。

4.悪心・嘔吐

 胃の出口(幽門部)や十二指腸の潰瘍を何回も繰り返すうちに、傷痕の胃粘膜がひきつれて狭くなり、通りにくくなることがあります(幽門狭窄)。すると、食べ物が胃液とともに胃にたまり、悪心・嘔吐を起こすようになります。

5.その他の症状

 食欲不振、体重減少、便通異常なども見られます。

<検査方法>

1.X線検査(胃透視)

 胃のX線検査では、粘膜表面の微細な凸凹、ひだ、ひきつれなどから、病気の有無、場所、大きさ、深さがわかります。近年では、次に紹介する内視鏡検査が普及し、X線検査は健康診断などの総合検診で使われことが多いようです。しかし、内視鏡と異なり、胃全体を見ることができるので、その重要性は見直されつつあります。

2.内視鏡検査(胃カメラ)

 内視鏡検査では粘膜の状態(色、出血の有無など)を直接観察することで、潰瘍の性質、治り具合などを知ることができます。また、検査中に粘膜表面に色素を散布することで、より細かい部分を観察したり、検査時に組織の一部をとり、顕微鏡で観察して悪性腫瘍でないことを確認します(生検)。普通の内視鏡のほかに、ビデオ撮影のできる電子内視鏡、超音波を使う超音波内視鏡もあります。

 内視鏡検査を受けるとなると、苦しいのではないかと心配されるひともいますが、苦痛度は個人差が大きく、内視鏡機器もどんどんよくなっています。検査後の感想で最も多いのは、「思っていたほど苦しくなかった」というものです。緊張しないで、くつろいだ気持ちで検査を受けることが大切です。

3.X線や内視鏡検査を受けるときの注意点

前日〜当日(検査直前)までの注意

* 検査を受けるときは、胃の中を空にしておく必要があります。
* 前日の午後9〜10時以降は食べてはいけません。ただし、普段から就寝前に飲んでいる薬はいつもの通りに服用します(糖尿病でインスリン注射をしているひとは、医師に必ず相談してください)。
* 当日は食べ物だででなく、飲みものも絶対にとってはいけません。ただし、100cc(湯飲み1杯くらい)程度の水か湯に限り飲んでも構いません。
* タバコも胃液の分泌をうながすため吸ってはいけません。
* 内視鏡検査後は注射の影響が残るため車の運転はできません(「検査時の注意点」を参照)。他の交通機関で行くようにします。

検査時の注意

* X線検査の前に、胃液の分泌や胃腸の動きを抑える薬を注射します。
* 内視鏡検査の前に、注射(胃液の分泌や胃腸の動きを抑える)、水薬(胃粘膜表面の泡をとる)、のどの薬(スプレー、ゼリーなど麻酔薬)などを使います。
* X線検査が始まったら、指示されるとおりにバリウムを飲んだり、からだの向きを変えたりします。胃を膨らませるための発泡剤は口の中にためずに素早く飲み込んでください。発泡剤を飲むとげっぷをしたくなりますが、できるだけがまんしてください。
* 服装はなるべくゆったりしたものにし、注射などの前処置があるので時間も余裕をもっていくようにします。
* 内視鏡検査では、濃い口紅で検査器具(スコープ)を汚すため、つけていかないようにします。
* 検査時はとにかく医師を信頼して、できるだけくつろいだ気持ちになるようにします。お腹で大きく息をして(腹式呼吸)、からだの力を抜きます。内視鏡のスコープの先端部分がのどを通るときは、少し抵抗感があります。検査は5〜15分ほどで終わります。

検査後の注意

* X線検査では、バリウムは普通速やかに白色の便として排泄されますが、出にくいひともいます。便秘気味のひとは、検査後に渡される下剤を必ず飲みましょう。
* 内視鏡検査後に口をすすぐのは構いませんが、麻酔がさめるまで(1時間程度)は飲食してはいけません。

*上記の注意事項は、検査を受ける施設や検査の内容によって異なる場合があります。検査の説明を必ず受けてください。

4.一般検査

 X線検査や内視鏡検査の他に、貧血の有無を見る血液検査や出血の有無を見る便潜血反応などを行います。

治療法

1.潰瘍ができてから治るまで

できたての時期(活動期)

 潰瘍ができたばかりの時期は、潰瘍の底には「白苔(はくたい)」と呼ばれるものがついていて、周囲は赤く腫れています。胃液の分泌も胃腸の運動も盛んになっているため、心身の安静が大切です。仕事を休むなどしてストレスを減らし、食事・薬を規則正しくとります。放置すると、潰瘍が深く、治りにくくなり、出血したり、穿孔することもあるからです。また、出血している場合は静かに横になっている必要もあります。個人差はありますが、活動期は2〜3週間です。

