空白の瞳


 ※壊れ赤。複数描写有。えろ度数はヌルイです。

 倫理上の問題で、二十歳未満の未成年の方の閲覧は出来ません。

 また、カミューに理想を求めておいでの方の閲覧も出来ません。


 どんなカミューでも構わない。全然大丈夫。いっそドンと来い、と仰るザルなレディのみ、閲覧頂けるシロモノです。


 ではOKな方のみ、どうぞ。

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 デュナンの統一戦争の終結から、八年の歳月が経っていた。



「マイクロトフ様?」
 突然立ち止まった己を訝るような部下の声にハッと我に返る。
「どうかされましたか」
 伺いながら、部下はマイクロトフの視線の先を見遣った。
 そこは裏路地へと続く小路の暗がりで、浮浪者が独りぐったりと座り込んでいるだけだった。部下の白騎士は軽く顔を顰めると、吐き捨てるように言った。
「何処にでもあの手合いはいますね。追い払って参りましょうか」
 場所は大通りのすぐそばだ。街の者が見たならその汚らしさに眉を顰め、薄気味悪さを恐ろしく思うかもしれない。
 だがそう言って足を踏み出そうとした部下を、マイクロトフは手の動きで止めた。
「放っておけ。行くぞ」
「宜しいのですか」
「ああ」
 そして踵を返すマイクロトフに、部下は肩を竦めた。
 潔癖な騎士団長であるが、公平でもある。どんな立場の者であれ迫害を由としないのだろうと、部下なりに納得して去ろうとする上司の背を追った。
 そしてそれきり、その白騎士はその時の事を忘れてしまった。





 ところが。

 夜半。
 城内が寝静まった頃、マイクロトフは厚手のコートを身を隠すように着込むと、そっと城から街へと下りた。
 石畳をブーツの踵が高く足音をたてる。
 秋も終わり、冬がそろそろと這い寄ってきて空気はしっとりと冷えている。だからか、寒い夜空の下を歩く者はマイクロトフの他になかった。
 そして彼の足はいつの間にか、昼間に立ち止まったあの小路の入口へと来ていた。
 今、そこには誰もいない。
 マイクロトフは黙りこくったまま、灯りのない真っ暗な小路へと足を踏み入れた。
 ゆっくりとした歩調で進むうちに、半開きの小さな扉を見つけた。どうやら地下へと続いているらしい石段が暗闇へと誘っている。マイクロトフは躊躇うことなく、そこを下りた。
 そこはロックアックスの街の下を縦横に走っている地下水路の入口のひとつだった。
 下りてすぐ。ちょろちょろとした水音が聞こえる場所に来て、近くに人の気配を感じたマイクロトフは、闇の中を迷いもなく先へと進む。そしてそこに複数の人影を見つけた。
 冬ともなると吹きさらしの屋外で夜を過ごすのは辛い。だから時折、住まいを持たない旅行者や宿無しが、こうした地下にもぐる事もあった。
 そんな街の常識を思い浮かべながらマイクロトフは歩調を僅かに遅くしながら目を眇めた。
 なにやら蠢いている。
 獣のような息遣いまで聞こえてきて漸く、そこで何が行われているのか悟り、マイクロトフは足を止めた。
 しかし、微かな悲鳴が聞こえた途端、その足が再び動く。いつしかブーツの靴音は無くなって、彼の気配は闇に溶け込んでいた。
 息さえも殺し、マイクロトフはそこにあるものを見つめた。

