第8回
動物介在療法の効果について

(痴呆性老人とペットのふれあい)

00.5.7

私がもう10年以上診療しているSさん(75歳女性)という患者さんがいます。もともとは非常にしっかりした方で、神経質すぎるぐらい健康に気をつけられていました。

7〜8年前大腸癌が見つかり、大腸の右半分を切除しました。その後、少しずつ気弱になられましたが、元気に私の外来に通院しておられました。ところが2年前に、今度は膵臓に癌が出来ているのが発見されました。膵頭十二指腸切除という大変つらい手術を受けられました。手術は一応成功しましたが、この手術直後より痴呆症状がみられるようになりした。幻覚症状が出たり、自分がなぜ手術を受けたのかが分からなくなったり、食事を食べなくなったり、大声を出したり、明らかに痴呆の始まりでした。

退院後、私の外来に娘さんに連れられて通院されていましたが、痴呆症状は徐々に悪化していました。

「くすりを飲んだことを忘れ何度も飲む」、「お金がなくなったと言って親戚に電話する」、「火の不始末をする」、「食事を食べない」、「同じことを何度もたずねる」、「活気がない」、「ふらふらした歩行で誰かがついてないと危ない」、「夜間眠らない」等の症状が徐々に進行してきていました。私もいろいろな薬を試行錯誤しながら投与していましたがうまくいきませんでした。2年ほど痴呆症状が続き少しずつ悪化している印象でした。もう改善するのは難しいと思っていました。

そんななか、ある日お孫さんが知人から犬をもらってきました。痴呆患者を抱えて、経済的にも大変な時で、昼間に犬の面倒をみる人は誰もいないという状態でした。当然娘さんは犬を飼うことに反対されましたが、もらってきたものはどうしようもなく、そのまま飼うことにしたそうです。娘さんは犬を飼うことで痴呆がひどくなるのではないかと心配されていました。ところが何と信じられないことが起こりました。

Kさんは自分がいなければこの犬の面倒は誰も見ないと思ったのでしょうか、非常に活動的になり何でも積極的に行動されるようになりました。犬の面倒を見るのは自分しかいないので自分がしっかりしなければいけないと私にも生き生きとした表情で話されるようになりました。あれだけ困っていた痴呆症状は徐々に改善しほとんど一人で自宅の生活ができるようになりました。

私は痴呆患者の動物介在療法に否定的ではありませんでしたがそれほど効果があるものではないと思っていました。何もしないより少しは効果があるかなと言うくらいにしか考えていませんでした。しかし、この患者さんを経験してから考え方が変わりました。うまくいかない例も多いとは思いますが、ためしてみる価値はありそうです。

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