第82回

診療裏話10(あなたは誰)

00.10.8

うらばなし10

「あなたは誰」

ある日の朝、救急車で女性が運ばれてきた。
この女性は65歳の A子さんという方で朝方階段から足を踏み外し、
転落し頭部を激しく打撲し私の病院に搬送されました。
頭部打撲はありましたが幸いたいしたケガではなく、骨折もありませんでした。
軽いむち打ちの症状があり10日間程入院が必要と判断されました。
私が主治医となりこの患者さんにいろいろとレントゲン等を見せながら
心配いらないことを説明しました。
するとこの患者さんは、
「先生。お陰様でたすかりました。主治医が先生でよかったわ〜。」
と、うれしそうに言うのです。

私は、「今日入院したばかりで先生でよかった〜はないだろ」と思いました。

私は毎日ベッドサイドで診察しましたが、順調に痛みも改善してきました。
1週間たった日に私はこの患者さんに、
「もうすぐ退院できますね。」
と説明しました。

「ありがとうございます。先生。ほんとに先生でよかった〜。」
また、うれしそうに言われました。
すごく馴れ馴れしく親しそうに話をする患者さんだなと思いました。

その日の午後のことです。
この患者さんの部屋(6人部屋)の前でお見舞いの花束もった70歳代のおじさんが
困り果てた顔をしてウロウロしていました。
私はこのおじさんに声をかけました。
「どうかされましたか?何かお探しでしょうか?」
「ああ、すいません。この部屋に私の行きつけのスナックのママで、○○A子さんが入院していらっしゃるはずですが、お部屋にはいらっしゃらないようなんです。」
「えっ、そうですか。先程はいらっしゃったはずですが。」
私は、部屋の中に入り確かに一番奥の右側のベッドでテレビを見ている A子さんがいるのを確認してからこのおじさんに言いました。
「いらっしゃいますよ。一番奥の右です。」
でもこのおじさんは納得されませんでした。
「私の知っているA子さんと違います。」
私は、「そんなはずはないですよ。どうぞこちらへ。」と言って、
強引にこのおじさんをA子さんのところへ連れていきました。
このおじさんに気づいたA子さんは、
「ま〜、山田社長お見舞いに来て下さったんですね〜。ありがとうございます。」
それはそれは嬉しそうにお見舞いの花束を受け取って喜んでいらっしゃいました。
でも何故かこのおじさんは悲しそうな表情でそそくさと退散されました。
私は気になったのでこのおじさんを廊下まで追いかけました。
廊下で聞いた話ですが、このA子さんは有名なスナックの美人ママで、自分は大ファンでもう10年近く毎週のように通っているということでした。
ところがこのA子さんは入院中で化粧なしのスッピンだったため他人かと思ったと言うことでした。このA子さんはいつもお店では和服の似合う美人と言うことでしたが、たしかに入院中はまゆ毛がない(いつも書いているらしい)ため、とてもとてもそんな雰囲気はありませんでした。せっかく来たのにかわいそうなおじさんだな〜と思い、私は尋ねました。
「ところで何という名前のスナックですか?」

「はい、スナック○○です。○○ビルの4階です。」

「えっ!!」私はこの話を聞いて唖然としました。
私の行きつけのスナックだったのです。

そうかそれで私に馴れ馴れしかったのか!
1週間もベッドサイドで診察しながら気づかないなんて・・

あとで冷静に考えてみましたが、やはり本人と確認するのは不可能です。
まゆ毛はないし、顔は黒いし、口紅は塗ってないし、髪はもっと長かったはず。
かつらだったのかな・・
お店では、年も50歳くらいにしか見えなかった。
カルテには65歳ってかいてあるもんな〜
でも A子さんは私が気づいてなかったことに気づいてないのでした。
最初からママだと知っていたことにしてしまいました。
こんなにお店の顔と素顔が違うなんて・・・・ショック!

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