「……っ…ぅん………うっ…」
 荒い呼吸に混じって苦しげな呻き声が聞こえる。
 地上から差し込む微かな格子模様の灯りの下、彼らはたった独りを蹂躙していた。

 生臭い空気のそこで、四つん這いに押さえ込まれた男が、三人ほどの男に犯されている。獣のように息を荒げて一生懸命に男を犯している者たちは、誰もが汚らしい格好をし、髪も髭も伸び放題だった。
 しかし、犯されている男だけは裸で、髪は長いが髭は不精程度にしかなかった。ぬるぬると滑る地面に膝と両手をつき、前も後ろも同時に貫かれている姿は一瞬女性にも見えたが、下腹で、残る一人に嬲られている欲望は紛れもない男のものだ。
 浮浪者たちは夢中で男を犯し続けていた。
 水路を流れる水の音だけではない、明らかに湿った音がグチュグチュと地下に微かに響いている。激しく責め立てる肌のぶつかる音さえも鮮明だ。
 そうするうちに後ろを犯していた男が達したのだろう。強く突き上げたかと思うと、痙攣したように全身を強張らせて男はハァハァと息を吐いた。
 しかし中に埋めたままの剛直を抜く気は無いのか、相変わらず暴力的なまでに獲物の腰をがっしりと押さえたまま、余韻を楽しむように腰を揺らしている。
「おい……代われよ」
 咎める声が小さく聞こえた。だが対する声は不満も露わにそれを撥ね退けた。
「おまえはさっきまでずっとやってただろう。俺にも楽しませろ」
「だってよぉ」
 すると口を犯していた男が「おいおい」と呆れた声をあげる。
「だったら俺が代わってやるよ」
 そう言ったかと思うと、喉奥深く犯していたそれをずるりと引き抜き、細く尖った顎を確りと押さえたまま、その顔に向かって白濁を迸らせた。
 そして自分で汚した相手の顔をニヤニヤと見下ろす。それに焦れたようにもう一人の男が押しのけるようにして立場を入れ替えた。
 そして、解放されたばかりの口に己の熱く猛ったものを遠慮なく捻じ込んだ。
「んぅ……」
 弱々しい呻き声が聞こえ、そして再びグチュグチュと湿った音が響き出した。

 そこで、カツン、とマイクロトフのブーツの踵が甲高い音を立てた。
 足早に進めば靴音はもう憚ることなくカツンカツンと音てる。マイクロトフはそして淀みのない動作で彼らに歩み寄って行った。そして、徐々にその速度を増しながら、男たちが漸く気付く頃になって腰からダンスニーを引き抜いた。
「そこまでだ。その男から離れろ」
 突然の闖入者に、夢中で男を犯していた男たちは同時にびくりと凍りついた。
「待て。待ってくれ!」
 口を犯していた男が両手をあげながら、昂ぶりきった欲望をずるりと引き抜く。後ろを犯していた男も、一瞬で恐怖に萎えたかあっという間に男から身を離した。途端に解放された哀れな肢体は水路のぬるむ路面に崩れ落ちた。
 マイクロトフは剣を閃かせて三人の浮浪者たちを追いやりながら、横たわったまま動かない男の元へと近寄って行く。
 すると地上からの灯りの中、見下ろした先で喘ぐ胸と朦朧とした瞳とにぶつかった。
 淡い、その揺らめきに一瞬だけ呼吸が止まる。
「………この男は、いつからここにいる」
 相変わらず剣を突きつけながらマイクロトフが問えば、浮浪者たちは欲望を服の奥にしまいながら互いに顔を見合わせた。
「に…二三日ほど、前で……」
「ほう」
 頷き、マイクロトフは呆然としたままの裸の身体を靴先で転がした。すると横向きだったものが仰向けになる。微かな灯りに、男の涙と涎と、その身体を汚す体液が光るのが見て取れた。
「何か薬を使っているのか」
 焦点の定まらない瞳。半開きの唇から零れる唾液も拭わない。まるで知性をなくしているかのような様相を怪訝に思ってそう聞いた。ところが浮浪者たちはやにわに、にやりと下卑た笑みを浮かべた。
「いいや、どうやら頭がいかれてるらしくて。馬鹿みたいに言いなりなんですよ」
「それで? 三人がかりでこの有様か」
「へ……へへ。それは、その…痩せっこけてちっとばかり汚れちゃいますけど、良く見りゃ男のわりに綺麗な面してるもんだから。つい、その、ね」
「このロックアックスでは、強姦は重罪と定められているのを、知っているか」
「は、その…で、ですけど」
「相手が抵抗も出来ぬ弱者で有るほど、罪は重いと、知っているか」
 それこそ、死罪すら与えられることもある、と。
 低い呟きを聞き浮浪者たちは恐怖に声もなくし、へなへなとその場に座りこんでしまう。そんな彼らに切れるような冷たい一瞥を寄越して、マイクロトフは力なく横たわったままの男の傍に膝をついた。そして乱れた髪をかきあげてやり、その顔を露わにした。
 たった今まで欲望に晒されていたそれは仄かに上気し、涙に濡れた瞳は彷徨っているもののまるで誘っているようだった。確かに整ったこの容貌で、しかも白痴であるならば格好の獲物だっただろう。
 マイクロトフは険しく眉を顰めると、唸るように吐き出した。
「去れ」
 言われた男たちはぽかんとしている。だが、ダンスニーの剣先が地下水路の地面に突き刺さり、ギィン! と金属的な音が辺りに響いた途端、飛び跳ねるように立ち上がった。
「今すぐ去れ。でなくば、切って捨てる」
 そしてゆらりと立ち上がったマイクロトフに、浮浪者たちはあわを食ったようにほうほうの体で逃げ出した。
 マイクロトフは水路に逃げる彼らの足音が聞こえなくなるまで、剣を構えて立っていたが、暫くして静寂が訪れると剣を鞘に収め、それから着ていたコートを脱ぎ、それで横たわる男の裸体を包んだ。
「……ぅ」
 抱き起こされる感触に、初めて男が呻いた。そして、震えて泣きながら抵抗するように痩せた腕を弱々しく動かした。しかしそんなささやかな抗いはあっさりとマイクロトフの腕の中に閉じ込められる。
「大人しくしていろ」
 低い声で囁きかけると、びくりと腕の中の身体が大きく震え、木偶人形のように固まる。
 マイクロトフはそして大人しくなった男を抱き上げると、水路から地上に出るために、来た道を戻った。

