one's power of expression


 言葉にしなくても通じるものはあると信じている。でも言葉にしなければ通じないものもあると、そうも信じている。結局はその本質の見極めによるのだ。

 愛の言葉などそう囁けるものではない。
 それがマイクロトフと言う男である。
 愛しているよと、耳元で情愛たっぷりに囁かれても、自分もそうだと頷くことすら難しい。何故ならば死にそうなほどの羞恥に尽きるからである。
 そもそも己の美貌に無自覚である男に、面と向かって愛など囁かれるだけで持てる限りの許容量は限界を示す。その上で尚も反応を返せとは無理な注文に他ならなかった。
 そしてそんな理由を言葉にして説明できないのもまた、同じ理由からなのだから始末が悪い。

 目の前で腕を組んで、背後のテーブルに凭れかかってこちらをじっとりと見詰めてくる瞳を、マイクロトフは気まずい思いで見返していた。先程から双方とも言葉を途切れさせて長い。自分が折れてしまえば良いだけなのだと知っていながら、いつになったらこの膠着状態が解けるのだろうと思うマイクロトフも大概頑固者である。
 ついに痺れを切らしたのはカミューの方だった。
「一言、たった一言なんだ。マイクロトフ」
 組んでいた腕を解き、左右に広げながらカミューは訴える。
「一言好きだーとか愛してるーとか言ってくれさえすれば良いのに」
 なんだその軽い例えは。
「言えるか」
 そんなもん。
 ぼそりと返すとカミューもむっとした様子で凭れているテーブルから身を離して一歩歩み寄った。
「どうして言えない? もしかして思ってもいないことは口に出来ないとか?」
「……カミュー」
 そんな仮定など在り得ないのに、自嘲気味な笑みを浮かべて聞いてくるカミューの瞳があまりに痛々しかった。そしてそんな瞳をさせたのが自分だと気付いてマイクロトフは俯いた。
「カミュー。俺は……―――」
「あぁ、悪い。そんなつもりじゃなかった。そんな事は思っていないから」
 聡いカミューは直ぐに自分の失言と、マイクロトフの心情に気付いて前言撤回をすると、もう一度「悪かった」と言ってマイクロトフに手を伸ばした。
「分かってはいるんだけどね、おまえがこうした言葉に不慣れなのは。だからこそどれだけ重さを置いているかも知っている」
 滑り込むように身を寄せて、カミューは項垂れてマイクロトフの肩に額を置いた。そして柔らかな髪が目の前に迫って、マイクロトフはつい手を上げて指先でその髪に触れた。そして一、二度撫でるように触れるとその頭を抱き寄せて自分の肩に押し付けた。
「マイクロトフ?」
 声だけが近く聞こえるこの距離で、顔は肩に伏せていて見えない。いぶかしむ声のカミューにマイクロトフは小さく息を吸い込んで唇を舐めた。
「カミューはその分、何度も言うからどれも軽く聞こえるな」
「それは、マイクロトフ」
「だが、言葉は軽くても伝わる想いは確かだ」
 焦ったようなカミューの言葉を遮ってマイクロトフはそう言った。すると肩に押し付けたカミューがはっと息を呑むのが接したそこから伝わった。
「うん。だよね……重くても、滅多に言ってくれなくてもマイクロトフが俺を好きだって言うのはちゃんと分かってるんだ」
 でも、と繋げそうになるのを堪えているのが良くわかる。だからマイクロトフは絶対にカミューが顔を上げられないように確りとその頭を肩に押さえつけてから、息を吸った。
「あぁ、ちゃんと愛しているぞ」
 きちんと聞こえるように言ったら、途端にカミューが暴れだした。
「……マイクロトフ! って、ちょっと手! なんで!」
 押さえつけられた肩から顔を上げられず抗議の声を上げるが、それを無視してマイクロトフは決して手の力を緩めなかった。
「顔見せてくれ! せっかくの愛の告白なのにおまえがどんな顔してるか見たい〜〜!!」
「だめだ。見せてやらん」
「ひどい! ひどいよマイクロトフ〜!」
 顔を見ながらなど、絶対に無理だ。
 だから今はこんな手段でしか愛を言葉で伝えられない。それにこんな羞恥に赤く染まった顔も情けなくてあまり見せられたものではないし。
 だがいつかその内、カミューの綺麗な瞳を正面から見詰めて言えるようになるから、それまではどうか。
「ひどいとは心外だなカミュー。なんなら前言撤回しようか」
「あ、嘘。うそだから、ひどくない。ありがとうマイクロトフ」
 きちんとお礼を言って、漸くじたばたと暴れていた身を落ち着かせる。しかし。
「あぁ、本当に嬉しい。声だけでもすごく良い」
 うっとりと呟くカミューの手が不意にマイクロトフの背を撫でて辿る。
「おい、カミュー」
「今度はもっと色っぽい時に頼むよ」
「な!」
 そして服の裾から入り込んで素肌を指先でくすぐった。
「嬉しくてどうにかなりそう。……なっても良いかい?」
「カミュー!」
 叫んだ拍子に素早く重心を足払いで崩されて、あれよと言う間に床の上へと倒される。
「待てカミュー!」
「待たない。本当に嬉しいからもう思い切り良くしてあげよう」
「い、いらん!」
「良いから良いから」
「うわ〜〜〜!!」
「好きだよ。愛しているマイクロトフ」
 そう告げてにっこりと笑うカミューは無敵。
 何よりもそれに弱いマイクロトフは絶叫を途絶えさせて、赤い顔で撃沈された。



end

2002/05/03