白昼


 そういえばマイクロトフの好きなワインが、もう無くなってきていたと、不意に思い出す。
 いつも出入りの商人に頼んで箱で買っているけれど、たまには街に出て別の、好きそうなものを選んで見るのも良い。
 マイクロトフと選ぶのもきっと楽しいだろう。

「きっと……楽しいさ」

 ふっと見上げた空は青く澄んでいて。

 風は穏やかで、揺れる木々の葉擦れの音が聞こえてくるくらい、閑静で。

「…………誰、も、……いないか」



 本当に、ささやかな休日の楽しみなのに。

 他愛も無い望みだと思う。

 マイクロトフと、ワインを買いに行く。

 好きなのをお互いに選んで、そのまま肩を並べて街を歩き、城へと帰る。

 そろそろ、夕方になっても暑いから、白ワインを買って冷やして飲むときっと美味しい。

 窓を開けて、涼しい風を室内に呼び込んで。

「気持ち、いい……よな…」



 きっと。

 たぶん。

 自分は、マイクロトフが目の前にいてくれるだけで、居心地が良いから。

 グラスで同じ酒を分かちながら、くだらない事で笑って。



「……ほんとうに、それ…だけで……いいのにな」



「それほどの、高望み、か…?」

 これが?

 マイクロトフと日々を過ごす。それだけのことが?

 地位も名誉も、もう必要なくて。

 ただ、あの男がいれば、それだけで。



 思い浮かぶのは滲むように穏やかな笑みを浮かべたマイクロトフの精悍な面差し。

 あの男となら、きっと先の長い人生だって共に過ごせると確信していた。

 良い人生が送れると。

 異国育ちで、戦いの中に身を置いて、根無し草のような自分でも。



「実は、平和…主義、なんだがな……誰に言ったって………信じやしない」

 微笑みの裏に何かを企んでいるのだろうとか、切れ者だから油断がならないとか。

 それは戦だったからだ。

 企みも裏切りも、戦だったから―――。

 血を流したのだって、別にそれが好きだからじゃない。

「人を……悪魔みたいに………言うなと、いうんだ……」



 誰が、好き好んで…………。



「なぁ、マイクロトフ…………」



 本当は、昼下がりにのんびりしたり。

 天気の良い日に散歩をしたり。

 馬鹿な冗談を言って笑ったり。

 そういうのが。

 好きで。

 だから、戦争が終わって、マチルダも漸く落ち着いてきて、やっと。



「やっと」



「なのに」





「マイクロトフ」










「死にたくないよ………」





 思い出したいのは、マイクロトフの優しい声と、穏やかな笑顔なのに。

 珠のように噴き出す汗に目を閉じれば、青騎士団で見た覚えのある男の、狂人のような叫び声と、自分の急所に突き刺さったナイフの柄しか思い浮かばなくて。



 悔しさか、それとも苦しさからか、涙が零れる。










「……マイクロトフ」





「………死…た……な…」



END



泣き赤

2006/04/02