 地上に出ると、マイクロトフはそのまま城へは戻らず、そこから少し歩いた場所にある街中の己の持ち家へと向かった。
 普段は城で寝泊りするばかりだが、一応街に私的な場所を作っている。滅多に帰らない独り住まいの小さな家だが、人を雇って定期的に手入れさせているので、いつ帰っても快適に生活できる状態になっている。
 ガチャリと鍵を開け、重い木戸を開く。
 コートに包んだ男を一度床に下ろすと、燭台に火を灯す。部屋の四隅の壁にあるそれら全てに火を灯すと、すっかり明るくなった。それからマイクロトフは床の上で丸く縮まっている男の元へと戻った。
 そして。
 コートで隠していたその顔を、灯りの方へと向けた。
 顎を指先で捉え、抗うのも許さずにはっきりと灯りに浮かび上がらせたその顔。長い髪に隠れそうになる汚れたそれに、マイクロトフは間違いなく動揺を覚えた。



「……カミュー…」

 痩せて様変わりしていても、マイクロトフが見間違えるはずのない男だった。
 何年その姿を見ていなかったとしても、どれだけ年を重ねていても絶対に彼だと分かる自信がある。
 金茶の髪がどれだけ伸びていても。
 白い肌が汚濁に汚れ切っていても。
 琥珀の瞳から理性が失われていても。
「カミュー…!」
 痛んだ髪に指を差し込み、その小さな頭を両手で包む。しかし彼はそんなマイクロトフの険しい表情を見ても、なんの反応も示さなかった。ただ、変わらず泣きながら身を固くして怯えているだけだった。
 マイクロトフはその身体を再び抱き上げると、今度は柔らかなソファーの上へと横たえる。それから自分は床の上に座り、長い髪を後ろに流して顔を露わにしてやると、正面からその濡れた瞳を覗き込んだ。
「カミュー……ここで、じっとしていてくれ。分かるな?」
 うろうろと彷徨う瞳は、ちらちらとマイクロトフを見、それから微かに瞼が伏せられる。それを了解の意と取りマイクロトフは立ち上がる。
 乾ききった水場に向かい、湯の用意をする。
 水をたっぷりと湯船に溜め、薪を山ほど放り込むと、後は勝手に沸いてくれる。それからマイクロトフはついでに暖炉用の薪も抱え、水を張った小さな桶と一緒に、慌しく居間のカミューの元へと戻った。
 彼は言われた通りにソファーの上でコートに包まれたまま大人しくしていた。
 マイクロトフはその足元に桶を置き、手早く暖炉に火を入れる。そうしておいてから、取り出した布巾を水に浸すと、そっとカミューの身体からコートを剥ぎ取った。
 一瞬寒さに震えた彼は、コートを求めるように指を動かしたが、水を絞ったタオルをその肌にあてられると、再びびくりと固まった。
「汚れを拭うだけだ。心配ない」
 最初に顔を。
 それから首を辿り、肩から胸、脇、腹。両腕から手。つま先から膝、腿。丹念に拭っていく。何度も水を替え、布巾を取り替えた。そして、その身体をうつ伏せにすると、生乾きの血と白濁のこびり付いた秘所も丁寧に清めた。
 その間、カミューは少しの抵抗もしなかった。ただ、小動物のようにびくびくと震えるだけだった。傷ついた後ろから見知らぬ男たちの白濁を掻き出す時でさえ、彼は大人しかった。
 余程恐怖に震えきっているのか、その、まるで幼子のような態度はとてもマイクロトフの知るカミューのものではなかった。しかし、彼は間違いなくカミューだった。こうして身体中を清めていっそう、それが確信へと変わる。
 彼の痩せて様変わりした身体の随所に残る、傷痕。
 切られた傷や抉られた傷や。
 そのどれもが、マイクロトフの記憶にあるカミューの身体に残るそれと合致している。彼が、マチルダの騎士だった頃に負ったばかりのそれらと。
「どうして…」
 言い掛けてマイクロトフは口を噤み首を振る。
 今、この状態のカミューに問うたところできっと答えなど返ってこない。
 拭いながら、徐々にさっぱりしていく心地に少しずつ彼の緊張が解けて行く。そんな身体を再び抱き上げると、今度は風呂場へと連れて行った。
 すっかりと適温の湯にあたたまった湯船から、しろい湯気が立ち上っている。マイクロトフはカミューを一度タイルの上へと座らせると、桶に湯を掬って足にそろそろとかけた。
 最初はびくりとしたが、その温かさに初めてカミューが微かに笑みを浮かべた。
「気持ち良いか?」
 するとこくんと素直に頷く。
「そうか。では、湯につかるか? 好きだっただろう」
 マイクロトフも笑い、己も服を脱ぐとカミューを抱え込んで湯船に入った。すると腕の中で痩せた身体からじわじわと力が抜けていくのが分かった。そして機嫌良さげにニコニコとし始めた。
 この調子では溺れる事もないだろうと判断したマイクロトフは、自分だけ湯船から出ると、今度はそうっとカミューの髪を濡らした。そして香料入りの洗髪剤で汚れを削ぎ落とすように髪を洗っていく。
 何度かすすぎを繰り返すうちに、くすんだ色から透き通るような金茶へと変わっていくのが見てとれた。
 それから再び滑りこむように湯につかると、すっかり汚れの落ちた身体を背後から抱き締めた。
「……ぁぅ…?」
 するとカミューはきょろきょろと首を動かし、背後のマイクロトフを見ようとする。その頭に掌を添えて、濡れた髪を何度も梳いてやった。すると気持ち良さげに吐息をこぼして、大人しくなる。

