歩 こ う
いつの間にか鈍色の雪雲を見なくなり、変わりに薄い雨雲が温い銀糸のような雨を降らせた。そんなある春の日の、ささやかな晴れ間のこと。
芽が、湿った土からすんなりと伸びていた。小振りな双葉は薄い翠色をしていて、表面は白い産毛に覆われている。
ついしゃがみ込んで指先で突ついていた。
瑞々しく揺れた双葉は、細かな露を散らしてカミューの手袋を濡らし、そのまるで冷たくない感触が春を思わせて、つい口許が綻ぶ。
「カミュー、どうした」
頭上から降ってきた声に、カミューは微笑を浮かべたまま振り仰いだ。
「春を見つけた」
そして軽く首を振って小さな芽の存在を示してやる。するとマイクロトフは膝を曲げ上体を屈めるとカミューの肩越しにそれを覗き込んできた。
「あぁ、そう言うことか」
言ってマイクロトフは身体を伸ばした。
「さあ行くぞ」
「そうだな」
言われてカミューも立ち上がる。
そして晴れ渡った澄んだ青空を仰いだ。
「空気が清涼で気持ち良いな」
「うむ」
歩き出したマイクロトフが頷く。その背をゆっくりと追いつつカミューは笑みを深めた。
「この季節は色々と変化に富んでいて楽しいな」
「何の変化だ」
「自然だよ」
答えながら漏れる笑い声を止められなかった。案の定、憮然とした顔が振り返る。
「…風情が無いと言いたいんだろう」
「そうじゃない」
「ならなんだ」
「楽しくて」
笑いながらカミューはすたすたとマイクロトフの横を通り過ぎた。だがその時、ついでにマイクロトフの腕を掴んで「ほら」と先を示した。
「雲が、春らしい」
「どこがどう…春らしいのか分からんのだが」
「薄い感じが」
「………」
じっと真っ直ぐに白い雲を見詰めて黙り込む男を、真横から眺めてカミューは機嫌良く瞳を細めた。
「春を感じるかい?」
「あぁ……おまえに言われると、多少は」
頷いて、マイクロトフは雲からカミューへと視線を移した。
「普段は季節などあまり気にせんのだがな。カミューがいると、感じずにはおられんな」
そうして口許に微かな微笑を浮かべた。
そんな男の顔を、カミューは暫く見詰めてから、満足げに頷いた。
「何が楽しいって。そこだな」
「どこだ」
「おまえにこうして色々と指差してやれる。一緒に季節を感じて歩けるのが、楽しくてならないんだよ」
そして腕を掴んだ手をそのままに、カミューは歩みを更にゆっくりとしたそれに変えた。するとそんな動きに気付いたらしい。マイクロトフもいつもは猛然と進むはずの足を、ことさら慎重に運び始めた。
「多少、時間に余裕はある。カミュー、歩きながら春を見つけたら指差してくれ」
そんな言葉に、カミューは当然だと頷いた。
「目は良いんだ。任せておけ」
「あぁ」
そして早速、すらりと伸びた指先にマイクロトフの黒い眼差しが向けられる。
二人の団長が会議室へと到着したのは定刻寸前だったという―――。
END
老夫婦の散歩風景みたいになってしまった
ほのぼのすぎましたねぇ(笑)
2001/02/10