治りかけの時期(治癒過程期)

 潰瘍自体が小さく浅くなり、周囲の腫れがひいてきて、白苔は薄くなります。この時期には、腹痛などの症状はほぼ治まっていますが、ストレスがかかるなどするとすぐに悪化、再発します。処方されている薬を勝手にやめてはいけません。

治りかけの時期(瘢痕期)

 白苔がなくなり、粘膜がひきつれて生じたひだの真ん中に小さな傷痕が見えるだけになります。傷痕は赤い(赤色瘢痕)うちはまだ再発の危険が高いのですが、白くなると(白色瘢痕)潰瘍は「治った」と判断されます。治療開始からこの時期までは、胃潰瘍で8週間ほど、十二指腸潰瘍で6週ほどで、この時点で、一応治療は終わります。しかし、潰瘍の中には、どうしても白色瘢痕まで至らずに、赤色瘢痕にとどまるものもあります。ひとによっては、さらに6ヵ月〜1年、あるいはそれ以上、治療を続けなければならないこともあります。

内視鏡で見る胃潰瘍のようす(イラスト)

2.治療法

安静療法

 潰瘍の原因を元から絶つものとして、心身の安静が一番大切です。仕事によるストレスに気づかないひともありますが、仕事を休んで不規則な生活や夜勤をやめて気持ちを解放すると、確実に潰瘍の治りを助けることになります。しかし、タバコの「一服」は潰瘍の治りを遅らせたり、再発させたりするのでいけません。

食事療法

 胃の運動や胃液の分泌を盛んにしないよう、香辛料、コーヒー、炭酸飲料、熱いもの、冷たいもの、酸味の強いもの、多量の肉類、高脂肪食を避け、適切な量を、ゆっくり、よく噛んで食べましょう。お勧めなのは、胃液の中和作用が強い豆腐、潰瘍の治りをよくするタンパクを含む白身の魚などです。牛乳は栄養価が高いうえに、胃の粘膜を保護するのでとくにお勧めです。大量の飲酒は、もちろんいけません。

 また、長時間胃の中が空っぽということのないよう、食事を抜いたりせず、規則正しく食事をとることが大切です。1回の量を少なくして、回数を増やすのもよい方法です。ただし、大量に出血(吐血・下血)したときは絶食し、出血が止まったら牛乳などから始めて、次第に軟らかい食事にしていきます。

薬物療法

 潰瘍では、「胃液の分泌を抑える薬」を単独で、あるいは「防御機構を助ける薬」と併せて服用します。潰瘍が治癒過程期に入ると症状は減りますが、白色瘢痕になるまでは再燃・再発の危険性が高いので、処方されている薬を勝手にやめてはいけません。

 しかし、潰瘍は大変再発・再燃しやすい病気ですから、潰瘍の性質によっては、その後も薬の量は半分程度に減らして6ヵ月〜1年、あるいは、それ以上、治療を続けなければならないこともあります。これを「維持療法」といいます。

*胃液の分泌そのものを抑える薬:H2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)、PPI(プロトンポンプ阻害薬)、抗ムスカリン薬(抗ムスカリン受容体拮抗薬)、抗コリン薬、抗ガストリン薬など
*胃液を中和する薬:制酸薬など
*防御機構を助ける薬:粘膜被覆・保護薬、組織修復促進薬、粘液産生・分泌促進薬、胃粘膜微小循環改善薬など
*精神を安定させる薬:精神安定薬など

手術療法

 胃液分泌をよく抑える薬、とくにH2ブロッカーが使われるようになって、手術は随分少なくなりました。また、大出血も内視鏡を使って止血できる場合があります。そのため、手術は内視鏡を使った治療では止血できない出血、穿孔性潰瘍、幽門狭窄に対してだけ行われます。

日常生活の注意点−潰瘍にならないために(再発させないために)

 ほとんどの胃や十二指腸潰瘍は、2〜3ヵ月間の治療で治りますが、再発しやすいという特徴があります。理由は、そのひとの潰瘍にかかりやすい傾向、つまり日常生活や生活環境になかなか改善が見られないからです。しかし、潰瘍を作らない、あるいは再発させないために、できることはたくさんあります。精神的肉体的な無理をせず、薬が処方されているなら、それをきちんと飲むということです。

生活上の注意点

* 趣味を楽しむなど、ほっとする時間を作る
* 過労にならないよう、適当な休息をとる
* 睡眠時間を確保する
* 釣り合いのとれた食事を規則正しくとる
* お酒を飲みすぎない
* 禁煙する
* 潰瘍治療薬をきちんと飲む(処方されている場合)


参考:医師会雑誌

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