 一年間このマチルダで。
 戦争が終結してから共に騎士団再興のために費やした。そしてきっかり一年後にカミューは故郷のグラスランドへと去って行ってしまった。
 指導者は二人も要らぬと言い、おまえは残れと告げて。
 それでも頻繁に手紙のやり取りはしていたし、年に何度かははるばるグラスランドまで会いにも行った。カミューがマチルダに来る事も何度かあった。
 そうして四年過ごした。
 ところが、その四年目に、突然カミューの消息が途絶えたのだ。
 手紙も届かない。
 居場所も分からない。
 居てもたってもいられず、グラスランドの最後にいただろう町まで出向いて探した。けれど、何処にもカミューの姿は見つけられなかった。
 そうして、三年。
 心のどこかで、彼はもう死んでしまったのではないかと、諦める反面、きっとどうにかして生きているに違いないと、希望を抱いて葛藤し続けていた。
 今日。昼間に、あの街角で彼を見た時、まるで氷の塊を飲み込んだように胃の腑から全身に悪寒が広がった。
 自分が、カミューを見間違えるはずがなかった。
 けれどそこに居るカミューは、マイクロトフの知っているカミューとあまりにも掛け離れていた。
 痩せこけて、髪も整わず伸び乱れ、汚れた身体を汚れた衣服で包んで、路傍に座りこみ無感動に地面を見つめている。
 カミューだ、と。
 思っても、身体は凍りついたように硬直し、喉はカラカラに渇いてしまって何も言えなかった。
 それでも、部下が居なければきっと駆け寄っていた。
 仕事がなければ、多分もっと早くに保護していた。
 だがそんなものはただの言い訳だ。本当にカミューなら何を置いても駆け寄っていたのだから。ならば何故―――気持ちのどこかで自分の目を信じたくない気分があったのだ。
 アレはカミューではない、と。
 あんなにも変わり果ててしまうまでの何かがあったのかなど、考えたくもないと。
 しかし、そんな逃避は半日も持たなかった。
 どちらにせよ確かめずにはいられなかったのだ。

「カミュー」
 記憶にあるよりもずっと細い身体に縋るように、抱き締める。
 やっと、戻ってきてくれた。
 やっと……。
「カミュー。おまえに、いったい、何があったんだ」
 骨ばった肩に額をあてて、マイクロトフは呟く。
「…んー……」
 カミューが声を発する、その振動を感じながらマイクロトフは目の奥から溢れだしそうな涙を、目を閉じてこらえた。
 その瞳から、知性を失うほどの、いったい何が。

 雫が一滴、濡れたカミューの背を伝い落ちていった。



END



続きは皆様の妄想で〜。

2004/03/17
修正 2004/08/04