第9回

診療裏話1.(おっさん)

00.5.14

私が熊本市のある救急病院にいたときの話です。

12年くらい前の話です。


先生、たいへんです。
今日肝臓の血管造影(注1)後入院となった患者さんの、意識がありません。
今日は、肝臓癌疑いのため血管造影を施行した患者さんが、2人、入院しました。
60才の自営業のおじさんと、45才の公務員でした。

どっちの方だ?
Kさんです。最後に検査した患者さんです。
Kさん?まだ検査が終わって2時間しか経ってないじゃないか。
何が起こったんだ?検査室を出ていくときは元気にしていたのに。検査は何のトラブルもなく終わったのに。何が起こった?
そんなことを考えながら、病室にかけ込みました。
やはり患者さんは、意識がありません。
    

こっ、これは。まさか?
私は、呆然としました。
Kさんの右の鼠径部(足の付け根)に大量の出血がみられるではありませんか。
穿刺部の圧迫ガーゼ(注2)が真っ赤でした。
きちんと圧迫して止血を確認していたのに、なぜだ?
出血多量のため意識がないのか?出血性のショックか?
血管造影後、止血がうまくいかず病棟にもどってから出血することはまれにみられますが、意識がなくなったことは経験がありませんでした。
   

血圧は?脈は触れるか?呼吸は?
私は、看護婦にバイタルサイン(注3)を確認しました。
担当は新人看護婦さんでしたが、しっかりした口調で報告してくれました。
はい先生、血圧は150/70、脈拍は90で緊張良好、呼吸は18回/分で規則的です。

えっ・・・・・正常じゃないか! 
私は冷静になってじっと患者さんの顔をみました。
バシッ、バシッと患者さんの横っつらを、ひっぱたきました。
新人の看護婦さんが、私の行為にびっくりしてます。
オーイ! Kさん、だいじょうぶですか〜。
なんと、ベットの横にカップ酒のから瓶が4本あるではないですか。
それに、お酒臭いのです。

隣のベットには、今日同じ検査をした45才の公務員の男性がいます。
私は、彼に聞きました。
お酒、呑んだでしょう。
ハイ。
どこで?
近くの酒屋の自動販売機みたいです。
右足には圧迫止血処置がされていて曲げられないはずなのに、どうやって?
足伸ばしたまま引きずってました。
私はやめたほうがいいですよと言ったんですよ。
肝硬変だからアルコールは妻から止められているそうです。
でも、今日は検査入院だから妻も来ないのでチャンスだとか言ってました。
    
検査終了後2〜3時間は圧迫止血のため足を伸ばしたまま仰向けに寝ていないといけないのに、このおじさんはなんとすぐに病院を脱走して酒を買いに行った様です。

このため穿刺部位から再出血したと考えられます。本人は出血したことに気づかず、急性アルコール中毒で意識がなかったのです。肝硬変の人が久しぶりにアルコールを短時間で飲んだので急に意識障害が出たものと思われました。

それにしても、こんな大変な検査の直後に酒買いに行った人はこのおっさんが最初で最後でした。

(注1)鼠径部などのおおきな血管からカテーテル(長い管)を挿入して、目的の臓器まで管の先端を伸ばし造影剤を注入し検査する方法。動脈を刺すことが多く止血のため検査後も仰向けに足を伸ばして寝ておく必要がある。

(注2)鼠径部などの穿刺部位を長時間圧迫しておく器具とガーゼ

(注3)患者さんの状態を確認するためのサイン(意識、血圧、脈拍、体温、呼吸数など)

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